実力テスト
「劣等人?」
「……迷い人は昔からそう揶揄されているのです。迷い人は戦闘力が乏しく、普通の生活にも馴染めないものばかりですので」
受付嬢が透の疑問に答えると、隣でエステルが目をつり上げた。
「取り消せ! トールは劣等人なんかではない! トールはゴブリンの集団から私を守ってくれたのだ!!」
「おいおい、姉ちゃん。じゃあなんでソイツは真っ赤なんだよ?」
「嘘はいけねぇぜ。どうせソイツがゴブリンに殺されそうだったから、姉ちゃんが助けてやったんだろ?」
「違う。私が助けられたのだ!」
「なんでそんなに劣等人を庇うんだよ」
「もしかして、その男にもうホの字なのかよ」
「巫山戯るな!!」
男たちの口ぶりに、エステルが切れた。
エステルが剣を抜く。その前に――、
「エステル。ちょっと落ち着こう」
「――ナッ!? ト、トール……」
透は柄に手を当て、引き抜かれそうになった剣を止めた。
顔を赤く染めたエステルを抜き、透は前に出る。
バーにいる男二人を睨み付け、透は凄んだ。
「いま冒険者登録中なので、ちょっと、黙ってて頂けますか?」
自分だけでなくエステルまでも小馬鹿にされたことで、透は少しカチンと来ていた。
男たちに向けて、全力で<威圧>をぶつけた。
瞬間、ギルド内の空気が触れれば割れそうなほど張り詰めた。
「「――うぐっ!?」」
その空気に、男たちの体が過剰に反応した。
全身の筋肉が硬直し、呼吸が止まった。
「なん、だ……このガキ……」
「くる……し……」
透が睨み続けると、男たちはそのまま盛大にひっくり返り、派手な音を立てた。
倒れた男たちの股の下が、みるみる湿っていく。
誰かがツバを飲む音が、やけに大きく響いた。
先ほどまで溢れていた喧噪が、綺麗さっぱり消えていた。
透が見回すと、まるで透の視線を避けるように、冒険者たちがすっと顔を背けた。
その反応が気になった透だったが、静かになったのでこれ幸いと手続きを再開する。
「話の続きをお願いします」
「あ……う……」
透の空気に萎縮したか。受付嬢が喘ぐように口を動かすが、言葉が出て来ない。
(あれぇ? この人には<威圧>してないんだけどなあ)
念のため、きっちり意識して<威圧>をシャットダウンする。
「なあ。トールはあいつらに、一体なにをしたのだ?」
「なにも?」
「じゃあなんで倒れたのだ?」
「単に酔っ払って潰れたんじゃない? すごい酔ってたみたいだし」
彼らに興味が無い。透は適当に答えた。
「さ、先ほどのお話の続きですが、口さがない者は迷い人のことを〝劣等人〟と呼んでいるのは確かです。ですが、冒険者ギルドは迷い人だからと、差別することはありません。トールさんには、是非とも冒険者ギルドの一員になって頂きたく思います。いかがでしょうか?」
「もちろん。僕も是非登録して欲しいと思います」
売りたいものもあるので、と透は付け加える。
「売りたいもの、ですか?」
「はい。売れるかどうかはわからないんですけど、見た目が綺麗だったので素材として売れるかなって」
そう言って、透は光る鍾乳石を取り出した。
「えっ――!?」
「やはりか……」
受付嬢がキョトンとする横で、エステルが一人納得している。
二人が見ているのは光る鍾乳石――ではなく、透だった。
「トールさん、あの、もしかして<異空庫>持ちなんですか?」
「そうですね」
「トールの武器が知らぬ間に消えていたから、そうなのではないかと思っていたが、やはり<異空庫>に入れていたのだな」
「……あっ。う、うん、そうだね」
透の【魔剣】は厳密には<異空庫>に入っているわけではなかったが、透自身【魔剣】がなんなのか、消えているあいだはどこにあるかを知らない。
【魔剣】そのものの説明に骨が折れそうだったため、透はあえてエステルの勘違いをそのままにしておくことにした。
「買取のお話でしたね。こちらは……間違いなく精霊結晶ですね」
「へぇ。これ、精霊結晶っていうんですね」
「知らずにお持ちになられたんですか?」
「はい。綺麗だから売れるかなって」
「なるほど……」
透の言葉に、受付嬢が僅かに苦笑した。
「精霊結晶は、特殊な力を秘めた石の総称です。通常の石からここまで変化するのに長い年月を必要とすることから、『精霊の力を浴びて変化した』という意味を込めて、精霊結晶と呼ばれるようになりました。
この精霊結晶ですが、光り方から土の力が宿っていると思われます。非常に珍しく貴重なアイテムですので、1つ1000ガルドでの買取となります」
「おおっ!」
拳ほどの精霊結晶が1000ガルド――日本円で10万円相当だ。
その値段に、透は喫驚した。
綺麗だから売れたらいいなー程度の気持ちで集めた石が10万円。
(回収しておいてよかった!)
「こちら、1000ガルドで買取してよろしいですか?」
「あっ、まだあるので残りも買取をお願い出来ますか」
「了解いたしまし……た……えっ?」
透が次々と<異空庫>から精霊結晶を取り出していく。
精霊結晶は全部で15個になった。単純計算で銀貨150枚分だ。
エアルガルドの平民の生活費が1ヶ月銀貨5枚からだという話だったので、節制すれば30ヶ月は暮らせる計算となる。
(ああ、高値で売れるならもっと回収しておけばよかった……)
「こちら、直ちに鑑定させて頂きます。鑑定の間、冒険者登録に関する実力テストを受けて頂けますか?」
「実力テスト?」
テストと聞いて、透はいの一番に学力テストを思い浮かべた。冒険者になる際に、必要な知識があるのだろうか、と。
しかし透の考えは外れる。
「実力テストって、なにをするんですか?」
「冒険者になる方の、戦闘能力のテストです」
戦闘能力のテスト。
その言葉に、透は言い知れぬ不安を覚えた。
「ご安心ください。あくまでトールさんの体力や技術を見るだけです。怪我はいたしませんので」
「は、はぁ……」
「詳しくは担当官にお尋ねください。実力テストの結果が悪くても、冒険者登録を拒否することはございません。あくまで育成のサポートを行いやすくするための、参考記録とさせて頂いております。逆にテストの結果が良ければ、Fランクを飛ばしてEランクからスタートして頂けます。頑張ってくださいね」
受付嬢からテストを受けるための用紙を渡され、透はとぼとぼと訓練場に向かった。
訓練場は体育館の半分ほどの広いホールだった。
現在は時間が遅いため誰もいないが、普段は冒険者が戦闘訓練を行っているだろう。壁際には木で出来た様々な武器が立てかけられていた。
受付ホールとは違い、訓練場は地面は踏み固められた砂で出来ている。
「おう、新しく冒険者登録するって奴はお前か」
訓練場を観察していると、透の背後から野太い声が聞こえた。
振り返ると、そこにはスキンヘッドの筋骨隆々な男がいた。顔はどう見てもカタギではない強面である。
彼はシャツにスラックスという出で立ちだが、衣服を筋肉が押し出して、服本来の形が判らなくなっている。
彼は透の顔を見て一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに立ち直り大きな手を差しだした。
「紙をよこしな。受付から貰っただろ?」
透は受付嬢から貰った紙を渡す。男はその用紙にさっと目を通し、落胆した表情を浮かべた。
「なんだ、〝劣等人〟かよ」
「その言い草はあんまりではないか?」
透に付き添っていたエステルが、男の口ぶりに噛みついた。
しかし男はエステルの言葉が聞こえなかったふりをした。
「はあ……。怪我だけはしないように気をつけてくれよ。俺も手加減はするが、手加減にも限界はあるからな。運悪く怪我させちまって文句を言われんのは面倒だ」
「私の話を――」
「まあまあ」
ポニーテールを逆立たせたエステルを宥めながら、透は前に出る。
「実力テストというお話ですが、なにをすればいいですか?」
「あー、俺は一切手を出さないから、あそこにある武器を使って俺を攻撃しろ。得意武器があるならそれを使え。って言っても、〝劣等人〟にゃ得意武器なんてねぇか」
彼の言葉に挑発の色はない。含まれているのは、諦めだ。
劣等人が強いはずがない。テストを行うまでもない。始めから結果はわかっている、と。
(きっと、過去に何度か迷い人と手合わせしたことがあるんだろうなあ)
透は彼から、そんな雰囲気を感じた。
「迷い人って、そんなに弱いのか……」
壁に立てかけられた木刀を手にして、透は思う。
赤子からエアルガルドで生活しているわけではない迷い人は、普通に生きていれば身につくはずの力を身につけていない。
たとえば言語がそうだ。
普通に生きていれば、育った地域の言語が話せるようになる。
標高の高い地域で生まれ育てば、心肺機能が強力になる。
幼い頃からピアノを習っていれば、手が大きくなり、小脳が肥大化する。
そんな『育った環境によって自然に身につくはずの力』が、迷い人は欠落しているのではないか……と透は考えた。
透はスキルボードで能力を補正してはいる。
(けど、エアルガルド人にはあって、迷い人にはない決定的な差があるかもしれない)
故に透は、一切の油断を排して男の前に立つ。
透は挑戦者だ。
すべてに対処される前提で、最初から全力で戦うまでだ。
一度瞼を閉じて、精神を集中させた。
「……ふぅ」
深呼吸をして、深く深く、潜っていく。
伸ばした手が、極限集中に届いた。
一秒が、永遠に引き延ばされる。
そこで、透は瞼を開く。
木刀を中段に構え、まっすぐ男を見た。
「……行きます」
「いいぜ、いつでも来い」
透は僅かに腰を落とし、呼吸を止めた。
次の瞬間、
「――ッ!?」
透は自らの間合いに男を捕らえた。
男は目を見開く。
だが、男はまだ動かない。
(チャンスッ!)
透はそのまま、木刀を振るって払い抜ける。
――ドッ!!
肉を打つ音が訓練場に響き渡った。
透が放った胴薙ぎは、男の土手っ腹に綺麗に入った。
攻撃を受けて男が後方に飛ばされた。
ごろんごろんと三度転がり、やっと停止した。
透は二の太刀を振りかぶった態勢のまま固まった。
「……あ、あれ?」
透は男に攻撃が防がれる前提で動いていた。
だが、男は一切防ぐ素振りすら見せなかった。
その事に、透は驚きを隠せない。
(てっきり、防がれると思ったんだけどなあ……)
あるいは透は、男が筋肉で受けきるものと考えていた。
しかしどうも男は、その分厚い筋肉で透の攻撃を受けきれなかったらしい。
「うごごご……」
男が壁際で蹲ってプルプル震えている。
すぐに立ち上がる気配はない。
「よくやったぞ、トール!」
透の後ろではエステルが歓喜の声を上げた。
「さあ、行けトール! 追撃を行うのだ!」
「いや、そういうルールじゃないよね!?」
よほど彼の挑発が腹に据えかねていたのか、エステルが快哉をあげた。しかしここで追撃しては、訓練ではなくただの暴行である。
透はため息をひとつ吐き、木刀の先を降ろしたのだった。