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Remember-45 慌ただしい第一印象/二つ目の村、山奥の“魔女”

「……うーん、コレが紅茶ってやつか」

『飲むのは初めてなのかい?』

「そうだな……茶葉なら何度か運んだことはあるけど、こうして飲むのは俺さん初めてだな……んん、なんか口の中が渋くならないか? エールとは違う感じにさ」

「いや、エールを飲んだことないからそう言われても分からないんだけど。味よりも風味とかを楽しむ感じでさ」

「……いや、確かに味もおいしいんスけど……俺さんみたいな雑な奴が飲んで良い代物じゃないな。頭の良い嬢ちゃんはコレを飲んで、俺さんみたいなバカはエールが一番かもな」


 時間はもう少しで夕方。長時間の運転で疲れているであろうクレオさんに紅茶を差し入れに来た俺とベルは、流れていく景色を見ながらそんな紅茶談義をしていた。

 確かにお上品な味って言えば良いのか、自分と釣り合っていないものを飲んでいるって感覚には共感できる。でもまあ、そういうものなんだなぁ、ぐらいの楽観視があれば図々しくもこうして何度もご馳走になって楽しめていると言いますか。


「ほら、見てくれよ兄ちゃん、ベルちゃん。俺さんはバカだけどこうして運送業をやらせて貰っててさ、この仕事でこんな贅沢が味わえてるんスよ。嬢ちゃんの紅茶には繊細さで負けるけど、盛大さじゃこっちの“贅沢”が勝ってる自信があるぜ」

「凄い……窓から見た景色とは全然違う……」

『ああ……これを独り占めするのは確かに“贅沢”だな』


 最前を走る馬車。その先頭を走る景色は、額縁なんかじゃ収められないぐらい広々としていて、遠くの夕焼けが宝石以上に輝いている。


 ……風も心地良い。

 俺たちを引っ張って走っている馬の息づかいや気配がとても近いからなのか、まるで俺自身が走ってこの風を浴びているような――そんな楽しい錯覚を感じる。


「ガハハ! 兄ちゃんにもベルちゃんにも運送業の贅沢な味ってのがわかってくれたか! いやまあ、普段の運送とは違ってこの揺れない馬車自体も贅沢みたいなもんだがな。今度は嬢ちゃんにもこの景色を見せる機会を設けてくれないか? この紅茶のお返しがしたいんだ」

「ああ。シャーリィもこういうのが好きだろうから、喜んでくれると思うよ」

『今は準備で忙しいらしいが、目的の村から出る時には見せられるかもな。もしかしたら、新しく仲間になった転生使いにも見せられるかも』

「おお、そりゃ良い案だなベルちゃん。楽しみが増えちまったぜ」


 転生使いの俺とシャーリィ。それと、そんな俺たちを運ぶ一般人。

 そんな何か区別してしまう壁のようなものを無意識に感じてしまうことが少し前にあった。だが、ベルの存在を打ち明けて、転生使いがどんなものかを知って貰って――今度は、クレオさんの見ている景色を紹介してくれた。


 ……上手く言葉に出来ないけれど、変な区別とか見えない壁が跡形もなく消えて、ちゃんとした仲間と呼べる関係になろうとしている、そんな気がした。


「……お、見てくれ兄ちゃん。あそこの山、今明かりが灯った。あそこの辺りが目的のカーレン村だぜ」

「ゑっ、まって見逃したんですけど。どこどこどこ」

『私は馬車での移動感覚が分からないんだが、その村まであとどれぐらいだ?』

「どれぐらい……まあ、もう三回ぐらい紅茶を淹れて飲めるぐらいの時間じゃないっスかね? 仮眠でも取ってりゃすぐっスよ」

「それはトイレが近くなるから止めておく……」

「ハハ、それもそうか。ま、トイレに行きたくなったら遠慮せず言ってくれよな。別に急いでいる訳じゃないんだろ? のんびりこの旅を楽しもうじゃないか。ほれ、紅茶ごちそうさま! 嬢ちゃんに礼を言っておいてくれ。あとさっきの件も頼んだぞ!」


 空になった木製のティーカップをやや雑に受け取る。クレオさんは親指を立てて笑いながらそう頼み込んでくるのだった。


「ああ。それじゃあ自分の馬車に戻るよ。ベルもやり残した事とかはないか?」

『……うん、大丈夫だよ。景色もしっかり目に焼き付けたさ』

「よし、それじゃクレオさん、目的地までお願いします」

「おう! この俺さんが責任持って三人を目的地まで届けるぜ!」


 有り余る元気っぷりにこっちまで笑ってしまった。

 軽く会釈して馬車の側面に造られた通り道を歩き――ちょっと面倒くさいなぁ、シャーリィの気持ちが少し分かるなぁ――なんて思いながら、馬車同士を繋いでいる吊り橋を慎重に渡り歩いて自室に戻るのだった。




 ■□■□■




 目的の村――カーレン村に到着したのは夕方を少し通り過ぎた夜だった。

 流石に夜間に訪問するのは失礼なので、その日は村の近くで停泊させた馬車で寝泊まりし、朝になってから俺たちは村に訪れていた。


「村……最初の村は中まで見る機会がなかったけど、これが村……」

「数回程度だけど何度か見たことある身から言わせて貰うなら、結構綺麗で風流があるって感じの村ね。この小川の水も透明で風も涼しげだわ」


 俺の腰ぐらいの深さだろうか。小さな堀の中を透明な水がチョロロロ、と小さな音を立てながら水草をなびかせていた。

 今回、村を訪問しているのは俺とベル、そしてシャーリィの実質二人のみ。

 クレオさんは馬車の見張り役という重要な担当でもあるし、転生使いに会いに行くなら転生使いだけの方が良いというシャーリィの判断だ。気兼ねなく話せる、というやつなのだろう。


「それで、その転せ……いや、()()()の家ってどこなんだ?」


 うっかり転生使い、と言いかけてしまったが、あらかじめ決めていた単語で尋ねる。そうだ、仮にだけどここでは異世界じゃなくてスモッグって呼ばないといけないんだ。使い分けって大変である。


「まずはそれについて聞くところからかなぁ……あそこのご老人に聞いてみる?」

「えぇ……? また違う言葉話されたらどうするぅ? 俺、あの一件のせいで村の老人に話しかけるの怖くなったんだけど」

「それに関しては私もだけど、ここの村は問題ない筈よ。もしここも地域語を使っているのだとしたら、()()()と文通なんて出来る訳がないじゃない」


 それもそうか。ここも地域語を使っていたらシャーリィとの手紙でのやり取りでも返事が地域語の文章になっている……ってことか。


『もしかしたら相手がシャーリィの言語にわざわざ合わせてくれた……って説もあるけどな。相手は“通訳者”なんだろ? そういうことができる可能性もある』

「うぐっ、それは少し思ったけど……ベル、そういうのを考えて臆病になったら動けなくなるから考えないようにしなさい」

『ユウマに負けない粗雑な精神安定のやり方だな。でも勇気は買うよ』


 ベルに横槍をプスプスと刺されながら、シャーリィは前に出てその老人――木陰の岩に腰掛けて休憩中のようだ――に声をかけようと試みた。


「あの、少しいいでしょうか」

「……ん? おや、お嬢ちゃん。ここじゃ見ない格好だねぇ……こんにちは」

「はい、こんにちは。少し用があってこの村に訪問させていただいています。聞きたいことが一つあるのですが、少しお時間を頂いても?」

「いいよいいよ、そんな丁寧に言わなくても。いやぁ、誰かからこんな丁寧な言葉をかけられるとはねぇ……ばーちゃん、人生で珍しい経験してるよ……長生きしてみるものだねぇ」


 ……どうやら会話は円滑に進んでいる。良かった、共通言語だ。夕飯がどうのとか言われるあの地域語じゃない。


 それからすぐに本題に入ることなく、少し雑談を交えながらシャーリィは交流を図っている。

 昨日に続いて今日も良い天気だとか、小川の近くは水捌けが悪い土だから、泥でせっかく綺麗なお洋服が汚れちゃうだとか。そんな穏やかな会話をしている。目的がなければ俺も混ざって色々のんびり話していたいぐらいに穏やかなやり取りだ。


「それで……えっと、ばーちゃんに聞きたいことがあるんだっけ?」

「はい。この村に通訳者が居ると聞いたのです。どちらにお住まいかご存じでしょうか?」

「通訳者……? ああ、それならばーちゃん、見たことあるよ! 前に普段とは違う商人を介する必要があってねぇ……その人が酷い地域語訛りでさ、ちっとも話してることが分からなかったの! でもその子が何を言っているのか教えてくれたから助かったのさ」


 チラ、と一瞬だけシャーリィの目線が俺の方に向いた。「手応えがあった」とか、そう云っている目線だ。老人はぼんやりと出来事を思い返しながら、山の方を指さした。


「ちょーっと険しい道だけど、その子の家はこの山道の奧だよ。えーっと、名前はなんだったかねぇ……」

「? おーい、ばあさんや。どうかしたのかい? そんなお綺麗な子と話してて。お孫さんかえ?」


 ……と、会話の途中で老人が割り込んでくる。今シャーリィが話しているおばあちゃんと同じぐらいの年寄りに見えるおじいちゃんだ。


「じいさんや、わたしらに孫はまだおらんでしょ!」

「そうだったかのう……」

「ごめんねぇ、お嬢ちゃん。えっと、じいさんや。あの子の名前って知ってっけ? この前の商人の言葉を分かりやすくしてくれた――」

「ああ! アザミさんのことかい。あの人がどうしたのけ?」


 アザミ――それが何度も話に出てきた転生使いの名前なのだろう。名前だけでは性別は分からないが……まあ、性別は別に関係ない。年齢とか性格の方が気になる。

 めちゃくちゃお年寄りで、馬車に乗るのも難しいようなご老人だったらどうしようとか、厳格で肩に力が入ってしまうような性格だったら――とか、そんな心配を遠くから密かにしていたり。シャーリィ曰く多分礼儀正しくて穏やかな人らしいが。


「ああそうそう! アザミさんだ! あの人、今はまだ降りて来てないのけー?」

「昨日挨拶したから、今日からしばらくはこっちに降りて来んじゃろな……険しい道になるだろが、今家に行けば会えるじゃろうて。()()()()()なだけはあって、しばらくは引きこもっているじゃろう」

「ッ!?」

「!」

『ま、魔女!?』


 シャーリィ、俺、ベルの順でそれぞれが思わず動揺した。今あのおじいちゃん、“魔女”と口にした……? そうかつまりその人は女性――って、そこじゃなくて!


『ユウマ、今“魔女”って言ったよな!? この村の住民には魔法の概念が残っているのか……? いや、そもそもその魔女は、自身が魔法使いだということを一般人に隠していないのか?』

「分からない……単にそういうあだ名かもしれない」

『た、確かにそうか……そうだな。山奥に一人ひっそりと住んでいたら魔女なんて呼ばれても不思議じゃない……かもな。ちょっと早計だったか』


 落ち着け……おとぎ話の概念としての魔女呼びの可能性もあるから、早計するにはまだ早い。

 慌てるベルをなだめながら――珍しく立場が逆だ――シャーリィの様子を見る。彼女が動揺してボロを出すとは思っていないが、今の単語は聞き逃せない内容な筈だ。


「魔女……ありがとうございます、お二方。早速行ってみようと思います」

「ええ、気をつけてな。山奥は木の根っこに足を取られないよう気をつけてのぅ」

「ばーちゃんからも、気をつけてね」

「はい、ありがとうございます」


 ペコリと一礼して、お上品な口調と仕草を最後まで崩すことなくシャーリィは俺の元へ戻ってきた。

 ……なんか、凄く色々と言いたそうなジト目を俺に向けてくる。なんでだよ、俺悪くないでしょ。なんで俺にその湿度の高い視線を当てるのさ!?


「……情報は運良く一度目で掴めたわ。山奥の魔女……自称した名前なのか、そう村の人達に呼ばれているだけなのか。前者なら、ちょっと警戒は必要になったけど」

『ただ、そのアザミって魔女は人との交流はしているみたいだな……それと話を聞く限り、通訳者というのは嘘ではないみたいだ』

「とにかく、その人に会ってみるしかないな。警戒して引き返す訳にはいかないし、本人も居ないこの場で早計な推測をするべきじゃない」


 俺の言葉を聞いてうん、と二人が頷く。正直、ここまで過敏に警戒する必要なんて無いかもしれない。ただ魔女と聞いただけでここまで警戒する方がおかしいのかもしれない。

 でも、その相手が“転生使い”なのだからこそ、無意識にここまで警戒してしまっているのかもしれない――


「……おや、お嬢ちゃん。付き添いがいたのかい」

「おやおや、あれがお嬢さんの彼氏けー? なんだい、少し細いが良い男じゃないか」


 ……と、山奥を目指そうと進み始めた俺たちの横から、先程の老人夫婦二人が俺とシャーリィを見てそう微笑ましそうに会話しているのが聞こえた。どうやら、シャーリィの相方と勘違いされているらしい。

 シャーリィと男女としての付き合いはした記憶がないので違うと断言できるだろう。でも口にはせず、軽く会釈と挨拶を口にして通り過ぎた。


「…………」

「ふふ、シャーリィ、勘違いされてるな――痛ッ、どわ痛ァーッ!? な、なんで!? なんで蹴った今!? 二度も!?」

「~~~ッ! 私の行き場の無いモヤモヤよッ! ってか何でなにも言わずニッコリしてるのよ否定しなさいよ否定を!」

「あ――ぶない!? 俺の蹴られた部位がヒリヒリしてるんですけど! 止まれシャーリィ!」

『二人とも何やっているんだが……』


 ベルがポケットからそんなツッコミを入れてくるが、こっちが聞きたいんだが……!? なんか照れ隠しを理由になのかは知らないけど、シャーリィが蹴ってくるのは理不尽だと思うのだが、ベルを含め俺を擁護する人はここには居なかった。

〜∅《空集合》の練形術士閑話「カーレン村」〜

 標高のそこまで高くない山岳地帯の麓には、数十もの村が形成されており、カーレン村もその一つ。

 高齢者の割合が非常に高く、生産している物も農作物や林業のみで、足りない物は輸入品に依存している限界集落。


 しかし、春に見られる小川沿いに植えられた桜の花は見事なものであり、現ネーデル国王が訪れ、御言葉を残したほどに見事だとか。

 観光地としてネーデル国から直通の馬車が出ている、極めて珍しい集落でもある。

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