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エステルを救え!

 森の中でエステルは、ロックワームと対峙していた。ロックワームは体長1メートル強ある巨大な芋虫だ。

 体は岩のように硬い皮で覆われているため、エステルの剣ではなかなか歯が立たない。


 また芋虫の見た目をしているが、ロックワームは肉食だ。相手が人間でも構わず食べてしまう。

 非常に獰猛で、厄介な魔物だった。


 ギルドから調査依頼を受けて森に入ったが、まさかロックワームが繁殖しているなど、エステルは考えもしなかった。

 ただシルバーウルフが増殖しすぎた程度にしか思っていなかった。


 考えが、甘かった。


「……しくじったな」


 ロックワームを倒すには、冒険者ランクD相当の実力が必要だ。だからエステルはその姿を見た時、一目散に逃げ出した。


 エステルはもうすぐDランクになるだろう、Eランクである。戦って勝てない相手ではない。

 だが、それはロックワームが1体なら、という条件が付く。


 エステルが見たのは、10を越えるロックワームの群だった。戦ったところで勝ち目は微塵もない。


 故に、エステルは脱兎の如く逃げ出した。

 逃亡の選択は正解だった。

 しかし、逃亡中に冷静さを欠くべきではなかった。


 命からがら逃げ出したエステルは、必死に逃げたが故に、途中から道を見失った。


 フィンリスの森は、しばしばギルドの依頼を遂行するために訪れたことはあった。だが、森の奥まで踏み入った経験は、今日が初めてだ。


 フィンリスの森は深く、広大だ。道を見失えば、無事に帰れる保証はないほどに。

 それでもエステルは絶望せず、己の感覚と記憶を頼りに森からの脱出を試みた。


 ロックワームや他の魔物の陰に怯えながら、昼夜問わず、エステルは必死に森の外を目指した。


 森で迷ってから三日目のことだった。

 エステルは、森の中に突如現われた四角い空間を発見した。


 四角四面に整えられたそこは、民家を4軒建てられるほど広い空間だった。

 空間の端には、この場所を開いた時に倒しただろう大木が山積みにされていた。


 木々は、すべて大地から10センチほどのところで几帳面に切りそろえられていた。

 断面は驚くほどに平滑だ。まるで鋭利な刃物で一刀両断にしたような断面である。

 しかし刃物で大木を一刀両断など出来るものではない。


「これは、なんなのだ……」


 誰が何故フィンリスの森を切り開いたのか?

 この空間にはなんの意味があるのか?


(大木が放置されてるということは、今後ここになにかを建てるのか? しかし誰が……)


 エステルは通常ではあり得ない光景に、しばし固まった。

 その時だった。


 ――バキッ。


 森に、乾いた音が響いた。エステルは素早く反応し、抜剣。音のした方を見た。

 そこには、


「ッチ……!」


 無数のロックワームの姿があった。ロックワームは既に、エステルに狙いを定めている。戦闘態勢に入り、頭を持ち上げている者もいる。見逃してくれる気配はない。


 対してエステルは、逡巡した。


 ロックワームは比較的鈍重だ。

≪筋力強化≫をかけたエステルならば、逃げ切れる可能性はある。

 だが、エステルはどの方向に逃げれば森の外に出られるかが、まだわからなかった。


 このまま逃げれば、ロックワームからは逃げられる。

 その代わり、エステルはまた森の奥に向かってしまう可能性がある。


 ――どうする?


 この僅かな逡巡の間に、エステルは逃走の選択肢を失っていた。


「――くっ!」


 ロックワームに囲まれた。

 木々がないため、相手の動きが素早い。


 エステルは即座に戦闘態勢となる。ロックワームの攻撃を躱し、カウンターで斬りつける。


「くっ……堅い!」


 手がビリビリと痺れる。まるで石を斬りつけたかのような手応えだった。

 エステルは顔をしかめる。


 現在手持ちの剣は、数打ちの代物だ。フィンリスの武具店では一般的な価格帯の武器である。

 それでも丈夫さは一級品で、魔物にどれほど強く叩きつけても、欠けることも曲がることもなかった。


 いざという時に破損しない、頼りになる相棒だった。

 だがこうして切れない相手を前にすると、なんと頼りないことか。


(……いや、頼りないのは私なのだ)


 剣聖、剣を選ばず。

 足りないのは切れ味じゃない。自身の腕前である。


(もう少し私が強ければ……)


 エステルは悔しさに奥歯を鳴らした。


 幸いなことに、ロックワームは鈍重だ。エステルが回避に徹すればそうそう致命傷を受けないだろう自信がある。


 エステルは回避に徹しながら、逃走すべき方角を探る。

 同時に、ロックワームへの攻撃を試み続けた。


 戦闘は、比較的安定していた。

 だが、それも時間の問題だった。


「な――くっ!?」


 突然、エステルの膝ががくんと折れた。

≪筋力強化≫を続けたため、魔力が切れたのだ。


 魔力切れをチャンスと見たか。ロックワームが一斉にエステルに向かって頭を持ち上げた。


 その口の先端が、熟れた栗の皮のようにめくれ上がる。


「あ、ああ……」


 ダメだ。

 ここで死んでしまう。

 私の冒険者生活は、ここで終わってしまうのだ。

 なんと、あっけなかったことか……。


 確実な死を前にして、エステルの腰がストンと落ちた。


「助けて……」


 ここは森の奥深く。

 助けを呼んだところで、誰かが来てくれる状況ではなかった。

 だが、それでもエステルは口にした。


「……トール」


 絶命の窮においてエステルの脳裡に思い浮かんだのは、両親の顔ではなく、友人の顔でもなく、何故かゴブリンを難なく討滅した、少年の顔だった。

 その瞬間。


「――間に合った」


 風が、ロックワームをなぎ払った。


          ○


 いままさに芋虫に食われようとしているエステルを見つけた瞬間、透は<無詠唱>で魔術を発動した。

 10発の≪エアカッター≫を発動させ、芋虫目がけて撃ち放った。


 ――ッパァァァン!!


 まるで巨大なハンマーで叩きつけられたかのように、エステルにかぶり付こうとしていた芋虫の頭部が消し飛んだ。


 無理に魔術を多重発動させたため、風刃の造形が甘くなった。本来あるはずの切れ味はそこなわれ、ただの空気砲に成り下がった。


 だが、エステルの命は救われた。


「――間に合った」


 透はエステルと芋虫の間に立ち、ほっと胸をなで下ろした。


「と、とーる?」

「うん。エステル、無事?」

「あ、ああ。でも、どうして……」

「エステルがどんな依頼を受けたか、ちょっと耳に挟んでさ……。えーと、まあ、うん」


 ――心配だから来ちゃった。


 その言葉が、羞恥心により喉の奥へと押し込められた。

 己の羞恥心を誤魔化すように、透は芋虫に向けて【魔剣】を掲げた。


 最前列に居た芋虫はすでに絶命している。だが、後列の芋虫はまだ生存していた。


 透が≪エアカッター≫を正しく発動出来ていれば、後列の芋虫も仕留められたはずだったが、仕方ない。

 咄嗟の状況で正しく魔術が扱えるほど、透はまだ魔術にも戦闘にも慣れてないのだ。


 透は気を取り直して、芋虫に斬り掛かる。

 芋虫は、突然現われた透を強く警戒していた。だが透はそんな芋虫を歯牙にも掛けず葬り去っていく。


「……すごい」


 すべての芋虫を倒した時、背後でエステルが放心したように呟いた。


「この芋虫、森の中にも潜んでたのか……」


 芋虫は以前、洞窟の中で見たものと同じ種類の生物だった。

 洞窟の崩落に遭っても生き残ったものか、あるいは別のグループだったのか。


「ロックワームをこんなにも簡単に倒してしまうとは。トールは、すごいのだな……」

「別に凄くないよ。っていうかこれ、ロックワームって言うんだ。魔物?」

「こんな生き物が普通でたまるかっ!」

「そ、そうだね」


 てっきり、ロックワームがただの虫だと想像していた透は、ほっと胸をなで下ろす。


(よかった。巨大な虫が蔓延る世界じゃなくて……)


「私はロックワームの外皮の硬さに、手も足も出なかったのだぞ」

「そうなんだ。でも、それって剣の切れ味さえ良かったら倒せたんじゃない?」

「そうだが」

「じゃあエステルだって、ロックワームをほとんど倒せるってことだね」

「なんだその理屈は」


 エステルがくすりと笑った。

 その笑いで緊張の糸が切れたか。エステルの腰がストンと落ちた。


「エステル、大丈夫?」


 透は素早くエステルに近づき、<異空庫>から水を取り出した。だがそれに、エステルはやんわり首を振った。


「水は大丈夫。少し、疲れただけだ」

「でも、エステルは何日も森の中を彷徨ってたんだ、よね? 喉、乾いてない?」

「ああ、問題ない。私は水と食料だけは毎回、きちんと十分量を確保しているからな」

「そうだったんだ。あれ、でも荷物が見当たらないけど」

「それはな」


 エステルは意味ありげな笑みを浮かべ、その手をブレストプレートの脇に差し込んだ。そこから引き抜いた時、手には水袋が携えられていた。


「あ、あれ?」

「実は私もトールと同じ、<異空庫>持ちなのだ」

「……そうだったんだ」

「入れられる荷物は少ないがな」


 彼女の説明に、透はやっと合点がいった。

 以前よりエステルは、ブレストプレートからお金の入った麻袋やギルドカードなどを取り出していたのは、自分が<異空庫>持ちであることを隠すためだったのだ。


「でもそれ、わかる人にはわかるよね……」

「そ、そうか?」

「だって、明らかにそのブレストプレートの中に入らないものまで入れてるでしょ」


 きょとんとして首を傾げたエステルを見て、透は『衛兵が言ってたのはこれか』と思った。

 対処しているようでいて、その対応に穴が空いている。


『あいつはちょっと、危なっかしいところがある』


 あの衛兵は、エステルが<異空庫>を使っていても見て見ぬ振りをしていたのだ。


「なにを笑っているのだ?」

「いいや、なんでも。それじゃあエステル、フィンリスに……っ!?」


 帰ろうか。その言葉が、喉の奥で止まった。

 森の奥から、嫌な気配を感じた。その気配に、透のうなじがチリチリとする。


 透は即座に【魔剣】を掲げ、じっと森の奥を凝視する。


(この感覚。もしかして……)

森の中に突如現われた謎の空間。


一体誰の仕業ナンダー(棒

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