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Remember-52 対峙する意見/渦を巻く混乱、疑い

「……で、夜中にこっそり単独行動してきたアザミさんに会ってきたって訳ね」

『……ユウマ、やらしい』


 ……まあ、予想はしていたと言いますか。

 アザミの家から馬車へ戻って来た直後、俺の馬車の入り口で腕を組んで待っていたシャーリィ――それと一緒にベル――に、案の定トゲを感じる一言を頂いた。


「いや……まあ、はい。何の異議もございません……」

「ふぅ……まあ良いんだけど。ちょっとぐらいは私のこと信じて一言相談ぐらいはして欲しかったわ」

『そうだぞユウマ。ユウマが居ない間私達ビミョーな空気で待っていたんだからな』

「別に信じていなかったって訳じゃないけど……ごめん、二人とも」

「ま、そのおかげもあって明日の作戦に関してはバッチリよ」


 ああ、そういえば明日どうするのか考えておくとか、そんな話をしていたっけ。

 というかそもそもは、俺が彼女たちに話し合っておいてくれと頼んでいたじゃないか。アザミとの一件が一大事だったから、つい記憶から抜け落ちてしまっていた。


 ……そして、俺には彼女のことを伝える義務がある。忘れていた分、このことは忘れず伝えなければならない。


「……なあシャーリィ、話がある」

「どうしたのよ改まって。アンタと私の仲じゃない」

「なんか昼にもこんなやり取りしたっけな……えっと、アザミの件について俺なりに分かったことがある」


 シャーリィの表情が少し変わる。

 それも当然だ。彼女が注意深く様子を伺っている相手の情報と聞いて、何も反応しない訳がない。“分かったこと”について彼女から期待されているのを感じ取れた。


「へぇ、貴方なりに色々動いていたって訳ね。うん、そうね。それについては是非とも聞かせて欲しいわ」

『ん? “アザミ”……呼び捨て?』

「……ゴホン、ゴホン! そ、それじゃあ何処から話すか……ああそれと、シャーリィ宛ての手紙も受け取っているんだ。読みながら聞いて欲しいんだが――」


 ベルが些細な部分に気がついたが、咳払いをして話を強行することで深掘りされる前に話題を流した。

 話し始めたのはあの違和感を感じた場面から。彼女の帽子に手を伸ばした際、何かを避けているような彼女の対応が気になって、その違和感を中心に彼女の秘密に迫ったこと。

 そして、彼女が獣人族と名乗る種族の一人であることを――風呂場を覗いてしまった件は伏せつつ――今晩知った事を包み隠さずシャーリィとベルに話した。


「……そう。確かに気にはなってたのよねぇ、あのデカイ帽子。彼女、室内でもずっと被ってたじゃない」


 渡した手紙を早速読みながら、シャーリィは“私もおかしいと思っていた”と口にする。いくら魔女と呼ばれているからって、室内でも帽子を被っているのは流石に彼女も変だと思うか。


「それは俺も思ってた。当時はそういう変わった人なのかなーって流していたけど、その一件で怪しく感じた……って、シャーリィ? えっと、驚いたりしないのか?」

「獣人族の部分でしょ。ええ、驚いてる。転生者伝説の獣人族……でもそれは、今の状況には関係の無い話。驚くのも詳しく追求するのも後回し、って感じ」


 手紙を読みながらの片手間の返事だからなのか、ちょっとシャーリィの反応が冷めてる。何やら眉間にシワを寄せて真剣に読んでいるみたいだし……まあ、彼女の言う通り獣人族がどうとかは後回しで良いか。


『そんな事が……ん? 因みにユウマはどうやって彼女が獣人族だって知ったんだ? 聞いた感じ、ユウマの方から何かしら真相を突き止めたりでもしないと、アザミさんが白状するとは思えないんだが。まさか深夜に訪ねただけで秘密を相手にペラペラと話す性格には思えないけどなぁ』

「……そう言われると確かに。貴方、どうやって尻尾を掴んだの? ああ、これは物理的な意味じゃなくて……」

「…………」


 これはまた反応しづらいところをベルが突いてくる。

 そんなことを訪ねられたから、ついあの瞬間の光景(タオル一枚のアザミ)が浮かんでしまって、ブンブンと頭を振って冷静な自分を取り戻した。

 ……正直に言うなら、色々と衝撃的だったなぁ、としか。


「まあ、偶然だったよ、偶然。こればっかりは運が良かったとしか言いようがない」

『……? そっか。でもお手柄だな。これで彼女の秘密が分かった訳だ。それにその秘密とやらはユウマの予想通り、こちらに害を成すような代物じゃなかった。そういう事情なら、彼女のことも信用できるだろう』

「……いいえ、そうでもないわ」


 ベルの言葉を遮るように、シャーリィはハッキリと否定を口にする。手紙は読み終わったらしく、紙と封筒をポーチの中にしまい込んでいた。


「……シャーリィ?」

「私からも一つ、分かったことを伝えておこうかしら。確かアザミさんは「異世界の怪物が山に迷い込んだ」とか言っていたわよね?」

『ああ。確かにそんな内容を話していて、実際に怪物と対峙したな。彼女の発言に嘘はなかったと言う訳だ』

「ええ……でもね、どう考えたってその事自体がおかしいのよ。異世界から怪物がここまで迷い込むのは不可能だわ」


 そう断言されてしまうが、俺からすればその否定自体がおかしく感じる。

 不可能とは言われても、実際に迷い込んだ怪物と対峙したのだからそこを否定されるのは変な話だ。実際に対峙したのは俺じゃなくてアザミだけど。


「不可能……? どういうことだよシャーリィ、確か前に話していたよな? 異世界内部から怪物が外に出ることがあるって」

「そうね……でもねユウマ、ベル。ここから一番近い異世界が形成されている場所は、ここから南西にある()()()()()()()()()()()なの。確かに近辺って言えば近辺だけど、狼の怪物が海を渡ってここまで迷い込んでくると思う? それとも、ノールド村付近の異世界からここまで迷い込んだとでも思う? 馬車を走らせて半日かかる距離よ?」


 シャーリィの冷静な問いに反論が途絶える。何も答えられず、思わずシャーリィの手元のガラスに視線を向けるが、その中でベルは無言で首を横に振っていた。


 ……一度情報を整理しよう。異世界で死亡した生物が流転して怪物に成り、その一部は異世界を抜け出して近辺に出没する事がある。実際、俺とシャーリィは近辺の村に害を及ぼしていた肉塊の怪物を異世界の外で処理している。

 そしてアザミは、村付近の山へ迷い込んできた怪物に長らく悩まされていたと言う。そして実際にその怪物と遭遇し、彼女自身の手でそれを仕留めた。


 だが、シャーリィ曰くその怪物がこの山にまで迷い込んで来ること自体が不可能で、先程解決した状況になること自体がおかしな話なのだという。


(……?)


 ……何かがおかしい。俺たちの知らない何かしらの要素が、この件の辻褄を噛み合わなくさせている――そんな気がした。


「……私が彼女に対して()()疑っていた件については、ユウマ達のお陰で疑いが晴れたわ。でも、まだ何かきな臭いものが隠れている気がする……それも、彼女を中心にして」

「シャーリィ……まだアザミのことを疑い続けろ。そう言いたいのか?」

「……ふーん、彼女とは随分と仲良くなったのね。良かったわ」

『シャーリィ! 私は反対だ! こうも相手を疑ってばかりじゃあ、それこそシャーリィが目指していた彼女との関係から離れて――』


 カーンッ! と、ベルの言葉を遮るように大きい金属音が耳を通り抜けた。

 彼女らしくない強引に作った静粛。その物音で俺とベルは思わず顔をしかめるし、バサバサ! と馬車の屋根に止まっていたらしい鳥が羽ばたいて逃げる姿が見えた。


「……ごめんなさいね。本当は私だって、いつまでもこんな疑っていたくはないわ」


 音の発生元はすぐ分かる――と言うか、目の前で起こっていた。シャーリィが馬車の金属部分を足の裏で蹴り飛ばした音。

 ……ちょっとあの、それ俺の馬車なんですけど。何で蹴ったのこの人?


『シャーリィ……』

「だから私の代わりに、貴方は彼女と円滑で良い関係を築いてあげて。あの人は結構直情的って言えば良いのかな……そんな人間関係に苦労することは無いだろうから、頼んだわよ」


 シャーリィは馬車に寄りかかってた体を跳ね起こし、そんなことを言いながら、通りすがりに俺の胸にガラス(ベル)を押しつけるように渡して去って行く。


「ああ、それとベル? 悪いけど貴女の存在は隠し通しておいて。ユウマ、間違っても彼女の存在を明かしたら駄目よ。ベルの客観的な観察力と、その存在を相手に知られていないのは大きなアドバンテージなんだから」

「ッ! オイちょっと待てシャーリィ!」


 あんまりな発言に思わず大きな声で彼女の名を呼び止めようとするが、シャーリィは人差し指を口元で立てて、“しーッ”だなんてジェスチャーで答えて、そのまま彼女の馬車に戻ってしまった。


『……どう思う、ユウマ』

「……クソ、なんだよそれ……シャーリィ、どうしちまったんだ……?」


 まるで少し前までの彼女だ。他人に頼らず問題を何でもかんでも抱え込もうとするような言動は、まるで彼女が過去に置いてきたはずの欠点のようだった。


 バサバサ、と頭上から聞こえて見上げると、さっき逃げ出した鳥が戻って来てまた俺の馬車を止まり木にしている。

 ……考えても、何も分からない。さっさと鳥から目を離して俺は馬車の中に戻って、深く溜め息を吐き出した。

 どうしてシャーリィが以前のような考えで動くようになってしまったのか……俺たちには何も分からず、ただ淀みのような思考が頭にこびり付いたままだった。




 ■□■□■




(……あんなやり取りのせいでまっったく眠れなかったぞ)


 困惑、不快感。そういった負の感情はここまで支障をきたすものなのか。眠たくて倒れそう、まではいかないがちょっとボーッとしてしまう。

 朝の支度をして、クレオさんと3人で朝食を食べつつ4人で会話を交え――村の山奥にまで足を運んで現在に至るまでの出来事が、まるで目の前を通り過ぎていくかのような感覚だった。寝不足って怖い。


「こうも何度も森の中を歩いていたら、いい加減慣れてくるものね」

「……まあ、確かに。木の根に足を取られる心配は無くなったよ」


 あの一件から、シャーリィとの関係に何かしらの支障が出た――というのは今のところない。

 本音を言えばアザミのことを疑うだなんて考えを改めて欲しい。でもその為に俺とシャーリィの仲まで険悪にしてしまうのは、全くもって良くないことだというのは理解している。


(だったら良いさ……俺の役割は始めから一つじゃないか)


 頭上の木に止まっている黒い鳥を眺めながら、心の中で決意を宿して拳を握る。

 そうだ、シャーリィとアザミ。この二人の仲を円滑で友好的にするよう手伝えば良いのだ。彼女たちが仲良くなれば、シャーリィはアザミを疑うのを止めるかもしれないし、万が一に後ろめたい事がアザミにあったとしても向こうから打ち明けてくれるかもしれない。


(名付けて“友達友好大作戦”ッ……! 俺が今できる最善はこれしかない……!)

『……? どうしたユウマ、上を見上げながら天に拳を突き上げて』

「? よく分からないけど、上向いて歩いてたら流石に転ぶわよ」


 うわととッ、危ない危ない。注意された直後に危うく木の根につまづくかと思った。

 ……と、こんなつまづくような木の根が増えてきたということは、そろそろ彼女の家が近いのだろう。実際、ボーッとしながら歩いていればあっという間にアザミの家に到着してしまった。

 シャーリィの言う通り、確かにこの山道にも慣れてきたのかもしれない。


「失礼、シャーリィよ。居るかしら?」

「はーい! 聞こえています! もう少しだけお待ち下さーい!」


 ノックと共にシャーリィが声をかけると、今までとは違ってすぐに返事が返ってきた。彼女も俺たちが訪ねて来るのを待っていたという訳なのだろう。

 返事から間もなくして、玄関の戸はお淑やかに開けられた。


「お待たせしました。ささ、上がって下さい」

「いえ、そう込み入った話じゃないし、立ち話で良いわ」

「あらら、そうですか……以前喜ばれていたので、緑茶の準備をしていたのですが……」

「…………うーん」


 悩むな悩むな。腕を組んで折角だからお茶を頂こうか悩むな。


「それに私から少し提案と言いますか、相談したいことがありまして……」

「相談? どんな感じの内容かしら」

「今後の行動方針について、みたいな感じです。もっとも、シャーリィさん達のご都合次第での提案ですが……」

「……そこまで言われたら腰を下ろして話す必要がありそうね。お茶、頂くわ」


 負けるな負けるな。仕方ないわねぇ的な雰囲気を出して茶の誘惑に負けるな。


「……? ユウマさん?」


 堂々とアザミの家に入って客室に向かうシャーリィとは対照的に、俺は色々な考え事が頭の中で渦巻いていて、つい立ち止まってしまっていた。

 そんな様子を見て、彼女は不思議そうに声をかけてくれた。


「…………いや、なんでもない。お邪魔します」

「……? はい、どうぞどうぞ」


 ……考えていても仕方ない。ついさっきシャーリィとアザミの仲を良好にするという目標を掲げたばかりじゃないか。


 今は何をどうすれば良いのかまるでイメージがつかないが、今はまだ様子を伺ってチャンスを待つしかない……だからグッと心の中身を抑え込んで、客室へ招かれるままに足を進めるのだった。

〜∅《空集合》の練形術士閑話「緑茶」〜

 元々、ネーデル国周辺の土地は茶の栽培に適しておらず、全て国外からの輸入に頼っている。高温多湿で水はけの良い土壌を持ち、風通しの良い土地――殆どは南東の方角にある国で栽培したものが出回っている。


 紅茶との違いは、茶葉を完全に発酵させたものが紅茶で、事前に火入れをして発酵しないようにしたものが緑茶で原材料は同じなのだが……緑茶の方は「青臭い」と大衆にはもっぱら不評で、一部のマニアが好むという立ち位置で時々輸入されている。

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