閑話12 対面する容疑者/大和撫子(見習い)と領主様
紳士服、というのは見た目は格好良かった。
……うん、でもそれだけだ。かっこよかったけど実際着ると、そんなことはない。見てる分には格好いいってやつだ。
「……はぁ。この格好、何? キツくて可動域が狭い感じだ」
『でも似合っているぞ、ユウマ』
「この格好で怪物と戦わせられたら死んでるかもな……動きにくすぎる」
突然、俺――いや、アザミを含めた俺達はシャーリィから王国の城にへと招集……いや、連行された。
……元反ギルド団体の人達と仲良く話していたら、横からガッと掴まれてズワッと引っ張られてそのままバビューン、って感じ。ガデリアとかが「ユウマさーん!?」ってビックリして俺の名を呼んでいる人とか、そんな俺を見て笑ってる酔いどれなんかもいた。許さん。
そして現在、更衣室で召使いにパパッと服を着替えさせられて――こっそり、ベルを紳士服のポケットに持ち込んだが――控え室とやらに送り込まれたのである。
で、どうやらアザミも同じだったらしく、ドレス姿に着替えさせられたアザミが、少し気恥ずかしそうに控え室に入ってきて向かいのソファに座っている。
「……私も、こんな西洋風な服は初めて着ます……ヒラヒラして、薄くて……少し恥ずかしいです」
『でも似合っているじゃないか。アザミさんは和服も洋服も似合うのが、ちょっと羨ましいよ。私はこの服しか無いからな』
「あ、あはは……ありがとうございます。あっ、今度ガラスに服の絵を描いてみるのはどうでしょうか? 擬似的ですが、服を着ているように見えるかと」
『王国内の観光地にもあったな。パネルから顔を出して物語の登場人物に成りきれるヤツ。あんな感じのヤツか』
……そういやそんなものあったな。なんか有名な物語の作者の聖地として、とある運河沿いの道に、その物語の登場人物を描かれたパネルが置いてあった。
なんだっけ……ベルの翻訳で、呪いで生まれてからずっと結ばれなかった二人の男女が、死をもってようやく結ばれる――的な、そんな悲愛の物語だった覚えがある。
「はいはい。雑談はそこまでにして。ベルにもこれから少しの間、悪いけど静かにしてもらうわよ」
「! シャーリィ」
バタン、と扉の閉まる音と共に登場したシャーリィに、俺は跳び出すように立ち上が――ろうとして、服の窮屈さで上手く立ち上がれなかった。なんだこの服、動ける拘束具か?
一方アザミはふわりと華麗に立ち上がっている。くそっ、羨ましい。俺もそっち着させて貰えないか? 利便性では圧倒的にあっちの方が良い。
「……何よ、その顔」
「シャーリィ、俺もドレス着たい」
「ブッ――!? いや、いやいやいや! 何急に言ってんのアンタ!?」
「……もっと露出の少ない服で骨格を隠して、化粧をすれば行けそうですね。無駄毛が無いですから化粧の乗りが良さそうです」
「アザミさんは何を真剣に検討しているのよ!? ハァ……急に連行したのは悪かったって謝るから、それだけはぜっったいヤメテ。うちの権威に関わる。あと私が笑い死ぬ」
そうか……それなら仕方ない。この窮屈な紳士服で我慢する。
でも笑いすぎて死にかけて転生するシャーリィはちょっと見てみたい気がする。
「さて、まず聞きたいであろう招集理由を伝えるわね。だから二人とも、ユウマの方のソファーに座ってて。ああ、私の座る分も空けてね」
「!」
身を乗り出してまで聞こうとしたことを向こうから言われて、思わずピン、と座って身を正してしまう。そうだよ、その情報が聞きたかったんだよ俺は。
「今から貴族――いいえ、アザミさんからすれば領主が来て下さるわ。例の件を含めた諸々を済ますためにね」
「領主様……!?」
「アザミ、面識があったりするのか?」
「いえ、一度も……手続き周りは村長さんがやって、提出も郵送でしたので……」
「そ。大体はそんな感じで、会ったことがない人がほとんどよ。だからユウマ、人柄を先に探るのは諦めなさい。先に言うと私もよく分かってないから」
「ぐぐぐ……」
せめてどんなタイプの人か――礼儀に厳しい人か、優しい人かを知りたかったのだが……シャーリィも知らないなら諦めるしか……って、いやちょっとマテ。
「なんで王女のシャーリィが部下の顔を知らないのさ。貴族って国王の部下みたいな人達だろ?」
『正確には代理みたいなものらしいがな』
「? そりゃ近場じゃなくて辺境の領主だからよ。会う機会が全然無い人を全て覚えていられると思う? それに、前に会わせちゃった変な貴族みたいに悪いところがあるから、遠くに配備されてる可能性が高いしねぇ」
「……むむむ」
それは……それはちょっと厄介かもしれないな。
今回はあの上着を置いてきたが……それ以外にも厄介な絡まれ方をするかもしれない。いや、俺はともかくアザミの方が心配だ。
きっと、押しに弱くて貴族の言い分にそのまま……ん? いや、そうはならないか。アザミは“芯”は誰よりもしっかりとした大和撫子(見習い)なので、きっと心配ない。むしろ押しに弱いのは俺じゃないか?
「――失礼します。只今、アストル・リボーン伯爵が参りますことを報告に来ました」
「ありがと、ガーネットさん。んじゃ、みんな備えますかぁ。アザミさんはあの丁寧語で、ユウマは最低限ですます調ならそれで良いから。ガーネットさん、伯爵を呼んできてもらえる?」
「ハッ、只今お呼びします!」
……なんか見覚えのある騎士兵がそう告げると、扉を開いて一礼をして去って行った。そのアスト……ボーン? 伯爵とやらを呼びに行ったのだろう。
「……ハァ」
『緊張するなよ、ユウマ。私は何も出来ないけど、二人がついてるさ』
「はい! フォローは任せて下さい!」
「私はヤバイ時に助け船を出すわ。フフッ、好きなだけやらかしてオドオドしてなさい」
なんだと貴様。
■□■□■
「……お待たせしました、アストル・リボーンと申します。今回はこのような機会を設けて頂き誠に感謝いたします」
金髪で若い印象――とはいえ、俺達よりもずっと年上の様子だが――を受ける男は、そう流暢な丁寧語で話すと、席に座ったまま深々と礼をした。
シャーリィは何もしない……が、アザミが応えるように礼を返したので、俺は少し慌てて、礼をすることにした。
クソッ、絶対内心笑ってるだろシャーリィめ……!
「ご丁寧な挨拶をありがとうございます、アストル・リボーン伯爵。しかし、お互い堅苦しいのは無しで行きましょう。今回は謁見ではなく、私的なやり取りですから」
「……寛大な対応、ありがとうございます。辺境の身故、自身の立場は理解しているつもりですので、どうしても肩に力が入ってしまいました」
……なんだ? どうだっていうんだ……?
辺境の貴族だから、とんでもないくせ者――以前の貴族みたいな――人かと思ったら、おおらかで紳士って雰囲気を感じずにはいられない。ここまで清いと裏があるのではと疑ってしまうのは、以前の魔道の密会絡みの一件があったせいだろうか。
「それじゃあ、まずは依頼の偽装の件について話させていただくわね。伯爵は魔術、魔法について見るのは初めてでしょうか」
「話には聞いています……異世界という空間も。ですが、一度も見たこと無く、実を言うと本当の話かと疑わしく思っていたり……」
「でしょうね……ユウマ、お願いできる?」
「え? あ、ああ……」
突然話題を振られて、俺は困惑半分に包丁を首にあてがう。目の前で領主が心底驚いたような、今にも止めようと飛び出してきそうだったが、関係ない。俺は軽く引くように首を切って転生する。
そして……どうしよう。どうやって魔法を見せつけようか……と、悩んでいると、テーブルに置かれた花瓶が目に入った。
「じゃあ、この中の水を糸にしてみせます」
「み、水を糸にする……? いや、それよりもその体に纏っているものは……」
この人は目が良いらしい。俺の体を包むように流れている銀色の風をこの光の強い昼間に目視している。
……いや、今は関係の無い話だ。俺は花瓶をなんの躊躇もなく、斜めに傾ける。花瓶に挿されている花は落ちることなく、ゆっくりと一筋の水が不自然に流れ落ち――そのまま、蜂蜜のように一本の糸として流れ落ちた。
「……!? こ、これは……触ってもよろしいですか?」
「ええ、硬めにしているので引き千切ろうとしても良いですよ」
細いから鉄よりは脆いと思うけど、強度は十分なはずだ。言われたとおりにアストル・リボーン伯爵は水の糸を手にして、引き千切ろうとして――しかしそれは叶わず、感嘆の声を漏らしていた。
「これが魔法……ええ、ありがとうございます。ユウマ様、シャーリィ様。少しでも疑ったことを此処に謝罪させて――」
「だから良いのよ、そういう堅苦しいのは。まあ、これで魔術師が貴方に偽物の証明印を提出した――って部分は納得して頂けたかしら」
「はい。今この目で確認し、納得しました。こんな神秘が存在するとは……糸以外にも形を作ることができるのですか?」
「ゑっ、あ、ああ、はい。できます。それこそ、証明印があればそれの“型”を盗み出す事だってできます」
「……それは、なんとも恐ろしい。今までは冗談かと思っていましたが、王国同士が抑止力として転生使いを保有しているのも頷ける……」
……あくまで戦力扱い、かぁ。この人に悪気がある訳ではないことは分かっているが、どうも人間扱いされないのはちょっと良い気がしない。
そう思って隣を見ると、シャーリィも同じ考えなのか、少し顔を曇らせていた。いや、彼女は抑止力として国々が手放さずに保有している状況に対しての感情か。
彼女はその現状を無くして、全転生使いが協力して異世界の問題解決を図ることを思想として掲げているのだから、あんな顔もするもんである。
幸い、俺達の複雑な心境は相手には伝わっていなかったらしい。伯爵は手にしていた水の糸を花瓶に戻して、改めて俺達に向かい合った。
「それで、次の話ですね」
「ええ、アザミさんの件ね。彼女を王国直属の特殊部隊――対異例概念部隊に引き入れたいの。それで必要なのが……」
「はい、私――領主の承認、ですね」
そう言うと、伯爵は懐を探り始める。何かを取り出そうとしているのか……なんて見ていると、それは容易く取り出されてテーブルの目の前に置かれた。
「! これは……証明印」
「はい。私の答えはこの通り、貴方がたの意向に沿うという形です」
「証明印を他者に渡すだなんて……大胆な答えですね、アストル・リボーン伯爵」
「まだ若い身ですので、堅実なのは私にはまだ似合わないのです」
そうお茶目な笑みを浮かべて、伯爵は自身の意思を証明する領主の証明印をシャーリィに渡してみせた。この大胆な肯定には流石のシャーリィも驚いたらしい。
「……分かりました。全面的な肯定、と受け取ります」
「はい。どうかこの国を、そして彼女をよろしくお願いします」
「領主様……」
「アザミさん。今だから言わせて頂きますが、君には昔から一目置いていました。通訳者を領土に迎え入れたことは、私の領土の発展に心強い存在になってくれると……だから少し心惜しいです……ですが、貴女は私が手放すことを惜しんで良いような、その程度の人材ではなかった。だからもっと大きく、遠く、高く飛び立って欲しい」
領主は、アザミを見てそう堂々と言ってみせた。
……凄いな、こうも堂々と褒め称え、そして夢を託せるのは凄い……いや、駄目だ。俺の語彙力じゃ言い表せられないや。とにかく、この人の言葉や意思には、偉大な素質があると、素人考えだがそう思う。
「……分かりました、領主様――いえ、アストル・リボーン伯爵。私はやり遂げて、証明してみせます。貴方の選択は間違いではなかった事を」
「……ありがとう。父の爵位を受け継いで間も無い若造の言葉ですが、真摯に受け止めてくれるのはこの上なく嬉しい」
そう言って伯爵はアザミに向けて暖かな笑みを浮かべた。
……この人の言葉は、どれも本心だ。経験上仕方ないとはいえ、さっきまで疑っていた自分が恥ずかしくなる。
「決まりね……ところで、貴方は父親の爵位を受け継いだ身なのね」
「はい、昨年に父は病に伏してしまい……結果、未熟ながらも私が受け継ぐことになりました……まだまだ勉強の足りない身ですが、可能な限りこの国に尽くそうと思っています」
「……だったら、提案があるんだけど、辺境の領主から王国近辺の領主になってみる気は無いかしら? 貴方なら託しても良い……そんな気がするのよね」
と、そんな勧誘をシャーリィは突然提案した。
確かに、話しててなんとなーく分かったのだが、この人は純粋かつ真摯に領主という役割に向き合ってこなそうとしている。そういう人が辺境の領主をやっているのはもったいという考えなのだろう。
しかし、意外なことにも伯爵は静かに首を横に振って、口を開いた。
「ありがとうございます……ですが、断らせていただきます。父の後を継いだのだから、私はあの領土を守りたい……それに」
「? それに?」
「カーレン村の桜、あの景色が気に入っているのです。あの心奪う素敵な景色を、手放したくないのです」
「……フフ」
隣から、静かに笑い声――まるで共感するような微笑みが聞こえてきた。声色からしてアザミのだ。きっと彼女も同じ思いを抱いたことがあるのだろう。
「そう。良い答えね。わかったわ、アストル・リボーン伯爵。今の話は水に流して。でも、いつでも待ってるわよ。貴方みたいな貴族は、それぐらい期待している新星なんだから」
「は、はは……ちょっと責任感を覚えてしまいますね……」
シャーリィの言葉に振り回されながらも、伯爵は俺がよく浮かべるような苦笑いをしてそう答えるのだった。
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「……良い人だったな、あの伯爵」
「ええ。でも例外みたいな人よ。辺境の領主のほとんどはあんな性格してないから……ほんと、良い人が領主だったのね、アザミさんは」
あれから服を普段着に着替えて、俺達はギルドへの帰路――多分シャーリィはあの藁小屋だろうけど――についていた。
あの後は簡単な手続きで、アザミの立ち位置が王国のギルド住まいの人間になったという変化だけ。でもこれで俺達三人は転生使いの部隊として各地へと飛び立つことが合法になる。
「はい。もしも直接会っていれば、きっと名残惜しくて留まっていたかもしれませんね」
「確かに。良い人材よ、彼は間違いなくね。ユウマもあの姿勢は見習って欲しいわ」
「ぐぬぬ……」
……まあ、俺も見習いたいなぁと思っていたので、その通りなのだが。
でも俺には俺の良いところがある。そうベルが肯定してくれたの……だ、し……
「…………ちょっと待った」
「? どうかしましたか、ユウマさん?」
「……ん? ねぇユウマ、そういえばベルは? 確か紳士服に入れてたわよね?」
「………………あ”あ”ッ……!?」
踵が180°ねじ曲がる。
んで、城に向かってドン、と体が飛び出す。
「ベルゥゥウウウウウウウウ!! ごめんなぁあああああああああ!?!?」
――そうして、俺は叫びながらベルのガラスの回収に駆け出すのだった。
……因みに、あれから2日ぐらいはベルは口を利いてくれなかった。まあ、妥当というか、本当に申し訳ないというのやら……




