Remember-75 三人三脚の切り札/ラスト・スナイパー
「アトラトル……?」
聞いたことのない単語に思わずアザミと二人揃って互いの顔を見るが、アザミも知らない様子だ。首をかしげているのが少し小動物っぽくて可愛らしく見えたり。
『説明は後だ! もっと広い場所に移動してくれ! 幸いあの怪物の動きは遅い……胴体が無いおかげかもな。走ってもある程度なら近づけるだろう!』
「わかった! アザミ、手を」
「へ……? て、手ですか?」
「ああ! うっかり置いてけぼりにして海に落としたら大変だからな! 俺の周辺から離れないように手を繋いで走るぞ!」
俺の周囲1~2m程度しか水の硬化は出来ていない。もしも互いの足が合わずに俺が置いていったり、アザミが先走ったりなんてしたらもれなくアザミは海に落ちる。
それを防止する案だった……が、妙にアザミは躊躇っている気がする。
「……? どうした。急ぐぞ!」
「え、あっ……はい、おねがい……します」
何処か弱々しく、俺の手をそっと握ったアザミを見てとりあえず安心する。これで拒絶されたら彼女を海に落としてしまうかもしれないし、俺は精神的に落ち込む。
『急いでくれ! あの霧の壁を突破されたらおしまいだ!』
「ッ、ああ! 走るぞアザミ!」
「は、はい! お願いします、ユウマさん!」
何をお願いされたか分からないが、俺はアザミと手を繋いで海面を駆け抜け、怪物の後を追いかけるのだった――
■□■□■
『……よし、ここで良い。これ以上は追いかけても霧の壁に逃げられる! 一番近づけるポイントは恐らくここまでだ!』
しばらくの間海面を走り――周囲が十分に広い大海原のど真ん中で、ベルはそう言って俺達を制止させた。場所は海のど真ん中だが、振り返れば孤島が近くに見える。仮に海に落ちても泳いで戻れそうな距離だ。
「なるほど……射程距離には少し難があるってことか?」
『鋭いな、ユウマ……だが、形にしてくれるんだろう? 期待してるからな』
鋭い考察をしたら、鋭い期待が飛んできた。ぐぬぬ、いやまあ、確かにそう言ってみせたけどさ……そういざ言われると流石に緊張するな……!
『まずアザミさんには転生して矢を作って貰いたい。お願いできるかい?』
「はい! 問題ありません……ッ、転生」
俺のすぐ隣で――俺は思わず手を離して、一歩だけ距離を取った――アザミは炎に包まれて、振り払い転生を終える。
アザミの耳が一回り大きく見えるように炎が固まっていて、さらに尻尾が一本増えている……でも半透明で、いうなら炎の塊だ。なんだコレは……もしかして、シャーリィの翼のようなものなのだろうか……?
「それで、この尻尾を取って――Check……っと。これで大丈夫です」
『そうやって作っていたのか……ああいや、すまない。それを弓のその……出っ張り? の部分に引っ掛けて欲しい』
で、その増えた尻尾をアザミは容赦なく引き抜いて、見覚えのあるマフラー状の炎から矢に変形させて見せた。
……あの矢、そうやって出来てたんだぁ……えぇ、思ったより怖い作り方だなぁ。
「えっと……関板のことですか? はい、引っ掛けました……ああ、少し分かってきました。コレ、ちょっと記憶にある気がします」
「マジか……! 知らないの俺だけなんか……!?」
「あっ、えっと……その、ごめんなさい!」
『はいはい、ユウマは良いから。それで少しでも分かってるなら話は早い。その矢を引っ掛けた部分とは反対側を持って、弓を発射台のように投擲するんだ』
「はい。やったことはありませんが、それならできそうです……ですが」
臨時事態なこともあって態度がやや冷たいベルは、そのアトラトルのやり方を簡単に説明してくれた。原理は簡単――いや、本当に原始的で、ただの投げ矢を小道具を使って飛距離や威力を補強したような、そんな代物だった。
しかし、そんな俺でも分かるような説明を聞いてアザミの顔は何故か曇っていく。
『? どうかしたのか?』
「この方法、射程距離はどれ程なのかわかりませんね……あの距離は普通の弓なら届きますが、この方法で届かせる自信があまり……」
『……そうだな。でも私達にはユウマがいるさ』
「ゆ、ユウマさんがですか……?」
……ぐぐぐ、またしてもプレッシャーが加わる。まるでこの場にいないシャーリィが取り憑いているみたいな圧のかけ方だった。
「そういう無茶振り、上手くなったなベル。シャーリィから学んだのか?」
『まぁねぇ。それで、できそうか? ユウマ』
「……少しだけ待って欲しい。発想にはあるけど、設計図を頭の中で組み立てたい」
『わかった。だが早めにな』
ベルと簡素なやり取りを終えて、俺は目を瞑り――足下の水の形を保つことを忘れないように気をつけながら――新たな構造を練る。
いつもの空気砲に矢を貫通させれば、それで加速する――いいや、駄目だ。確かに加速はするが、バックブラストで俺とアザミに危険が及ぶ。
なら、輪っか状にすれば……駄目だ、それだけじゃ足りない。ただの輪っかじゃ加速に期待はできない。
……なら、輪っか状でなお且つ、車輪のように回転させて、輪の間を通った物体を加速して射出させる機構なら――よし、これなら、多分いける気がする……!
「……よし、決まった。魔法も、そして俺とアザミの役割も」
「へ? 役割、ですか?」
「ああ。それで、申し訳ないが、アザミには重めの役割を任せることになる……できそうか?」
いける気がすると確信こそ得たが、これだけはどうしようもない問題だった。
俺は既に水に形を与えて、加えて空気による加速装置を作る。だからこれ以上のタスクは抱えきれそうにない――が、アザミはそんなプレッシャーをものともせず、真顔で受けて立つ。
「……いいえ、できるかできないかじゃありません。ここまで“やってみせる”の精神で来たのですから! やってみせます……!」
「頼もしいや……よし、役割を言うが、俺が発射台の役割を担う。いや、もう少し詳しく言うなら、アザミの投げた矢を加速させて届かせる役割だ」
「私の矢を、加速させる……?」
「時間が無いから大雑把に説明するけど、強い追い風を吹かす空間を作って、それで加速させるって作戦だ」
頭の中で構成した仕組みを、簡単に説明する。
正直、箇条書きのような粗雑な説明で伝わるか不安だったが、それでも二人は理解してくれたらしい。二人とも頭が良いなぁ、本当に。
『なるほど……空気の銃砲身か……』
「多分そういうこと。そして、アザミさんには狙いを定めて撃つ役割をお願いしたい。俺の魔法で加速はできても、狙いの調節だなんて細かな事はできないんだ……」
「狙いと、引き金を引く役割……ですか」
「二つも頼んで申し訳ない。でも悪いがこれしかできそうにないんだ」
「……わかりました。その願い、やり遂げてみせます」
こちらも真顔で真摯に受け止めるように答えてみせる。
大和撫子……とかいうやつなのだろう。確かに彼女のような人間が隣にいるのはとても安心と信頼ができる――けれど、
「アザミ、少し固い。まるで従者とか手伝いみたいだ。いいか、良く覚えておいてくれ。今のアザミは主役なんだ。大役だからな。で、俺は主役のアザミを引き立てる脇役だ」
「しゅ、主役ですか!?」
俺の提案で初めてアザミの真顔が解けてくれた。
そう、俺はアザミに変わって欲しい。もっと色々な心の中身を外に打ち解けられるようになって欲しい――勝手な願いだが、そのための第一歩として、そんな提案をしてみた。
『何を呑気なことを言っているんだよユウマ! 時間が無いんだぞ!』
「いいや、ベル。これは重要なことだ。俺は結構欲深いからさ、村を救うだけじゃなくて、コレを切っ掛けにアザミに変わってみて欲しいと思っている……だから、いつもの従者みたいな立ち位置じゃなくて、この瞬間だけでも主役になってみてくれ、アザミ」
『そんな……プレッシャーを与えるようなものだぞ!?』
「……いえ。ベルさん、大丈夫です。やってみせます……どうせこの矢投げも初めてなんですから、二つまとめて初めてなことをやっちゃいましょうか……!」
ベルから正論が飛んでくる……が、なんとアザミは大丈夫と答え、俺でも無茶苦茶だと思える言葉を笑みを浮かべて言ってのけてくれた。
……ああ、なんだ。俺の心配は杞憂だったかもしれない。彼女はもう十分に“変われる”素質を持っている――
『良いのかアザミさん!? ッ、ああもう、そういうことならいいさ! やってみせてくれよ!』
若干やけっぱちになった態度のベルの言葉を合図に、俺とアザミは頷いて準備を開始する。
(空気の形は輪っか状……時計回り……いや、よく考えたら真ん中を通らせる必要があるから輪を広げないと……でも、広げると加速力が落ちる――いや、なら輪を複数作って奥に行くほど輪の中を縮めれば……!)
設計図通りに空気に形を与え、まるで俺達を吸い込もうとする空気の穴が目の前に出来上がった。
臨時で作った想定通り、追加で二つ同じものを用意し、奧の輪ほど輪の中心の空間を小さくしている。これでアザミの狙いが多少ずれても加速する筈だ……!
「……準備、完了です」
「俺も魔法の準備は完了だ。アザミ、角度はどうだ?」
「…………もう少し右にお願いします」
「了解。頼りにしてるよ、主役さん」
「ええ、そちらこそ失敗しないでくださいね、私の引き立て役さん」
そこで“脇役”なんて表現しない辺り、アザミの優しさが遠回しに伝わってくる。
だが、そんかやりとりに夢中になっている場合じゃない。主役様の指示通り、魔法の輪の位置を僅かに右にズラして調節する……三つ揃えてやるから、少し難しいな。
「……そこでお願いします。発射は十秒後を想定して偏差で射貫いてみせます。何か問題あればすぐに制止を――十! 九! 八!」
アザミがカウントダウンを開始する。それと同時にアザミは大きく足を開き、槍投げのようなフォームで発射の準備を整える。
「――五! 四! 三!」
余計なことはしない。余計な心配はしない。
ただ俺は、今できることをやって、彼女を全力で引き立てる――それだけだ。
「――二! 一! ……ッ、行きます!」
ダンッ、とその踏み込みは、固まった大海を揺らしかねない程の勢いだった。
アトラトルを構えたアザミは俺の加速装置を経由して、背を見せてこの場を逃げ去ろうとする邪悪を射貫かんと、筋肉に力を込める。
まるで彼女自身が弓の弦になったように体をしならせて、その全エネルギーをアトラトルを通して矢に伝達させるように――
「ッ――――ハァアアアアッ――!」
会心の雄叫びと共に、紅色の閃光は爆音と共に放たれた。
爆音の発生源は俺の作った三重の加速装置。想定したどおり、アザミの投擲した矢を加速させ、纏う光を置き去りにする勢いで飛び出した。
……まるで雷だ。空気を貫き、光を放ち――迷うことなく一直線に、怪物に向かって飛来し――
「――――――!」
――最期の断末魔は、聞こえない。
まるで串焼きにでもするかのように、矢は波打つように逃げる怪物の真ん中の“軸”を貫いた。尻尾付近から頭まで計五カ所――いつぞやの逃げる怪物へのとどめのように、アザミは見事怪物を打ち抜き、撃墜させてみせた――!
「…………」
「…………」
『……やった、のか?』
力なく落ちていく怪物は、そのまま海に大きな水柱を立てて落ちた。その光景を見て、初めてベルが口を開く。
……間違いない。今のは確実に射貫いて止めを刺した。彼女が、やってみせた――って、うおっ――!?
「や――やりました! やりましたよユウマさん! やりました! やったぁ!!」
「うぶっ、あ、アザミそんな抱きつかないでくれっ!? あ、あわわわ」
「だってだって、初めてだったんですよ! 主役も、この矢投げも! こんなの……ッ、嬉しいに決まってるじゃないですか!」
「だからってあ――ッ、ちょっとアザミストップ! ストップ!」
アザミがまるで年相応の少女のようにピョンピョンと跳びはねて俺に抱きついてくる……が、いけない……コレはマズイ、非常事態が間もなく来る予感……!
「アザミもうストップ! ストップ! スト――あっ」
「――あれっ」
気がついた時には、足は膝下まで濡れていた。いや、沈んでいた。
こう見えて水の操作は精密作業だ。こんな感じに物理的な妨害がされてしまうと――
「うぉお――ごぼぼぼっぼぼ!?」
「きゃあ――あぶぶぶっぶぶ!?」
『……何やってるんだ、このヘンテココンビは』
村を襲おうとする怪物を仕留め、アザミの“従者”の殻を破ったこの大成功は、全身ずぶ濡れとベルの呆れたツッコミで幕を下ろすことになるのだった……
〜∅《空集合》の練形術士閑話「アトラトル」〜
氷河期の頃に使われていた小さな槍を飛ばす道具。スピアスロアーとも呼ばれる。
仕組みは単純で、棒に槍(今回は矢)を乗せて、窪みに引っ掛けて投擲する。単純な仕組みだが、たとえ素人だろうとただの投げ槍よりも飛距離や威力を出すことができる。
射程距離は精々100mとされているが、そこは転生使い。その10倍は余裕で飛ばせる――とは、のちのアザミによる発言である。