ランクアップクエストの詳細
(なるほど、僕が劣等人だからか)
本当なら、透たちの功績はCランクの免状――クエストを受けずともCランクに上がる権利が得られるほどのものだった。
しかし、そこで反対する人達の激しい抵抗にあった。
『劣等人が強いはずがない』とか『たまたまその場に居合わせただけだろう』などと言っていたのだろうと想像出来る。
なので、ランクアップクエストへの挑戦権だ。
おそらくこれが、賛成派と反対派の落とし所だったに違いない。
「トール。これをクリアすれば、私たちも晴れて一流の冒険者なのだ!」
「落ち着いてエステル。まだクエストの内容も聞いてないから」
既にクリアした気になっているのか、興奮するエステルを透は落ち着かせる。
――そう、問題はクエストの内容である。
「それじゃあ……内容について話を進めようか」
先ほど感じた理不尽業務の気配が、ここへきてより一層強くなった。
間違いない。厄介ごとは、ここからだ。
「ランクアップクエストの内容は簡単だ。君たちにはペルシーモの実を採取してきて欲しい」
「ぺるしーも? エステル、知ってる?」
「いいや、私は知らないのだ」
「えっ……」
その言葉に、透は目を丸くした。
エステルは商家の娘ということもあってか、情報収集能力に長けている。実際彼女が得ていた情報に、透は何度も助けられた。そんな彼女にまさか、知らないものがあるとは思いもしなかった。
「マスター、ペルシーモってなんですか?」
「…………」
尋ねるも、アロンはただ満面の笑みを浮かべて答えない。どうやらDランクへのランクアップクエスト同様に、ペルシーモの情報を得るところからがクエストのようだ。
「じゃあ、クエストの攻略期限はありますか?」
「一ヶ月だね」
「なるほど」
一ヶ月あれば、なんとかなりそうだ。
「とりあえず、地道に情報収集するしかなさそうだね」
「ああ。ひとまずギルドの書庫を当たってみるのだ」
「そうだね」
「ああ、それについて一つ。書庫にはペルシーモの情報はないよ」
「「えっ!?」」
「フィンリスギルドだと、ペルシーモを知っているのはたぶんボクだけだ。――あっ、うっかりヒントを出しちゃったかな?」
テヘッ、と言わんばかりにアロンがちょこんと舌を出した。
軽薄な態度のせいで、言葉の真偽がつかめない。
透は後ろを振り返り、マリィを見る。
彼女は申し訳なさそうな表情を浮かべて頷いた。どうやら、アロンの言葉は真実らしい。
「これは、いきなり暗礁に乗り上げたのだな」
「うん……」
「どうだい、やっぱりやめておくかい?」
「挑戦せずに諦めるなんてもっての外なのだ!」
「冒険者なら、そう言うだろうね。でも、急ぐ必要が本当にあるな? ほんの数年我慢すれば、必ずランクアップクエストを受けられるようになる。君たちは現時点においても、すでにCランク相当の実力が十分備わってる。もし将来クエストが受けられるようになったら、命を危険に晒すことなくCランクに上がれるだろう。……それまで待つつもりはないかい?」
(やけに引き留めようとするな)
Cランク冒険者ともなれば、街一番の実力者だ。そんなランクになるということは、もはや個人の話ではなくなってくる。
高ランクの冒険者が多ければ多いほど、その土地の安全が保証されるし、ギルドの看板にもなる。
依頼主の信頼だって獲得出来る。
アロンだって、高ランクの冒険者が増えれば嬉しいはずだ。にも拘わらず、引き留めようとしているのは――。
「今回のランクアップクエストですけど、難易度はCランク相当ですか?」
「…………」
透の問いに、アロンは目を伏せて黙り込んだ。
どうやらこのクエストの難易度はかなり高いようだ。それも、一ランクや二ランクではない。魔人を倒した透たちですら、送り出すのをためらわれるほどの高難易度だ。
「エステル、今回のランクアップだけど、見送った方が良いんじゃないかな?」
「何を言う!? これはせっかくのチャンスなのだぞ!」
「でも、危ないかもよ?」
「駄目だと思ったら、その時に引き返せば良いではないか」
エステルはランクアップクエストにかなり乗り気だ。
それもそのはず。透やエステルの年齢で、Cランクに至る冒険者はほとんどいないためだ。
「…………わかった。エステルがそう言うなら、チャレンジしてみよう」
「やった!」
「ただし、情報が集まらなかったり、危ないと思ったら諦めよう」
「ああ、もちろんなのだ」
透たちが出した結論を受けて、アロンが深いため息をついた。
「……まあ、そう言うとは思ってたよ。君たちは冒険者だ。冒険者である以上、可能性を前に尻込みなど出来ない。かつては、ボクもそうだった」
「アロンさんも、冒険者だったんですね」
「昔の話さ」
アロンが苦笑を浮かべた。
「……さて、トールくんとエステルくんは退席して、マリィくんもいない。今、この部屋にはボクしかいないから、これは独り言だ」
アロンは立ち上がり、透たちに背中を見せた。
「アロン殿、一体何を言って――」
「しっ、エステル!」
透は慌ててエステルの口を塞ぐ。
彼は今、独り言と称して透たちにヒントを渡そうとしているのだ。邪魔をしては大損である。
「……ペルシーモの実の採取クエストは、百年近く前に一度だけ、とあるパーティが挑戦したことがある。そのパーティは、残念ながらクエストに失敗した。
そこでは、誰も予想しなかったことが起こった。その内容を鑑みて、ギルドはこのクエストを塩漬けすることにした。
――そして、忘れられた。
今このクエストを覚えてるのは、ボクくらいなものだ。あるいは、ボクと同じだけ長生きな人とかね」
その言葉を聞いて、透はすぐにあの――耳が長く色白で、常にマイペースな同居人の姿が思い浮かんだ。
アロンがちらり透を見て、続けた。
「王城の反対派はこう考えた。『劣等人になど特権を与えるわけにはいかない。絶対にクリア不可能なクエストを与えて、失敗させてやろう』と。結果、賛成派の条件をのむ対価として、自分たちに有利な条件をつけた。冒険者の命など、微塵も考えずにね……。
その条件は――」