11.レーザーブレード
戦車は煙幕を張りながら走っていた。
ルイスは仕方のない事と思いながらも舌打ちをしている。
周囲には未だ4体の強化兵達が居るはずなのだから。
無駄打ちは出来ずに自動小銃を構えながら砲塔の最も高い位置に陣取り、煙幕の最も濃い場所へと銃口を向けていた。
果たして、敵は来た。
彼の後方、戦車の前面方向から、操縦ハッチを蹴るように。
「うわぁっ!?」
頭の上で鳴る妙な音にクリスが叫ぶ。
ルイスはそちらへと銃口を向ける事は諦め、グリップから外した右手を拳の形に握っていた。
接近する獣人の頭部へとただのパンチが叩き込まれる。
そんな物で強化人間の頭が砕けるものかと獣人は笑い、突き出される拳をつかもうとしていた。
だが――。
Mk82の前腕部が割れるように広がり、そこからは小型のレンズが顔を見せた。
サイバードロイドの腕に装備されていた高出力レーザーより威力は劣るが、腕の周囲に散らすようにして6基を装備することでそれを補った、Mk82パワーアーマーの切り札であった。
その存在を彼は知らなかったのか、まともに顔面に受けてヘルムを焼かれ、そのまま転がって戦車の前面へと落ちた。胸の悪くなるような音が響き、戦車にそれは轢き潰されてゆく。
「終わりか! 来てみろ化物共!」
切り札を使い最早抗す手もなかったものの、未だ戦意が残っていると示すようにルイスは吼えた。
返答はなく、代わりに戦車の側面装甲が振動ナイフによって刻まれる。
「なんで僕がこんな目に!」
間近にその音色を聞きながらクリスは悲鳴をあげ、ハンドルを操作していた。
「お仲間を助けにいかなくてもいいのかしら」
ナイフを水平に、顔の前に構えながら言うリャン。
キョウも同様に左に杖を構えながら、右手は太腿のホルスター付近へと置いている。
「お前をさっさと倒して、向かわせてもらう」
「そちらのレールガンは一発でも撃てるようになったのかしら?」
「さあな。残量表示はバッテリーを外してみないと分からない。こういう所は不親切なんだ」
キョウのジョークに笑うリャン。
凶器を向け合い殺し合いをしている最中だというのに。
いや、別に恨みがあっておこなっていることではないのだから、そんなものか。
「不思議なものね」
リャンは無駄な事をしていると知りながら、それでももう一言口を開いた。
「なんでこんな世界で、恨みがあるでもないのにこんな事を」
「知るかよ」
キョウは返していた。
「疑問がわいたんなら辞めちまえそんなもん。給料だってろくに出てねえんだろ」
確かにまあ、そうだ。
だが、そういうわけにもいかなかった。
リャンは戦前から、中共を共産主義だとは思っていない。
あれは帝制だ。むかしから変わらない、いや。皇帝の居なくなってしまった帝制。
上から下まで役人だけになった帝制だった。
しかし共通点が多かったために共産主義だと――そう名乗り、そのような顔を出来ていた。
そしてその共通点の中にはこういうものもある。
言い訳の出来ないほどの失態をおかした者について、それを再利用しようという文化を持たない。
だから、まあ。
「生憎……今となってはもう、辞職願を受け付けてくれるような部署が無いのよねえ」
リャンは笑いながらつまらないジョークを言い、そして片足を踏み出していた。
「ああ、もぅ……畜生、畜生!」
クリスはぼやきながらシートの後部を探り、野球ボールほどの金属の塊を取り出す。
その安全ピンを抜き、車体側面を刻みつける振動ブレードの音からはかった距離を思い浮かべつつ1秒。
操縦席のハッチから投げ捨てた手榴弾が獣人の顔の前で炸裂し、その頭部を破壊する。
これで残り二体だ。
一体は仕留めてみせる、とルイスはグレネードの引き金に指をかけながら周囲を見回していた。
既に煙幕の噴出は止まり、急速にそれは後方へと流れつつある。
ならばそこに居るのは明らかだった。飛び出した途端に撃ちまくる。そう心に決めて、それを待つ。
だが、煙幕の中から発射される銃弾に、ルイスは目を見開いていた。
強化人間がこちらと同様に銃器を使用しないだなどと、何故思い込んでしまったのか。
それは、素手でこちらを引き裂く事が出来る連中が、何故パワーアーマー相手にすら一撃で致命傷を与えられない自動小銃を今更使うのかという思い込みがあったためだ。
使わなければ一方的に撃たれるだけの状況ならば、一応損害を与える事が出来る手段を使わない筈がないではないか。
全身に打撃を受けながらルイスは、自分の甘い思い込みを罵倒していた。
1弾倉全てをまともに食らって、流石のMk82パワーアーマーも誤作動を起こす。
カメラをやられたのか、ノイズが走り砂嵐に変わりかけるディスプレイに舌打ちを送り、それでも敵の姿を求めてヘルメットを外そうとするルイス。
だが、それはどうやっても脱げなかった。
最初は何かに押さえつけられているようであったが、そのうち開閉のための機構が完全にロックされ、こちらのコントロールを受け付けなくなってしまう。ハッキングでも受けたかのように。
何が起こっている。
じたばたと、状況を把握出来ないまま暴れるルイスの耳に、その時言葉が響いた。
「うごかないで」
女の声。誰だろう。思い浮かべられるとしたら車長席に座っていた彼女だけだが。
そして、ルイスの手から自動小銃が取り上げられた。
無茶だと思うが目も見えない状況で出来る事など何もなく、彼はただそこで倒れていた。
エミは戦車の上で立っている。既に煙幕が晴れたその後方には、二体の獣人が居た。
彼等は、最後に出て来たのがただの小さな二式動甲冑である事に安心したようだった。
自動小銃を持っているが、出来ることなど何もあるまいと素手で跳び上がってくる。
その前で、光が弾けた。
「あ……」
キョウを目の前にしながら、リャンは一瞬それに目を奪われていた。
戦車の上に現れる白銀のボディ。
青白い光剣を抜いたそれは、飛びかかる彼女の部下二人を一刀で両断し、そして再びマットブラックの二式動甲冑へとその姿を戻していた。
それが行われる最初から最後まで、彼女はそれから目を離せず。
それが結果的に、彼女の命を救うこととなった。
肩口から右乳房を割るキョウの杖。
その熱さに我に返ったリャンは、振動ナイフをドライブさせたままキョウへと投げつけ、距離を取った。
無理だ。これ以上はもう戦えない。
あの戦車もすぐにこちらを向くだろう。ここが最後の退き時だ。
だが――退いてどうする?
もはや本国へは戻れぬ。どこへゆくことも出来ぬ。
たった一人生き残ってどうするというのか。
リャンはそこで、気が抜けたように笑っていた。
そしてあっさりと踵を返す。太腿のレールガンを結局抜こうとはしなかったキョウに背を向ける。
だからと言って勝ち目のない特攻を仕掛けるメンタルを、彼女は持たなかったのだ。
キョウはその姿が遠ざかり、消えるのを見送って、深い溜息を一つ吐いていた。
そして、こちらへとやって来るクリスの戦車を待って手を振り上げた。




