Remember-77 動き出す魔法使い達/ある魔女の旅立ちを
――あれから依頼の件については、トントン拍子で解決していった。
というのはまあ、元凶を見つけ出して魔術の組織――国からすれば、好き勝手にしてるけど、対策の打つ手が無い腫れ物のような存在だったらしい――を壊滅させたのだから、当然の結果だ。
しかも犯行に及んだ組織の一人を生かしていたため、詳しい手口まで判明したのは俺のお手柄……らしいが、事が事なので褒められてもあんまり喜べなかった。
不正があったのは、申請書の時点からであった。
ノールド村の証明印は常に村長が持ち歩き、夜間はある特定の場所に隠しており、それは村長しか知らない……というのがこの村の取り扱いらしい。
だが、相手は黒魔術の使い手。“黒い雌鳥の使役”という魔術で宝――証明印を見つけ出し、“水銀の使役”という魔術で印の“型”だけを盗み取った……らしい。
こうして隠し場所は暴かれ、証明印も残ったままだから誰にも盗まれたと気づかれなかったのは、無理もない話だ。現物は残っているのだから、気がつける訳がない。
そうして作られたコピー品の証明印を押された申請書を領主に提出し、領主も怪物の存在を確認したため、承認しギルドに申請――そうして、俺達の元へ偶然その偽物の依頼書が届いた……という経由であった。
そして、魔道の密会の目的は、やはりアザミを組織に引き入れることだった。
他の依頼を受けた人だった場合、共通言語の通じない村で困り、領主に申し出る。
そして領主は通訳者であるアザミの存在を教え、領主命令でアザミをノールド村へ派遣させる。その後、依頼に関する食い違いを判明させ、俺達も味わった混乱に乗じて、その隙に彼女を脅して無理矢理引き込む……そういった計画だったらしい。
……連中からすれば、誰でも良かった。だが、シャーリィの存在が大きなイレギュラーとなった。
彼女が昔から縁を持ち、転生使いだと知っていたこと。そして領主を介さずにアザミを連れて来た――“移住”さえしなければ、別の村への“移動”は領主的には問題ないらしい――こと。
そして、俺が伝書鳥のように真相を綴った手紙を受け取ったことが、組織の計画崩壊の決め手となった。それからはまあ、俺達が経験した通りである。
――そして、ノールド村の住民には事態の元凶を伝え、生き残った一人に関してはネーデル王国で直々に打ち首にすると伝えられた。
死刑とは言ったがその実、特別房で情報を搾り取るため、嘘をついてしまったようなものだが、村の人々は全てを託すように、“ヤツらのせいで犠牲になった人々の無念を晴して下さい”と承諾してくれた。
……その村の意思に嘘をついたことが、俺にとって唯一の心残りだったりする。
ベルは『死刑も終身刑もそう変わらないさ』と俺をなだめるように言ってくれたが、犠牲者の無念という言葉はどうしても無視できないでいる……これは弱さなのだろうか……?
「――おーい、兄ちゃん! ベルちゃん! 嬢ちゃん! アザミさん! もうすぐカーレン村だぜ!」
……感傷に浸るように数日の間で起こった事の顛末を振り返るのは、ここまでにしよう。俺は本を閉じるようにパタン、と記憶の振り返りをそこで止めるのだった。
「……もうすぐ、みなさんとお別れですか」
同室でソワソワとしているアザミが小さく呟いた。
ちなみに今まで被っていた魔女のような帽子は異世界で紛失――いや、忘れ物してしまったため、彼女は今帽子を被っていない。
だが、獣耳を横に倒してしまえば上手いこと跳ねっ毛に見えるので、今後はそれで隠していく……とのこと。まあ、確かにじっくり観察でもしないと分からないな。
「寂しいか?」
「はい。あまり深く関われませんでしたが、それでも私にとっては思い出に残る関係でしたから」
「…………そっか」
アザミの寂しさも、別れへの躊躇も無視して、馬車は揺れることなく走って行く。
カーレン村まではもう近い。窓の外を見ながら、俺は村がどこにあるのか探して過ごすのだった。
■□■□■
カーレン村には全住民が集まっていた。
……とは言っても、二十人に満たない人数で、若者は三人の幼い子供だけだ。
ザワザワと共通言語のささやき程度の会話が聞こえる中、見覚えのある一人のおばあちゃんが前に出て、アザミの手を握った。
「あっ、メグミさん……お久しぶりですね」
「……アザミさん、本当に行ってしまうのかえ?」
アザミの挨拶を無視してまで、そのおばあちゃんは真っ先にそう尋ねてきた。
……アザミの別れは、この村との別れだ。この村の問題は、アザミが居なくてもいずれ解決する。だから彼女は、俺達の元で異世界と戦い続けることを自分の意思で選んでくれた。
「……はい。ですけど安心して下さい! この村の問題はぜーんぶ、解決しますから!」
「そういうことじゃないよぅ……ううっ、おばあちゃんはね、アザミさんは孫のように思っていたから、旅立つのはやっぱり……うっ、寂しくなるねぇ……」
「お、おばあちゃん……泣かないで下さい……うぇえ、ど、どうしましょう……」
アザミに抱きついて泣き出してしまったおばあちゃん相手に、アザミはどうして良いか分からなくなって、助けを求めるようにこちらに視線を送ってくる。
……いや、あの。こっちは部外者なのでそちらで事は納めてもら――痛ァ!?
「ッ、なにするんだシャーリィ!?」
「ほら、行ってきなさいよ、引き立て役さん。主役はアンタの手助けがお望みよ」
「なんだよそれ……」
「ほら、行った行った! じゃないとまた背中を小突くわよ」
「兄ちゃん、頑張って漢を見せてこい!」
「……漢ってどうやって見せるの?」
漢を見せるは謎だが、まあそこまで背中を(物理的にも)押されてしまえば、仕方ない。俺は前に出て……出て……いやあの、俺も何をすれば良いか分からないんですけどシャーリィさん! クレオさん! 助けてベルさん!?
「あっ、ユウマさん……!」
俺が来たことで嬉しそうな顔をしてくれる……が、ごめんなさい。俺は全くの無計画なのデス。
「……お兄さんや、どうかね……この人をお願いするよ……ううっ。大切にしてあげて下さい」
「お、おばあちゃんそんな……頭を下げないでください……!?」
「……はい、大切にします。アザミは良い仲でいるって誓いましたから」
「ゆ、ユウマさん!?」
場の雰囲気を読んでそう答えると、アザミはあわあわとするし、村人達の方はザワザワと会話が増え、後方からはシャーリィの口笛が飛んできた。うるせぇなんだそのヤジの飛ばし方は。
「その言葉に嘘はないんだね……?」
「? そりゃ、はい。なぁアザミ。一緒に誓ったよな」
「ゆ、ユウマさん! 話が! 話がズレてます! ズレてますって!」
「ず、ズレ……?」
え、何。話にズレって何事? ってか話がズレるって概念は何!?
「……私が村の代表としてお願いするよ」
「オイ、お前さんや! 村長は儂じゃぞ! 勝手に村長顔をするんじゃぁない!」
村人の中から、また見覚えのある一人のおじいちゃんが大声で抗議していた。ああ、あの人がこの村の村長だったんだ……
「アザミさんはこの村の大切な女の子だ……どうかあの子を、末永く幸せにしてあげて下さい……おばあちゃんの一生の頼みだよ……」
「オイ、お前さんや! 昨日儂の煎餅でも一生の頼みを使ったじゃろうに!」
「……末永く? 末永くって、具体的には……?」
「そりゃ、同じ墓に入るまで――」
「わーッ! わわわーーッ!?」
手を俺の握って深々と礼をするおばあちゃん――思ったより愉快な人のようだ――と俺の間を断ち切るように、そこでアザミがまるで耐えきれなくなったかのように飛び出してきた。
な、なんか赤面して目がぐるぐるしてて、どう見ても普通じゃないが……大丈夫だろうか?
「同じ墓……? いや、おばあちゃん、安心して下さい。俺達はそう簡単に死にませんよ。何か困難があっても、力を合わせれば立ち向かえますから――」
「ゆ、ユウマさんもストップ! ストップです!」
「へ? な、なんで……?」
「う……うううっ……良かった、良かったよ……長生きして添い遂げるのかい……アザミさんや、良い旦那を見つけたねぇ……」
「だ、旦那?」
……あれ? 確かになんか話が変というか、ズレを感じるような――
「お兄さん、アザミさんが花嫁になる時はこの村においで下さい。衣服はおばあちゃんが腕によりをかけて作ってみせるよ……ああ、良かった……」
「だ――だから、違いますって――!!」
「は、花嫁ぇ?」
「あっ――はっはははははッ! ッ、くく、ひ、ヒィ――駄目、死ぬ! 笑いすぎて死ぬ! 見てる分には面白すぎるってアレ! ハハハハッ!」
そこでいい加減に理解した。
このおばあちゃん、俺とアザミが結婚する仲だと勘違いしていらっしゃる……!?
「ご、誤解は解きますから! ユウマさんはもう戻ってください! お願いしますから!」
「あー、大丈夫なのか」
「私は通訳者ですから! はい! 大丈夫です! というか任せてくださいお願いですから!」
「……いやここ、共通言語の村――」
「おーねーがーいーでーすーかーらーッ!」
ぐいぐい、と背中を押されてゲラ笑いをしているシャーリィと腕を組んで仁王立ちで頷いているクレオさんの元へ押し返される。
……さっきの膠着状態はなんとかなったけど……もしかして、なんか悪化してしまったのではないだろうか……?
「……兄ちゃん」
「クレオさん、ごめん。なんか失敗したらしい――」
「――漢、見せたな」
「いやなんなのさ」
なに親指立てて言ってるんだこの人は。
■□■□■
「……誤解、解けきれませんでした」
あれから暫くして、カーレン村と別れたアザミは、遠い目をして俺のベッドに座り込みながらそうボソリと呟いた。
「あー、その、なんだ。多分俺のせい、だよな……ごめん」
「あ、謝られるほどのことではありませんが……その」
と、そこでアザミは次の言葉に迷ったのか、少しだけ考えてから、
「……もしまたカーレン村に行くことになった時は、責任取って下さいね! 私とユウマさんでちゃんと誤解を解くように!」
「ああ、分かったよ。あの誤解もきっと、俺の撒いた種みたいなものだし……」
責任、かぁ……なんか今回に限っては重いのか軽いのか分からない単語だが、また来た時には善処しよう。どうやって誤解を解くかの計画はやっぱり何も立ててないけれど。
「――聞こえたわよ、“責任取って下さい!”って。アザミさんって、結構積極的?」
「んな――――ッ!?」
「やめろやめろ、アザミをこれ以上発狂させるのはやめろ」
嗜好品狂いが突然やって来て、にやにやと笑いながらそんな爆弾を投げ込んでくるものだから、アザミさんが叫び声を上げてしまった。
……まあ、緑茶を淹れてるし、その匂いでいずれ来るだろうとは思っていたけど……嫌なタイミングで来たみたいだなぁ
『本当、変なコントでも見てるみたいだったよ。君たち二人はやっぱりヘンテココンビだ』
「ヘンテココンビ……フフッ、良いわねそのコンビ。悪気がある訳じゃあいけど、雰囲気はそんな感じよ」
「嘘つけ! 悪気60%だろ!」
「そこまで悪気があるなら残りは何よ」
「緑茶飲みたいが残り40%」
「……否定できないわね」
『シャーリィも凸凹コンビって感じだからな? ユウマと変な噛み合わせがある感じがする』
「んな――私とユウマにまでコンビ名が付いてるの!?」
やいのやいのと騒ぎながら馬車はネーデル王国への街道を走って行く。
新たな仲間としてアザミを迎え入れたこの御一行の旅は、やっぱり賑やかで楽しいものになりそうだ。
「……そうだ、アザミ」
ふと、ちょっとした“礼儀”というものを思い出した。
思えば、彼女がこの組織に属してくれると決意してくれてから、ちゃんとした挨拶を俺はまだしていなかった。主に連戦の疲れで。
「はいユウマさん、なんでしょうか?」
「えっと……こんな騒がしかったり、変な誤解があったりするメンバーだけど、これからもよろしく。ちゃんと挨拶してなかったから今させてもらった」
「……アンタ、やっぱりそういう妙なところで礼儀正しいわよねぇ」
『そういうこと、クレオさん以外集まってる中で改めて言うか普通? みんなに聞かれて恥ずかしくはないのか?』
「うぉーい! 俺さんにも聞こえてるぜ! みんな楽しそうに大声だからな!」
あ、クレオさんにも聞こえてたのか。
まあ、確かにこんな全員集合な状況じゃなくて、ひっそりと二人――いや、ベルが居るからどうしても三人か――でやるべきだったかもしれない――が、
「――はい。こちらこそ、今後ともよろしくお願いしますね。ユウマさん」
ニッコリと笑顔を浮かべて、彼女は堂々と皆の前で、まるで“主役”のように返事を返してくれるのだった――
〜∅《空集合》の練形術士閑話「結婚式」〜
この世界での結婚式は、パーティーのような形式であり、現代のような教会や神社での行事を行う例は稀である。
基本的に親族や知り合い。辺境なら村全体を巻き込んでどんちゃん騒ぎをする――といった感じである。
ネーデル国内では、結婚式に参加する場合、一人につき一つ料理か酒を持参するというマナーが存在しており、規模によっては食べきれないほどの料理がテーブルをはみ出して床や椅子の上にまで置かれるとか。
……稀有な例だと、参加者全員が酒を持ってきて料理が無い……なんて事例もあったとか。




