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Remember-76 三人三脚の切り札/霧の向こうへ漂流して

「…………」

「…………」


 波にプカプカと浮かぶ心地は……何ていうか、まあ、気持ちが悪いなぁ。

 もう気が滅入って溜め息一つ出せない精神状況で、ふとアザミと目が合う。ずぶ濡れで耳とか横に倒れててシナシナだ。濡れた動物のソレである。


「……フフッ」


 目を合わせると、なんか死んだ目で笑みを浮かべて微笑んでくれた。怖い。


「……あー、なんでこの二人はさっきから死んだ目をしてるの?」

『それを知ったところで私達には何も打つ手が無い。聞くだけ無駄だよシャーリィ』


 ……話は数分前に戻る。

 ずぶ濡れになりながらも無事に孤島へ帰還し、シャーリィと合流した――“なんでそんなずぶ濡れなの?”と質問された――後、異世界を脱出するために船のある所へ向かった時、事件は起こった。


 灯台を調査していた時に、怪物が空を飛んで周囲を警戒していた様に見えたのは、やはり気のせいではなかった。そしてその事実を理解したのは、乗ってきた船がしっかりとぶっ壊されていることが判明してからだった。


 ……つまるところ、あの怪物は死してなお俺達にしっかりと一矢報いていたのである。本当に許せねぇよあの下郎め……


「丸太、丸太、丸太、丸太、丸太……」

「ちょっとそこのユウマ! 精神崩壊して丸太を削り壊すのは止めてよね! 仕方ないじゃないの! こうでもしないと脱出できないんだから……ハァ……」


 三人揃ってしがみついている丸太に“の”の字を書いていると、シャーリィから怒られてしまった。しかし、そんなシャーリィもげんなりしている……のはやっぱりこの状況に萎えているのか、俺達の負の感情が伝播したのか……


 ……まあ、簡単に状況を言うならば、船が無いので残骸の丸太にしがみついて異世界を脱出しようと漂流している――ということだ。辛いわぁ、全身びちょびちょ本当に辛いわぁ。


『……いや、ユウマは怪物に襲われた時点でずぶ濡れだったよな? なんでそんな濡れることに抵抗感が?』

「濡れることはまあ別に良いんだよ……俺の魔法で拭えば全部水気は取れるし」

「えっ!? ちょっとあの、ユウマさん! 後で私にその魔法をお願いします!」

「なんか違う人が食いついたけど……アザミとは違って、俺は帰る手段がこんな丸太で漂流なのが精神的に堪えてるんだよ……ベル、俺達はあとどれぐらい流れれば良い? 丸太は何も教えてくれないよ……」

『こりゃ……重症だな。駄目だこれは』

「だから精神崩壊しないでって言ってるでしょ!!」


 壊れるものは壊れる時にちゃんと壊れないと、それはそれで心にとって害なのである……あ、名言みたいなこと想像しちゃった。いいね、こうやって脳内で名言をたくさん作っていれば、きっとそのうち村に漂流するだろう……


「とにかく、ユウマもアザミさんもちゃんと足で漕いでよ! さっきから私しかこの丸太動かしてないじゃないの! このままだと本当に漂流するわよ!」


 いや、それはマジですみません、シャーリィさんや。




 ■□■□■




「……うーみーはー広いーなーおおきーいーな~」

「いな~♪」

「夜だ~しさむいーし……寒いし……」

「……へっぷちゅん!」


 異世界を抜け出した後も、アザミと楽しく歌を歌ってゆったり流れているが、相変わらず大海原だ。

 しかも日が落ちて風が寒い。海水の方が暖かく感じるのは錯覚だろうか? 合いの手で歌っていたアザミなんかは寒くてくしゃみをしていた。


『シャーリィ、残念ながらこの二人はもう駄目だ』

「あああああもう! 私まで気が狂うわこんなの!」


 ベルの映ったガラスを片手にシャーリィまで楽しそうに騒いでいる。まあ、せっかく三人も集まってるんだから、少しぐらいは楽しく過ごさないとバチが当たるってもんである――ッ、?


「……あれ、なんだ? 明かりが……海に浮かんでる?」

「……あれれ、本当ですね。なんでしょうか、アレ」

『シャーリィもう駄目だ! ユウマがぁ……! ユウマがおかしくなっちゃったよ……!』

「んなーーっ! 幻覚なんか見てないで! ちゃんと体を動かしなさい! 低体温で死ぬわよ!」

「ッ……いや、違う、違うって! 幻覚じゃない! 後ろ後ろ!」

「はい! こればっかりは幻覚じゃありません! 今の私は正常です!」

「あぁん……?」


 嘘くさいなぁ、と言わんばかりにシャーリィは振り返る……と、すぐに彼女も動揺したように体を動かした。


「ッ、明かりよベル! 明かりが見えるわ!」

『うわぁあああん! シャーリィまでももう駄目だぁぁぁ……』

「いや私はずっと正気だから! 泣いてないで目を開けなさいよベル!」

「大変そうだね」

「大変そうですね……」

「いやアンタ達のせいだから!? 元凶がなにを他人事のように!」


 まあ、呑気するのは良いとして、結局あの明かりは何だろうか? もう村まで近づいたとか? いや、そんな訳ない筈だけど……


「あれは……船よ! 助かったわ! ――depict(描写)Kano(明かりよ)!」


 シャーリィはそう言うと、サッと転生してササッとルーン魔術を唱えて、空に向けて一筋の明かりを打ち上げた。照明弾、というやつだろうか。


「これで気がついてくれる筈……どうしてこんな夜中に船なんて出てるか分からないけど、とにかく助かったわよ! 二人とも!」

「そなの?」

「そうなんですね~」

「ああもう! なんか調子が狂うわね! ってかアザミさんなんかキャラ変わってない!? そんな感じだったっけ!?」


 シャーリィは絶好調だなぁ。元気で何よりである。




 ■□■□■




「兄ちゃん! 嬢ちゃん! アザミさん! 大丈夫ですかい!?」

「――クレオさん!? 何でこんなところに!?」

「うわぁ!? 急に正気に戻ったわね!?」


 船にランタンを吊るして近づいてきたのは、なんとクレオさんだった。

 どういう訳か、こんな異世界の近くにまで船を漕いでやって来ているが……一体どうしたのだろうか。


「いやぁ、意思疎通が上手くいってな……村の占い師にこう言われたんだ。兄ちゃん達、“行きは良いが帰りが悪い”ってさ……もしかしたら船が壊れてるかもしれない! って不安になっちまって、夜も眠れなくなっちまったって訳さ」

「クレオさん……そんな占いを信じるなんてとか、異世界付近は危険だとか、色々怒りたいけど……とにかく今はありがとう。おかげで私達助かったわ」

「おうよ! 俺さんは嬢ちゃん達の大切な“足”だからな! 責任持って送り届けるぜ!」

「クレオさん……この度は本当にありがとうございました。このご恩、忘れません」

「うわぁお、こっち(アザミさん)まで急に冷静になった……もうなんなの、狂ってるのは仲間達? それとも私だった……?」


 なんかシャーリィが一人でブツブツ言っているが……多分この漂流で疲れが溜まったのだろう。実際俺も疲れて疲れて、今にも寝てしまいそうだった。


「ハァ……偶然に近いけど、なんとか生きて帰れたな、ベル」

『……グスン、ああ……そうだな……スンッ』

「なんで泣いてるのさ!? いやまあ、確かに危なかったけどそこまでじゃ……」

『だってユウマがおかしくなって……ううっ……治ってよかったぁ……』

「?????」


 どうやらベルまで精神的に疲れている様子だが……無理もないか。戦闘に直接協力してもらったのも、突然矢を飛ばす方法についてもご教授してもらったのだ。疲れてない方が不思議なのである。


「しっかし、こんな夜中に丸太で漂流って……本当に危ないところだったな、兄ちゃん。村に戻ったらすぐに暖かい飲み物と替えの服を村長から借りさせて貰うからな」

「……もしかしてクレオさん、村の人と仲良くなった? 言葉を使わずに」

「ん? ああ……なんか晩酌に誘われてな。飲みっぷりが良いって人気者になったっぽいぜ、俺さん。向こうが何言ってるかさっぱりだけどな」


 この人のコミュ力やべぇな。




 ■□■□■




「……それじゃあ、生還を祝って――乾杯……ッ、ふわぁぁ……」

「乾杯いぃぃぃいぃいぃ、さ、寒くて歯が常にガチガチするぅぅぅぅううぅ」

「……正直、眠いですね……乾杯です」

「おう! 乾杯! ここの魚スープは何度飲んでもやっぱり美味いな!」

『……クレオさん以外、全員早く寝た方が良いんじゃないか……? あとユウマはもっと焚き火に近づいて暖を取るんだよ』


 あれから無事に全員揃って村まで帰還し、現在は馬車の焚き火前――いつも通りの野宿の光景だ。

 そして、そこでまたしても乾杯の音頭をシャーリィが取っていた。こちらとしてはそんなことよりも早く温かいスープを飲んで暖を取りたかった。待ちわびたようにスープを一気に飲む。


「……プハッ、ああ、温かいな……」

「フフッ……ユウマさん、おかわりは要りますか?」

「ん? あ、ああ。お願いする……まだ寒い……でも、飲み過ぎたらお腹が膨れて眠気に負けるかもしれない……」

『いや、だから早く寝ておけって。実質二日徹夜で極限状態の活動をしていたんだぞ? どんな反動があるのやら……』

「……ん? そういや嬢ちゃん、ベルちゃんのことはええんですかい?」

「…………ハッ!? あ、ああ、うん。大丈夫……ふわぁ……」


 シャーリィはすっかりおねむだ。というか今、座ってスープの器を持ったまま一瞬眠っていなかったか?

 ……で、そういえばクレオさんにこの件――アザミにベルの存在を隠さなくなったことについての話は共有していなかったっけな。


「クレオさん、アザミとベルについては大丈夫。今は仲良しだよ」

「そうか! 兄ちゃんがそういうなら俺は納得するぜ。しかし仲良しか……良いことだな!」

「な、仲良しなのでしょうか……私とベルさんって」

『……ん? 私だってアザミさんとは良い仲間でありたいと思っているよ。ユウマの言葉を借りたが、気持ちは本物さ』

「そうですか……そうですか……! あっ、どうぞユウマさん、おかわりです!」

「うわぁすげぇギリッギリまで注いで――ああ溢れてる、ギリギリすぎて溢れてるよアザミさん」


 ベルの言葉を聞いて、アザミさんは嬉しそうな表情を浮かべて俺の器にスープを山盛り注ぎ込んだ。渡された時の衝撃で若干溢れたけど、それで手が少し温まったのでまあ良しとする。


「……因みに、例の黒幕? って野郎は俺さんの馬車の中でしっかり軟禁している。さっきは差し入れたスープを飲んで今は寝てると思うぜ」

「クレオさんの馬車に? それじゃあクレオさんは何処で寝るんだ?」

「実はまだ、晩酌の途中で抜け出した身でな……村長さんのとこで雑魚寝するぜ」

「クレオさん、地域語学んだら交流の才能あるんじゃないのか……?」

「で、ですね……言葉を使わずに交流できるなんて、初めて見ました……」

「ガハハッ! 俺さんは年長者だからな! これぐらい出来てなんぼさ!」

「……クレオさん、ちょっとうるさい……むむ……」

「……すいやせん、嬢ちゃん」


 睡魔にやられてる中、クレオさんの豪快な笑い声で起こされたシャーリィ(年少者)クレオさん(年長者)を怒る図を前にして、俺とアザミ、ベルは思わず苦笑いを浮かべた。


「ああ、そうそう。一応脅かして色々聞き出してみたぜ。まあ、断片的にしか分からなかったけどな……」

「構いません。ですので新しく分かったことがあればお願いします。」

「アザミさんが知ってるかは分からないが……えっと、異世界のシステムは世界の壊死だーとか、ああそうだそうだ! “ガラスの魔法使い”ってのを探してるらしい! それで多分だが……それはベルちゃんじゃないか?」

『わ、私を探してる……? 魔道の密会が?』

「! そういえば、あの怪物も俺に取り引きを持ちかけてきたな。ベルを渡せば命だけは助けてやるって……まあ、当然断ったけど」

「ヒュウ! 流石兄ちゃん、そういう漢気あるところは俺さん好きだぜ」

「茶化さないでくれ……って、アザミ?」


 クレオさんからそんな口笛を鳴らされて反論していると、その横でアザミが顎に手を付けて何かを考え込んでいる様子だった。


「……あ、いえ。すみません、少し考え事を……」


 どうかしたのだろうか……? まあ、確かに俺も顎に手を付けて考え込みたいのだが……まるで意図が掴めない。どうして連中はベルを求めた? っていうか――


「ベル! お前って魔法使いだったのか!?」

『えっ!? ああいや、わかんないよ……そんなこと……』

「あーそうか、記憶喪失だもんな……でも、一歩前進したじゃないか! ベルは魔法使い! 確証を得たぞ!」

『じ、自覚はないんだけどな……あはは』

「さて、それでは……私はシャーリィさんを馬車に連れて行きますね。でも、疲れているのに本当に藁小屋で良いのでしょうか……?」

「ああ、大丈夫だ。むしろ藁小屋で寝てた時は快眠って感じだったぞ」


 以前、ネーデル王国での藁小屋での宿泊を思い出す。チクチクして痛いが、以外と眠れる――が、流石にベッドを上回ることは無かった。一体藁のベッドの何がシャーリィを魅了しているのか、これっぽっちも分からない……


「では、シャーリィさんを運んできます。私もそのままシャーリィさんの馬車小屋を借りて寝ようかと思いますが……ユウマさんは?」

「ああ……俺達も寝よう、ベル」

『そうだな……明日にはギルドから申請書の原本が届く筈だから、寝坊しないようにな』

「ああ……でもすまんベル、俺このまま二日は眠れそうだよ……」

『流石に寝過ぎだ……ほら、ユウマは早く休め』


 ベルに急かされて、俺はシャーリィの肩を担いで藁小屋へ向かうアザミを見送りながら、自分の馬車小屋に戻る。

 因みにクレオさんは宣言通り、村の方に向かって行った。もしかしてだけど、あの人は酒を飲んだ状態で――それも、村人に気に入られる飲みっぷりで――船で俺達を迎えに来たのか……? だとしたらとんだ無謀である。


「……ふぅ」


 馬車の戸を閉めて、ベッドにドサリと横になる。それだけで体は鉄のように重くなる。散々無茶をしたツケがこれか……


『……今日……いや、昨日から今までのユウマの戦い、見ていて怖かったよ、私は』

「ベル……?」

『うん……今でも信じられない戦い方だった。無茶と型破りの連続……でもお願いだから、あの時の約束は絶対に忘れないでくれないか……?』


 あの時の、約束。

 ……ああ、当然覚えているさ。そんなこと、今更言われても俺の答えは変わらない。


『当然だよ。俺はもう、二度と自分の死なんかに意味を見出すようなマネはしない。そして、死ぬことを最善の選択肢として挙げない……わかってるさ。でもコレが、俺のベストなんだ」


 正直言って、俺は弱い。

 戦い方も、魔法のコントロールも行き当たりばったりで、未だにじゃじゃ馬でどうしようもない。本当にベルの不安や心を想っているのなら、もう少し戦い方というものがあるはずなのだが――


「……なあベル、俺はどこまで強くなれば良い?」

『どこまで、強くなれば良いか……?』

「弱いことがまるで悪いみたいな感じだけど、俺はそうは思えないんだ。弱くたって役割がある。そこに居る“意味”がある……クレオさんだってそうだ。転生使いじゃないクレオさんは……悪いけど、弱い人間だろう? だけど、ああして俺達を無謀にも助けたり、村の人々と交流したり……あんな感じに、弱くても弱いなりに、ただ強い人よりも優れていることがある――そう感じるんだ」

『それを踏まえて、どこまで強くなれば良い、か。人間を超越しようとしたあの怪物とは真逆の意見だな、ユウマ』

「…………そうかも、な」


 ……ああ、睡魔が瞼を落としていく。でももう少し待って欲しい。せめてベルの言葉を聞くまでは、意識を落としたくない。


『……ユウマは、そのままで良い。強くなくても、弱くなくても良いと思う』

「……強くなくても、弱くなくても良い……?」

『ああ。それこそアザミに何度も言っていた、ありのままの心でいれば、ユウマは道を間違えることは無い――少なくとも今はそう思えるんだ』


 あまりにも優しい言葉。睡魔よりも柔らかな言葉は、よりいっそう俺を眠気に誘い込む。もう眠気は限界だから、俺はランタンの火を消して、部屋を暗くして練る準備を整える。


『……お休み、ユウマ。君は君らしく、でも無茶だけはしないで仲間と仲良く、楽しく過ごして欲しい――それが私の願いだよ』


 意識が途絶える直前、温かな言葉と共にベルのささやかな願いが耳に残った――


〜∅《空集合》の練形術士閑話「飲酒と運送業」〜


 結論から言うとネーデル国内では飲酒しながらの馬車の運転は禁止行為である……が、船に関する飲酒規制は緩いので、今回のクレオの行動は合法である(また、救助の為に体を温めるための飲酒と言えば馬車だろうと合法にはなる)。


 ネーデル王国は貿易の国であり、飲酒した運送業者の粗雑な運転は多大な被害をもたらすため――というかもたらしちゃったため――死刑や終身刑ほどではないが、かなり重めの罰を与えられる。確実に言えるのは運送業の免許証の剥奪がある。

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