夢を離れ、自由に
「ペルシーモの実の採取に成功した話はしましたよね」
「ん。おめでとう」
「ありがとうございます。その道中、二体のレイスに出会いました。片方は剣士で、もう片方は盾士でした」
「――ッ」
リリィが小さく息をのんだ。おそらく気づいたのだろう。そのレイスが、何者だったのかを……。
「そのレイスを浄化する際に、言づてを預かりました。『あの世間知らずの魔術馬鹿を、よろしく頼む』と」
「……そう」
「あっ、あと『寝るときはちゃんと腹巻きをしろ』とか『好きなものばかり食べてないで、苦手なものも食べないと大きくなれないぞ』とか、『昼夜逆転しないように夜になったすぐに寝ろ』とか『朝はしっかり起きて、少し運動をしろ』とか、他には――」
「長い! どれだけ過保護!?」
「ははは。すごく良い人たちですね」
「……ん」
「『自由に生きろ』」
「……」
「これが天に昇る前に、彼らが遺した最後に言葉でした」
「そう……」
「それと、僕からのプレゼントです」
そう言って、透は〈異空庫〉に入れていたアイテムを、リリィに差し出した。
「これは」
「ペルシーモの実です」
じっとペルシーモを見つめていたリリィがふらっと立ち上がり、家の中に入っていった。すぐに庭に引き返してきた彼女の腕には、たくさんの魔術書が抱えられていた。
(何をする気なんだろう?)
訝る透が見守る中、家の中から次々と魔術書を運び出してくる。
積み重なって山となった魔術書に、突然リリィが火をともした。
「えっ!? 何をしてるんですかリリィさん!」
「自由にしてる」
「自由って……」
透の目には、自暴自棄になっているようにしか見えない。
〈水魔術〉で消火しようとするも、火の周りはかなり早く、あっという間に灰になってしまった。どうやら燃焼に特化した〈火魔術〉だったようだ。
透が見守る中、リリィが再び魔術を詠唱。
残った灰がふわりと浮かび上がった。
灰が空に向かう途中で、三度目の魔術。灰が黄緑色に光る小さな蝶に姿をかえて、ひらりひらりと舞い上がっていく。
その幻想的な光景に、透はしばし心を奪われた。
「私が魔術書店を開く。そこに、仲間がやってくる。みんなでお茶を飲みながら、次の冒険の話をする。そんな夢を、ずっと見てた。百年前のあの日から、ずっと……。
でも、叶わない夢はもう終わり。みんなの魂は星に還った。なら、私が進むべき道は一つ」
「それは、なんですか?」
「――魔術を極める」
まるで、ここにはいない誰かに宣言するように、少し天辺が赤くなった鼻を、つんと上に突き出した。
「それは――」
とても良い目標だ。
透がリリィに声をかけようとした、その時だった。
「夜分遅くに、失礼しますー」
「「――ッ!?」」
突如、庭の片隅から声が聞こえ、二人は息をのんだ。
透もリリィも一般人ではない。高レベル冒険者だ。
もし何者かが敷地内に入ろうものなら、立ち所に知覚してしまえるほど、察知能力が高い。
にも拘わらず、その者は声を上げるまで、わずかにも知覚することが出来なかった。
透が驚いたのは、それだけではない。現れた人物が、誰あろうフィンリスに厄災をもたらしたルカだったからだ。
透は即座に【魔剣】を顕現。隣ではリリィがマナを高めている。
「おお、怖い怖い。すぐに斬りかかりそうな顔をしてますねー。でも、気をつけた方がいいですよ。これをうっかり落とそうものなら、どうなるかわかりませんからねー」
「うっ……」
ルカが掲げた物体を見て、透はうめいた。
外見は、少し豪華な作りのランプに見える。しかしそのランプからにじみ出る雰囲気は尋常ではない。まるで無数の死人を煮詰めて凝縮したかのようで、実におぞましい。
「なに、それ……」
隣でリリィが唇を震わせた。
彼女にはどのように見えているのか、顔が真っ青になってしまっている。
「これは魂の器。すでに待機状態にありますー。少しでも衝撃を与えると――厄災が飛び出しますよ」
「「――ッ」」
それは、決して脅しではない。事実、魂の器から感じられる力は尋常ではない。迂闊に動けばどうなるか、想像もつかない。
「……何をしにきたんですか」
「今宵はまず、トールに恩返しをしに来たんですよー」
「恩返し?」
「はいー。ではさっそく、これをどうぞー」
そう言うと、ルカは魂の器に指を入れた。何かを摘まむように指先を動かし、抜いた。彼女の指には、白いモヤが捕まれていた。
『■■■■■■■■■■ッ!!』
「――うっ!」
【魔剣】を通じて、モヤから強い思念が流れ込んできた。
声なき悲鳴。絶望の感情。強い怨嗟。
あのモヤは間違いない、人間の魂だ。
ルカが、満面の笑みを浮かべた。
「それではしばしの間、舞台からご退場願いましょう」
ルカの指先にマナが集中。
魂が膨らみ――あっけなく弾けた。
刹那、透の視界が完全な闇に閉ざされたのだった。