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4.変身

 ジェイクは、一瞬自分のセンサーが誤作動を起こしたのかと思った。


 目の前に居る案内人の姿が突如として膨れ上がったのだ。

 それは数秒の間だったが、その間にジェイクが可能性として考えられたのは、二式動甲冑を着装したという事だった。


 キョウが、この少女を解体するというこちらの主張に対して受け入れ難いと感じているのを、ジェイクも分からなかったわけではない。

 だが何も出来ないだろうと思っていた。

 生身の人間がそれなりなパワーアーマーを着ようと、サイバードロイドには勝てない。

 それは彼等自身が一番良く知っている事だった。

 叶うなら、新人類連合のハイブリッドソルジャーに対して、パワーアーマーを着ただけの兵士で勝利をおさめたいと思っていたのだから。


 それを求め、それが無理だと誰よりも知るからこそ、ジェイクはキョウを侮った。

 ハイブリッドソルジャーと伍するサイバードロイドに対してキョウが勝る手段はない。

 とくに二式などで。あれは環境防護服としては使いやすく優秀な品だが、戦闘服としては戦前ですらおよそ使い物になる代物ではなかった。

 装甲が薄く、サーボモーターの性能も低く、その反応速度もさほどではない。

 動甲冑を着ない生身の兵相手でも先手を取られれば射殺される恐れがある、それではまともなパワーアーマーとは言えない。

 この汚染された世界だからこそ重宝され、普及している兵器だとジェイクは思っていた。


 だが、同時にこの男が動くのならば、勝算なしにはやらないだろうとも思った。

 一つ思い当たることと言えば、ここへ来るまでに彼が使ったパルスグレネードだ。頭の先から爪先まで全てが機械であるジェイク達に、あれは致命的な損害をもたらす。通常ならば。


 しかし彼は、もし今の彼が表情を変えられるのなら、薄笑いを浮かべていた。

 彼の機体。この隊長機だけは、数ランク上の防磁処理がなされている。装甲と内部機構、そして塗装によって、さきほどのパルスグレネード程度であれば行動不能にまではならないのだ。


 だから。


 その視界が斜めにずれ、自分の機体が一瞬で機能停止に陥りつつあることを、ジェイクは最後まで信じられなかった。



 右腕に握られた金属棒は、磁力フィールドによって封じ込められたプラズマの光を曳いている。

 正式名称はあった筈だが、忘れてしまった。皆、訓練教官さえもがただ"ケイン"と呼んでいたからだ。こいつを作った技術者と、備品を管理する係の者以外、誰もその名前などに興味はなかった。


 キョウの全身は一回り大きくなっていた。服の外に装甲を纏ったわけではなく、その内側から。

 膨張に耐えきれなかった袖や脛の衣服は弾けてしまっていた。

 数秒の間に、その肌は割れそこから飛び出した外骨格が全身を鎧い、両目を昆虫のような複眼が覆い、人工筋肉がそのリミッターを外されて増大し、その変身は完了していたのだ。

 同時に武装が腰の後ろと右の太腿を割って飛び出す。そのうち腰にあった物を掴んで振るった結果が、真っ二つに割られ火花をあげるジェイクの姿といったわけだった。


「貴っ様……、インセクト――!」

 この場にいたもうひとりのサイバードロイドがその場を飛び退る。

 機体の右腕が割れ、彼等が登場したときにも見た高出力レーザーのレンズが顔をみせる。

 だが、キョウが太腿の拳銃をそちらへ向ける方が早かった。電磁加速されたペレットが連射され、サイバードロイドの右腕と頭部を粉砕する。


 通称インセクト・タイプと呼ばれるものが、日本が実戦配備した強化人間である。

 その特徴は人の姿に戻れること。それ以外には無い。


 若干の性能低下を知りながら、それでも可逆変形機能を付けたのは、そうしなければ志願者が集まらないと思ったからだった。

 元に戻す事が出来ないのだから、見た目だけでも日常に帰れないのであれば死んだも同然。そして他国が開発する強化人間にも、この機能は当たり前に付いているものだと思っていた。

 だが、それこそが。

 世界にとって、決してこのタイプを許容出来ない理由であったのだ。


 誰がそうなのか分からない。どこに潜んでいるか分からない。

 X線透過に対して欺瞞映像を返し、金属探知も効かないこれを見分けるには破壊するしかない。

 無自覚な便衣兵――よって、明らかな民間人すら攻撃の対象となった。

 そのため、無改造の人間ならば他国へ逃げられたというのも、キョウはあやしいものだと思っていた。若干の外科的確認で見分けはつくが、その労を取るのかどうか。

 どのみち、彼がそこに紛れ込めるものではなかったが。


 さて、やってしまったとキョウは周囲を見回した。

 破損部位から火花を上げる2体のサイバードロイド。そのメモリーボックスを破壊する。

 先程まで言葉を交わしていた相手を斬るということに対し、何も思わないではなかったが、それが殺人ではないということについてはキョウは安心出来る気持ちでいた。

 ジェイク=アボット大尉、その本人は、この件について何も覚えていない。いや、知らない。

 回収予定時刻になっても機体が戻らなければ彼は冷凍睡眠から覚醒させられ、任務の失敗について首をひねりながらまた別の任務へともどってゆくだけだろう。


 そしてキョウが今後も追われず済むためには、彼の部隊総勢7名、残り5名を同様に破壊してそのメモリーボックスを始末しなければならない。

 死に際に通信が行われたのか、また彼の機体信号消失を把握しているのか。分からないが、キョウは慎重に部屋を出て、研究所内を探索する彼の部下を探し始めた。



「損傷を受けたか、リャン」

 声をかけられ、狼女――リャンは振り返っていた。

 彼女は、道の端に座ってナイフの先で、撃ち込まれた銃弾を摘出していたところであった。

 薄いとはいえ装甲車の上面装甲を撃ち抜いた弾丸だ。

 徹甲弾である事は間違いなかったが、それらは全て強化された筋肉により、骨にも至らず食い止められていた。


 いや、ただ一発だけ――。

 右半分の視界が狭い事に耐えかね、リャンは自分のうなじ辺りを指先でさぐる。

 すると、彼女の頭部が割れながらたたまれてゆき、その中からあの獣面に比べればはるかに人に近いような顔をそなえた頭部が現れていた。


 流石に遺伝子改造とは言っても、そこまで骨格を変化させる事は出来ない。

 彼等の獣面はチタン合金でフレームを作り、後から付け足されたものである。

 何故そんな事を、というと2つの理由があった。ひとつは、強化人間であることを分かりやすくするため。そしてもう一つは、唯一の弱点である頭部を守るためだ。


 彼等は心臓に弾を撃ち込まれても致命傷とはならない。

 失血が問題となる前に銃創など塞がってしまう。それがたとえ臓器の損傷でも。

 だが、脳だけはそうはいかなかった。

 ただ治せばよいというものではなかったからだ。


 よって、彼女はこのヘルムを被せられている。

 脱着が出来る理由については、それを支えるフレームについては自己治癒が及ばないため、メンテナンス上の理由であると聞かされていた。

 だが、そちらの方が防弾性能が高いという事で取り外せない者も、改造時期の違いによって存在していた。

 何のことはない。

 志願したのでなくあちらの都合で、命令されて改造されたのであるから、どう改造するかについてもあちらの好み次第、というわけだ。


 まぁ――とリャンは笑う。どちらでも構わない。

 これが外せようが外せまいが、どちらにせよ。彼女の顔を評するのに、狼女以上に適切なことばなど存在しないのであるし。


「たいしたことはないのだけれどね」

 ヘルムに付けられた右の義眼カメラアイを撃ち抜いてしまった弾丸を放り投げながら、リャンは笑っていた。

 そこに居たのはミハイルという男だ。熊の頭部を持つ、ロシア製の強化人間だった。

「ヘルムを破壊されては、しばらくは戦えんな」

 こちらの返答に構わず用意していた言葉を返す。そういった男だ。


「どうかしら……」

 言いながらリャンは考える。

 これで後方に引けば、戻ってから"何故大した損傷でもないのに戦わなかったのか"を責められ。

 これで出撃して流れ弾にでも斃れれば"何故万全でないのに戦闘を行ったのか"を責められるだろう。

 結局のところ、上の機嫌と戦果次第ということだ。

 それでもまあ、後者の方がましかもしれない。責められるのは生きた自分ではないから。


「次はここで待機していろ、俺一人でゆく」

 ミハイルはいつも通りにリャンの言葉を聞かなかった。

 用意していた言葉だけを告げ、去っていった。

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