2.機士修道会
通信機を片手に、キョウは降りてくるサイバードロイド達を迎えていた。
「あんたが案内人か? 待ち合わせの場所に居ないんで困惑したぜ」
「悪いな、連中に追われてたもんで少し通り過ぎた。東京観光は出来たかい?」
スピーカーが吐き出すノイズ混じりの音声にそうこたえる。
強い磁気嵐が常に覆っている今の日本では、こんな短距離通信でも明瞭な音声は期待できない。
「それがな、東京には色んな物があると聞いてたんだが、残念ながら海しかなかった」
機士修道会の男はそう言って、キョウの前に降り立つ。
かつて東京と呼ばれていた場所は殆どが水没していた。東京湾になってしまっていた。
何が使われたのかわからない。
重力弾か、ブラスターの類か、はたまたもとからそこにあった、試験中の縮退炉が爆発したか。
まあ、いずれであっても今現在生き延びている者の手にそれはあるまい。
お前達がやった事ではないかとキョウは返したかったが、やめた。
目の前に居る連中が直接したことではなかろうし、何もかも過ぎたことだ。
それよりも、と彼らをキョウは観察する。
彼らの姿は基本的に全員同じだ。同じ機体だった。
しかし頭部形状は変える事を許されているのか、全員が少しずつ違う。
ヘルム状の者、モノアイの者、デュアルアイの者。そしてそこに、吸う事も出来まいが煙草とライターを括り付けたり、ステッカーを貼ったりして飾り付けていた。
また、声が違う。自分の身体が全く別物に変わり果ててしまっても、声を出してみてそれが自分のものであれば安心出来る、自我を維持出来るという話を聞いたことがあった。
おそらくはそのためなのだろう。
「しかし、新人類連合の連中に襲われたか。情報でも漏れているのか?」
先程から声を出しているリーダー格らしき男はそう言って首をひねった。
頭部にはデュアルアイの他、様々なセンサー類が増設されており、指揮官機であると思える。
「さてな。元々ここでの通信なんてものは信用できない」
キョウはそう言っていた。
機士修道会は彼のところへ、Mk82パワーアーマーを着た生身のエージェントを送って寄越したが、それが彼らの潜水艦から泳いでやってきたとも思えない。
どこかで通信が行われ、それを傍受されたのだろう。
「では、この会話も聞かれていると?」
続けて男は言うが、キョウはそれに首を横に振っていた。
「いや、肉声での会話なら逆に安心出来る筈だ。集音マイクはここじゃろくに役に立たない」
「なるほど……」
指揮官機の男はうなずく。そして、気付いたように片手を差し出してきた。
「そうだ、名乗りが遅れたな。ジェイク=アボットE6だ」
E6……機士修道会ではこういった略式階級を使用しているという話は聞いていた。
E1からE8まであり、それぞれ兵、伍長、軍曹、曹長、少尉、大尉、少佐、中佐だとか。
つまりこの男は大尉になるわけか、とキョウは考える。
仲間うちで使うだけならいいんだろうが、面倒なものを使いやがって。
「キョウだ」
機械の腕と握手を交わすのにはややためらいがあったが、顔には出さずその手を握り返す。
彼はキョウとだけ名乗るようにしていた。中国人で通すためというのが大きい。
まさか相手も日本人だとは思わないようで、何も言わなくても大体はそう思ってくれた。
どうやら今回もそう思ってくれたらしい。
「我々の目的地については、歩きながら話そうか。有線ならばまさか傍受出来まい?」
その言葉と同時に差し出されたコネクターケーブルを受け取り、キョウは自分の車へと戻っていた。
「また歩きですかい? 中隊長」
「仕方あるまい、彼の車はなかなかに快適そうだが、それでも我々が入るには狭すぎる」
そんな事を部下と言い合いながら、ジェイクは低速で進むキョウの車に並んで歩く。
「今回我々が目的地とする場所は、ここだ」
彼がそう言うと、有線で繋がっている車のコンピューターに地図と座標が送られてくる。
それはキョウにも見覚えがある、医療施設の場所だった。
今回は楽な仕事かな、と思うが違和感もあった。そこは既に漁られ尽くしたところであるし、更に新しい発見があるとも思えない。
そんなキョウの思考を受けたかのように、ジェイクの言葉は続く。
「前回、我々が独自に探索した時、その更に地下に軍研究所らしきものの存在を発見したのだ。その時は装備も万全ではなかったし、ここの防衛システムに詳しい案内人も必要であると判断した」
なるほど。やはり、こういった事になるかとキョウは溜息を吐いていた。
軍事施設、それも研究所となるとその警備は最上級だ。キョウとても鼻歌交じりとはいかない。
「我々の通信が傍受されたとなると、NMUの兵もそちらに現れる可能性が高い。可能な限りお前の身は守るが、出来るだけ自分でも生き延びられるよう努力してくれ」
言うまでもないことだが、とジェイクは言っていた。
それはそうだ、わざわざ死にたがる奴など居はしない。
「そんなにそこに、良い物があるのか? 何を探してる」
キョウは聞いていた。あまりこういったことに興味を示すべきではないが、機士修道会がわざわざ外部の人間を雇ってまで探索し、更に新人類連合までも興味を示すような品とはなんなのか。
ジェイクはわずかに迷う素振りをみせた後、口を開いていた。
「言っても良かろうな。お前が手に入れて益のある品とも思えないし、それなら探している物が何であるのか、お前にも知っておいてもらったほうがいいだろう」
――変身能力だ、と彼は告げた。
機士修道会の使うサイバードロイドは、出撃前に人間の記憶をコピーされる。
元となった人間の方は、それと同時に潜水艦で冷凍睡眠に入るのだ。
こうして機械の身体へと、擬似的な意識の移し替えをして彼らは戦っている。
遺伝子改造により怪物となった新人類連合に対抗するため仕方のない措置。我々こそが最後の人間であると、彼らは言う。
だが、これはどうしても不安定だった。母艦が落とされれば人の身体を失う。
また、機械の身体から生身の肉体へ活動中の記憶をフィードバックするために、彼らは冷凍睡眠明けの夢として、数日間を使ってその記録を催眠で刷り込むようなことしか出来なかった。
技術的に、記憶を直接入れ込むことは可能である。しかしそれには生身の身体を僅かばかり、改造する必要があった。だが、彼らにはそれは出来なかったのだ。
宗教上の理由である。手を加えられていない人間であるからこそ、改造を受け入れた人間に対して優位に立てる。その正当性を疑いなくいられる。
ゆえに彼らは、戦前ではとくに疑いもなく施されていたVRインプラント程度の機械化でもそれを拒絶していた。
可能ならば、生身の肉体で戦いたい。しかしそれは不可能だ。
ではパワーアーマー程度の武装であればどうか。それでも遺伝子強化兵には見劣りした。
彼らは切実に、人のまま戦うことを求めていたのだった。
それを実現出来るのが、日本が終戦間際にロールアウトし、東京と共に消し飛んだ強化装甲。
二式動甲冑を発展させた瞬時に着装出来るパワーアーマーシステム。
戦時中にあれほど恐れ、忌み嫌ったものを彼らは今切実に欲していた。