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後日談

 その後の話だ。

 フィリップは自らが冒険者を依頼失敗に導いたと自白し、ギルドを辞職した。

 彼は本来伝えるべき重要な情報を隠し、受注者の能力を超えた依頼を冒険者に与えていた。


 フィリップのせいで少なくない冒険者が命を落とし、また多くの新人冒険者がギルドの資格を剥奪された。

 もし透がエステルを救わなければ、フィリップの企みによって命を落とした冒険者の数が一人増えていたところだった。


 何故そのような行いをしたか。フィリップは最後まで語ることはなかったし、またフィンリスには彼をそれ以上追及する法がなかった。


 彼はギルドの職務に不誠実ではあったが、冒険者は自らの命を自らが守らなくてはならない。

 ギルドや領主により緊急事態に発令される強制依頼を除き、基本的に依頼を受ける自由は冒険者にある。依頼が身の丈に合うか合わないかの最終判断を行うのは冒険者なのだ。


 法的には、フィリップは無罪となる。

 しかし、倫理的にお咎めなしとはいかなかった。


 当然ながらギルド資格を剥奪された冒険者から憤りの声が上がった。

 ギルド側はその声を受け入れ、現在資格を剥奪されている者の再登録停止期間を解除。

 さらに通常はFランクから再スタートである所を、以前のランクから再スタート出来るようにした。


 これで多少のゴタゴタは解消されたが、それでもフィンリスの冒険者ギルドの信用は大きく失墜した。

 今後しばらくの間は依頼が張り出されても、冒険者は『なにか裏があるんじゃないか』とギルドを疑うせいで、依頼の消化率が落ちるに違いない。


 依頼の消化率が落ちれば、ギルドの収益が悪化する。

 たった一人の職員の不正により、フィンリスの冒険者ギルドは窮地に立たされたのだった。


 冒険者ギルドを窮地に立たせたフィリップはというと、ギルド員を辞職した翌日に、フィンリスの路地裏で遺体となって発見された。


 フィリップは背中から心臓をひと突きされて死んでいた。

 追い剥ぎの類いではあり得ない殺し方である。


 犯人は冒険者による怨恨殺人か、あるいは彼の不可思議な行動に関係する者による口封じか。

 いずれにせよ、フィリップが何故あのような行動を起こしたのか。真相は闇の中に葬り去られてしまった。




 エステルとパーティを組んだ翌日。透は宿の中庭でエステルと対峙していた。


「――ハッ! ヤァッ!!」

「――っと!」


 エステルの木剣が、透の脳天目がけて振り下ろされる。

 その木剣を、透は横から優しく受け流す。


 だが木剣は途中で速度を変えた。

 僅かなタイミングのズレが、受け流しを失敗させる。


 それでも透は慌てず、重心を変化させる。

 透に迫った木剣が、緩やかに軌道を変化させ透の脇をすり抜けていった。


(なるほど。エステルはずっと≪筋力強化≫をかけ続けるんじゃなくて、適宜発動してるのか。消費するマナを抑えつつ、フェイントにもなってる)


 剣速が変化した現象を素早く分析しながら、透はエステルの木剣を捌いていく。


 一見すると大ぶりで隙だらけな攻撃も、≪筋力強化≫の瞬間発動によって隙が消え、驚異を感じる攻撃に変化する。

 再度大ぶりな攻撃が来ても、木剣の加速を怖れて反撃に踏み切れない。


 エステルのほんの少しの工夫で、透の攻め手が1つ潰された形だ。

 実に良い攻撃だった。


 現在透はエステルとともに、朝の鍛錬を行っていた。


 これまで透は、朝の鍛錬を一人で行っていた。鍛錬は毎朝休まず行っていた。

 鍛錬を行うと目が冴えるし、<剣術>を体に染みこませられる。朝の鍛錬は、透にとってこの世界でのルーティーンとなっていた。


 その朝の鍛錬に、今日はエステルが参戦してきた。


 一人で剣を振るより、ずっと練習になりそうだ。そう思い、透はエステルと木剣を合せたのだが、これが想像以上に身になることがわかった。


 スキルはあくまで道具だ。スキルが高ければ高いほど、上等な道具を豊富に所持している状態になる。

 しかし、最終的に道具を使うのは自分自身である。


 どれほどスキルが高かろうと、知識や工夫がなければ100%有効活用出来ない。

 上等な道具を持っていても、使い方がわからないなら宝の持ち腐れだ。


 道具の使い方を学べるものが、まさに実戦経験だった。

 エステルと剣を合せた鍛錬は、透に不足している実践経験を一気に補うものだった。


 頭と体に蓄積されていく実戦経験に、透は笑みを浮かべた。

 スキルを上昇させただけでは手に入らないものが、満たされていく実感に、酔いしれた。


「はははっ!」


 透は笑いながら、エステルと木剣を合せていく。

 時には叩きつけ、時には躱し、時には優しく受け流す。


「あんたら、中庭でなにやってんだい!!」


 突如響いた女将の声に、透とエステルがギクリと肩を振るわせた。


「あっ、えーと、おはようございます」

「おはようございます、じゃないよまったく! ここは共用スペースなんだよ? そんな張り切って訓練されたら、他の客が井戸を使えないじゃないか!」


 見れば、宿の中から中庭に繋がる出入り口に、他の宿泊客の姿があった。宿泊客たちはみな機嫌悪そうに顔をしかめている。


 どうやら透たちは、彼らの朝支度の邪魔をしてしまっていたようだ。


「……すみません」

「申し訳ない」

「まったく。やるんなら余所でやってくれよ。ほら、どいたどいた!」


 透とエステルは、宿泊客の憤怒の視線から逃れるように、そそくさと中庭を出て行ったのだった。


「宿に迷惑を掛けてしまったのだ……」

「うん。このままだと不味いね」


 今後、中庭で朝の鍛錬は行えない。だが透は朝の鍛錬を辞めたくはなかった。


 朝から体を動かすなど、透が日本で生活していた頃には考えられなかった。

 朝一番にマラソンをする人達を見て、透は「どうして朝から疲れることをしてんだろうこの人達は」と冷めた目で見ていたものだった。


 だが実際に体を動かしてみると、なかなかこれが馬鹿に出来ない。

 目覚めに体を動かすと、一日の調子がすこぶる良くなるのだ。


「どこか、空き家を借りられないかな」

「……っ! それはいいな!」


 透の呟きに、エステルがパンと手を拍った。


「空き家を借りれば朝から鍛錬も出来るし、他の人の迷惑にならないのだ」


 エステルの言葉はもっともだが、はたして一つ屋根の下に男女二人が共同生活を行うのはどうなのだろう? と透は思う。

 このことに思い至っているのかいないのか。エステルは「これは良い案だ!」と何度も頷いている。

 ……気づいていない可能性が高い。


『あいつはちょっと、危なっかしいところがある』


 言葉とともに透の脳内に現われた衛兵のおじさんが、何故かぐっと親指を立てた。

 ウザイ笑みを浮かべた衛兵を、透は全力でかき消した。


 たしかにエステルは、少々危なっかしい。

 が、悪気は感じない。なので透は、自分が気をつけようと決意する。


 こうして、当面の目標が決まった。

『朝練が出来る借家を見つける』


「まずは仕事をして、沢山お金を稼がないとね」

「ああ、そうだな」


 透たちは、新たな依頼を求めてギルドに向かった。

 そこで透たちは、ユニークな依頼を見つけた。


 それはかなり割の良いクエストだった。

 透はやや訝しんだものの、命の危険はなさそうだと判断し、依頼を引き受けることにした。


 ――この依頼が、新たな騒動の幕開けになることも知らずに。

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