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魔術販売店へ

 部屋に入るなり、衣服を着替えてベッドに倒れ込むと、透は夕食も取らずにそのまま眠ってしまった。


 フィンリスに来るまでに様々な出来事があった。

 まるで数日分の出来事がぎゅっと凝縮したような一日だった。

 透は疲れを感じていなかったが、心はかなりくたびれていたようだ。


 それでも朝日が上がる前にはバチッと目が覚めた。リッドの体の生活リズム通りに動いているのだ。


 透は宿の中庭に出て井戸水で顔を丹念に洗う。冷たい水に頭の中が冴え渡る。それでもどこかに眠気が滞留している。


 透は周りに誰もいないことを確認し、【魔剣】を顕現させた。

 スキルが導く通りに体を動かし、【魔剣】を振るう。


 無意識だった動きを少しずつ意識して、脳と体にすり込んでいく。


 学校の授業以外で剣術に触れたことのない透にとって、振るだけで達人級の動きが出来るスキルの存在はありがたい。


 だが、無意識に出来るものを、無意識のままにしておくのは不安である。

 技術を理解して、自分の意思でコントロールできるようにしておきたかった。


 自動的に動く型が一通り終わると、透の頭の中から眠気はすっかり消えていた。


「おはようトール。朝から精が出るなっ」

「ああ、おはようエステル」


 エステルが宿の中から現われた。彼女は軽く欠伸をしながら、井戸水で顔を洗った。


 外では後頭部に纏めていたエステルの髪の毛は、現在さらりと降ろされていた。

 朝一番の太陽が彼女の髪の毛を照らした。日の光は金色の髪の毛で、キラキラと反射する。

 女性がただ顔を洗っている。ただそれだけの光景に、透は思わず見惚れてしまった。


「トール、今日も良い天気だな」

「そうだね」

「絶好のパーティ日和だなっ!」

「そんな日和はないから」


 その言い方では仲間(パーティ)ではなく宴会(パーティ)である。

 唐突なパーティ勧誘に、透はがくっと肩を落とした。彼女はまだ、透とパーティを組むことを諦めていないようだ。


「……っていうか、どうして僕なの?」

「トールは信用出来るからな!」


 無条件の信頼が怖い。

 もし透がとんでもない悪党だったらどうするつもりなのか。透は彼女の未来が不安になった。


「これでも人を見る目はあるのだぞ?」


 これほど信用出来ない言葉もない。透はじとっとした目でエステルを見た。

 だがエステルは自分の言葉を疑ってない様子だ。透に疑いの眼差しを突き刺されても平然としている。


「普通なら一目散に逃げ出すようはゴブリンの大群を前に、トールは命惜しさに逃げ出さなかったではないか。人間は危機に瀕したときこそ本性が出るという。あのときのトールの行動は、十分信用に値すると思うのだ」

「たしかに、そういう考え方もあるんだろうけど……」

「それにな、トール。本当に信用ならない者は、自らを信用する者を拒まないものなのだぞ」

「うっ」


 正鵠を得ているエステルの言葉に、ぐうの音も出ない。


 トールが言葉を詰まらせるのを見て、エステルは『あと一押しかな?』と思った。


 エステルがトールとパーティを組みたいと思うのは当然だ。

 トールは腕っ節が非常に強い。だからと威丈高になることも、虚勢を張ることもない。


 彼はお金にも誠実だ。

 たかが大銅貨1枚の借りを、お金が手に入るや否や彼はその場で返済した。


 いまのやりとりで、トールが人を騙せない性格だということもわかる。


 顔立ちも、見れば誰しもうっとりする程のものではないが、決して悪くもない。


 またエアルガルドの男性と違い、エステルの体を性的な目で見ないのも良い。

 エステルはあえて無防備な格好でトールの前に姿を現わしてみたが、彼はまったくと言って良いほど無反応だった。


 その無欲さは『トールの世界では、男に性欲がないのか?』と多少心配してしまうほどだった。


 人間は動物だ。動物として子孫を残さねばならないのだから、性欲があるのは仕方ない。

 だがそれを抑えられるかどうかは、異性間でパーティを組む上でもっとも重要なポイントである。


 トールはパーティ相手として、最高の人物だとエステルは思った。


 エステルはこれまでソロで活動してきたが、ソロにこだわりがあるわけではない。

 冒険者を続けるならば、パーティの結成は必須だと考えている。


 そこに、トールという極上の人材が現われた。

 彼が〝迷い人〟という点だけは気になったが、戦闘力には一切の不安も不満もない。


 このチャンス、決して逃すものかと、エステルは気合が入っていた。


「私は是非トールとパーティを組みたいと思っているのだ」

「パーティを組むなら、迷い人の僕なんかじゃなくて、もっと強い人の方が良いと思うけど……」

「私はトールがゴブリンの大群を倒すところをこの目で見ているのだぞ。誰がなんと言おうと、私はトールの力を信じている」


 なんと素敵で力強い台詞であるか。しかし面と向かって言われると、これほど恥ずかしい言葉はない。透はたまらず視線を外した。


 透はパーティ結成が、自分やエステルの将来を決定してしまうのではないかと感じていた。

 しかし冒険者にとってパーティは、そこまで特別なものではないのかもしれない。


 冒険者をやっていれば、依頼に合せて臨時パーティを組むことだってあるだろう。

 そういう時に、いちいちアレコレと将来に頭を悩ませる者はおるまい。


 それでも透は、すぐには決められなかった。


 パーティを組むと、仲間の命に責任が生じる。

 透はその責任を、自らの背に負えるのかがわからないのだ。


 透はエステルのことを恩人だと考えている。良い人なのだとも。その相手からこれだけの台詞をもってパーティに誘われて、嬉しくないはずがない。

 しかし、だからこそ気軽には即答出来なかった。


 答えに窮した透は。はぐらかすことにした。


「……それじゃあね、エステル。答えはまた今度で」

「あっ、おい、トール!」


 エステルの勧誘を躱し、透は自室に戻る。

 トレーニングで汗ばんだ体を拭き、身だしなみを整えて宿の食堂に向かった。


 透が食堂に入ると、既にエステルが椅子に座っていた。彼女の前には朝食が用意されているが、まだ手が付けられていない。


「トール、こっちだぞ!」


 手を上げてブンブン振るが、透はそれをあえて無視して隅の席に座った。

 そんな透の態度に、エステルがぷくっと頬を膨らませた。朝食が載ったお盆を持ち上げ、足早に透が座る席に近づいてきた。


「トール。ここ空いているか?」

「満席です」


 現在、四人掛けのテーブルに、透一人しか座っていない。


「どう見てもスカスカじゃないかっ」

「わかってるなら聞かないで」

「……っ! ~♪」


 透はぞんざいな対応をしたつもりだったが、何故かエステルはご機嫌な表情を浮かべ、透の前の座席に座った。


「なあトール!」

「ダメです」

「まだ何も言ってないのだが!?」


 どうせ「パーティを組もう!」とでも言うつもりだったのだろう。透がそんな目で見ると、エステルの視線がすいっと泳いだ。


 そこから透とエステルは、他愛のない話をして食事を取った。時々エステルが「パーティを組もう」と言いかけることがあったが、それを透は軽い<威圧>で封殺した。


 朝食は黒いパンに塩スープとサラダだった。

 黒いパンは非常に硬く、噛み千切ろうとすれば歯が欠けそうなほどだ。


「……エアルガルドの人って、顎が強いんだね」

「いやいや。さすがに私もこれをそのまま食べるのは無理なのだ。これは、こうやって食べるのだぞ」


 エステルがパンの先端をスープに浸した。黒パンは、スープで柔らかくしないと食べられないようだ。


 透もエステルを真似し、パンを浸してからかじり付いた。すると先ほどまでの堅さが嘘のように、パンはあっさりと噛み千切れた。


「……んー」


 色が黒いので、透はてっきり個性的な味がするものだと思っていた。しかし予想に反して、黒パンはほとんど味がなかった。

 味がしない黒パンとは対象的に、スープの塩味が強い。パンと合わせて食べるためのスープなのだ。


「それにしても……」


 本当に、ただ塩味が付いただけのスープである。出汁などない。辛うじて入っている具材は乾燥肉だけだ。余った材料をぶち込んだだけにしても酷い。


 サラダはほとんど雑草という見た目だった。恐る恐る口にしてみる。


「……うん」


 意外や意外。これが一番美味しかった。ややほろ苦いものの、日本で舌が肥えた透でも食べられる美味さだ。これにドレッシングがあれば、一気に化けるだろうポテンシャルを感じる。


「ねえエステル。この朝食って、エアルガルドで一般的なの?」

「大抵はパンとスープだけだと思うぞ。この宿はサラダが付いている分、お得なのだ」

「そ、そうなんだ」


 少しだけ「エアルガルドって貧困なんじゃ?」と思った透だったが、日本も朝食はパンとコーヒーがメジャーである。大して変わらない。


 一番問題なのは味だ。それに栄養素も気になる。味のないパンに塩辛いだけのスープ。辛うじてサラダはあるが、とても健康的な食事とは思えない。


「パンはおかわり自由だよ。どうだい一つ?」

「……いえ、結構です」

「なんだい、たんと食べないと大きくなれないよ?」

「すみません……」


 それは女将の優しい心配りだったが、透は丁重にお断りした。

 お腹は満たされていないが、脳は『これ以上食べたくない』と訴えている。


 それもそうだ。

 お湯でふやけた味のないパンに、塩をかけて食べているようなものなのだ。

 いくらお腹がすいていても、お腹いっぱい食べたいとは到底思えない。


 このままでは激やせで倒れかねない。

 今日、美味しい食事の確保が透にとって、もっとも重要な課題の一つとなったのだった。




 朝食を取ったあと、透は自室の窓を開け、そこから宿を脱出した。このまま普通に宿を出れば、エステルに延々と後をつけられそうな気がした。


 実際、透の<察知>スキルは玄関で待機しているエステルらしき存在を捕らえていた。


 透は昨日エステルに教わった、魔術店に向かうつもりでいる。

 出来るならば一人で、誰にも気を遣わずに、ゆっくりと魔術店の品を眺めたかった。


 透は<異空庫>から出しておいた干し肉を、ガジガジ噛みながら歩く。

 黒パンとスープより、干し肉の方が美味く感じる。リッドは料理の腕が確かだったようだ。


「どんな魔術が置いてあるんだろう。楽しみだけど、まず魔術が使えるかどうかだよなあ」


 透はスキルボードで<魔術>と<無詠唱>にポイントを振っている。スキルボードを信用するなら、完全に使えないことはない。だが、素養があるかどうかは別だ。


 おまけに透は迷い人。

〝劣等人〟と呼ばれるような存在である。


「地球には魔術なんてなかったしなあ。多少スキルを割り振ってても、使用には苦労するかもしれないなあ」


 あれよこれよと想像を巡らせながら歩いていると、エステルに紹介された魔術店にたどり着いた。


 魔術店はこぢんまりした木造の小さな建物だった。

 外壁を植物が覆い尽くしている。


「ごめんください」

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