神王エルレリオ
「ありがとうございます」
「(でも、気をつけるのよ。あの細剣は、格下の相手を攻撃すると自身の能力が封印される。その代わり、格上の相手から攻撃されると、相手のスキルを一つずつ封印する凶悪な宝具よ)」
「ああ、だからさっき腕を切りつけた時、【強化】が封印されたんですね」
「(そうよ。それに【魔剣】は魂を攻撃出来るけど、アイツは蓄えた他人の魂を盾にしてる。いくらその【魔剣】でも、一度にすべての魂を刈り取ることは出来ないわ。
何度も攻撃すれば、いつかはアイツの魂に届くけど、それまでにアンタが動けなくなる。だから、アンタにはアイツは倒せない。アタシなら、スキルが封印されてもアタシの力だけで動けるし、一度にたくさんの魂を浄化出来る。ねえ、やっぱりアタシに任せてみない?)」
実際、ステータス全体に強い底上げ効果をもたらす【強化】スキルが封印されても、他のスキルが高いおかげで、これまで通り動けている。だが戦闘向けのスキルがあと数個封印されれば、戦闘に影響が現れるはずだ。
ネイシスが体を操るのであれば、スキルの封印に関係なく、これまで通り動くことが出来る。アミィを倒すだけならば、ネイシスが行うのが最も適切だ。
「やっぱり、人間の世界のことは、人間だけで蹴りをつけるべきかなって。今後問題が起こるたびに神様に出張させるのも、申し訳ないですからね」
「殊勝な心がけね。でも、大丈夫なの?」
「たぶん」
「たぶん、て……」
「実は、試してみたいことがあるんです。それに聞きたいことも」
「(試したいこと……って、あっ!)」
尋ねようとした矢先、ネイシスは体のコントロールを透に完全に取り戻されてしまった。
『ネイシスのしもべ』という強いパイプラインがある上での降臨にも拘らず、肉体への接続を遮断されるとは夢にも思わなかった。
ネイシスはエアルガルド六神の一柱だ。その神が、人間に主導権を奪われるなど前代未聞である。
(まさか!)
ネイシスは少し上からトールを見下ろし、得心した。
(ああ、そっか。トールに賭けたのは運命神だけじゃなかったわね……)
○
ネイシスから主導権を取り戻した後、透は軽く体の調子を確かめた。
神が無理やり使ったことでどこか痛んでいないかと思ったが、どうやら怪我をした様子はない。
「(アタシが使ってんだから、とーぜんよ!)」
頭の中で、ふんすというネイシスの鼻息まで聞こえてくる。
そもそも他人の体を使うのは倫理的にどうなんだ? と思わなくもないが、論じている暇はない。
透はルカを正眼にとらえて、口を開いた。
「これで二度目ですか。何故ルカさんは、フィンリスを襲うんですか?」
「あはー、そこからですかー。まずですねー、わたしはルカじゃなくてー、アミィですー。神の王の分霊でー、ルカの体を奪ったんですよー」
「アミィ……」
その名を耳にして、ハッとした。
『アミィに気をつけろ』
あのレイスになった冒険者たちが口にしていた名前だ。また、リリィに教えてもらった名前でもある。
――迷わず殺して。
気を引き締め、口を開く。
「アミィさんは、何故フィンリスを狙うんですか?」
「神の王を復活させるためですよー。神の王エルレリオは、大変慈悲深い神ですー。実は、エアルガルド六柱とともにこの世界を創り出した、創世神でもあるんですよー。なのに、神代戦争の折にエアルガルド六柱の手により、このフィンリスの地下深くに封印されてしまったんですよー。酷いですよねー。世界を創って、用済みになったら邪魔だからって封印するなんてー」
「(違うわよ。アイツが危険だから、やむなく封印したんであって――)」
アミィの話に、ネイシスが頭の中で反論する。
そこで声を張り上げても、相手に伝わらない。頭の中がキンキンするだけだ。透は顔をしかめてこめかみを押さえた。
「神の王は、時空を司りますー。あらゆる時空に存在する、すべての人間の魂を癒やすことも出来るほどのお力があるんですよー。この神が復活すればー、世界は幸せに満ち溢れますー」
「幸せ、ですか」
「はいー。この世は穢れてしまいすぎていますからねー。人が肉体を持った瞬間に呪われたせいですー」
「呪い?」
「肉体があれば、必ず老いが来ます。怪我をしたら痛いですしー、病に倒れれば苦しみますー。お金がないと明日が不安になりー、食べ物を食べないとお腹が減りますー。人はー、いつ来るかわからない肉体の死に怯え続けますー。八難去ってもまた八難。人が苦しむのは、すべて肉体があるからなんですよー。
――これこそが、呪いの正体です。しかし呪われた肉体さえなくなればー、魂は本来の清浄さを取り戻し、すべての苦しみから開放されるんですー。これが本当の幸せというものですー」
「はあ……」
「神の王エルレリオ様は、すべての人の魂を分け隔てなく救いたいというお考えをお持ちです。この世にあるあらゆる穢れを取り除き、すべての人の魂に本当の幸せを与えてくださいますよー! すべての魂は苦しみから開放されてー、約束の地に迎え入れられますー」
既視感のある謳い文句に、透はややげんなりした。そういう手口は、どこの世界でも存在するらしい。
「それで、苦しみからの解放って具体的にどうするんですか?」
「もちろん皆殺しですよ。あっ、ちゃんと苦しまないように殺しますから安心してくださいねー」
「(ほらね。陸なもんじゃないでしょ?)」
脳内で響いたネイシスの言葉に、透は内心頷いた。
まったくもってそのとおりだ。
苦しみから解放するために殺します、もちろん苦しまないように殺します、なんて陸でもない。
「エルレリオという神はすべての魂を救う、と言ってましたけど、あたなが使った魂はどうなるんですか?」
「…………」
「はあ。やっぱり、ですか」
魂はすべて救済されるはずなのに、透の動きを封じるために使った魂や、アミィの体に蓄えられた魂が、神の救済対象に含まれないのは矛盾している。
つまり己の正義の実現や悲願成就のためには、どれほどの人が苦しもうと構わない、という考えなのだ。
そんな思想を持つ者の愛や慈悲ほど、信用出来ないものはない。
「やれやれー。あなたはわたしの話に共感してくれてないみたいですねー」
「そりゃあね。当然だよ」
「うーん、どうしてですかねー。うーん。今も納得出来てないんですけどねー。どうしてネイシスなんかのしもべにされてるんですかねー? 本来なら、あなたが神の王の器になるべき存在なんですけどねー」
「……はい?」
アミィの呟きが耳に入り、透はぽかんと口を開けた。
劣等人の魔剣使い 小説4巻
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