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エピローグ

 あれから海岸で2時間半を待ち、潜水艦への通信は無事に済んでいた。

 ルイスのMk82についてはクリスが簡単な修理を行って、今ではそのディスプレイも時折ノイズは走るものの、見えるようにはなっている。


「何とか、終わったようだな」

 ルイスはキョウを振り返りそう言っていた。

 彼の前には二式を着装したキョウとエミ、そしてクリスが並んでいる。


 Mk82の損傷が激しいため、彼も一度潜水艦に収容され、補給拠点へと戻る事になったそうだ。

「約束について、忘れないでいてくれると嬉しいね」

 キョウが言うとルイスは苦笑してみせた。

「わかっている。潜水艦だけでなく俺も救われたからな、そこまで恩知らずだと思われたなら心外だ」

 そしてルイスはエミの方を向いていた。

 だが、結局何も声をかけることはなく、潜水艦からやって来る上陸艇に視線をうつしていた。


 気づかれたのだろうか。そうキョウは思う。

 それは仕方のないことだろうとも思う。

 あの状況で、エミの手なしに彼が生き延びる事は不可能だったろうから。


 あとは……まあ、彼が自身で言った通りに、恩知らずな男でないことを祈るだけだ。

 釘を刺すようなことは出来ない。

 そんな事をしてしまったら、彼とても知らない振りは出来なくなるだろうから。


「じゃあな。修理と休養が終わったら、また俺がこちらへ赴任する事になるだろう」

 ルイスは言って去っていった。上陸艇に乗り、潜水艦へと消えた。

 そして潜水艦自体も潜行してゆく。

 この最悪に汚染された島を去ってゆく。


 海の向こうの状況はどうなっているのだろう。

 ジェイクは、ここよりはマシだが似たようなものだと言っていた。

 ならば、別にここも悪い場所ではないのだろう。

 大差がないのであれば、見知った場所である方がキョウには安心出来た。

 こうなる前の世界を知っている、そのことについては時折寂しさを感じるが。

 旅行したことも無い米国であっても多分それは同じだろうと思った。


「帰るか、クリス」

 そう言って振り返るキョウ。しかしクリスはぼんやりと座ったまま、自分の戦車を眺めていた。

「いやもう、綺麗に終わらせようとしてる所ほんと、悪いんだけどさぁ」

 彼は頭を抱える。

「どうしてくれんのさこれ。まさかここまでボロボロになるだなんて、思いもしなかったよ」


「どのくらいのツケがこいつ一発で溜まったんだろうな……」

 キョウも呆れたようにつぶやいていた。

 左右のミサイルポッド全弾、戦車砲弾2発。

 吹っ飛んだ前輪一個と、装甲に刻まれた振動ナイフによる傷跡多数。


 まだ動く、というかその動作自体には全く問題がないと言える損傷ではあるが。

 この世界でこれだけの物を修理することははたして可能なのだろうか?


「きみが爺さんになるまでずっとうちのお使いを無料でやってもらったって足りるかどうか」

 クリスはそう言っていた。

 キョウにもその言葉が大袈裟だとは思えなかった。


「戦前の"悪夢"ふたつ。それの雇い賃を考えれば、だいぶ短縮されるのではないですか」

 エミは平坦な声でそう告げる。クリスはその言葉に苦笑していた。

「自分で言うかね。だが……まあ、そうかもね。今のキョウになら、そこそこの仕事も任せてしまっていいかもしれないや」


 俺達が"そう"であることを前提とするのか、と。

 キョウはそう言いたかったが、その言葉は飲み込んだ。

 もう一人ではないのだ。

 確かに案内人だけでなく、やれることは増えたのかもしれない。


 依頼人を待つまでの間、これまで酔う事も出来ないアルコールを流し込むだけだった時間。

 そんな時間のうち幾らかは、有効活用出来るようになったのかもしれなかった。


「よし、乗ってくれ。こいつの損傷を見ながら嘆くのは、いいかげん店に帰ってからだ」

 クリスはようやく立ち上がり、そう言う。

 機士修道会を迎えるために街から出たあの時、狼女の前に出会った犬達が、こんなところで雑談をしている間抜けな三人組に気づく前に戻らなければ。

 また無駄弾を使い、無駄金を飛ばしてしまうこととなるだろう。


 キョウは再び戦車へと乗り込み、エミもまた車長席へとおさまっていた。



 街へと帰り、店でクリスと別れ、その前に止めてあった自分の車を回収する。

 自宅のガレージへと向かう前に、キョウは馴染みのバーへとその進路を向けていた。


「あら。……もう来ないかと思ってた」

 迎えるアッシュの前で二式を除装し、エミもまたスツールへと座らせ、ビールとなにか適当なソフトドリンクを頼む。

 缶で出て来たそれを自らグラスへと移し、キョウは半分ほどを喉に流し込んでいた。


 酔えない。これが純度100パーセントのアルコールであっても同じだ。

 インセクトの強化された臓器と血液洗浄機能はそんなものすぐに分解してしまう。

 だが、それでも飲みたかった。

 仕事が終わった時と、始まる前の時間は。


 背後で扉が開き、汚染物質の流入警告が鳴る。除染機の唸りが耳障りに響く。

 誰が入ってきたのかを確認するのも面倒で、キョウはそれに目を向けなかったが、エミはそちらへと視線を向け、わずかにその表情を強張らせていた。


 エミとは逆のスツールに座る、狼女。

 その姿にキョウは肩をすくめて溜息を吐いていた。


「また歴史の講義に来たのか? あんたは」

「いえ。新しい雇い主と、友好的な人間関係を構築に来たのだけれど」

 たった3時間ほど前に斬りつけてやった肩にはもう傷一つとて無く、リャンは笑う。

 以前ここで会った時と違うのは、ヘルムの右眼球が破損していることだけだ。


「新たな雇い主、だと?」

 更に不味くなったような気がするビールを舐めるようにしながら、キョウは言っていた。

「いったいいつからそういう話になったんだ」

「辞めてしまえと言ったでしょうに。なら再就職の世話もしてくれて当然よね」


 どこの文化なんだとキョウは吐き捨てた。

 こっちでも、多分そちらでもそんな話は聞いた事が無いと思うのだが。


「それに――」

 リャンは笑いながら言った。

「私を殺しておくか、さもなければ目の届くところに置いておいた方が、あなたにとってはいいでしょう?」

 キョウが両軍から狙われるようになりうる理由。

 それを彼女は知っている。キョウとエミの正体を知っている。


 確かに、殺しておくか、さもなくばクリスと同じ扱いをしなければならないことだ。

 だが、どうにも。

 クリスに対しては認められた事が、この女に対してはどうにも同様に認め難く。

 キョウは長いこと、ビールのグラスを掴みながら唸っていた。

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