8.訪問者
機士修道会のエージェントは店の居住ブロックへと通されていた。
その前にエミも二式を装着していた。機体色にはマットブラックを選んだらしい。
「さて、聞かせてもらおうか?」
エージェントの男はMk82を除装し、勧められた椅子に腰掛けるとそう切り出していた。
「あんたらの所の実行部隊は全滅した。警備システムに引っかかったわけじゃない、奥まで辿り着いたところで、後ろからNMUの兵どもがやって来たのさ」
機士修道会の探索計画については既に漏れていたことだ。
新人類連合が派兵しているということについても、キョウが襲われたことで明らかとなっている。
そして情報が漏れたのは潜水艦からこのエージェントへの通信時。
キョウに落ち度などなく、むしろ被害者であると、言いはしないがそう受け取れるだろうという説明を彼は行っていた。
「……なるほどな。その説明でこちらが納得出来ると、本当にそう思っているのか?」
だが、男はそれを鼻で笑ってそう返していた。
「うちの部隊が全滅した、それはいい。NMUの兵も痛手を負って去った、それもいいだろう。だが……お前はどうやって生きて帰ってきたんだ? 案内人」
だろうな、とキョウは思っていた。
納得してくれるのが一番良かったが、出来ないのが当たり前だ。
仕方なくキョウは二式を除装し、インセクトへと変身してみせた。
男は息を飲み、しかし腰の銃に手をかけることはなく、深い溜め息を吐いてみせた。
「ちょっと、キョウ……いいのかい?」
クリスが驚いたように言うが、仕方がないとキョウは返す。
この場で男を始末するため変身したわけではなかった。これが何事もなく済ませるために現状必要な唯一のことだった。
「NMUは残りの戦力全てを投入したわけじゃない。それはあんたらの兵で撃退出来ないこともなかったが、俺がまともに生き残ろうってのはこれは無理だった」
だから変身する事を余儀なくされたとキョウは言う。
「そして……言いにくいが。俺のこの姿を見られたからには、あんたらのお仲間とそれ以上友好的な関係を維持しようってのも、また無理だった」
部隊の生き残りを始末したのは自分であるともキョウは明かした。
クリスは話の流れをおろおろとしながら聞いている。その長い尻尾はびくびくと跳ね回っていた。
だが、機士修道会のエージェントは激昂することもなくそれを聞いていた。
「ここからが本題だ。NMUは成果なく引き上げた。だが、それを素直に持ち帰って叱責を受ける気持ちに奴等がなれるかどうか。そうしてくれるんなら問題はないが、そうでなかった場合」
失態を誤魔化すために奴等が狙う大物、戦果といえるものはなんなのか。
「……そこまで言われたら俺にもわかる。……我々の、母艦か」
エージェントの男はうんざりとした表情で言っていた。
拡張された東京湾に未だ潜行している彼等の潜水艦は、回収予定時間になるまであと18時間ほどか、そこで待ち続ける。
一個中隊のサイバードロイドを放出した艦に、自衛能力といえるものはもう乏しい。
そして定期的に連絡を受けるため、艦は浮上しなくてはならない。
新人類連合が残存戦力で上げられる、それは最大の戦果。格好の標的だった。
「それを止められるのは今のところ俺達だけだ。この街に居る他の連中も、あんたら二大勢力の戦いには出来るだけ知らんぷりを決め込もうとするだろう」
そしてキョウたちが彼に手を貸す対価としては、キョウの存在を黙っていること。
この島から出ることの出来ない化物一匹を見逃すことだと、キョウは言っていた。
勝算はある。キョウはそう思っている。
ミハイルが言っていたように、インセクト・タイプはスペアキーに過ぎない。
どこかに未だ隠れていることを両軍とも承知して、消極的にではあるが許容していることだ。
機士修道会は狂信的な宗教団体であり、組織としてそれを目の前にすれば見逃す事は出来ない。
だが個人的にならば。可能なのではないかと思えた。
とくに、この街――ニューコエドシティにはクリスのようなハイブリッドも、アッシュのようなサイボーグも溢れている。そういった者しか居ないと言ってしまっていい。
それらの存在を許容出来ないような狂信者が、現地エージェントなどつとまるはずがない。
はたして、男は再度口を開いていた。
「わかった。……いいだろう、その条件を飲もう。だが、潜水艦まで俺も同行する」
ルイス=ハックマンE4と名乗った男に対し、キョウはうなずきを返していた。
E4――曹長どのか。やはり、略式階級というやつは面倒くさいと思いながら。
リャンは地下につくられた軍研究所の通路を歩いていた。
倒れているミハイルの死体を見つける。検分するまでもなく、エネルギー刃によって断ち割られた死体であるとわかった。
「……小熊のミーシャも、こうなるとあっけないものね」
苦々しく笑いながらリャンはそう言っていた。
まさか失敗するとは思わなかった。まあ予想していたとしても、彼がそう言い出したのならリャンが止められるものではなかったわけだが。
新人類連合は寄せ集めだ。かつて存在した軍の残党が、強化人間であるというだけで寄り集まって作った存在に過ぎない。
よって命令系統も整理されてはいなかった。
幾つかの最上位機関から派遣された兵たちが、その場であたえられた階級に従い、ゆるい繋がりをもって最低限の連携を行うだけだった。
烏合の衆よりは多少まし、そんなものだ。
よってリャンは同階級であるミハイルに対して命令出来ない。提案が出来る程度だった。
だがその損害についてはリャンに責任が課せられる。どうしたものかと彼女は悩んだ。
「かれは……やはりインセクト。それは間違いない」
だがインセクトだけでサイバードロイド7体とミハイルを始末しきれるものではない。
この研究所で何かを見つけたに違いない。切り札となりうる何かを。
可能性が最も高いのは、やはり戦時中の悪夢。転送式強化服を着た何か。
リャンはその稼働時間がおよそ実戦にたえるようなものではない事は知らないため、その戦力を実戦投入されたもの――X-3であるとみつもった。
「だとすると、今の状況でまともに相手出来るものではないわね」
キョウの追撃については一旦白紙だ。危険すぎて、手が出せたものではない。
しかし、本国に戻ってこの結果をそのまま報告するというのも考えられなかった。
インセクトとスーツ、その存在を確認したものの、兵を失うだけで自身も損傷して逃げ帰った。
それではだめだ。文字通り処分されてしまう。
報告内容を制限し、凱旋することが出来るだけの戦果を手に入れなければならない。
現状残された戦力で叩くことが出来る、報告出来る内容でその存在を察知出来る、大物。
リャンは狼女のような獣毛に覆われた顔で、ふっと笑みを漏らした。
そしてルイスが至ったのと同じ結論へと、大した時間も掛からず到達する。
「機士修道会の母艦を沈める。それなら、爆雷数発もあれば出来るわね」
言って、彼女は踵を返した。
もうその場に倒れる熊男の死体には目もくれなかった。