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彼ら、襲来

 エステルが目を覚ますとすぐに、透らはフィンリスを目指した。

 仮眠を取ったためか、エステルの歩く速度が上がった。心なしポニーテールも元気を取り戻している。


 太陽が茜色に染まる頃。透らは何事もなくフィンリスに到着した。


「おう、トールにエステル。お帰り。二人とも、無事だったか」

「はい、おかげさまです」

「何言ってんだ。俺はなにもしてねぇよ。よしっ通れ」


 衛兵にギルドカードを見せて中に入る。そのまま透らはギルドに向かった。


「……ん?」


 ギルドの外で、透は立ち止まり眉根を寄せた。ギルド内部がなにやら騒々しい。耳を澄ますと、男の怒鳴り声が聞こえてきた。


「どうしたのだトール」

「いや、ギルドがちょっと騒々しいんだよね。いま中に入ると色々厄介かも」

「なんだ、喧嘩か? それならば日常茶飯事だぞ」

「そ、そうなんだ」


 喧嘩が日常茶飯事とは、ここは江戸か。

 現代日本で生きてきた透は喧嘩を見ても、間を取り持とうなどとは決して思わない。存在感を消して、現場から急いで離れるへたれである。


 だから今回も現場に近づかず、見て見ぬ振りをしたかった。

 だがエステルがギルドに入ってしまった。


「……仕方ない」


 透はため息一つついて、エステルの後に続いた。


 ギルド内の空気は、まさに一触即発といった様相を呈していた。

 大声を上げているのは、体中に包帯を巻いた男二人だ。その男がカウンターの前で、受付嬢に抗議している。


 一体なにがあったのか。気にはなるが、透は関わりたくない思いでいっぱいだった。


「だから、この前冒険者登録したガキがドコに言ったか教えろって言ってんだろ!」

「オレらはアイツにボコボコにされたんだぞ!!」

「申し訳ありませんが、冒険者個人の行動については、守秘義務がありますため、お答え出来ません」


「冒険者相手への傷害は御法度なんだろ? ギルドの規則を破った奴を、お前は庇おうっていうのかああん!?」

「いえ、そのようなつもりは……あっ」


 その男たちの声を聞いた透は、このままくるっと回転してギルドから逃げ出したくなった。

 だが透が逃げるより早く、受付嬢が透の存在に気がついて目を見開いた。その様子に、男たちも気づいたのだろう。勢いよく首を回した。


「てっめぇ!!」

「いやがったなゴルァ!!」

「……トール、知り合いか?」


 男たちが凄んで声を張り上げているというのに、エステルは平然とした調子で透に尋ねた。

 ずいぶんと肝が据わっている。


「う、うん。まあ、知り合いというか、因縁の相手というか、そんな感じ?」


 透は以前、彼らから襲撃を受けた。

 襲われたから自衛のために反撃したが、相手がこうして〝お礼〟にくることに、考えが至らなかった。


 透の言葉にエステルはポニーテールを、まるで子犬の尻尾のように揺らした。


「トールは早速、フィンリスで友人を作ったのだな!」

「いやどう見ても友達じゃないよね!?」

「そうなのか?」


 何故顔を見て殺気立つような友達を作らねばならないのか。

 そんな友人は全力で御免である。


「なに女の前でスカしてやがんだよ」

「テメェのせいでこんななって、俺らは依頼に出られないんだぞ!」

「はぁ……」


「はぁじゃねえよ!! おいテメェ、最近冒険者になったばっかで、よく知らねぇのかもしれねぇけどな、冒険者が他の冒険者に危害を加えることは、ギルドの規約で禁止されてんだ。最悪、ギルド除名もありえる。なあそうだろ!?」

「……そうですね」


 大声で尋ねられた受付嬢が「そんなに怒鳴らなくても聞こえてます」みたいな顔をしながら手短に答えた。


「ここで俺らが訴えれば、お前は除名されるんだ」

「いや、でも僕の場合は正当防衛――」

「除名されたら困るよな? 困るだろ!? だったら治療費を払いやがれ!!」


 透の声を遮って、男が大声を張り上げる。

 なるほど、彼らは透を除名させに来たのではなく、それを種にして金をせびりにきたのだ。


「僕はあなたたちに――」

「金払わねぇと、ギルドを通して訴えるっつってんだ!」

「ですから僕は――」

「どうするか答えろオラァ!」

「あの――」

「ほら答えろって言ってんだろ!!」

「……黙れ」


 相手が喋らぬよう声をかぶせてくる男たちに、さすがの透もイラッとし、<威圧>を振りまきながら呟いた。

 途端に、男たちの腰がすとんと落ちた。


 事態を遠巻きに眺めていた他の冒険者たちも、青い顔をしてふるふると震えている。

 バーにいる者たちは、「俺しーらね」と言わんばかりにジョッキに顔を埋めた。


「僕はあなたたちに襲われたので、自衛に出たまでです。ギルドの規約では、自衛による攻撃は問題ありませんでしたよね?」

「……そ、そそ、そうですね。はい、大丈夫です」


 受付嬢がプルプル震えながら、ブンブンと何度も頷いた。


「じじ、自衛じゃねぇよ。オレらに襲いかかってきただろうが!」

「そ、そうだそうだ! お前は明らかに俺たちの命を狙ってた!」

「いや、自衛でしたって……」

「じゃあ証拠はあんのかよ!? 俺らはこんな怪我までしてんだぞ!」


 相手は二人。大してこちらは一人。証言者の数だけをみれば、透が不利だ。

 かといって、彼らに怪我を負わせたという言質が取られているので、今更になって惚けるのも不可能だ。


(めんどくさいなあ……)


 透は彼らへの対応が面倒臭くなった。いっそのことすべてを無視してフィンリスを出たくなるほどに。


 もしここで反証せず街を出れば、透は傷害犯となる。ギルドを追放されるのは確実だろうし、今後別の街でも生きにくくなるかもしれない。


(なら、別の国に行くっていう手もあるな……)


 そんなことを考えていた時だった。


「なぁにさっきから騒いでんだ!」


 カウンター横の通路奥から、ガタイの良い男が額に青筋を浮かべながら現われた。透の実力テストを担当したギルド員だ。


「ぐ、グラーフさん! ここ、コイツが俺達に、一方的に危害を加えたんっすよ!」

「暴力を振るわれて、金を出せって。こいつに路銀を全部取られちまったんっす!」


 ここへきて、強盗の罪状まで追加されてしまった。そろそろギルド追放だけでは済みそうにないレベルである。


 透がどう反論しようか考えていると、グラーフと呼ばれた男が透を見た。

 瞳に、何故か申し訳なさそうな色を浮かべ、彼は口を開いた。


「お前ら、迷い人にボコボコにされたのか……」

「……えっ?」

「……はっ?」


「そこにいるトールは、迷い人だ。お前ら、そろそろDランク目前だったか? そんな奴が、新入りの迷い人にボコボコにされて恥ずかしくないのか?」

「こいつが、劣等人!?」

「そ、そんな馬鹿な……」


 真っ青になった男たちの脳裡に、ふと数日前の光景が蘇った。

 トールという名の少年に恥をかかされたときのこと、酒に酔っていたせいかあまり記憶がハッキリしない。


 だが、たしかに彼が劣等人だったという話を耳にした覚えはあった。

 大事な情報だというのに、彼らは酒と、恥を掻かされたという怒りのせいで、綺麗さっぱり忘れていたのだ。


「ぎゃはははは!」

「劣等人にボコボコにされたってよ!」

「だっせぇ!」

「てか、本当に劣等人になんて負けたのか!? ありえねー!」


 迷い人と聞いて、遠巻きに眺めていた冒険者たちが、一斉に吹き出した。

 周りの冒険者からの嘲笑に、男たちの顔が真っ赤に染まっていく。


 迷い人に負けるということは、その迷い人――劣等人と蔑む存在に、自分は手も足も出なかった雑魚だと公言しているに等しい。

 これでは冒険者としての戦闘力や資質を疑われてしまう。


「ち、違う。その男は、劣等人なんかじゃない!」

「そ、そうだ。俺達はそいつにボコボコにされたんだぞ! そいつは、劣等人って嘘ついてんだ!」

「なんで劣等人なんて嘘吐くんだよ……」


 グラーフが深いため息を吐いて、受付嬢に尋ねた。


「おいマリィ。トールの魂の測定結果はどうだった?」

「はい。……間違いなく、迷い人でした」

「だとよ?」


 どうする? とグラーフが目だけで男たちに問う。


「……うぐ」

「くっ……」

「おおかた、その傷は、魔物にやられたんだろう? それで、新人冒険者に責任をなすりつけようとしたんだよな?」

「ちが――」

「そうなんだろ?」


 グラーフが、有無も言わせぬ眼力で男たちを睨んだ。

 彼はこの結論を持って「収めろ」と暗に言っていた。


 迷い人ではなく、魔物に負けたのであれば彼らのプライドが守られる。

 だがもし、トールにやられたと譲らないのなら、彼らは一生劣等人に負けた劣等冒険者として後ろ指さされることになる。


「……っち! 行くぞ!!」

「お、覚えとけよ!」


 手垢の付いた捨て台詞を残し、男たちが顔を真っ赤にしたままギルドを素早く飛び出していった。

 その様子を見て、他の冒険者たちがワッと笑い声を上げた。


「おう、トール。お前の身の上を公開してすまんかった」

「いえ」


 透は首を振る。

 グラーフの発言は、透にとって最善手であった。


 やったやらないの泥沼化を防ぎつつ、穏便に事を収め、さらには喚いた側の冒険者の矜持さえも守られる。一石二鳥、いや三鳥の手であった。


 身の上を暴露された形になったが、一番手っ取り早く簡単に事を収められる方法だということはわかるので、透として文句はない。


「お前を迷い人だと言ったせいで、いろいろ面倒事に巻き込まれるかもしれん」

「もう巻き込まれてます……」

「そ、そうだったな。詫びと言っちゃなんだが、冒険者が絡んできたら遠慮なく俺の名前を出して良いぞ。そういう奴らは、俺がたたき直してやる」

「ありがとうございます」


 透はそれが、暴露によるデメリットを打ち消して余り有るほどのメリットに思えた。今後なにかある度に、活用させてもらおうと心に誓う。


 ギルド内の雰囲気が落ち着きを見せ始めた頃、透らはやっとカウンターにたどり着いた。


(ただ報告するだけなのに、ギルドに入ってからここまでの距離がとてつもなく長かった気がする……)


「トールさん。先ほどは申し訳ありませんでした」

「いえ、気にしないでくださいマリィさん」


 透は首を振る。


「グラーフさんにも言いましたけど、あれが一番早かったですからね。それに、マリィさんには助けて頂きましたから、おあいこです」

「……恐縮です」


 彼女は守秘義務違反にならないギリギリのラインで、透にエステルの居場所を教えてくれた。その情報があったからこそ、透はエステルを助けられたのだ。

 そんな彼女に、たかが迷い人だと暴露された程度で文句を言うのは間違いである。


 マリィと笑みを交わした、透の肩に〝ズンッ〟と重たい空気がのし掛かった。

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