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Remember-48 山奥の魔女/魔女の求める対価とは

 緑茶のおかわりも頂いて少し経った頃――俺は二杯程度なのに、シャーリィは何食わぬ顔で三杯も飲みやがった――一息ついたところで本題……アザミさんの抱えている問題についての話を聞くことになった。

 アザミさん曰く、今までは彼女一人で対処していた事であり、彼女がこの村から居なくなると悪い状況になるのではないか、という心配からの悩みらしい。実に村思いな優しい考えの持ち主だなぁ、なんて呑気な感想を抱いたり。


「……で、まずやって欲しいことが山に居座っている猛獣狩りって訳ね。というか、今までは貴女一人で対処していたの?」

「はい。基本は山に罠を仕掛けて対応していました。時には私が直接対処をしています」


 そう言いながらアザミさんは袖の中から一本の木の棒を取り出した。その辺で拾った……ものではないらしく、削ったりと手を加えられた跡が見られる。長さはシャーリィの短剣と同じか、少し短い程度か。


「……! もしかしてケルト式の魔法使い?」

「確かにこの杖はケルト式がモデルですけど、私の魔法とか魔術はごった煮……色々なところから私でも使えるものだけを抜き取って使ってるので、流派とかは無いんですよね……あはは」


 そう言いながらアザミさんは手にした杖の先端を掴むと、容易く真っ二つに折ってしまった。

 ……いや、木製の杖が折れる音にしては妙に金属的で、人工的な――まるで初めから折れる機構が施されているような――音だ。


「私の魔力も弱って、今では触媒を介さないと強力な魔法は扱えなくなってしまいました」

『中折れ式の仕込み杖か……!』


 ベルの驚く小声と同時に、杖の折れた断面――内部から、一本の試験管のような瓶が飛び出してアザミさんの手のひらに受け止められた。

 瓶の内部には赤色をした液体で満たされていて、ほんのりと光を放っているそれをアザミは再び杖の中に装填し、カチャン! と金属の心地良い音を立てて杖の形状を元通りにした。


 ……見た目は普通の木の杖なのに、思った以上に格好良い仕込みがされていてビックリした。いいなアレ、ちょっと欲しいかもしれない。


「多分、この世に残ってる魔法使いはみんなそんな感じでしょ。で、今まではそれを使って諸々の対応していたって訳ね」

「……? あの、その猛獣を狩るだけなのにアザミさんが直接出向く必要があるんですか? 猛獣を甘く見ているって訳じゃないけど、そんな魔法を使ってまでのことには思えないと言いますか……」


 山にいる猛獣が村に降りてきて被害が出るのを日々防いでいる――そこは分かる。だけど、ただの獣狩りで魔法を使うのはちょっと過剰戦力なんじゃないかと思えてしまう。獣程度ならば罠狩りのできるクレオさんにだって対処可能だろうに。


「普通はそう思いますよね……ですけど、異世界から抜け出してきた怪物まで山に迷い込んでいるみたいなんです……」

「……そういうことか。それは私達も無視できない件ね」

「猛獣に関してはユウマさんの言う通りで、村の方々でも対処出来る――いえ、むしろ食料になるので恩恵があるのですが……恐らく怪物のせいで生態系が滅茶苦茶になっている可能性がありまして……」


 はあ、と困った様子で溜め息を吐くアザミさんを前に、シャーリィがなるほどねぇ、なんて呟きながら頷いている。

 でもそういうことなら、俺とシャーリィが加わって猛獣狩り――いや、怪物狩りを行えば、事はきっと早く済ませることができるだろう。


「私はすぐにでも協力して、その近辺の怪物を一掃するつもりでいるけど……ユウマ、貴方は?」

「俺も賛成だ。話を聞いた感じ、俺たちも手伝ったら解決できそうな内容だと思えたしな」

「……! お二人とも、本当にありがとうございます……!」


 アザミさんは、まるで命でも救われたみたいな過剰な反応で、深々と礼をする。手を添える位置も精密なまでに上品で、真摯な思いが伝わってくる。俺は当然動揺しているし、シャーリィも流石にビックリした様子だ。


「えっと……アザミさん? そこまで改まった態度を取らなくて良いわよ? ほら、お互い様ってやつでしょ」

「いいえ、駄目なんです。確かに頼み申す立場で(へりくだ)っているのもありますが、それよりもこれが私の信条なのです」

「し、信条……?」


 礼の姿勢から戻ったアザミさんが珍しくキッパリと、駄目だと否定の言葉を口にして続ける。一方、シャーリィも珍しく相手のペースに乗せられてしまっているみたいだ。すっかり後手に回ってしまっていた。


「なんと言いましても、私は大和撫子――」


 ガバッ! なんて豪快な音を立てて立ち上がるアザミさん。急に立ち上がって頭から血の気が引いて、少し冷静になったのか、少し恥ずかしげに咳払いをすると、


「……の、見習いですから。は……あはは……」


 ちょっとだけ自信なさげに、胸を張って未熟(見習い)を宣言するのだった。




 ■□■□■




 山に迷い込んだ猛獣、そして流転した怪物の一掃作戦の契約は成立した。

 アザミさんも俺たちも、それぞれ作戦に向けた準備をするために、一度俺たちは馬車に戻ることになった。俺は別に準備などは必要ないが、シャーリィは念入りにしておきたいらしい。

 で、現在こうして一度仕切り直している。山道は下りが一番おっかないや。


「ねえユウマ、聞いても良い?」

「……なんだ。聞いて良いかわざわざ確認するだなんて珍しいな」


 山道を下りながら尋ねてくるシャーリィに、俺は少し大雑把な返事を返す。


「別にいいでしょそれぐらい。私を何だと思ってるのよまったく……ベルにも聞きたいんだけど、聞いてる?」

『ちゃんと聞いてるよ。何か私達に相談かい? 多分だけど、アザミって転生使いについての話だろう』

「……ええ、ご明察ね。私は彼女のことを懐疑的に見ている」

「! えっと、アザミさんのことをきな臭いって思っている訳か?」

「いや、そこまでじゃないんだけど……まだ完全に信用出来ないなーって程度」


 確かに、アザミさんと対話していたシャーリィの態度は良好……普段通りの打ち解けた感じのやり取りをしていたように俺には見えた。だが、その内心で彼女は何かを疑っているらしい。


「あの人、私達に何かを隠しているような、そんな気がするのよね……それでもしかしたら、転生使いってのを偽って名乗っているんじゃないのかって思ったわけ」

『……ああ、だからあんな突然転生してみろなんて言ったのか』

「うん……今思えば強引すぎる手だったって反省してるわ」


 あの瞬間――シャーリィが転生してみて欲しいと申し出た時、穏やかな対話から緊張感ある空気に感じたのは、彼女の懐疑的な面が強く出たからなのだろう。何気ない会話の中で疑わしいと思ったら、すぐに情報を引き出そうとする行動力は流石であるとしか言いようがない。

 ……そう考えると、あの時短剣を回収せずに様子を伺っていた方が良かったのだろうか?


「……で、聞きたいんだけど、貴方たちから見て彼女ってどんな感じに見えた?」

『私の視点だとそんな疑わしい部分は無かったように思えるな……発言に筋が通ってない部分は無かった』

「そっか……ユウマは?」

「…………」


 彼女、アザミさんがどう見えたか。今日の会話、やり取り、雰囲気を丸々頭の中で振り返る。右から左へ。流し読み――まだ文字は読めないけれど――でもするみたいに出来事を振り返って、膨大な記憶から出てきたのはほんの一言、二言だった。


「……シャーリィみたいだった。他人と距離感を置こうとする時のシャーリィ」

「……は?」

「いや、なんて説明すれば良いんだろ……キチンと理由があって、だから丁寧な対応で距離を取っている――みたいな感じがしたと思う。悪い感じじゃない……って終始感じていたけど、どうだろ」

「そう……貴方がそう感じるなら、そういう線でよく彼女を観察しておいて。満場一致で――ああいや、ベルは別か……私とユウマは彼女が何かを隠しているって感じたのは間違いないんだから」

「別に俺はそんなこと思っていないんだけどな……」


 思い出した記憶の中に、アザミさんの笑顔が残っている。慎みを持ちつつも本心のように感じられたあの笑顔を、これから先疑うのか。

 そう考えると……あんまり穏やかな感想は抱けない。別にシャーリィの意見に反対したい訳では無いが、少しの抵抗感は感じる。


「……シャーリィはさ、本当に疑ってるのか?」

「? どういう意図の質問?」

「いや……なんていうかさ、仲良しなんだろ? 慣れ初めとかは知らないけど、文通とはいえ交流があって、少なからず仲が良かったんだろ? そういう相手を疑うのに抵抗感とかをシャーリィは感じてないのか?」

「……まあ、ね。悪いけどこれは王族の癖っていうか、自己防衛というかな。“王”ってのはほとんどが血で血を洗うような積み重ねの歴史でできている」


 少しだけ思いとどまるような顔をして、少女は、王族として答える。


「反逆、暗殺、制裁、処刑……多種多様だけど、これに至る決定的な切っ掛けというものがある」

「決定的な、切っ掛け……?」

「ええ。大雑把に言うなら“親しい者の裏切り”よ。どんなに堅牢な城の王でも、親族や幼少期からの給仕、縁のある人に対してはどうしても弱くなる。まあ、人間だもの。そういう隙はどうしてもできる……それを踏まえた上で、理解していても避けられないと分かった上で王族は皆こう教わるわ。“汝、局面において親しき者を疑え”とね」

『……それで、アザミさんを疑っていると? シャーリィに付けいる隙――縁があるからこそ、神経質になっているって訳か?』

「まあ、そういうことね……私、親しい人からの裏切りとか勘弁願いたいから。あ、そう考えるとユウマは特別かな。こんな表も裏も真っさらな人なんて、この世にそうそう居るもんじゃないわよ」


 ……そう言われてしまったら、何も言い返せない。あとなんか特別な評価を貰って嬉しい。


 “いいや、そんなことは関係ない! 王族も何も、今はただのシャーリィだろ!”

 ……と、反論すること事態は可能なのだが、彼女の背景を理解しないまま否定して意見を押し通すほど、俺は勇敢な人じゃない。

 なので臆病者な俺は、ただ頷いて彼女の方針を承諾するしかなかった。


「えっと、話を戻すわね……それで、今回の怪物や猛獣を一掃する作戦、作戦は頭の中で一つ出来ているの。それも、アザミさんの依頼と私達の疑いを同時に解決できそうな作戦が」


 ピッ、と人差し指を天に向けて立てて、シャーリィはそう気を取り直して言ってのける。

 “まあ、作戦と言ってもやることはこの前とほとんど変わらないんだけどね”なんて取って付けたような謙遜をしているが、本当にたいしたものである。


『シャーリィ、聞かせてくれ。その作戦ってのはどういった内容なんだ?』

「うん。怪物退治に関してはいつも通りよ。ただ、私達は直接何かをすることはない。いや、強いて言うならユウマに全部掛かっている、かな」

「……? どういうことだ?」


 天に立てた人差し指を、今度は口元に寄せて、ちょっといたずらっぽく笑いながら――悪い笑顔とも言える顔で――シャーリィはそう大雑把に大きな仕事を俺に投げつけてきたのだった。




 ■□■□■




――風が冷たい。暗く冷えた空気に包まれた森の遙か上空には、上辺が欠けて包丁のような形をした月が浮いている。

 試しに空へ向けて息を吹きかけてみると、月光に照らされて息が白く見えた。今は夏だというのに、快晴の夜の山はこんなにも冷えるのか。


『……ユウマ。シャーリィの言っていたこと、本当に出来そうか?』

「どうだろう……でもまあ、やってみるしかないさ」


 ポケットの中からの声に対して、俺はちょっと弱気に答える。ベルには言えないが、正直に言うと自信が無い。

 アザミさんの頼みと、それに合わせてシャーリィの頼みを同時にこなすだなんて、そんな器用なマネが俺なんかにできるのだろうか――


 アザミさんにも伝えた作戦を大雑把に説明するなら、ルーンを駆使してシャーリィが猛獣とか流転した怪物とかを誘導する。それを俺とアザミさんがそれぞれ各個撃破する、といったものだった。

 アザミさんが今まで怪物や猛獣を追い払うだけだったのは、簡単に言えば人手が足りなかったからだ。追いかけようにも一人だけでこの広い山を駆け回っても逃げられる。だから追いかける役とそれを待ち伏せする役で追い詰めてしまおう、という作戦だ。


 これだけなら以前の村でやった怪物退治での俺とシャーリィの役割を交代しただけだが、ここからがミソ――アザミさんには伝えていない、俺達とシャーリィの間でしか共有していない作戦である。


「……アザミさんはここから北の方角、だったよな」

『うん、予定だとそういうことになっている。拓けた場所に居るから見つけられない事にはならないと思うよ』

「そっか。でもシャーリィは追い込み役なんてできるのか……?」


 今回の追い込み役はシャーリィだが、彼女は追い込むだけで俺やアザミさんの元に合流しない。追い込まれた獲物の撃破はアザミさん()()が対応する。

 詰まるところ、今回の俺は“何もしない”のが仕事みたいなところだ。


 そして、俺とアザミさんの待機位置は目視できないぐらいに離れている。

 俺の魔法が周囲を巻き込むからとか、追い込んだ獲物が万が一に予定とは別方向に逃げた時の保険だとか――そんな理由付けをしてアザミさんを納得させた上で配置している。


 そんな状況下、アザミさんは誰にも見られていない環境で猛獣、あるいは怪物と対峙することになる。そんな追い詰められた状況下なら彼女も隠している“何か”を明かすだろう――それがシャーリィの作戦だった。

 確かに、もしも彼女が偽って転生使いだと名乗っているならそれで分かる。シャーリィが一番疑っているのはその点なので、彼女が本当に転生使いかどうかを今すぐにでもハッキリさせたいのだろう。


『大丈夫だよ。シャーリィは出来ないことは言わない人だ。上手いこと器用にやってくれると思うよ』

「……ところで、まあそういう作戦だから仕方ないんだけどさ。結局俺は怪物とか猛獣を相手にせず、なんにも仕事をせず、アザミさんだけに負担をかける事に罪悪感があるんだけど……」

『仕方ないよ。それが今回のユウマの役割なんだから。それに、本当に危険だと思ったらユウマがアザミさんの助けに入れば良い』

「そもそもバレずに様子見とかできるかなぁ。俺よく大胆とか大雑把とか言われるし」


 こういう隠密系はシャーリィがやった方が良いと思っている。小柄だし。

 しかし、アザミさんの秘密を暴く役割がシャーリィではなく、俺なのにもキチンとした理由がある……らしい?


『シャーリィは他にも何か気になることがあるらしいからな。自由に動き回れる追い込み役をやりながら、その気になっていることを調べるんだろうさ』

「気になることってなんだよシャーリィ……! せめて何を気にしているのか教えて欲しいんだが!?」

『落ち着けユウマ、大声を出すな。シンプルにうるさいぞ』

「ああクソ、俺にこんな向いてない役割を任せるほどの理由があるっていうのか……?」


 頭を掻き毟りながら思わずその場でしゃがみ込んで、ちょっと情けない弱音を溜め息みたいに吐き出す。

 ……いや、理由を知ったところで結局俺がこの役割をすることに変わりはないのだが。それでも納得が欲しかったと言いますか。あと急に辛辣だなベルさんや。


『さあね……それよりもそろそろ行動に移そう、ユウマ。今の音、聞こえただろ?』

「ああ、この破裂するみたいな音……シャーリィがもう動いているみたいだ」


 ……遠くから爆竹のような弾ける音。彼女が作戦を始めたということは、俺もそろそろ動かなくては。

 事前にシャーリィから受け取っていた方位磁石を頼りに、北の方角へ進み始める。以前のような山の斜面を登りながらではないため、草木を掻き分けて進むのは比較的容易だった。


 草を掻き分ける音を最小限に、暫く草木をすり抜けるように進むと、視界が急に広くなった。どうやら拓けた場所に出たらしい。


「……! 居た、あそこ。アザミさんだ」

『まだ何もしていないみたいだな……そろそろ動きがあると思うんだが』


 森の中で拓けた場所の真ん中で、彼女は暗い和服を緩やかな風になびかせていた。

 森の闇の中に紛れてしまえば見失ってしまいそうな色の和服も、この拓けた場所では一目で分かる。ここなら見失う心配は無いだろう。


「何もしていない……? いいや、あれは……」

『……?』


 ……違う。徒手空拳で一見すれば隙だらけにも見える棒立ち。

 だけど、まるで空気が違う。静寂というよりは静粛。言うならば、形の無い“構え”を取り続けているような緊張感。彼女の存在を認識しているだけで何やら肌がピリピリする。

 バレないよう物音を立てないようにする以外の理由で、俺の体は固まってしまっているのを感じた。


(あの人、何なんだ……? 只者じゃない雰囲気を感じる……気がする)

『ユウマ! 来たぞ』

「……!」


 固唾を呑んでいると、ベルが小声で知らせてくれて周囲を見回す。

 草の中から大きな音を立てて飛び出した、まるで狼のような異物。肉塊の尻尾と前足、歪に膨張したような大きな体。異世界で流転した野生生物の成れの果てだった。


「……獣の怪物、ですか。どうりで野山を駆け回るのが上手かった訳です」


 ポツリ、とアザミさんは怪物を目で捉えて呟く。対峙している怪物も、アザミさんを敵として捉えたらしい。耳障りな威嚇の声を喉から漏らしていた。

 ……この状況、交戦は避けられないだろう。だというのにアザミさんは未だに武器を手にしていない。


「――████████████!!」

(ッ、マズイ――!?)


 汚い遠吠えのような異音を発すると同時に、怪物が駆け出した。

 もしも、彼女が転生使いじゃなかったなら――それは、シャーリィがとっくの昔に危惧していたことじゃないか。だというのに行動が遅れた。今から転生して助けに入ろうにも、既にどうしようもなく手遅れだ。

 怪物は両爪と牙の三つの凶器をもってして、アザミさんに迫り――


『……!? な……今、何が起こった……?』

「――――」


 詰められた間合いは、再び広がった。

 ……いや、適切に現状を見るなら、怪物とアザミさんは()()()()()


「いつの間に武器を……」

『あれは……短刀か? しかも二刀を両手に……ユウマ、彼女が武器を取り出す瞬間が見えたか?』

「……いや、見逃したみたいだ……瞬きほどの一瞬で取り出したのか……?」


 アザミさんが両手に握っているのはそれぞれ形状の異なる刃物。ベル曰く、短刀という武器らしい。

 一方は綺麗な湾曲を描いた、まるで三日月のような切っ先を持つ刃物だが、もう一方は切っ先が折れてしまっているのか欠けていた。

 まさか今の瞬間、あの両手の得物で怪物の三つの凶器を受け流したとでもいうのか――


『……あの人は一体、何者なんだ』


 ベルの酷く困惑した声を聞きながら、俺の目はアザミさんの一挙手一投足に釘付けになっていた。

 間合いが開いた隙に、彼女は切っ先のある方の短刀を、帯の背中側に差していた鞘に収めて、その空いた手で裾の中から何かを取り出した。

 赤色のガラス製の瓶、だろうか。まるで自然に造られた結晶のようにやや歪な形をしていて、色と大きさも相まって、まるで彼女が小さな心臓を鷲掴みにしているようにも見えた。


 手にした赤いガラス瓶をまるで掲げるように、アザミさんは額ぐらいの高さで握って目を瞑っている。大きく息を吸い込んで、白く息を吐き出しながら、


「――――()()


 パリン、と。

 透き通るような一言と共に、山奥の魔女は握りつぶした炎に全身を包まれた。

〜∅《空集合》の練形術士閑話「刀」〜


 こちらも極東の文化であり、鍛冶屋等からは「東の国には三日月の様な名剣あり」と伝え聞かされている程には有名な代物。

 ただし、アザミが使用しているのは二本の短刀。しかも一部改造や急場しのぎの手を加えられていたり、一つは切先か存在しなかったりと、本来の刀とは少し事情が異なる様子だが……

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