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6.装着

 仕留めた――と、ミハイルはそう確信していた。


 外の汚染区域を渡らせるためか、二式動甲冑を着せられた少女はキョウの背に片腕を引っ掛けているだけで、彼が動く度にぐらぐらとあやうげに傾いでいた。

 遠からずそこらにあるものにつかえて、背負うキョウの動きを止めるだろう事は読めていた。

 そして今、待ち望んでいた時は来たのだ。


 少女は壁から突き出した配管、そのバルブの一つに引っかかり、キョウの身体に両足を絡めたまま僅かにずり上がってしまっていた。これでは退く事は出来まい、一度前に出て引っかかりを外すしかない。


 しかしそれを許すつもりは当然ミハイルには無かった。間合いを詰めてナイフを振りかぶり、少女とキョウの両者を一息に両断するつもりでいた。磁力フィールドによる防御も、もはやさせるものか。


 だが、ひとつだけ気にかかる事があった。

 あの、キョウに背負われている少女は。

 それが着る二式の鏡面処理されたゴーグルは、こちらを見てはいやしないか、と。


 疑問は特にミハイルの動作に影響を与えない。

 予定されていた通りに彼はナイフを振り上げ、キョウが差し伸べるケインごと二人を両断しようと振り下ろす。

 その刹那、少女はキョウの肩へと自分の手をかけた。



 二式動甲冑が内部の異変を感知して強制除装される。

 頭から割れ、道を開けてゆくナノマシンの波から姿を現したのは2メーター近い長身だった。

 キョウにはそれが誰なのかわからない。

 自分の肩に手をかけて跳び上がった二式動甲冑、その中から出て来たものである事に疑いなどないのに。

 当然だ、彼女の身長は1メーター60センチかそこらだった筈なのだから。


 それは銀色のスーツを着ていた。

 一見、フルフェイスのヘルメットを被り、ツナギを着たライダーのように思える。

 それはかつて見た姿だった。

 終戦の間際、首都防衛戦のさなかで。彼等が着るものは、全てマットブラックに染められていたが。

 彼女が着るものは、未だ塗装がなされていないかのように、その全てが銀色だった。


 伸ばした左手がミハイルの腕を抑える。

 ナイフを握り、振り下ろさんとしていた腕がいっさい動かせない事にミハイルは驚愕する。

 ミーシャ・タイプは軍用車両とすら押し合いが出来るのだぞ、と。目の前で起きていることが現実だとは、彼にはここに至って未だ信じられなかった。

 そして少女は――そう呼ぶべきかキョウは未だ躊躇ったが――右腕を軽く振ると、その手首に付けられていた自転車のハンドルにも似たような物を掴み、レバーを握り込む。


 伸びる青白い光。

 ケインが形成する赤紫のプラズマ刃とは違う、白い刀身。

 彼女はそれをミハイルの額へと差し込み、一気にその股間までを切り下げていた。


 傷口は灼かれ、沸騰し、再生すらも出来ずに一部で燃え上がる。

 やや膝をたわめた姿で床へと降り立った少女は、片腕を振って握っていた光剣レーザーブレードを消し、手首におさめた後ふたたびその場へと崩れ落ちる。

 銀色のスーツは既に消えていた。そして少女の身体も、元の大きさへと戻っていた。


 キョウは彼女へと駆け寄っていた。

 抱き上げ――るのはややためらったが、その頭部に下から掌を差し込んで少しだけ地面から浮かし、彼女があげているやすらかな寝息を感じて眠っているだけだと知り、安堵していた。



 再び二式を着せた彼女を連れて研究所を出、車の助手席に彼女を乗せて走り去る。

 ニューコエドシティへと舞い戻りながら、キョウは助手席で眠る少女の姿を横目で眺めた。


 先程起こった事について、納得がいかないことは特に無い。

 キョウも彼女をそういったものだと分かった上で連れ出したのだから。

 だが実際この目でその戦いを見てしまうと、なんとも言いようがなかった。


 次元転送式強化服。

 わずか数瞬で装着が完了する、史上最強のパワーアーマー。

 そのシステムは謎だらけだった。量産が出来た事が信じられないと思えるほどに。


 量子テレポーテーションを応用した転送技術、慣性制御を利用した防弾性能と膂力。

 二式の発展といえるのは着脱が容易であるというコンセプトのみで、それ以外は全くの別物であった。

 遺伝子強化兵が初めて登場した時、それは人間サイズの主力戦車と評されたものだが。

 そういった言い方をするなら、これは人間サイズの戦闘攻撃機であった。


 こんなものが市街地を現れては消え、しかもその頃には人的資源の枯渇は二次大戦の末期よりもひどいものとなっていたため、幸運にも撃破出来たさいには中から少年少女の死体が転がり出るという念のいった趣味の悪さに、敵対する将兵たちからは心を病むものが続出した。

 東京がまるごとクレーターになるという末路も、仕方のないことだったのかもしれない。


 冷凍睡眠によって加齢を止められた彼女は、未だ16かそこらに見える。

 眠り続ける彼女がそんな悪魔のような存在だとは、目の当たりにしたキョウですら思えない。

 だが、真実だった。

 そして友軍としてそれを見ていたキョウにとって、それは英雄だった。


 街へと戻ったキョウは、再びクリスの店へと車を止める。

 迎えに出たクリスは、キョウと彼が担ぐ二式の姿を見て、呆然と呟いていた。

「……キョウ、かい? その姿は、また新しいパワーアーマーでも入手したのかな」


 それに対し、キョウはなるべく愛想の良い声色を選んで応じていた。

「悪いなクリス、状態のいい二式動甲冑って、まだ扱ってたか?」



 隔壁によって汚染から防御され、空調の回る奥の部屋へと通されたキョウは少女の着ている二式動甲冑を外側から除装し、彼女をベッドへと横たえていた。

 事情を聞いたクリスは唸っている。ベッドの上で眠り続ける少女を、いまだ信じられないもののように見下ろしていた。

「これが……あの悪夢なのかい」

 溜息を吐くようにして言い、キョウの方を振り返る。


「ここへ持ち込んできたってことは、売り物――じゃあないよね」

 にっこりと笑った――たぶん、キョウが笑顔を見せるなどということは、ここ10年なかったことだ――キョウの顔を見て、はじめから自信なさげだった言葉は後半に繋げられていた。


「どうするのさこんな物。きみ、機士修道会マシン・ブラザーフッドを敵に回すつもりかい?」

 肩をすくめるクリス。

 戦後の二大勢力である新人類連合と機士修道会に対し、本気で敵対しようなどというのは自殺行為以外の何物でもない。そうと知って協力しようとする者など居ないだろう。

「まあ、君がこの子を死なせたくないってのはわかるけどさ、僕を巻き込まないでほしいな」

 クリスも例によらずそう言っていた。力にはなれない、と。

 だが、キョウは笑う。


「悪いが、もう巻き込まれている」

「へ?」

 クリスはわからないといった顔をしていた。キョウは続ける。

「この街に俺が一人で戻ってきた時点で、機士修道会のエージェントは俺を捕捉しているだろう。依頼が失敗したにせよ、何故潜水艦や自分のところでなくここへ直行したのか、やっこさんは考えてる筈だ」

「…………きみねぇ」

 頭痛をこらえるかのように頭を抱えるクリス。

 受け取った新品の二式を装着し、機体色をいつものモスグリーンに設定したキョウは、その装甲の裏で笑っていた。

「悪いな。力になって欲しいと思えるような奴が、俺にはお前しか居なかったんだ」

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