閑話8 魔法とある少年と/鍛冶屋と魔法という名の“夢”のお話
昨日は道案内――という名の観光を終えたので、今日はキチンと目的を持って行動を起こしている。ちなみに今日もシャーリィは不在で、アザミとベルとの三人だ。
「――ところで話は変わるけど、なんで鍛冶屋は王国北部にしか無いんだ? しかも集まってるって感じだし」
「なんでも、湿地帯の泥や鉄に鍛冶に都合の良い素材が含まれているみたいです。水に鉄分を生成する微生物という生き物が多いとかで。今から行く鍛冶屋はシャーリィさんお墨付きですから、もしかすると短刀を扱ってくれているかもしれません。まあ、望みは薄いですが……」
『因みにアザミさんの使っている短刀って、どうして片方の切っ先が割れているんだ? 希少品だから交換が利かないとかかい?』
「えっとですね、それは――」
俺のポケットを介して、アザミとベルが楽しそうに会話を繰り広げている。
すっかりアザミとベルは仲の良い議論仲間って感じだ。お互いに様々な角度で意見を言い合っては互いの知識を切磋琢磨している。
場所はもうそろそろネーデル王国北部の鍛冶屋付近だ……あ、ほらあそこに看板がもう見えてきて――
「――いい加減にしろ! 夢ばっか見ていないで早く出て行け!」
「ッ――!」
……その看板を掲げている店の玄関から、勢い良く誰かが飛び出して走り去っていった。背丈からして、子供だろうか? 表情は見えなかったが、何か悲しそうな雰囲気は微かに感じたのは気のせいじゃないと思う。
「……な、なんでしょうか今のは」
「凄い怒鳴り声だったな。戸が開く前から聞こえてきたぞ」
『それよりも、今飛び出した子供はなんだったんだろう……』
「さあ……無理言って何かを買おうとしたんじゃないのか? 値切りとかして」
「えっと……とりあえず、入ってみます……?」
アザミの提案が疑問系になるのも仕方ない。たった今強い怒号が聞こえてきた店に入るのは……結構勇気が要る。
「そう、だな。アザミ、先に良いぞ」
「……いえ、ユウマさんがお先に。大和撫子見習いたる者、殿方を立てるのが礼儀ですから」
「いいや、今は主役として振る舞って良いから。主役は先陣を切るものだから」
『あーもう! これだからヘンテココンビは! もう同時に入れば良いだろ!』
ベルからお怒りの言葉が飛んでくる。あとヘンテココンビ違う。
仕方ないので、俺達は渋々だがせーので戸を開けて、その怒号の飛んだ店の中に入ることにした。
「……おう、らっしゃい」
「…………」
「…………」
来客を察した大柄な男が、金属を叩く音を止めて対応してくれた。
……が、こちらとしては既に臨戦態勢だ。なにかの拍子に怒号とか飛んでくるかもしらん。少なくとも値切り交渉とかはしないぞ俺は。
「……? どうしたお兄さん、お姉さん。そんな硬い顔をして。硬いのは鋼だけで十分だぜ」
「いや、まあ、はい。柔らかい方がいいですよね……主に敵とか」
「そうですね……お肉も筋が無くて柔らかい方が美味しいですし……」
「??? どうしたんだこのお二人さんは?」
「親方。さっきのアレ、見られてたんじゃないですか?」
と、そこでもう一人の男――こっちはやや細身だ――がやって来て、ヘンテココンビの不甲斐ない対応に助け船を出してくれた。そう、そうだよ。それが原因なんだよ。それにめちゃビビってるんだよ……
「ああ、アレか……気にしないでくれ。アイツは俺の孫でな……ああいうのは日常茶飯事さ」
「孫さんだったんですか……良くないですよ、あんな怒鳴って追い出して」
「そうですね。怒ることは否定しませんが、怒り方は正しくないと思います」
思わず怒号とかそういうのが頭から抜け落ちるそんな親方の発言に、俺は強気に否定の言葉を口にしてしまった――が、そこは大和撫子(見習い)のアザミだ。彼女も思うところがあったのか便乗して、しかも柔らかな言い回しでなだめてくれた。
「うっ……初対面で結構強気だな、お二人さん……わかったよ。そう真っ向から言われたら考えるよ……」
そして意外にも、あんなに大声を出していた親方と呼ばれた男は、簡単に折れてくれた。三人から指摘されたのもあるだろうが、元々はそういう性格なのだろう。身内に厳しいだけで。
「それで、何が喧嘩の原因になったのですか?」
「それがアイツ、いっつも変な設計図ばかり書いてるんだ。耐久性も無い変な防具に用途の不明な武器……鍛冶屋の孫としてはウチの仕事を引き継げるぐらいになってほしいんだがねぇ……」
「それはそれは……苦労なさっているのですね。あ、こちらが用意して欲しい物の一覧です。パーツ毎での発注で申し訳ないのですが……」
他愛ない会話のようにアザミは事情を聞きながら、必要物品の一覧が書かれたメモを差し出す。やはりベルと同じタイプで、彼女は疑問に思えば聞く人だ。
「何だい、お姉さんは意外と手先が器用で、拘りがあるタイプかい。わかったさ。ちゃんと要望通りのパーツを用意しておくさ」
「ありがとうございます。それと、何か両手にそれぞれ持てる小型の武器なんかも……」
……と、遠くから傍観しているとアザミからチョイチョイ、と手招きされる。
ああ、そういえば俺の武器がどうとかそういう話だったな。確かに武器には興味あるぞ。斧とかコテとか瓶とか、そういう道具系じゃなくて真っ当な武器系に。
「それなら……ほれ、お兄さん。コレなんてどうよ。ツヴァイダガーさ。よく見ると刃が二枚重なってて、斬れば敵の傷の治りを悪くしたり、ここの隙間に毒を流しておいたりと優れものさ」
「うわぁ、毒とか傷の治りとか、なんてえげつなくておっかな――いいっ!?」
「ユウマさん!?」
……びっくりした。受け取って刀身を覗こうと思ったら、なんかダガーが手からすっぽ抜けた。それも物理的に不思議な挙動で。
「おいおい、お兄さん。まだソレは売り物なんだぜ? 怪我もされたら困る」
「あ、あはは……ごめんなさ――いーです!?」
「ま、また手から滑って落ちた……? あの、この武器って滑り止めとかは?」
「そりゃ厳重にしているさ。自分が怪我したら危ないからな。普通は手から離れないぐらいに滑り止め加工をしっかりとしているんだが……」
滑り止め……? 嘘だろ?
こんなにポロポロ手からこぼれ落ちるのに、滑り止めなんてされてるわけ無いだろ! 握りの部分には良い感じの皮が巻かれて、細かく編み目の傷を付けて滑り止めバッチリですって感じだけども!
「そーっ……よし、握れた。まだ滑らないぞ、すっぽ抜けないぞ……軽く振――うおわぁ!? あ、あぶな……肩掠めたぞ!?」
「……普通は手から離れないんだがなぁ。なんだ兄さん、手から油でも出てるのか?」
……かくして、俺の初めての武器は購入失敗――いや、それ以前に論外な結果になってしまった。結局予備の片手斧とコテの発注になったのだった。
……なんでだろ。なんか、武器が握れないとかそういう体質なのかなぁ……あと手から油は失礼な。
■□■□■
「……何故ユウマさんは武器が握れないのか。難題ですね、これは」
『手から油説を推すつもりは無いが、人によっては肌が特殊で軽い物なら胴体なんかにくっつけることができると聞いたことがある。ユウマもそういう類いなんじゃないか?』
「……また道具だ……俺の武器は、また道具」
「ゆ、ユウマさん! 広義的に見れば斧も立派な武器ですよ!」
「……でも親方さん、木こり斧だって……子供用か、小枝切り用だって……」
でもまあ、新品を手に入れることができたのは嬉しい話である。予備がある安心感、というやつだ。あと値も全然張らなかった。むしろ箱にまとめて“特価! 小道具まとめ売り!”と詰め込まれて値引きされてた。
「子供用……子供用……あるいは俺の武器は、小枝切り用……」
『あー、ナイーブになるんじゃないよ。だからって大人用の大きな斧を片手で扱うのも――ああいや、転生中ならできるか……』
フフ……ワタクシ、心が折れました。
俺はフラフラとした足取りで、俺は介抱しようとするアザミを交わして前へ前へと目的を考えずに進んで――
「――うおっ!?」
「うわっ!?」
その真横――曲がり角から飛び出した人影にぶつかって、相手を転ばしてしまった。相手は小さかったからなのか、俺は転ばずに済んだが……
「す、すまん……俺の武器が斧とコテでめっちゃ落ち込んでて前をちゃんと見てなかった」
「知らない人からすれば言ってる意味が分かりませんよ、ユウマさん……えっと、子供? もしかしてさっきの――」
「あっ……紙が」
アザミの察した通り、見覚えのある――いや、さっき見た子供……あの鍛冶屋の親方の孫だった。
そして、その子が抱えていた丸められた紙束が地面には転がっている。さっき俺と衝突した際に落としてしまったのだろう。
「あとと……すまない、拾うの手伝うよ」
「わ、私も手伝います……!」
俺は当然、アザミも善意で落ちた紙を拾う子供を手伝う。思ったよりも沢山の紙束だ。こんなもの、一体何で抱えていたのだろうか……?
……と、その横でアザミの手が止まっていることに気がつく。いや、ただ単に手が止まっているというよりは、その紙の中身を見ている……?
「……? この紙、設計図……?」
「……! か、返せ! 見るんじゃない!」
アザミが紙を見たことを、子供は慌てて止めようとする――が、背丈の違いもあって子供の妨害は失敗に終わった。
「い、いえ! 良く見せてください! これは……」
「ッ……! またお前らも俺のことを馬鹿にするのか……!?」
「……これを書いたのは貴方ですか?」
俺のことを馬鹿にするのか、と口にした子供はアザミの優しい問いかける声を聞いて、表情を変える。自棄になっていたのが素直になったような豹変だった。
「……うん。でも大本はひいひいじいちゃんぐらいご先祖で……でもいくらおじいちゃん――親方に説得しても相手にしてくれなくて……」
「これは……対魔法の防具、ですね」
「ッ! 魔法!?」
突然、こんな町中で魔法という単語を聞いて俺は思わず声に出してしまう。
「……! お、お姉ちゃん、魔法を信じてるの!?」
「むしろ貴方が知っていることに驚きました……ユウマさん、コレを見て下さい。対魔法を想定した反射防具です」
驚いた様子の子供とは別に、冷静にアザミは内容を開示してくれる……が、
「いやごめん、文字読めない」
「そうでした……魔法の破壊力を真っ向から防御するのは不可能なので、斜面装甲と磨き上げた鏡のような表面で受け流す――そんなコンセプトで作られた防具の一種です。効果は期待値を下回りましたが、少なくとも効果自体はあったとかで……」
「……! お、お姉ちゃん! お願いがあるんだ!」
そう冷静に説明してくれるアザミに対して、突然子供は膝を付いて申し上げるように声を上げる。言葉通り、本当に頼み込むような様子で子供は続けた。
「俺に説得の方法を教えてくれ! お姉ちゃんが知っているなら、おじいちゃん――あの鍛冶屋の親方を説得できる! だから――」
「――駄目です」
一刀両断。
アザミは子供の頼みを聞いて意外にも、そして無慈悲にも一言で切り捨てた。
「えっ……」
「魔法は極秘の存在……本来、貴方が知っていること自体がイレギュラーなのですから」
「ちょ――アザミ!?」
腰の後ろから、一本の刀を抜き取るアザミを見て、俺は思わず止めに入ろうかと迷う。流石にアザミがそんなことをするとは思えないが……異世界で魔道の密会の人間を殺しかけた――いや、事前に一人殺していたが――例がある。
「あ、ああ……」
言動が言動な為に、子供も怯えた様子で後退りしている。落ちた紙を踏み潰してでも、後ろに逃げようとしている。
――だが、手にした先折れの短刀を、アザミは地面に置いた。
まるで何かの誓いのように、子供の前へ一の字に置いた短刀越しに、膝を折り曲げて、
「……だから、教えましょう。親方さんへの説得方法は教えられませんが、魔法と貴方達――鍛冶師との関係を」
「……へっ?」
アザミはそう笑みを浮かべて、約束を口にした。
少年も呆気を取られている。突然のそんな約束に対しても、そして目の前に置かれた先折れの短刀にも――
「なんだこれ……まるで、まるでこの金属、自分が金属だって分かってないみたいだ……まるで飴細工でできてるみたい……これも、その魔法なのか!?」
そう言いながら子供は短刀を勝手に手にとって――でもアザミはそう反応すると分かっていたかのように、笑みを浮かべていた――先折れ部分の断面を見て驚愕する。
……確かに、少年の言うとおり断面をよーく目を凝らして見てみれば、樹齢のように――いや、樹齢なんかよりも細かく精密に層を成しているのが分かる。
これが短刀……だからどう優れているとかはよく分からないが、この子供の反応から凄い代物だということはなんとなく察した。
「いいえ、それは東方にありふれていたただの技術ですよ。ただ、その反応を見る限り鍛冶は好きなんですね」
「あっ……う、うん。鍛冶の仕事は、好き。だけど、今は……」
「別のこと――魔法の関わった武具に心を惹かれている、といったところでしょうか」
ズバリとアザミにそう言われて、子供は素直に頷く。
……凄い、この短時間で子供の心を開いてしまった。最初は自棄になっていた節があるのに、こうも素直にさせるとは。
「いいでしょう、ついてきてください。すみませんが、ユウマさんも……」
「あ、ああ。了解です、アザミ先生」
「せ、先生呼びは今は止めて下さい……!」
「せ……先生! お願いします! 俺に教えて下さい!」
「ああほら! マネしちゃったじゃないですか!」
その凄みに倣って、先生呼びすると子供も合わせて先生呼びをしてしまった。だけどまあ、今のアザミは先生がよく似合っていると俺は密かに思うのだった――
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「……で、移動先が俺の部屋なのね」
場所は大きく変わって俺の部屋。まあ、俺達の目的は果たしたので別に良いのだが……俺は戸の横に寄りかかって――ギルドの従業員が来ないかの見張りを兼ねて――不満ではないが、ちょっとした異議を申し立ててみた。
「すみません……他の方にこの話を漏洩させるわけにはいかなかったので……傍から見れば、無関係な人に魔法を話しているようなものですから」
「そこまでするなら、ベルも紹介するか?」
「いいえ、そこまではしないでください……ただ、相談があればその離れた位置から、小声で……」
「ん、了解した」
流石にそこまでは開示しない予定らしい。なので俺は大人しく壁に寄りかかり続けるのだった。因みに子供――バーバルド君には、俺のベッドを椅子代わりにして座らせている。
「さて……まずはバーバルド君が魔法を知った経由から伺っても?」
「いえ、俺に敬語は使わなくていいです……教えて貰ってる身ですし、子供ですし……」
「無理だよ少年、敬語なのは変えようがなかったんだ。テコても動かないってやつ」
「……コホン、コホンコホン!」
アザミが話題を逸らすな、と無言の――いや、咳払いの圧をかけてきた。怖い。
「俺が知ったのは……家系に代々伝わる秘伝の技術で……見せることはできないけど、それをこの前見たんです。そこには魔法に対抗する武器や防具の技術に関する記載があって……」
「なるほど……まだ他にも魔法について直接記載のある、現存する資料があったのですね」
「俺はそれに惹かれて……色々考えたんです! この防具! 見た目も格好いいし、斜面装甲をこうして工夫すれば剣を受け止めずに流せる防具になるって……!」
……横から聞いているが、少年の言葉には熱意があるのを感じた。
アザミもその熱意を感じたのか、相づちを打って少年の言葉を真摯に受け止めている。
「だけど……おじいちゃんは全く受け入れてくれなかった。そのたびに改良したりして実物のモデルを作ったら怒られるし、設計図を持ち込んでも……今日みたいに……」
「そう、でしたか……」
それで今日はあんな感じに追い出された……と。
あの後俺達で説得したから、今後は流石にあんな怒り方をしないだろうが、それでも今後少年の提案が了承されるのとは別の問題だ。
「……無理もありません。親方さんは真っ当な考えで貴方の提案を切り捨てたのでしょう」
「…………えっ」
「今はもう魔法の世界じゃありませんから。魔法があった時代ならそれが最も優れた防具でした……が、今は剣と弓の時代。そして、簡単に剣戟を受け流せると君は言いましたが、それには使い手の技量が必要です。それに、矢に対してはあまりに無力すぎます。当たり所が良ければ受け流せますが、まず突き刺さることでしょう。鎧の軽量化に鎖帷子を鎧の下に着込んでないのも問題ですね。攻撃の貫通時に理屈ではなく、物理的に守ってくれる防具が無いのが――」
「ちょちょ、アザミ先生ストップ! 話が長い!」
止まらないアザミの解説に俺は思わず待ったをかけた。実際、説明の長さにも突然の否定にも驚いて少年がポカンとしてしまっている。
「ご、ごめんなさい……ただ、言わせて欲しいのは、もう魔法はこの世に無いんです。残されたのは“あった”という痕跡だけで、もう実在しない……だから親方さんは否定したのでしょう」
「………………」
少年は、俯いてズボンを握り締めている。
アザミにしては、優しさの無い容赦なき言葉の羅列であった。
「……手厳しいな」
『でも、間違ってはいないよ。ここであの少年に対して下手に希望を持たせる方が、かえって始末が悪いよ』
「そう……だな」
アザミの言っていることは正論だ。だけど、同時にこの少年にとっては残酷な言葉でもある。理想と現実。少年の言葉を真摯に受け止めたが故の、厳しい忠告だった。
「……ただ、時代は回るものです。流行が一巡りしてまた流行る――なんてこともあります」
「……?」
だから、そこで更に続きがあるとは予想しなかった。
「もしかすれば、また魔法の存在が当然の世界が再び来るかもしれません。そうなれば今の防具は無意味になる――そんな中、君のように別の道を進んでいた人が必要になるのです。君の考えたその武器や防具が、何よりも優れた代物になる世界が来るかもしれません」
「……! じ、じゃあ、俺は続けても良いの!? こうした、もう無い“夢”の後を続けても――」
「残念ながら、確証はないです。本当に魔法が戻ってくるだなんて、そんな都合の良いことが起こる可能性は誰にもわからない。鍛冶が好きなら、今は素直に親方さんの技術を習う方が良いでしょう」
「……そう、だよね」
「はい……ですが――」
アザミはそう諭すように言うと、少年の背丈に合わせて膝を折り、ポン、と両肩に手を乗せた。
「君は君だけの道を進んでも良いんです……現実と向き合って妥協を重ねながらも、心の中では夢だけをひたむきに追い求めてください」
「……!」
……魔法とか鍛冶との関係とか、そんなことは元々どうでも良かったのだろう。それがアザミの本当に伝えたかった言葉なのだろう。
少年はほんの少し涙をこぼして、それを咄嗟に拭うと、真っ直ぐにアザミの顔を見て夢を語る。
「俺……がんばります! 真面目に頑張って……でも夢は目指して……いつかに備えて頑張ります!」
「……はい、私は心から応援していますから。さあ、先生の授業はおしまいです。鍛冶屋まで送りますか?」
「ううん、大丈夫です。ありがとう、アザミさん!」
そう言い残して、少年は俺の真横を横切って――その際、俺にも一言礼を口にして――ギルドを去って行った。
夢に魅入られていた少年は、夢を目指すことで変わった。もう魔法なんて夢に縛られることは無いだろう。
「……変わり者が世界を変えるとは限りませんが、もしも世界が変わった時、生き残るのはその変わり者なのは間違いありません」
「アザミ……」
「フフ、どうでしたか、ユウマさん。今の私、主役っぽかったですか?」
「ああ、立派な主任だったぞ」
『……? なんか絶妙に違う?』
ニッコリと微笑むアザミに俺は親指を立ててそう告げる。
彼女も“主役”に成れるようになりつつある――そう俺は彼女の変化を感じるのだった。
■□■□■
「――いやぁ、ありがとうなお兄さん。この前うちの孫が世話になったって。しかも鍛冶を真面目に取り組むって」
その数日後、俺は一人で鍛冶屋に足を運んでいた。
依頼している物は全て届けられるが、ただ単に気になってしまったから足を運んだ次第だ。
「いえ、礼ならアザミ――この前一緒に居た女の子に言ってあげてください」
「そうだな……今度依頼品を持って行く時に直々に言うことにするよ」
「……それで、どう思っていましたか?」
「……ん?」
……ただの冷やかし風情の質問に、真摯に答える辺り良い人だな、とは思う。
親方は俺の質問の意図が掴めず、首をかしげて“どういうことだ”と表情で尋ねるのだった。
「いえ、あの子――バーバルド君の夢の話ですよ。アレを聞いて、親方さんはどう思っていたんですか?」
「……“夢”の話、ねぇ」
うーん、と少しだけ唸ってから親方は口を開く。
「……俺も、もしも魔法があれば存在して欲しいなって思う。だけど、そんなこたぁないだろ? それに俺は今を生きる鍛冶師だ。昔の空想ごっこでできた防具よりも、今の現実に耐えうる物を作っていかないと」
「ごもっとも、ですね」
「ああ。だが――」
そこで親方は腕を組んで、宙を見上げる。俺では無い、何かを――いや、きっと“あの子”を想像して、続けて語る。
「……そんな魔法が――“夢”があるのも、悪くはないなとは思う。だからこそ嬉しいのさ。瞳の前に夢があっちゃ前が見えねぇ。でも、瞳の奥に夢があるのは素晴らしい、だろ?」
「おお、なんか凄い名言っぽいですね」
「よせやい、照れる……ああコレ、頼まれたパーツの試作品なんだ。あの少年の作った物でさ……これで良ければ、あのアザミって人の頼んだ物の一部はアイツに任せようと思ってる」
「わかりました、渡して伝えておきます。不良品じゃなければ、彼女もきっと喜びますから」
その試作品――何かの細いパイプ? あの伸縮性のある矢のパーツだろうか? を受け取った俺は、一言挨拶を残して鍛冶屋を立ち去った。
『夢を追い求める……ねぇ』
「悪い事じゃないよな」
『ああ。きっとあの少年は大成するさ。まあ、ちょっと変わり者扱いされるだろうけど』
「でも世界が変わったら確実に生き残るぞ? アザミが言うにはだけど」
100人が同じものを目指す――それは整いすぎていて、何処か危ういと思える。だからこそ、もしも99人が駄目になってしまった時、彼みたいな1人が適応する――そうアザミは言いたかったのだろう。
「……でも俺は、純粋にああいうのが好きだな」
『ああ、とっても眩しいよ』
けれど、そんな思慮深さを持たない俺――自身の過去、記憶ばかりを追い求めている俺とベルからすれば、夢をひたむきに追い求めているその姿は、とても輝かしく、そして羨ましくも見えるのだった。




