閑話11 変わり気な散髪屋さん/大和撫子(見習い)のとある提案
「――髪を切りに行きませんか、ユウマさん!」
……今日は何しようかなーとか、そんなことをギルドのテーブルで考えていると、突然ハサミを片手に登場したアザミからそんな言葉をかけられたのだった。
「……?????」
「え、えっと……そんなに分かりにくい言葉だったでしょうか……?」
『いいや、単に唐突過ぎて困惑しているだけだと思うぞ』
コクコク、と頷いてベルの助け船に対して、飛び乗る勢いで同意する。
そりゃ、いきなりハサミ片手にチョキチョキしながらそんなことを言われたら、だれだってビックリするのである。俺は新手の宣戦布告かと思ったぞアザミ。
「とりあえず聞きたいんだけど、どうしてそんな提案を? 俺に?」
「だってユウマさん、髪の毛長いじゃないですか。片側なんて見えてます? ってレベルで覆われていますし」
「……む」
それを言われると、まあそれは確かに。
反ギルド団体戦では何度か髪の毛を掻き上げたし、水中戦は髪の毛が海藻みたいに漂ってて邪魔だった印象があったり……
でも、髪の毛で覆われている片目はこれでもちゃんと見えているし、髪の毛を掻き上げると“よし、やるぞ!” って気持ちになれるので長い髪も悪くはないと思う。
……いや、違う。違うな。本当はそういう理由じゃないんだよ、俺。だって――
「ユウマさん、どうして今回はそんなに嫌そうにしているんですか……? もしかして私、何かユウマさんに不快なことをしちゃいましたか?」
「……それだよ、それ」
「……? それ、ですか?」
思い返せば、この数日間――いや、もっと前か? ああそうだ、この王国に到着してから毎日だ。毎日毎日、何かしらアザミはどういう訳か俺に対して世話を焼こうとしたり物事に誘ったりしてくる。
――ユウマさん、良かったらお茶飲みませんか?
ある日の朝のボーッとした時間には眠気覚ましの一杯をご馳走してくれたり。
――ユウマさん、一緒に買い物へ行きませんか?
ある日の昼頃、暇していた時にはそんなお誘いを受けて食べ歩きの買い物に出かけたり。
――ユウマさん、お背中お流ししま――
……夜の水浴びの時にはなんか呼びかけられたが、颯爽と登場したレイラさんとシャーリィによって「それはやりすぎ」などの言葉と共に退場した。あれは何だったんだろう。
閑話休題。
……まあ、なんだ。
なんというか、俺のことなど構わずアザミには伸び伸びと過ごして欲しいと思うのだ。だから俺に構わないで自由にしてもらいたいのだが――
『別に頼んで良いんじゃないか? アザミさん、ユウマの散髪をお願いするよ』
「ちょ――ベル!? そんな勝手に!? ああいや、別にアザミの技術が不安って訳じゃないんだ! けど、対価になる物が金銭以外に持ち合わせていないし……!」
「いいえ、あります! ユウマさんからはたっっくさんのものを頂いてますから! これはその恩返しの一つで、まだまだ恩は返しきれていないんですよ!」
キッパリと、彼女は力強くそう告げてきた。
……そこまで大層なことをした記憶はないのだが……まあ、若干迷惑をかけるほどの勢いで彼女の事を何度か引っ張ったつもりでいる。
「そう、なのか……? 俺、自己満足の強引なやり方ばかりだったと思うけど」
「ユウマさんにとっては自己満足の行いだとしても、私にとっては変わる切っ掛けだったんですから!」
『……だ、そうだが。それでもユウマは断るのかい?』
「…………」
言いたいことが無いわけではないが、あの行いを恩と捉えてくれるのは……うん、悪い気はしない。
じゃあ、その恩へのお返しもちゃんと受け取るのが、手を引っ張った者の責任というか、後始末と言うべきか。とにかく、そういうもんである。
「……そう言われるなら、うん。髪を切ろうと思うけど。何処で切ってもらえるんだ? まだそういう店とか見たこと無いんだけど」
「……ゑっ。ユウマさん、本気で言ってますかそれ……?」
アザミの瞳からハイライトが消えて、ハサミをチョキチョキし始める。
やめてくれアザミ、それ怖い。めちゃ怖い。遠くで仕事してたペーターさんが思わず二度見して、倉庫の方にそそくさと移動するぐらいには怖い。ってか見捨てないで助けて下さいよペーターさん。
「あー、なんだ。もしかしてアザミって髪の毛切れるのか?」
「! はいっ! カーレン村に居た頃は村の皆さんの髪を切ったことがありますから! 腕には自信があります! ま、まぁ、ユウマさんみたいに若い方の髪の毛は切ったことが無いので、不確定要素はあるかもしれませんが……」
「え、何その不確定要素って。怖いんだけど」
「…………」
だからその威嚇のようなハサミをチョキチョキも怖いんだってばさ……!
「ゴホン、えっと……それで、ここで切る訳じゃないよな? どこで切るんだ?」
「フッフッフ、私も無計画でこの提案をしに来たわけではありませんよ」
『……そうだな、ハサミ片手に登場した時点で計画性バッチリだもんな』
「と言う訳で、来て下さい! 少々時間は掛かりますが、場所の予約はバッチリですから!」
「うわとと!? アザミ急に手を引かないでくれ――ッ!?」
俺はアザミに引っ張られ――若干足が浮く勢いで――そのまま、予約していると言っていた場所に運ばれるのだった。
この人転生してない!? してないか……じゃあ、純粋な身体スペックでこの速度か……!?
■□■□■
「……はい、そんな訳でお二人とも、後はご自由に」
「――なんでネーデル城!? なんでシャーリィが此処に!? なんでここで散髪を!?」
「いや私が居るのは別に不思議じゃないでしょーが」
それはそうだった。
いやでも、ここ――ネーデル城に連れて来られる意味が全く分からない。どうして此処に? ってか、どういう事があってこんな状況に……?
「この前の夜、アザミさんには世話になったからね。でも、こんな交換条件で本当に良かったの? うちには専属の散髪師ぐらい居るけど」
「はい! 少々私用もありまして……あと、ユウマさんには恩返しをしたかったので」
「そう。なら頼まれた小道具はそこにあるから、自由に使っちゃって。足りなければその辺の騎士兵でも捕まえて頼んで良いから。私の名前を出せば大体のことは聞いてくれるわよ~」
そう言い残すと、シャーリィは城へ立ち去って――ああいや、また跳躍してバルコニーに跳び乗って去って行った。アイツ、本当にバルコニーをもう一つの玄関か何かかと思ってる節あるだろ。
……で、この場に残されたのはアザミと俺達と、この道具の山だった。
ところで、髪を切るのにこんなに小道具が要るのだろうか? よく見ると何かを鍋で煮出しているし……てっきりブラシとハサミで事足りると思っていた。
「さあさあ、ユウマさんはこちらに」
「ああわかっ――いやごめん、わかんねぇ。なんだこの、何? 椅子? ベッド? どっち?」
「寝た姿勢になれる椅子です」
「……ベッドで良くない?」
「これが良いんですよ! ほら、ちゃんと頭が椅子の外に出るように設計されてるんです!」
「……頭疲れない? 頭だけ宙ぶらりんだなんて」
「頭を出してくれないと髪を切れないじゃないですか! お願いですから、信じてここに座ってください! 今日はユウマさんをぜっったいに癒やしますから!」
……なんだか妙な意気込みを感じるが、癒やしてくれるというのは嬉しい。
実際、以前の不眠での死線を潜ったあの戦いの負責がまだ残っているのか、疲れ気味だったりする。寝ても起きたら体がだるかったり。
「では、タオルを用意しますので少々お待ちを……あれれ、火が弱ってますね……これで良いでしょう、えい」
「オイ待て今のちょっとマテ、今物騒な物を焚き火に放り込まなかったか!?」
今、俺の気のせいじゃなかったら、この人焚き火にあの赤い媒体――殺傷力の代名詞みたいな代物を薪代わりにしたぞ……!? ほら、ガラスの割れる音とかしたし!
「ああ、大丈夫ですよ。火と相性の良いこの媒体は燃料になります。その上、ちゃんと装置に接続しないと魔術のような威力の暴発の問題ないので大丈夫です。ちゃんとフールプルーフ機能付きですから」
「え……なにその格好いい名前……!? 今のどういう意味だ!?」
『フールプルーフ……噛み砕いて一言で言うなら、“お馬鹿が使っても安心”だな』
「…………」
……なんか、一気にトキメキの熱が冷め引いた。大人しく頭が宙に晒されるこの椅子に寝ていることにする。空が青いなぁ。
「まずはお湯を沸かして……温めたタオルで目元の血行を良くします。いいですかユウマさん、これはある意味転生使いのお勉強でもありますからね。癒やされながら学んで下さいよ!」
「癒やしと学びって、両立するものなのか……?」
首をかしげようとしても、椅子の構造上俺の首は固定されているので出来ずに終わった。そんな一方、アザミはご機嫌にお湯を沸かして、水を足して適温に冷ましつつ、タオルを浸して絞る。大丈夫かなアレ、熱くないのかな。
「フフフ……何やら熱くないのかと心配そうにしてますが、今度はユウマさんの番ですよ……っと!」
「おわ――!? ッ……? あ、温かい……?」
ポフン、と熱そうなタオルを突然目元に乗せられて慌てる――が、以外と熱くない。むしろ心地よい温度だ。
「転生使い――いえ、そもそも魔法使いは血液に生命力を宿していますからね……血行不良は魔力の循環不良と同義なんですよ」
「血は生命力を宿してるって聞いたから、生命力が魔力って話ならそういうことだよな……うん、そこは薄々分かってた」
実際、自身の血液に対する魔法は何よりも扱いやすかったので説明はよく分かる。もっとも、失血死のリスクがある以上血を使った戦術は軽率に扱えるものではないのだが。
「でも、ユウマさんは自分の顔を分かってません! 最近目に隈ができてるじゃないですか! ちゃんと眠れてますか? 夜更かしはしていませんか?」
「そんなに夜更かしはしてないよ。ベルと少し話すぐらいで……あー、でも途中で目が覚めるのは何度かあったかな。馬車でのベッドとかで」
「……確かに、馬車のベッドはあまり良質じゃありませんでしたね……今度私が良い布団に変えてみますから、今度からは気をつけて下さいね」
……なんで俺、怒られているんだろう?
なんだか理不尽な気がするが、ベッドに改良が加えられるのは有難い話だ。素直に聞いて頷くことにしよう。
「……本当は髭剃りもやろうと思って泡とカミソリを準備していたのですが、ユウマさん……何と言いますか、無駄毛が全く無いですね……」
「無駄毛? 無駄な毛なんて存在するのか?」
「くっ……羨ましいですよその発言が……!」
どうやら彼女には彼女なりの大変さとかがあるらしい。
なにやらよく分からない件だが、羨まれるものだということはわかった。よし、羨まれてやろうか。
「……さて、ではタオルを取りますね」
「ん、なんかサッパリする……清涼感? が妙にするんだけど」
「はい。ミントを少し煮出して香りを付けていますから、目元がスーッとすると思いますよ」
「なるほど……うん、悪い感じはしないな。スースーしすぎて目がシパシパするとか、そんな感じはしないよ」
「その辺りの調節はちゃんと考えて行ってますから、任せて下さい!」
片腕の筋肉を見せつけるようなポーズをして――和服の袖のせいで全く分からなかったが――そう自信満々に言ってのけるアザミを見て、少し嬉しくなる。
以前の彼女は自分に対して自信が無いような素振りが見えていたというか、全てに対して遠慮しているような雰囲気があったので、こうドンと構えるような一面を見せてくれるようになったのは、保護者的な視点で見ると嬉しく感じる。
「では、前髪をササッと切りますね」
「あ、待ってくれアザミ、その……前髪とか顔の印象を変えすぎるのは止めてくれると助かる……記憶喪失だから、俺の特徴は残したい」
『そうだな。もしかしたらユウマの顔を知っている人がいた時、ユウマが髪型を変えていたら気づいてくれない可能性がある』
まあ、そんな他力本願なつもりはないが、可能性は一つでも残しておきたい。
無茶な注文だとは分かっている。けど、俺達の根底に関わるので譲りたくないのだが、難しいだろうか……?
「印象は変えずに……はい、大丈夫です! むしろそのつもりでしたから! ただ、目に入りそうな長さの髪の毛を切らせて頂いて、それ以外は軽く整える程度にしますね」
意外にも、アザミは快諾――いや、元々そうするつもりだと言って準備を開始するのだった。
嬉しいことに俺達の考えを、聡明なアザミはとっくの昔に考えて配慮していたってことか。
「すまないなアザミ、無茶な注文をして……でも嬉しいよ、俺達のことを気遣ってくれてただなんて」
「い、いえいえ! 気遣いだなんてそんな……」
「そこで遠慮しなくて良いだろ。記憶喪失の件を考えてくれているのは本当に嬉しいよ」
「……ええっと、そこなんですが……ごめんなさい、それは誤解……です、はい」
「誤解?」
思わず上半身を起こしてしまう。
いや、変に聡明な偶像を祀り立てていたようなこっちが悪いのだが……って、なんでアザミさんは少し顔を赤くして、バレないように倒してる獣の耳をピコピコ動かしてるんです?
「……実は私の"癖"と言いますか……好きなんです」
「何が?」
「えっと……髪の長い男性が。後ろ髪を束ねてるぐらいだと、なおのこと……」
「……ソーナノ」
薄っぺらい言葉を吐いて、上半身を寝かせた。
……そういや、前髪を切ると言ってたけど後ろ髪にはノータッチだったなこの人。親切心と恩返しが主なのだろうが、そういう所は自己を出してきたと言う訳か。嬉しいような、なんか複雑な気持ちのような。
「で、では! 髪を切る前に洗いますよ! こっちもミントとメーラの香り付けをしてますから、サッパリ良い香りになるはずです!」
「……おお、ここからでもなんか爽やかな匂いがする」
「私が調合した、お手製かつ自信作の頭皮用石けんです。髪の毛を洗うのにも使えて、汗っぽい匂いを消せる優れもの……なんですけど、前から思ってましたがユウマさんって無臭ですよね。汗臭さとかが不思議と無いといいますか……羨ましいです」
またもや羨まれるが、そんなこと言われても俺自身の体のことはどうしようもないので、その湿度の高い視線は勘弁して欲しい。
そんなやりとりをしながらも、アザミはお湯を――さっきミントを煮出していた、タオル用の残り湯だ――俺の頭に浴びせて爽やかに濡らす。それから別に用意した水で石けんを擦り合わせて手元を泡立たせる。そうして出来た泡を俺の頭に移し替えるように乗せて、俺の頭をワシャワシャと洗い始めた。
「~♪」
『楽しそうだな、アザミさん』
「はい、楽しいです。若い人にやるのは初めてで最初は不安でしたが、こんな素直な髪の毛を洗うのは楽しいです! ~♪」
本当に楽しそうに俺の頭を洗いながら、アザミはベルの言葉にご機嫌に答える。
……こういう石けんで洗ったりして髪の毛に気を遣うのって、シャーリィとか女性がやっているイメージだったが――俺とクレオさんは雑に水浴びをしていたので――俺にこんなことをやるのかと、最初は困惑したが、やってもらってる身からすれば心地が良いものだ。
「フフッ、痒いところはありませんか~?」
「……そう言われると、左膝が少し気になる」
「いえ、頭の部分の話です……なんでも、髪の毛を洗う時の定番の言葉らしいです」
「なんで痒いとか問うんだろう?」
「さあ……? 何故でしょうか。いただきますとか、そういう作法的な意味合いでしょうか……? あ、痒いところは無くても、折角ですしマッサージもしますね」
お、おおお……頭皮に圧が加えられて計算的にもみくちゃにされる感じ。悪くない……いや、正直心地良い。
頭がミントでサッパリしているのに、血行が良くなって温まるのを自覚する。なるほど……確かに彼女に言われたとおり、頭の血行が悪くなっていたらしい。
「よし、では洗い流しちゃいますね。熱くはありませんか?」
「大丈夫……なんか花壇に水でもあげてるみたいだな」
「フフ、そうですね……私もそんなイメージが浮かんでました」
アザミは用意していた金属製のジョウロを使って、俺の頭にぬるま湯をかけて泡を残さず洗い流していく。
そして、ズブズブに濡れた髪の毛をアザミは乾いたタオルでワシャワシャと拭って、サッパリと濡れた髪の毛に、アザミは櫛を流すように通して髪を整えてくれた。
濡れた上に櫛で整えられて真っ直ぐになった髪の毛は、どの髪が目に入るのか分かりやすくなる。なるほど、この辺りの髪が悪さをしてたのか。こいつめ。
「では、早速切って行きますね! ……あっ、椅子を起こしますので、すみませんが……」
「ん、体を起こせば良いんだろ? っと」
「ありがとうございます。っ、と。はい、もう寄りかかっても倒れたりしませんので、楽にしてください」
そう言いながら俺の膝や胸元にナプキンのような布――切った髪の毛対策だろう――をかけて切る準備をするアザミ。
……おお、本当だ。さっきまでベッドだったのが、今度は椅子になっている。どういう構造なんだこの散髪用の椅子ベッドは。
「では、正面失礼しますね……目に入らないように、目を瞑っててください」
「ん、任せた」
チョキン、スス、チョキン。
ハサミと櫛を交互に扱うように、アザミは俺の前髪を切っていく。目を瞑っているせいか、音が妙にハッキリと聞こえてくる……今俺の前髪を切っている彼女の息遣いから距離とか。
そういうなんか他人に話すのは褒められたことじゃない気のする情報が脳に嫌でも入ってくる――いや、訂正。嫌ではない。妙な安心感すら感じる……?
「フフ、柔らかな顔……ユウマさん、最近険しい顔をしていることが多かったですから、こうして癒やせたのは良かったです」
「? そんなに険しい顔をしてたか――ムグっ」
「駄目です、ユウマさん。口に髪の毛入っちゃいますよ。髪の毛は食べられず、胃の中に残りますから危ないですよ」
だからって口を指先で塞ぐのはどうなんですかアザミさんや。でもそう言われたら大人しく従うのであった。
「無言で構いませんので、お勉強の続きをしますね……ユウマさん、東洋医学という概念があるのですが、そこでは“余り”という概念に基づいて、髪の毛をある余りと考えているのです」
髪の毛を……余り? いや、そもそもその東洋医学とやらを知らないので何も答えられない。物理的にも。
「“冬”は季節の余り。“夜”は時の余り……そんな概念です。そして、東洋医学では“爪”は骨の余りで、“髪”は血の余り――血余と言われているんです……まあ、概念的なもので、それが本当の事なのかは一先ず置いといてください」
『血余……聞いたことの無い概念だな』
「でも、魔術や魔法使いに関しては理にかなった考え方なんです。特にベルさんにたいな女性には馴染みの深い魔法使いの概念かと」
『……! そうか、血には魔力が宿る。その血の余りである髪の毛にも魔力があるってことか。長い髪には魔力が宿るって聞いたことがある』
「はい、その通りです! 長い髪には魔力が宿る――この概念が実はこの東洋医学に通じていたりするのです。こうした意外な視点が魔法使いと深く関わりを持っていたりするのです! と言う訳で、ベルさんに100点満点!」
『つ、遂に私にも加点してきたぞ……しかも高得点だし……』
「それぐらいに良い目の付け所だったのですよ。流石です、ベルさん」
ぐぬぬ、人が喋られないのを良いことに、ベルとアザミがそんな会話を繰り広げている……しかも高得点を手にしているし……!
「ッ、俺も参加したい――ムグッ」
「はい駄目です。まだ前髪を切っているので口は閉じててくださいね」
ちくしょう……ちくしょう……ッ! ちくしょう……ッ!
■□■□■
……あれからしばらく俺の前髪や頭頂を軽く切って、俺の服に付いた髪の毛を払い落としたアザミからようやく口と目を開く権利を貰えた。
目を開くと……おお、あの目に入ってくるくせ者の毛が居なくなっている。これは有難い。
「ありがとう、アザミ。頭が軽くなった心地だよ」
「いえいえ、こちらこそ付き合って頂きありがとうございました」
『それに勉強にもなったよ。東洋医学か……今度シャーリィとも話してみると面白いことを聞けそうだな』
「転生使いのディスカッション……良いですね! 今度みなさんでやりましょう!」
「でも俺、知識ゼロだけど」
『ユウマはどちらかというと、会議の研究対象だな。滅茶苦茶な不確定要素が多すぎる』
人のことを研究対象とか言うな。
……と、そんな横で俺の髪を集めているアザミの姿が見えて、ちょっと不思議に思う。俺の髪の毛なんて集めてどうする? わざわざ拾わなくても風に任せればそのうち吹き飛んで片づくのに。
「アザミ? 俺の髪の毛を集めたりなんてして、どうしたんだ?」
「ああ、すみません。ちょっとこの髪の毛を使って新たな魔術の媒体を作れないかな―って思ってしまって……」
「魔術の、媒体?」
「はい。以前の遠征――龍の怪物退治で分かったことなのですが、私達転生使いには“風に関する魔術、魔法”を持っているのがユウマさん一人だけなのです」
……確かに、言われてみればそんな気がする。もしかしたらシャーリィ辺りが隠し弾として持っていそうな気もするが、俺が専門家としてレーダー役とかさせられたし、アザミの言うとおり俺だけなのかもしれない。
「だから俺の髪を使って……新しい魔術の媒体を作るってことか?」
「そう考えていたのですが、よろしいでしょうか? なんだが生理的な使われるのは嫌だなと感じたら、遠慮無く申して下さい」
「別に嫌だとか思ってないよ。自由に利用して欲しい」
『横やりを入れてすまないが、そんな簡単にできるものなのか?』
「いえ、他人の因子を使って媒体を作るだなんてやったことはありません……が、挑戦しないことには何も始まりませんから! やってみせます!」
グッと拳を握って――俺の髪の毛が圧縮されて――そんな決意を見せるアザミ。
……やはり、以前の彼女とは変わっている。前へ前へと貪欲になる姿勢を見せてくれている。
「そっか……うん、応援してる。無理せず頑張ってくれ、アザミ。それと、今日はありがとう。何か手伝えることがあれば恩とか気にせず頼ってくれ」
「はい! こちらこそありがとうございました。是非とも成果を出してみせます……!」
そんな彼女に向けて、感謝と言葉と共に背中を押す。すると彼女は、笑みを浮かべて元気よくそう答えるのだった。
■□■□■
「……うーん、少し不安定だなぁ……これだけじゃ因子は採れない……? 何が原因なんだろう……」
……ふと、ペーターさんのまかない料理を食べながら廊下を歩いていると、そんな悩ましそうな声が聞こえてきた。多分、アザミの声だ。
『丁寧語じゃないアザミさんは珍しいな。何を独り言呟いて悩んでいるんだろうな』
「さあ……? もしもし、アザミ。ユウマだけど、何かあったのか?」
戸をノックしてそう声をかけてみる。ベルの言うとおり、珍しいものを聞けたのでつい好奇心が勝ってしまったのだ。
「……あっ、ユウマさん! ちょうど助かりました! 来て頂けませんか!?」
「……なんだろう、急に嫌な予感を感じてきた」
『ごめん、私も。軽率だったと反省してるよ……』
だが、声をかけて向こうにも細くされた以上、俺に逃げ場は無い。
恐る恐る、俺は別室――アザミの借り部屋を開けて中に入る。直前まで倉庫だったため、俺の部屋ほど整理されていないが一角は綺麗に整頓されて、彼女の作業スペースになっていた。
「こんばんは。あれから違和感とか目に髪が入るとかはありませんか?」
「ああ、大丈夫。むしろ前よりもサラサラになった気がする」
「元々髪質が良いみたいでしたからね……今後もこの石けんで髪を洗って下さいね。あ、それと――」
そう言いながらテーブルの上の物を見せてくれる……が、そこには真っ黒の液体で満たされた小瓶が何本もあるだけだった。
……雰囲気だけでわかる。これは“失敗作”なのだと。
「駄目だったか」
「はい……やっぱり髪の毛で他者の因子を引き出すのは難しいみたいです」
『? 逆に自分の髪の毛からならその因子とやらを引き出せるのか?』
「はい、女性の魔道具作製の基本は髪の毛ですから。シャーリィさんのリボンも、髪の毛を経由して魔力を込めたリボンの魔道具ですし、私の使う媒体にも髪の毛を使った物はありますよ――ところでなのですが」
な、なんか今、話題の切り替え方にゾワッと来たぞ……!?
仕切り直してそう話題を出してくるアザミに身構えながら、続きを待つ。
「"何か手伝えることがあれば、遠慮無く言って欲しい"とユウマさんは言って下さりましたよね……?」
「……あ、ああ。恩とか感じずに、遠慮無くな……」
「えっとですね、因子は余りよりももっと根底から因子を取れば、もしかしたら上手くいくかもしれないのです! ですので――」
そう言いかけながら取り出したるは、見覚えのある金属光沢。例のハサミ。そんな不思議と今回は物騒に見えるそれを手にしながら、彼女は――
「――瀉血しませんか、ユウマさん!」
「――やらないよ!?」
だからそんなハサミをチョキチョキとさせながら言わないで欲しいのである……! 死ぬほど怖いんだぞこっち視点は!