Remember-55 再びノールド村へ/いざ異文化との交流へ
「――はい、それでは第二弾、魔法の解説といきましょうか!」
「おわぁ、なんか凄いやる気に満ちあふれてる」
第一回目の座談会から暫く時間が経ち、しばらく手持ち無沙汰な時間を過ごしていると、突然やる気に満ちあふれたアザミがそんなことを言い始めた。
「はい! なんと言ったって私はユウマさんの先生ですから……! まあ、とはいっても今回はのんびりとしたお話をしましょう。緑茶を淹れてますから、それを飲みながらでも」
「ん、それは助かる……あと、こんな環境でもそのお茶って美味しく淹れられるのか? その湯沸かし器、あんまりお湯が温まらないってシャーリィがキレてたぞ」
紅茶は温度が重要なのに! とか、そんな感じにブチ切れていた光景をぼんやりと思い返しながら尋ねる。アザミまでもが“こんな温度じゃ美味しい緑茶なんて淹れられませんよ!”とかブチ切れられたら手に負えないです。
アザミが怒る場面を見たことが無いが、案外そういうところに地雷は埋っているものである。
「そうですね……紅茶は高温のお湯が大切ですが、緑茶は逆に人肌より熱い程度の温度の方が美味しく淹れられるんですよ。茶葉には旨味や甘味と一緒に渋味や苦味も含まれているのですが、高温で一気に茶葉を開かせるとそれらが全て一気に出てしまうのです。ですが、低めの温度でゆっくり茶葉を開かせると旨味と甘味だけが出てくれるんです……つまり、緑茶にとっては好都合なんですよ」
「へぇ、お茶の種類によってお湯の温度とかに違いがあるのか」
思い返してみれば、アザミからお茶をご馳走になった時は火傷するようなことは無かったな。シャーリィの時は舌がヒリヒリする程の温度だったが。
同じお茶だと思っていたが、そういうところに違いがあるのか……
「――緑茶を淹れていると聞いて来たわよ」
「うわ来たよ嗜好品狂いが」
突然ガチャリと戸が開いてシャーリィが俺の馬車の中に入ってきた。
思わず嫌そうな反応をしてしまったが、アザミとシャーリィを仲良くさせたい立場としてはこの状況は助かるのだった。
「アザミさん、突然で悪いけど私の分も用意してもらっていいかしら」
「フフッ、大丈夫ですよ。後でシャーリィさんとクレオさんに届けようと思って四人分用意していますから」
「ありがとね。そのお礼としては何だけど、クレオさんには私が届けておくわ」
「それはそれは、ありがとうございます」
そう言うと当然のようにベッドの上に座るシャーリィ。
確かに三人並んで座れる程度には縦長のベッドだが、さも当然のように座るのはどうなんだいシャーリィさんや。
「んで、魔法の講習についてはどう? 順調?」
「今から第二回を開演するところ。内容は未定だけど」
「勤勉ねぇ。アザミさん、何について教える予定なの?」
「お恥ずかしながら、実はまだ未定なんですよね……それもあって、緑茶でも飲みながらのんびりと方針を決めつつ話そうかと思ってまして」
「ふーん……んじゃあ、私がお題を出しても良いかしら? ちょっとユウマに気になることがあってね……アザミさんは自由に口を挟んでも良いから」
「俺に?」
「は、はあ。それは構いませんが……」
アザミが緑茶を淹れている横で、シャーリィはそんな自由な提案をしてくる。まあ、何について教えて貰うか未定だったのだし、アザミも承諾しているのだから良いのだろうけど。
「ありがと。そんな訳で聞くけどさ……ユウマ、貴方って呪文がどのような代物なのか分かってる?」
「……呪文がどのような代物なのか?」
呪文。それはシャーリィとアザミが魔法を行使する直前に唱えている言葉。それを唱えて初めて魔法というものが発現する――それはわかっている……いるのだけど、それ以上の意味とかは分からない。
「魔法使いが呪文を唱える理由は主に二つ……だったわよね? もっとあったっけ?」
「二つで合ってますよ。精度を高める為か、魔法を使用する権限を得るため。或いはその両方が呪文の役割です」
「? 権限を得る? なんだそれ、まるで魔法を使うのに誰かから許可が要るみたいな言い方だが?」
「うーん、これは説明が少し難しいですが……確かに、魔法を使うのに許可が要るって認識は間違っていません。そんな認識で大丈夫です」
俺の問に対してちょっと曖昧な返答でアザミは答えた。分からないというより、本当に答えにくくて説明が難しい内容らしい。
「そうですね……例えば、ユウマさんがある魔法を開発し、生み出したとします。とても利便性に優れている魔法で、きっと子孫代々が使って行くであろう代物です。ここでちょーっと難しい認識なのですが、ユウマさんが生み出したその魔法はユウマさんの体、魂の一部分のような物なのです」
「ユウマが丹精込めて編み出した魔法なんだから、その魔法は残さず全て貴方の物って感じ。貴方の物なんだからユウマはその魔法を自在に使いこなせる。まるで自分の体の一部のようにね」
まるで自分の体の一部のように。シャーリィが何気なく口にしたそのフレーズに思わず反応してしまう。それはまるで、普段俺が魔法を行使している時に感じている感覚とズバリ一致している。
……いや、色々推測が浮かんでくるが、今は後回しにしよう。難しい説明を聞いている最中なのだから、違うことを考えていたら本題を理解が出来なくなってしまう。
「そしてここからが本題で、ユウマさんが死んで灰になった後だとしても、その魔法はユウマさんの物です。例えこの世を去っていたとしても、その魔法がユウマさんの所有物であることは一生不変のままなのです」
「俺が死んでも、魔法は俺の所有物のまま……?」
「はい。そして、子孫やユウマさんの弟子の魔法使い――例えば私がその魔法を使いたい! って時に、「ユウマさんユウマさん、すみませんが貴方の魔法を少しお借りさせてください」……みたいに祈りを経て了承を得るのです。すると一時的にその魔法を行使する権利が私に移行します。そういった工程を踏まえて初めて、魔法は私のものとして発現します」
「……! つまりその、魔法の生み親に“今から貴方の魔法を使いますよ~”って頼み込んでいる工程が呪文って訳か?」
「はい! ずばりその通りです! ユウマさん花丸100点!」
「やった~!!」
「……貴方たち、毎回こんなことをしてるの?」
やめろやめろ冷静な一言はやめろ。緑茶を片手にシャーリィがいつもの湿度が高い視線を向けてそう呟いているのだった。
「……コホン、これが理由の一つの“使用する権限を得る”方の内容です。多分、これについてはシャーリィさんの方が詳しいかと……」
「ん? ああ、確かに私のルーン魔術は先祖代々から伝わっている代物だから、使うためにはどれも必ず呪文の詠唱が必要になるわ。まあ、描いているルーン文字自体が呪文の役割を担っているから、唱える呪文は簡潔なもので済んでいるんだけどね」
「紙に文字で“〇〇をお借りします”ってだけ書いといて、口で「頼んだ!」って一言唱えて了承を得ている感じか」
「……分かりやすいんだけど、その例えだと私のやってることがなんかビミョーじゃない……?」
表現に不満があったのか、シャーリィは口を尖らせてそう指摘しつつ緑茶に口をつけた。
……と、ここまで聞いて魔法と呪文の関係はよく分かるのだが、ここでやっぱり気になることが一つある。話を聞いている途中で浮かんだ推測だったが、やはり気になってしまう。
「……なあ、だけど俺は呪文なんて唱えたことは無いぞ? ああいや、なんて言うか、無意識にこう、技名みたいなのを呟くことはあったけど……そんな了承云々なんてやったことがないんだが?」
「ええ、貴方の場合不思議なのがそこよね。状況だけを見て考えるなら、貴方の魔法は元祖――つまりは生み親、さっきの話で言うなら了承を下す側に当たるんでしょうね」
「で、ですけどシャーリィさん! さっきはたとえ話で言いましたが、魔法を編み出すなんてそう簡単なものじゃありませんよ!?」
「ええ。簡単な話なんかじゃない。どの魔法も始めは些細な代物で、それを何代と継承し研ぎ澄ませて洗練して今の魔法に至る。そう学んでいるわ……だけど、貴方は違う。魔法の元祖にしては規模も威力も、どれも私が知る限りの例外で、型を破ってばかりだわ」
緑茶の器を膝上に置いて、詰め寄るようにシャーリィは俺に身を乗り出してくる。
……緊張感が体を支配した。身を引くことも叶わず、覗き込んでくる新緑の瞳の中に思わず吸い込まれてしまいそうだ。
「ねぇユウマ。貴方は一体――」
――何者なの、と。最後までは言い切らず、シャーリィは神妙な瞳で俺を見つめていた。
……自分が何者なのか。それは俺も知りたい。俺はどうして転生使いで、魔法が使えて、記憶を無くして異世界に倒れていたのか。何も、何も俺には分からない。
だからシャーリィの真っ直ぐな瞳にも、何も言わずただ静かに問うているアザミにも、何も答えられない――
「……まぁ、記憶喪失だものね。ああ、まずい……緑茶が冷めちゃうわね。ごめんなさいね、アザミさん。勝手にお邪魔して色々勝手にやっちゃって」
「い、いえ! それについては構いませんが……」
「だったら良かった。んじゃ、クレオさんに緑茶を届けてくる。ユウマ、アンタはまだ半端物なんだから程々に精進しなさいよね」
「…………あ、ああ。程々になら頑張るよ」
何処か申し訳なさそうな顔をして去って行くシャーリィを見届けて、自然と視線が下に落ちた。ガクリ、と俯いて溜め息のような長い息を思わず吐き出してしまう。
……そうだ。うやむやに誤魔化して考えないようにしていただけで、俺が何者なのかについては全く進展が無い。唯一の進展は、伝説として語り継がれている転生者と、何かしらの関係があるかもしれないというまた新たな謎が見つかっただけ。
ベルは自身を普通じゃないと話していたが、俺もまた、きっと普通じゃない人間のうちの一人なのだろう――と、ぼんやりとした確信に近い推測が脳裏を付きまとっていた。
「……一旦、休憩にしましょうか。お茶を淹れ直しますね」
「……ありがとう。頂くよ」
薄暗い推測、早とちりな憶測を止めにして、アザミの声を聞いて我に返った。彼女はまるで俺のことを労るような、優しい顔をしていた。
こういう時の、彼女のお淑やかな優しさが落ち着く。胸の内に軽いひっかき傷が残った心地だが、今はただ、この空気に身を任せて安らいでいようと思った――
■□■□■
「兄ちゃん! 嬢ちゃん! ベ――いやちがう、えっと……アザミさん! 着きやしたぜ!」
暫くすると、馬車の車輪の音が止まるのと同時に、遠くからクレオさんの呼びかける声が聞こえてきた。
……ベルのことをアザミに秘密にしていること、クレオさんはいつ知ったんだろう。シャーリィが緑茶を届けに行った時にでも伝えたのだろうか。
「……到着したみたいですね」
「馬車が完全に止まったしもう降りて大丈夫だ。あ、思ったよりも地面から高さがあるから降りる時は気をつけてくれ」
「はい、ありがとうございます」
先導して馬車を降りながらアザミに注意を呼びかける。体格は俺よりも小さいからこの段差を上り下りするは彼女にとって大変なことだろう。シャーリィは知らん。
アザミは一度足場に座って足を地面に近づけ、ピョンと飛び降りて無事降りた。こういう動作にも上品さがよく現れている。
馬車を降りると、既にシャーリィとクレオさんが近くで待っていた。そして馬車を遠くから見守る人々の姿。以前この村に訪れた時とよく似ている状況だ。
しかし、こちらには新戦力――もとい、以前ではどうしようもなかった状況を解決できる存在が居るのだ。以前のようにはならない……筈だ。
「――――」
「――! ――?」
「……ふむ」
周囲でザワザワと会話している声を聞いて、アザミは小さく頷いた。俺たちにはこの距離じゃよく聞こえないしそもそも内容が理解できないのだが、そんな声が聞こえているのは流石は獣人族といったところか。
「アザミ、分かりそうか?」
「訛りも少なくて思っていたよりは分かりやすいですね……コホン、――、――――?」
唐突にアザミの話す言葉が理解出来なくなった。
ちゃんと話せているのかは言語を理解していない俺からは分からないが、素人目線で見ればとても流暢に話しているように見えた。
アザミはそのまま村の男性に話しかけ、少し話すと男性は老人を指差した。で、今度はその老人と会話を少し長く繰り広げて、最後に礼をしながら一言、二言ほど言うとこちらに戻ってきた。
「――、――。んん、コホン……ユウマさん、シャーリィさん。お待たせしました」
「どうだったの? というか、いざ別の言語を話すところを見ると凄いわね……ついさっきまで親しく話せていた相手が突然変わるような感じがして」
「フフ、確かに聞いてる側からすれば違和感が凄いでしょうね。それでお話しした内容ですが、以前は言語が異なったから仕切り直し、今回は通訳者を連れてきたこと。近辺に彷徨っていた怪物の駆逐をしたことを伝えました」
様子を見て分かっていたことだが、どうやら問題なく交流できたらしい。こちらが伝えたかったことを丸々全て伝えてくれた。
「ありがとね。あの老人がこの村の村長?」
「そうです。それで、その村長さんから家に招かれているのですが……どうしましょうか?」
「どういった用件で?」
「怪物の件について詳しく話を聞きたいのと、その件についてささやかながらお礼をしたいとのことです。シャーリィさん達が良ければ食事を振る舞っていただけるとか」
「そう……怪物退治について依頼主に報告するのは大切だし、今後も異世界の怪物が出てくるかもしれない。その辺も色々説明しつつ、食事も頂こうかしらね」
知性的な判断でシャーリィはそう言った。一方、お昼時ということもあって空腹なので、俺は本能的な判断で賛成した。馬車の簡素な食事も悪くは無いのだが、やはりしっかりとした食べ物が恋しくなる。
「嬢ちゃん、俺さんはどうしていればいい?」
「そうね……アザミさん、この村で馬の管理を頼める人を呼んでくれないかしら? 私達の馬車と馬を少し預かってもらいましょ」
「はい、では村長さんに食事の件と一緒に尋ねてきますね」
「……って訳で、クレオさんも行きましょ。私達を運んでくれる功労者がこんな時にも馬車の見張りだなんて寂しいわ」
「……マズイ。兄ちゃん、俺さんちょっと泣きそうだわ……」
「思ったより絶妙に面倒くさいわね貴方って……」
なんか俺の肩を借りて泣きそうになっているクレオさんをなんとなーくなだめながら、アザミが戻ってくるまでの間シャーリィのジットリとした視線を浴びる羽目になったのだった。なんで俺まで。
〜∅《空集合》の練形術士閑話「呪文」〜
術者が行使する魔法や魔術の精度を高める(主に精神的な切り替えのスイッチの役割)と、使用する権限を得るための役割を持つ言霊。
代々受け継がれて研磨された魔法や、魔術の呪文は適切な呪文を唱え、場合によっては媒体、適切な時間帯などの条件を整えてなければ使用することができない。
しかし、一方で単に精度を高める為だけの呪文なら、本人の精神が切り替えられるのなら何でも良い程にゆるい。
自己流の魔法を使う魔法使いは一言で済む呪文で精神を切り替えている。
実際ユウマの魔法の呪文は、どちらかと言うと呪文というより技名を叫んでいるようなもの。あと命名は即興技でなければベルと一緒に仲良く考えている。




