1.待ち伏せを抜けて
今回の依頼人は、あの狼女が言った通り、機士修道会だった。
彼らは常に海から来る。大型の潜水艦を使い、夜にやって来る。
その到着までには時間があった。キョウはバーから街を抜け、馴染みの店へと顔を出していた。
「や、そのモスグリーンの二式はキョウか。ま、入ってよ」
そう言ってキョウを迎えるのは、ネズミの形質を強く発現させた遺伝子強化人間だった。
ここは数年間、キョウが装備品の調達に使っている場所だ。
そういったものは分散させた方がいいのかもしれないが、彼には面倒に感じる。
ここの品揃えには満足しているし、何より店主であるこの男をキョウは嫌っていない。
人付き合いをあまり好まないキョウにとって、それは貴重な要素だ。
「クリス、その二式の話だ。予備のタンクはまだあるか?」
「ああ、幾つかはまだあったと思う。残量は満タンでいいのかい?」
キョウはうなずき、この格好ではわかりにくいだろうと声を出してそれを肯定した。
「あとは、弾だな。今日の客はブリキ缶だ、パルス弾を幾つか持っておきたい」
あまり考えたいことではないが、依頼人が敵に回ることも無いとは言えない。
安全になった途端、彼らが案内人に渡す報酬を勿体無いと思い始めることも、ないではない。
「あいよ。でも、その辺最近あまり持ち込まれないからねえ、少し高いよ?」
クリスの言葉に、しかし生命には代えられないと提示された値段を了承する。
「軍事施設などに行こうってやつは少ないのか」
パルス弾が持ち込まれないという件について、そうたずねる。
まさか本当に枯渇した訳ではないだろう。地下に存在するそういった施設はいまだ生きている。
短時間だけ防衛システムを眠らせて、お宝を持ち帰るだけしかキョウ達には出来ない。
弾薬や動甲冑用のナノマシンといった消耗品は、今も作り続けられているはずだ。
クリスは商品の山に頭を突っ込んで何かを探しながら、くぐもった声でこたえた。
「ま、危険度は段違いだからね。今はあれかな、医療施設とか、そっちのが人気だよ」
キョウはなるほど、とうなずく。
医療用ナノマシンに各種精密機器、武器にも流用可能なそれらはそれなりな高値がつく。
軍事施設からは二段も三段も落ちる警備を考えれば割が良いことだろう。
「俺も行き先を選べりゃあ良かったんだがな」
キョウが溜息まじりに言った言葉に、クリスはがらくたの山から頭を出し、笑っていた。
「案内人じゃあ仕方ない。行き先は依頼人次第ってことだ」
そして、敵対する者も依頼人次第、か。
「他に……クリス。狼女に効く弾ってのは無いか?」
キョウは苦笑しながらそうたずねていた。
「銀の弾でも欲しいってのかい?」
クリスはその黒々とした目を光らせながら、そう返していた。
車を走らせ、海岸線へと向かう。
それはだいぶ長いこと使っている愛車だった。
8輪をそなえる装甲車で、かなりの無茶が効く。またそれなりな武装も付けられていた。
相手が装甲された目標やヘリでもなければ、そうそう不足するとは思えない。
約束の時間まではあと少しだ。余裕を持って行こうかとも思ったが、逆に危険かもしれない。
狼女ども――新人類連合の兵は必ず襲撃して来るだろう。
海岸でぼけっと待つ中そんなものを迎えたくはない。
どうせなら依頼人にも俺を守ってもらわなければ。そういう計算があった。
そして、一番危険なのが今だ。
目的地が分かっており、時間も迫っているのだ。待ち伏せを受けるのは当然。
地上でのセンサーなどほとんど当てにはならないが、火器管制と連動した自動迎撃モードにしたそれを常時入れっぱなしにしておく。
同士討ちなどは気にしなくていい。
依頼人以外に撃って悪いものなどこの汚染された荒野には存在しない。
突然、車の両サイドに据え付けられた機関砲の砲身が野太い火線を吐き出した。
連中か――と思ったが、フロントガラスに浮かぶ対象の分析結果はそうではなかった。
犬だ、変異した犬だ。
戦時中に大量にばら撒かれた生体兵器が、更に大量にぶち撒けられた生物兵器によって予測もつかないような変異を遂げた代物が、この荒野にはいまだ多くはびこっていた。
オレンジ色の発砲炎を曳き、盛大に薬莢を降り注がせながらキョウはハンドルを切った。
正面から外れた犬たちへ機関砲は発砲をやめ、再びエンジン音だけが彼の耳にもどってくる。
無駄弾を使っちまったかな、と軽く舌打ちをする。
弾だってそんなに持って来てはいないし安くもないんだ。
自動迎撃モードを切ろうかとも思ったが、その途端、それはやって来た。
フロントガラスに踊る警告。両サイドの砲から、射角外を示す赤いランプ。
重い衝撃が頭の上から走り、車の上に飛び乗られたのだと気づくと同時に刃が天井から生える。
視界の左端で火花を散らす振動ナイフに悲鳴が飛び出そうになるが、こらえ。
キョウはダッシュボードに乗せていた拳銃を手にとった。そいつが居るだろうと思える場所に連射する。
2発、3発目でナイフが抜け、襲撃者が怯んだのだと思ったが、更に撃つ。
というか指が勝手に引き金を引いていた。こんな状況で冷静になどなれるものか。
次々とフロントガラスに表示されるマーカーによってあばかれてゆく新人類連合の兵。
さっき見たのは11人かそこらだ。その全員がここで待ち構えていたわけではない事に、感謝すればいいのかどうなのか。
「ロケットランチャーだと」
真正面に膝をつく獣人が構える代物に、背筋にぞっと寒気がはしる。
機関砲のコントロールを手動へ戻し、そいつに照準を合わせる。
自動ではこの砲は、先に捉えたものから順に粉砕するまで射撃してくれるだけだった。
脅威度判定なんて上等なもんがこいつに付いていれば、こんな手間は要らなかったのだが。
金を惜しむ云々以前に大抵のものがここでは手に入らないのだから仕方がない。
トリガーを押し込む。獣人の上半身が爆ぜる。
しかしロケットの弾頭は一瞬遅れで発射され、白い煙を吹き上げながらこちらへ突っ込んできた。
キョウは迫る弾頭を睨みながらドリフトを決め、からくもその直撃を回避する。
次弾が無いことを祈るような気持ちだが――やはりそう甘くはないか。
次々と発射されるロケットが至近に着弾し、爆炎を吹き上げていた。
続いて着弾する小口径弾に構わずアクセルを全開にする。
待ち伏せの地点さえ抜ければいい。歩兵用のライフルは戦前から変わっていない筈だ。
その程度の弾ではこいつの装甲は、側面ならばたぶん抜けない。
いったいいつから装甲プレートを換えていないか、少しだけ不安が心を過ぎるが、考えるなと自分に言い聞かせて黙らせていた。
発砲の音も遠ざかる頃。
ふっと軽い息を吐き、ようやくひと心地つく気持ちで居たキョウを、後方モニターに映る警告が再び現実へと引き戻した。まだ終わっていないのか。
「……とんでもねえな」
映る姿はあの狼女だ。こいつの全速に追いすがってくるのか。
両手に振動ナイフを構えていることからして、先程上に飛び乗ってきたのもあいつらしい。
だが。
同時に装甲車のセンサーは、空中からこちらへ向かってくる者の姿も捉えていた。
掃射される高出力レーザー。
あえて可視光を同軸で放つ奴等の固定武装は、狼女の足を止めさせ逃走に移らせる。
ともるスラスター炎、降り注ぐ赤と紫のイルミネーションを見上げながら。
キョウは先程ブリキ缶と呼んだ、機士修道会制式のサイバードロイド達を頼もしげに眺めていた。