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糾弾と魂の討滅

「……酷い言いがかりですねぇ。わたしがエステルさんを殺そうとするはずないじゃないですかぁ」

「それでは尋ねますが、ここ数回、エステルが受けた依頼はすべてフィリップさんが関与していますね?」


「そうですが。それがなんでしょうか? まさかわたしが依頼に携わっただけで人殺し呼ばわりしているのですかぁ? あるいはわたしが直接エステルさんを殺そうとしたと? いやはやあなたは実に想像力が豊かだ。しかし冒険者のために尽くすのが職務であるギルドの職員を『人殺し』呼ばわりするとは少々度が過ぎるのでは? ギルドの信用に関わりますしわたし個人を愚弄する台詞でもありますので撤回してください」


「……よく喋りますね」

「――ッ」


 透の切り返しに、フィリップが言葉を飲んだ。


 これまでフィリップは、あまり長々と話すことはなかった。

 常に一言で切り込むスタイルを貫いてきた。


 だがここへきて多弁になり、また次から次へと言葉が出てきた。

 表情には出ていないが、内心動揺している証左だ。


「僕がそう思ったきっかけはいくつかあります。まず、エステルが引き受けたゴブリン討伐の依頼です。ゴブリンを数匹倒せば良いだけの依頼に、何故か数十の群れが現われた」

「ゴブリンはどこにでもいる魔物です。そういうことも、希にあります。運が悪かったのでしょうねぇ」


「普通のゴブリン討伐なら、そうでしょうね。ですが、エステルが受けたゴブリン討伐は常設依頼ではありませんでした」


 エステルがゴブリン討伐の報告を行った際、マリィは『今回は特別に常設依頼の分もクリア扱い』と口にしていた。

 つまり、エステルが受けた依頼が常設のものでなかったことがわかる。


「ギルドが常設以外で出した依頼ですから、ただのゴブリン討伐ではなかった。あれは、フィリップさんが携わった案件ですよね?」

「確かにその通りですが、それだけでわたしがエステルさんを殺そうとしたなど――」

「まだあります」


 語りだそうとしたフィリップを、透は軽く<威圧>して止める。


「今回の調査依頼は極めつけです。ゴブリンの依頼でエステルを殺せなかったあなたは、次にロックワームがいる森にエステルを、『シルバーウルフ頻出の調査』名目で送り込んだ。あわよくばロックワームに出会って死んでくれることを願って」

「それも憶測ですねぇ。わたしはロックワームが出没していることを知りませんでしたよ」


「それにしては調書を読んだとき、あなたはロックワームの出現にはあまり驚きませんでしたね。驚かなかったのは、ロックワームのことを知っていたからでは?」

「いえいえ。驚きましたよぉ。まさかロックワームがいるなんて思いませんでしたからねぇ。わたしが驚いたように見えなかったのは、普段から無表情に努めているからですねぇ。あまりギルド員が驚くと、冒険者の皆さんが動揺してしまいますから」


「ええ、驚いたのは事実でしょう。けれど、驚いたのはロックワームの出現じゃない。あなたは、ロックワームが〝討伐されたこと〟を驚いたんです」


 フィリップが調書に目を通したとき、彼が僅かに驚いたのは、明らかに調書の終盤だった。

 それは調書の分量からいって、ロックワームが出現したところではなく、討伐されたところである。


『わたしが知る迷い人は――決してロックワームを倒せるような人間じゃありません』


 彼は、透がロックワームを倒したことに驚いた。だからこそ、透を呼び止めたのだ。

 自分の策略を邪魔した相手を、見極めるために。


「あなたがロックワームの存在を知っていたかどうかなんて、ちょっと調べればすぐにわかることです。きっと調べれば――たとえば、人の出入りを監視している衛兵に尋ねれば、誰がどんな仕事をしていたかが見えてくる。ロックワームだけでなく、集団化したゴブリンについても、ギルドが情報を握っていたことがわかるでしょうね」


 エステルはこの世界に来て、一番最初に手を差し伸べてくれた。

 迷い人だと聞いても差別せず、なにも知らない透にエアルガルドの常識を教えてくれた。


 透にとって、エステルは恩人だ。

 その恩人を罠に填めたフィリップに、透は強い憤りを感じていた。


 透の体から、自然と<威圧>が漏れ出した。

<威圧>に当てられたフィリップが、額に汗を浮かべて喘ぐように口を開閉した。


「最近、冒険者の依頼失敗が続いているそうですね。これも、あなたの差し金ですか?」

「ち、ちが……」

「経験の浅い冒険者を次々と失敗させて、あなたはなにがやりたかったんですか?」

「わ、わたしは……」


 フィリップの目が急激に焦点を失う。口から出てくる言葉は断片的で、なにが言いたいのかわからない。


 滑舌の乱れに比例するように、全身から嫌な気配が漂ってきた。

 それは以前、リッドを殺し、透も罠に填めて殺そうとした、クレマンらと同じ気配だった。


 触れればたちまち汚染されそうなほど黒々とした雰囲気に、透は顔をしかめた。


「一体どんな事情があるのか知らないですが、エステルは僕の恩人です。――彼女に手を出すことは許さない」


 彼にも立場がある。ここで手を引くのなら、透は黙って見過ごすつもりだった。透が彼に警戒している以上、エステルには容易く手出し出来ないだろうと。


 また他の冒険者にも手を出しにくくなるだろう。

 透の目があるうちは、彼の凶行を見逃すつもりはない。


「ち……調子に乗るなっ! 劣等人の、それも新人冒険者風情に何が出来る!!」


〝殺せ!〟

〝壊せ!〟

〝ひねり潰せ!!〟


 フィリップは己の胸に響いた声に、突き動かされるように叫んだ。

 すると、自我を失いそうなほどの高揚感が一気に体を満たした。


 強い快楽に浸りながら、反面、フィリップの冷静な部分が激しく警鐘を鳴らす。


(……いま目の前にいる少年は、さっきの少年と、同じ人間なのか?)


 フィリップのこめかみに、脂汗が流れ落ちる。


 先ほどまで、トールは相手の機嫌を伺うような薄ら笑いを浮かべていた。

 だが現在のトールの表情からは、完全に感情の色が抜け落ちている。


 まるで神か悪魔に断罪されているかのような気分だ。


 トールは数々の荒くれ者たちを見てきたフィリップをしても、息が出来ぬほどの圧を纏っている。


「繰返す。エステルには、今後一切手出しをするな」

「……こ、断る!!」

「あっそう。なら――」


 フィリップが断った、次の瞬間だった。

 トールの手にぬらりと漆黒の刃が出現した。


 刃を見た途端に、フィリップの中に潜む者達が、一斉に怯えた。


〝この波動……。まさか、神の武器かっ!?〟

〝バカなっ!〟

〝何故人間が――ッ!!〟


「――()ね」


 けたたましく胸中に響いたそれらの〝声〟は、トールがフィリップの胸に漆黒の刃を突き刺すと同時に消散したのだった。



≫魂の浄化を確認

≫スキルポイント1000獲得

≫レベル20→21

≫位階がⅡに上昇しました


          ○


「やっぱり、性格が変わったんじゃないかな僕……」


 フィリップを放置して小部屋から出た透は、自らの大胆な行動に頭を抱えた。


 透は決して怒らない人物ではない。

 嫌なことをされたら怒るし、希にではあるが怒鳴ることだってあった。


 だが、ここまで感情のままに乱暴を働くことは一切なかった。


 たとえ、人間が切れない武器を持っていたのだとしても、殺意を持ってそれを振るうなど考えられない所業である。

 まるで〝誰かに体が乗っ取られた〟ような気分だった。


 こうなったのは【魔剣】のせいなのか、エアルガルドの空気のせいなのかは定かではない。

 あるいはこれが自分の本性だとするなら空恐ろしい。


「少し自制しないと」


 頭を振り、自らを戒める。


【魔剣】を突き刺したフィリップはというと、まるでつきものが落ちたかのように大人しい。クレマンらを斬りつけた時と同じだ。


「【魔剣】で斬りつけると冷静になるのかな?」


 だとするなら、相手が怒る度に【魔剣】を振るえば、お互い冷静に対処出来るというものだ。


 しかし、激高される度に刃物をかざす冒険者など、危険人物以外の何者でもない。

 ことある毎に【魔剣】を抜けば、そのうち「よく切れるナイフ」や「触るな危剣」などと不名誉なあだ名が付けられかけない。


「……うん。【魔剣】は魔物にだけ使おう」


 そう決意を固めるのだった。

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