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7.エミ

「やれやれ。そんな仕事してる割に、きみってば人付き合い苦手だもんね」

 クリスはそう言って端末の前へと座る。

「でもまあ、僕の人を見る目はそう間違っちゃいないと思ってる。プランはあるのかい?」

 聞いてきたクリスへと持ち帰った少女の"取説"を渡し、キョウは口を開いていた。


「このまま何事も無く過ぎるのなら、それだけで問題はない筈だ。そうでなくても……たぶん向こうから接触して来るだろうな」

 とりあえずはそれを待つ。その間は、彼女のスペックを見てみることとしよう。


 なお、何故キョウが案内人などという仕事をしているのかと言えば、それは可能な限り自身の能力を秘匿するためであった。

 たんにスカベンジャーとして活動するのもいい。

 だがそれでは、どうしても強化人間としての能力に頼らねばならなくなる。二式でなく別のものを使用しても、単独で廃墟を探索するには力不足だ。

 それを別なスカベンジャーやら両軍の哨戒兵に見られるリスクを抑えたかった。

 他のスカベンジャーと群れるというのも、同じ人間と長く付き合っていればどうしても、キョウが抱える不自然さといったものについて隠し通すのは難しくなる。

 毎回別な人間と短時間行動し、その依頼人に必要な戦力を提供してもらう。この形がインセクトである事を隠すためには最も都合が良かったわけだ。

 やむをえない場合は依頼人を全て始末して戻る。

 廃墟探索に不慣れであるからこそ案内人を雇っている依頼人が、妙な罠を踏んで全滅するなどということは珍しくなく。その結果キョウに死神などという不名誉なあだ名が与えられているわけでもなく、むしろ優秀な依頼人としての評判が立つ程度にはそれはレアケースであった。


「っと、これが実際に配備された転送式強化服、X-3のスペックか。最後までXナンバーは取れなかったんだね」

 取説の中にはそれも含まれていた。

 開発が完了したので、前バージョンの実験体は眠らされたというわけだ。

「凄いな、見れば見るほど……冗談みたいだね」

 クリスはそう言って呆れたように笑う。


 装甲の厚さや組み合わせた素材自体の硬度と弾力、そして再生力で実現される従来兵器の防御性能と、主に慣性制御で実現される転送式強化服のそれとでは全く、次元が違っていた。

 弾丸や破片、これを傷つけようとする物全ては、そもそも命中しないのだ。

 装甲に触れる前に運動エネルギーを失い停止してしまう。そんなものに殺傷力など存在しない。

 サイバードロイドが持つレーザーガンなどに至っては実体弾より悲惨だった。どれだけの威力を持とうがあっさりと曲げられてしまう。


 決定打となりうるのはスーツの備える慣性制御でも完全には止めきれない戦車砲や艦砲くらい。

 それらが直撃した場合には、見た目通りの薄さしか持たないスーツは完全に破壊された。

 しかしそんなものが彼等に命中するなどというのは、余程の油断と幸運と不運が積み重なった末でしかありえないものであり、ほぼ起こり得なかった。


「で、こっちがX-2のスペック。これで良しと出来なかった理由は、まあ一目瞭然かな」

 モニターに呼び出したそれを眺め、クリスはそう言っていた。


 慣性制御の出力に関してはX-2はX-3と遜色なかった。よってその防御性能やパワーといった物についてはほぼ同等のものを備えている。

 しかし問題となるのはその稼働時間の短さ。エネルギー効率が極度に悪く、光剣レーザーブレードを使用した際にはその連続稼働時間はたった25秒しかない。

 エネルギーチャージに関してはキョウの持つ武装などより余程早く、パワーの全てを使い切っても10分ほどでまた再使用が可能になるが、これでは彼女に戦力としての期待を向けるのは無理だろう。


 なお、彼女の身長が急に伸びた理由についても明らかとなった。

 装着の際、使用者の身体はナノマシンの投与によって伸長され、スーツの大きさに強制的に合わせられるといった機能の存在もスペック表の中には存在していた。

 当然負担を強いるものであるため、頻繁に出撃を繰り返すことに対して否定材料を追加するものでしかない。

 やはり所詮実験体だということだ。


「あとこっちはパーソナル・データか。彼女の名前は……っと、エミ=サカマキ?」

 クリスは何度かその名前を繰り返しながら別の項目を呼び出し、末尾に残された開発責任者の署名と見比べてからキョウの方を向く。

「ファミリーネームが一緒だ。もしかして、こいつの開発責任者の娘さんを実験に?」


 それが事実なら、良くそんな事をと言うクリスに対して、キョウは返す。

「だが、生き残った。……そういう事なんだろうさ」

 外道と言われようと、また贔屓と言われようと、そうしないでは居られなかった、のだろう。


 エミが目を覚まし、ベッドからゆっくりと上体を持ち上げる。

 それでもぼんやりとしたままの彼女に、キョウは二式のバイザー越しに笑いかけていた。

「やあ、10年後の世界へようこそ」



 何か覚えていることはあるかと問うキョウに対し、エミは首を横に振っていた。

 冷凍睡眠からの覚醒プロセスは完全だった筈だが、まだ混乱しているのだろうか。

 しかしそれについてもエミは否定した。


「……この身体になった後、実験中の記録については、あまり私には残さないようされていました」

 そう言われていた訳ではないが、覚醒する度必要なことしか覚えていないので、そういったものだろうとはすぐに気づく。

「そしてそれ以前のことについては……戦争が始まった時点で、もう何一つ形あるものとしては残らないだろうと、そう思っていました」

 だから意味がない。初対面の人間に思い出として語るようなものでもない。


「ですから、私には特に問題はありません。今の世界について、説明をお願いします」

 エミはキョウを見てそう言っていた。

「……信じられるかな?」

 俺なんかの言葉を。何もかも変わり果ててしまった世界と、今の良いとはいえない状況を。

 キョウはそう言ったが、エミは表情も変えずにそれにうなずき返す。

「あなたの言うことなら、大丈夫でしょう。インセクト・タイプの強化人間である、あなたの言うことなら」


「てことは今、僕の部屋には日本が生み出した悪夢2つが揃い踏みしてるわけだ。とんでもないことになったな」

 クリスは肩をすくめていた。


 キョウはエミに、今の世界の状況を説明する。

 何もかもが無傷では済まなかった事。戦後に残党が寄り集まって作ったような二大勢力の事。

 そして、自分達が追われる者であること。

 エミは静かにそれを聞いていた。その後、口を開く。


「私を機士修道会に引き渡してしまう、という案は無いのですか」

 キョウは苦い顔をしていた。

 まあ、この状況を聞けばそうなるか。だが、彼女を連れ出すために既に一戦交えてしまった。

 誤魔化す事は出来ないではないだろうが、心情的にそれを無にしたくはない。


「それは一旦無しだ。この先、機士修道会あちらさんからどう接触があるかどうかだが」


 ミハイルが一人であそこに現れたのには、少なくともあの狼女には戦闘に参加出来ない、あるいはしたくない理由があったのだろうと思える。

 そして彼女が戦闘の痕跡を調べたのなら、その理由は更に高まる筈だ。

 そうなると、新人類連合の方はこのまま退くかもしれない。そして機士修道会の方は依頼の失敗についてキョウへ問いただしに現れないのであれば、こちらも退く可能性が高い。

 エミの存在にさえ察知されなければ、これは全てが何もわからないまま終わるという事だ。


 だが。

「……やっぱり来たねえ、お客さんだ」

 店の前に設置された監視カメラの映像。それを眺めてクリスは言っていた。

 そこには、キョウに依頼しに現れたMk82パワーアーマーが映し出されていた。

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