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閑話6 それから/酒と頭∅《からっぽ》な男とこれからと

「フフフ……フハハ、ダ――ッハッハッハッハ!!?」

「――こんな、どうして……」


 目の前の惨事に、思わずアザミは両手で口を覆う。

 もう、どうしようもない自体を前に、彼女は諦めに近いような、そんな目で事を眺めることしかできないでいる。


「そうだ……そうだとも……そう、俺が! 俺こそが……! そう!」

「――誰よ」


 そのアザミの横で、シャーリィはワナワナと震え、拳を握り締めてアザミと同じく眺めることしかできずにいる。

 しかし、そこは王女として――そして、メンバーのリーダーの風格と言うべきか。彼女は傍観ではなく、立ち向かう意思を持って、


「――だァれよ! コイツに酒を飲ませたのは――!!」

「俺こそが――桐生 悠真だァァアア――ッ!! うおおおォ――!!」


 ギルドの酒場の席で大いに叫び、一杯の酒を煽ぐ一人の(ユウマ)の原因究明にブチ切れるのだった――




 ■□■□■




 ……あー、すごいわぁ、すごいふわふわしてるわぁ

 なんか選手宣誓しながら一気に飲めとか言われたからコレを喉に直滑降させたわぁ。喉がかっかして絞り潰されそうになったけど、飲んでしまえば楽しいもんである。


「フーッ、あー、一気に飲んだ」

「ユウマ、お前さん良い飲みっぷりだな!」


 隣で俺の肩をバンバン叩いてくる元反ギルド団体だった、現ギルドの荷物運び担当のアルゴさん。でも甘いなアルゴさんよ、その肩バンはクレオさんの破壊力にはまっっったく及ばないのさぁ……!


「ッ、アンタかぁ! うちのユウマに酒飲ませたの!」

「……顔色はまったく変わってないですけど、目の焦点がブレッブレですね。ユウマさん、とりあえず水をどうぞ」

「水……水? ああ、水」


 アザミから一杯の水を差し出される。なので水に指を突っ込んだ。


「……フンッ!」

「なっ……ユウマさん!? み、水がゼリーみたいに固まって……!?」

「ちょっと待てアンタよく見たら……転生してるじゃない!? いつ!? いつの間に!?」

「大丈夫ですかコレ、実はアルコールで死にかけているとかじゃないですよね……?」

「物騒な発言ね!? いやでも、今のところは呂律は回ってるし……要観察? ってところかな……あんまり近づくと何かに巻き込まれかねないし」

「そ、そう言いながら距離を取らないで下さい!? 私今現在進行形で巻き込まれているのですけど!?」


 何かオドオドした様子のアザミが、何か必死に叫んでいる。

 でもそんなところでも丁寧語というか、清廉さのあるのが彼女の良いところだなぁとつくづく思う。


 よっしゃぁ、んじゃ絡むかぁ~~!


「――アザミ、これができるか」

「えっ、いえ、できませんが……」

「できるかできないかじゃない――やるんだよォ!?」

「ひ、ひぃぃいい……!? う、うう……助けて下さいシャーリィさん、このユウマさんは手に負えません……」

「フゥウウン! むぐむぐ……ん、無味だァ! 若干苦い!」

「いやどっちよ……」


 なんかアザミが半泣きでシャーリィに抱きつくように距離を取る。

 結局、状況がよくわからないけど……なんだこれ、指になんか刺さってるこの水の塊を、棒付きアイスみたいに噛み付いて咀嚼した。うーん、無味に酒の苦味。


「ユウマすげぇな!? 俺もそれやってみてぇ!?」

「出来るわけないだろゥ!? 転生使いじゃァないとさぁ!!」

「やるんじゃないのかよ!?」

「できるかぁ!!」

「だよなァ! ほら、今度はこっちはどうだ? 白ワインだぜ」

「わっほい! って、悪いけど俺ゃ全然嬉しくないね。さっきもそうだったけど、ワインってなんか果実の絞り汁みたいな見た目してぜんっっぜん甘くないよなぁ。こんなの詐欺だよ詐欺――甘ァ!? 何コレ酒の絞り汁!?」

「デザートワイン、俺からの奢りだぜ……!」

「やだ……なんか渋くてかっこいいなその台詞と指パッチン……! 惚れ直した……! ワインに!」

「俺じゃねぇのかよ! ガハハ! かんぱーい!」

「いぇーい! かんぺー!」


 あはははは、あー楽しいなぁ。そっかぁ、コレが酒かぁ。今まで飛び道具としか見てなかったけど、こうやって飲むことも出来るんだぁ。

  ……ベル、俺一つ記憶を取り戻したよ。“酒は飲めるんだ”って――


「なっ……アルゴてめッ、また昼間っから……はぁ!? なんで転生使いの小僧まで飲んでんだよ!?」

「ビザーさん、でしたっけ? すみませんが、少々手伝って欲しいことが」

「ッ……ああ、ネーデルのお嬢様。やり方は当然アレだよな?」

「ええ、派手な方でね」

「りょーかいした。なんだい、俺とは気が合わないと思って距離を取っていたが、意外とソリが合うじゃねーか」

「ずいぶんと素直ね。嫌いじゃないわよ、そういうの」


 アルゴさんの相方、えっと……ビネガー? ビガー? まあ、そんな人がシャーリィとなんか話して、揃って何処かに行ってしまった。

 なんか意思疎通してる雰囲気がして、少し妬ける。妬けるぞ俺ァ。


「じゃあ、最後にコイツで(シメ)ようぜ――24年物の蒸留酒(ウィスキー)。この前のポーカー大会で勝ち取って来たレア物――いや骨董品だな。ここまで来るとさぁ」

「俺、自分の年齢を知らないけど、多分同い年か年上だよこの酒……!?」

「そうかー、若いとそういう酒とも出会っちまうか-。ちゃんと敬って飲もうぜ」

「おう! 手の平をパンッと合わせて……ははーっ!」

「なんだいそりゃ、ヘンテコだな」

「これはアザミから教えてもらった敬い方」

「私そんなこと教えていませんが!? なんですかそのポーズは!?」


 酒瓶のコルクを引き抜いて、蒸留酒を小さなショットグラスに注がれる。骨董品故に、そうガバガバ飲む代物じゃないのだろう。


「……お待たせ。悪いわね手伝わせて」

「おうよ。そっちもそっちで大変なんだな……」

「あっ……シャーリィさん方――って、なんですかその大きな桶……しかも波々と水を注いで……」


 アルゴさんが手の甲で蒸留酒を注いだグラスを俺の手元に滑り込ませてくる。やだ……格好いい惚れる……この技術に。

 お互いショットグラスを片手に、体を少しズラして向かい合う。敬意を払うためには言葉は必須。お互い言う言葉は当然決まっている。


「いくぜ、同時にな」

「ああ、敬意を払おうか」

「――いくわよ、せーのっ……」


 なんかちょうど良くシャーリィが合いの手を入れてくれたので、それに俺達は便乗して――


「かんぱ――ごぼぼぼおぼぼ!?」

「かんぺ――ぶぶぶぶべぶぶ!?」

「うわぁ……頭から水を……」


 突然の頭上からの敵襲に、俺の意識は刈り取られたのだった――




 ■□■□■




「……んぁ、知らない天井が――いや、知ってる!? ここギルドの元自室だ!?」

『おはようユウマ、酷い醜態をさらしていたな』

「……? あ、ああ? とりあえずおはよう……俺なんで寝てたの? なんで服が上も下も――下着もだ! なんで変わってるの!?」

『あわわ……急にズボンを下ろさないでくれ……!?』


 あ、それはごめんなさい。でも着ている服がいつの間にかぜーんぶ替わっていたらそりゃ誰だってビビると思うので許して欲しい。

 って、いつもの上着は――ああ、よかった。壁に掛かっている。でもなんで濡れているんだ? あれじゃ着られないじゃないか。


「……ああ、起きてたのね」

「! シャーリィ。こんなところにどうして?」

「それ、私の台詞。なんで貴方こそギルドに居て――しかも、あんな飲んだくれになってたのよ……」

「飲んだ、くれ……?」

「記憶が飛ぶタイプか……まあ良いわ。今アザミさんがエスプレッソをコーヒーハウスからわざわざ持って来てくれるから……彼女が来た時に色々話しましょうか」

「……なんでエスプレッ……えっと、なんだっけ」

「二日酔い対策よ。あんなに酒に弱いなら二日酔いになりかねないって……でも貴方の様子を見る限り、杞憂だったみたいだけど」

「二日酔い……?」

『本当に何も覚えていないんだな……』


 覚えているもいないも、何も知らずにギルドの自室に運び込まれた身としては疑問しか浮かばないのである。

 ……と、シャーリィの言うとおり、本当にアザミがバーン、と戸を開いて――カップを片手に――突撃してきた。清廉さは捨ててきて、何やら緊急事態だと言わんばかりの剣幕だ。今日は謎が多い。


「ユウマさん! 大丈夫ですか!?」

「あ、ああ。アザミこそ大丈夫か? なんか汗かいてるけど……走ってきたのか?」

「ええ、できましたよ! 珈琲の水面にまるで形を与えたように運ぶ方法が!」

「え、何の話……? こわ……」


 自分の知らないところで何か話が進んでらっしゃる。まさかまた俺は記憶喪失――いや、プチ記憶喪失になったのだろうか? だとしたら恐ろしいな。


「……んじゃ、面子も揃ったことだし、今回王国に戻った理由話を説明しましょうか」

「あの! エスプレッソは!?」

「話がややこしくなるから後にしてちょーだい。貴女までボケに回られると手に負えなくなるのよ……」

「えっと、アザミの馬車の用意と……なんかシャーリィが政治的にヤバいってのは聞いたけど」

「人のことヤバいとか言うなっ。今月は私の誕生月なのよ。で、演説とかするんだけど……そんな中で本人不在とか国民ビックリするでしょ?」


 まあ、事情としては納得したし、理解もした。

 ……多分だけど、王国の一部の住民にはシャーリィが王女だって既にモロバレしている点に目を瞑ればって話だけども。コーヒーショップの常連の一部は、薄々感づいていることを知っているのかシャーリィさんや。


 そんな自由奔放な王女様が居なくてもこの国の国民は驚かないだろうし――何より、シャーリィのお父さんとの約束で、もう自分は王女なんかじゃない~とか、そんな滅茶苦茶なことを言ってなかったか?

 もしそれが本当なら、彼女の父が上手いこと言いくるめてくれると思うのだが――


「……んや、今回は特別なの。私のやらなきゃならないことがある。だから少しの間王女として振る舞うわ」

「……えっと、むしろ王女になったりならなかったりする方が変なお話しだと思うのですが……そう感じてるの、もしかして私だけですか?」

『大丈夫だ、アザミさん。ユウマ含め私達はそう感じてるよ』


 シャーリィが異例過ぎるのである。幼いから自由を許されたとかじゃなくて、本人の背負っていた物が重すぎるが故にここまで自由になってしまった――って感じ。悲しい業を背負った分のメリットというか、見返りと言うべきか……


「だから今月は基本私は不在よ。だからアザミさんとユウマ、それとベルの三人で色々行動して貰おうかなって」

「行動……馬車の手配とか?」

「それはもうクレオさんがやってる。私が言いたいのは――アンタは! 何もかも不足してるってことよ!」


 ビシィ! なんて効果音が付きそうな勢いで俺を指さすシャーリィ。

 ……いや、まあ、はい。そうですね? としか言えないと言いますか……


「……今アンタ、何を今更だとか考えてるでしょ」

「なんでシャーリィって俺の考えてることすぐに読むん?」

「わかりやすいのよ、アンタは。武器も無い! 知識も無い! いっつもその場にある物やその場でベルの知識に頼ってる! 前にじゃじゃ馬って言ったけど、改めて考えたら荒れ馬も良いところよアンタの滅茶苦茶さは! ほんっっと心配して心臓止まるわ!」

「……アザミさん、お人好し判定は」

「はい、75お人好しポイントだと思います」

「人を茶化してる場合かァ! ユウマもアザミさんも! とにかく、アザミさんにはユウマに色々基礎を叩き込みつつ、武器とか防具の準備をさせておいて欲しいの。お願いして良い?」


 ……つまり、俺の強化を図りたい……という訳か。

 ちょっと嬉しい反面、一体何を叩き込まれるのか不安な面も感じている。


「因みに、どんな武器でも良いのですか?」

「ええ、金銭面は問題ないでしょ、二人揃って給料は高額なんだから。それにギルマスにツケにしても良いだろうし」

「さ、流石にそれは……」

「……? そういや、給料の概念はなんとなーく分かってるけどさ、その肝心の給料ってのはどこにあるんだ?」


 働いてお金を貰えるとするならば、俺の手元にお金が無いと変である……ってか、給料の概念あったんだこの組織に。無給だと思ってたよ。


「ギルドに全額預けてる。職員――まあ、レイラさん辺りに頼めば引き降ろしてくれると思うわ。あるいはペーターさん、バーンさんね。元反ギルドの人達はまだ金銭のやり取りを上から許してはくれてないだろうし」

「そ、それって元反ギルドの方々は無給で働かされていると……!?」

「ん? ああ、違う違う。何やるにしても人の目が必要な立場だからね、彼ら。財布管理をギルドがちゃんとやってるし、食事や寝床代に給料が当てられてるって感じ」


 一瞬、憤慨したような態度になったアザミが、シャーリィの訂正を聞いてホッと落ち着きを取り戻す。

 ああ、よかった。信じてたけど、彼らは不遇な扱いというわけではなさそうだ……まだまだ不自由は多いだろうけども。


「……やば、仕立屋の時間が……私、もう行くから! 今日からしばらくはユウマもアザミさんも、寝床もギルドを利用して良いから! とにかくアザミさんはユウマを頼んだわよ!」

「え、えあっ、ちょっと!? シャーリィさん!?」


 脱兎の如くとはこのことか。銀色で白く見えるし。

 シャーリィはあっという間に――勝手に俺の分のエスプレッソをいつの間にか飲み干して――この部屋を飛び出して行ってしまった。


「……えっと、どうしましょうユウマさん」

「どうするって……どうするんだ?」


 受動的な二人がこの場に取り残されてしまって何も出来ずに居る。シャーリィ、せめて今日の具体的な目的とか立ててから立ち去って欲しかったぞ……!


『あー、なんだ。とりあえずお金を下ろしてくれば良いんじゃないかな。そもそもアザミさんは王国は初めてなんだろう? ユウマ、お前がエスコートしてあげると良いさ』

「……なるほど、確かに」

「そうですね……お願いできますか、ユウマさん」

「ああ、おおよその案内は出来るから、まかせてくれ」


 ……と、ポケットから受動的な意見を頂けたので、俺達は素直に従うのだった。

 ありがとうベルさんや、ありがとう。ベルが居なかったらこのまま夕方までこの部屋で過ごしてそうだったよ……

〜∅《空集合》の練形術士閑話「アルコール」〜


 未成年すら飲める発泡酒が盛んだが、一方で一部の玄人では蒸留酒が根強い人気を誇り、ひっそりとネーデル王国に広がっている。

 ネーデル王国は気軽に水が飲める環境故に、他国と違ってワインはあまり飲まれないが、蒸留酒のアルコールの強さに衝撃を受けて好むようになった人は少なくないとか。


 ちなみに24年ものは相当な年代物。決して作中のように水に流して良いものではない。

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