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絶体絶命を巻き起こしたプレゼント

「ド、ドラゴン……」


 エステルがかすれた声でつぶやいた。

 は虫類のような目に、体中を覆ううろこ。巨大な体躯。背中には羽が生えた、四足歩行の生物。


〈察知〉ではもはや捕らえきれぬほどの力を内包したそれは、間違いない。世界最強との呼び名が高い、ドラゴンだった。


「トール、逃げるのだ」

「エステルが逃げて!」

「無理だ。私では万年炎を越えられない! それに、ほら――」


 エステルが青ざめた目をちらり足下に向けた。


「あ、足が震えて、動けないのだ」

「…………ッ」


 魔人との戦いを経て、二人の肝はずいぶんと据わった。遙か格上のオーガ相手であっても、恐怖心によって動きが鈍ることがなかった。


 しかし、ドラゴンは別格。別次元だ。

 生物として植え込まれた原初の恐怖は、理性でどうにかなるものではない。


「トールは動けるか?」

「う、うん。一応」

「ならトールが逃げるのだ」

「うーん」


 大切な仲間を見捨てて逃げられるはずがない。透は必死に頭を働かせる。


(エステルが動けないなら……)


 エステルから距離を取る。こちらが憎悪を稼げば、エステルが狙われる可能性は低下する。


 ――少なくとも、自分が生きている間だけだが。


 ぎょろり。ドラゴンの眼が透を捕らえた。たったそれだけで、心臓が凍り付く。しかし透は歯を食いしばり、恐怖に耐える。


「ただで死ぬつもりはないよ」


 動物は、彼我の差を敏感に感じ取る。相手が弱いとみれば、あっという間に命を奪いに来る。しかしたとえ相手が弱くとも、『手を出せばただではすまない』と思えばその限りではない。


 透は【魔剣】に《フレア》を合わせ、マナを放出。自身をできるだけ大きく見せる。

 じっと、ドラゴンの出方を窺っていた、その時だった。


「……ん?」


 ドラゴンの視線が、どうも気になった。透は警戒したまま、少しずつ移動する。するとドラゴンの瞳がこちらを追ってくる。右に動き、左に動き、手を回す。


(あれ、あのドラゴン、なんか僕のブレスレットを見てない?)


 試しに、ブレスレットをはめた左腕を大きく動かした。ドラゴンの瞳が大きく動いた。

 間違いない。ドラゴンは透がつけているブレスレットを見ている。


「あの、駄目神!! 特別な効果はないって言ってたのにッ!!」


 正確には、『【魔剣】みたいに特別な効果はほとんどない』だ。


 この『ほとんどない』という部分に注釈で『ただしドラゴンは引き寄せる』なんて書かれているとすれば、それはもはや詐欺である。

 神様のご加護付きではない。悪魔の呪いだ。


 ブレスレットを全力で投げつけようか真剣に考える。しかしその隙を相手が許してくれるか……。

 その時だった。


 ――ギュルルルル。


 ドラゴンのおなかが鳴った。見れば口元に唾液の跡がある。


「ああ、食べられるのだ。私たちはここで食べられちゃうのだぁぁぁ!」


 この音に、エステルが取り乱した。無理もない。

 世界最強の生物が、腹ぺこ状態で目の前に現れたのだ。もはやこちらの命運は、風前の灯火である。


(そういえば――)


 ふと、透はあることを思い出した。

 途端に体が自律的に動き出した。〈アドリブ〉スキルの効果だ。


〈異空庫〉を開き、中身を一斉に取り出した。


 ――ドサッ!


 ドラゴンの前に、透が集めたモノが音を立てて出現した。


「グル?」


 それは、透が入山してから倒してきたオーガだった。

 突如目の前に出現した大量のオーガに、さしものドラゴンも毒気を抜かれたようだ。


 頭を高く上げ、「これは何?」と言わんばかりに首をかしげる。


「トール。それ、拾っていたのだな」

「う、うん。あはは……」


 万年炎の火口に捨てていけば良いと思っていたが、まさかこのような使い道があるとは考えていなかった。


「お腹、減ってるんだよね? それ、食べていいよ」

「グルル?」

「ほんとだよ。どうぞどうぞ」


〈調教〉スキルのおかげか、ドラゴンの言葉がなんとなく伝わってくる。

 オーガを文字通り餌にして、透たちの命は見逃してもらう算段である。


 この交渉に失敗すれば命はない。それがわかっているだけに、透はドラゴンの一挙手一投足に神経を研ぎ澄ます。


>>〈調教Lv1〉→〈調教Lv2〉


 透が息をのむ中、ドラゴンが大きな口を開け、がぶりとオーガに食いついた。


(ここからが、本番だ)


 透は意識を集中させる。

 ドラゴンの食事の迫力に、青くなったエステルが足を浮かせた。後ろに下がりそうになるのを、透は必死に目だけで押しとどめる。


 野生動物は、育児中と食事中に最も攻撃本能が露わになる。それを透は、日本で暮らしていた頃、飼っていた犬から学んでいた。


 たとえ飼い犬であろうと、食事中は決して触ってはいけない。

 なぜなら食事中に触ると、食べ物を奪われると(野生の本能的に)勘違いするからだ。


 どれだけ仲が良くても、怒ったり噛みつこうとするのはそのせいである。


 ドラゴンが透の飼い犬と同じかどうかは不明だが、細心の注意を払うに超したことはない。

 数十体はあるオーガがみるみるうちに消えていく。すべてのオーガを食べ終えた後、ドラゴンがぐいっと顔を上げ透を見た。


「――ッ!」


 次は自分か?

 いよいよ武力で抵抗すべきか考えていたときだった。

 透の前で、ドラゴンが目を輝かせ、


「キュルンキュルン!」


 敵意がまるで感じられない声を上げた。


「へっ?」


 ドラゴンの変貌ぶりに、エステルの喉の奥から間の抜けた声が漏れた。反射的に体が脱力しそうになるのを、気力でぐっとこらえる。

 まさかドラゴンがこんな声を上げるとは思いも寄らなかった。


「一体どうしたというのだ。トール、なにがあったかわかるか?」

「う、うん。たぶんだけど、気に入られちゃった……?」

「へっ? 今なんと?」


「ドラゴンに、気に入られちゃったみたい」

「…………」


「オーガをあげたら、懐かれたっぽい?」

「はあ……?」

特別な効果は〝ほとんど〟ない


某女神「嘘は言ってないわよ?」

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