Remember-42 動き出す魔法使い達/秘密を打ち明け合う晩
「ほぅれ兄ちゃん、嬢ちゃん! 見てくれこの馬車! そして筋肉質な馬! 俺さんもこんなの運転するのは初めてだ!」
馬車の停泊場に到着すると、クレオさんが普段よりも舞い上がった調子でそんなお披露目をしてくれた。
これから手紙だけで交流していた“転生使い”へ会いに行く、という大きなイベントに注目が集まっていたから、ここでお披露目とかされるとは思っていなかった。つまるところ、シャーリィも俺もそこまで盛り上がっていない。
目の前にあるのは馬車と、それに繋がれた馬。それが……四台? 馬車が四台もあるんですけど……? 同じくシャーリィもそれが気になったのか、手を挙げてクレオさんに訳を尋ねようとしていた。
「……クレオさん、私達は馬車なんて運転出来ないわよ。そもそも私達はまだ三人で、なのに馬車は四台もあるじゃない。もしかして、クレオさんの奥さんでもついてくるの?」
「ああ、違う違う。安心してくれよ嬢ちゃん。それとだな、ウチのかーちゃんの話はしないでくれ。その話題を出されるとなんかフキツな予感がするんだよ……こいつらはな、何と前を走る馬車の後ろをついていく利口な馬なんだよ! ちゃんとした道を歩くだけなら、誰も運転せずに走ってくれる」
このイカツイ奴が先頭、残りの三頭はその後ろだ。なんて説明をしながら、クレオさんは馬車の戸を開けて見せた。あのイカツイのが最前を走るなら……これは三番目の馬車か。
「これが兄ちゃんの馬車だ。とりあえず寝泊まり出来る最低限の設備が揃っている……ああ、そうそう、トイレは無いからヤバい時は声をかけてくれよ。馬車を止めて、外で済ませることになるからな」
中を覗いてみると……部屋だ。馬車ってよりは小さく箱詰めした部屋に見える。
簡潔なベッドにテーブル、小物から大きめの荷物まで入れられそうな棚。何かの樽があると思ったら、なんと飲み水まで完備しているとは……
「そうなると、私の部屋は二番目? それとも四番?」
「嬢ちゃんのは二番目だ。お偉いさんだから前の方――って理由じゃないけどな。嬢ちゃんの要望通りテキトーに決めた。四番目は馬の餌とか、馬車関連の道具が入った倉庫だと思ってくれ。一応、人が増えたら藁で良いなら寝泊まりさせることは可能だがな」
クレオさんの説明を聞きながらシャーリィは馬車の中に入ると、「おおー!」なんて歓声を口にしていた。
開きっぱなしな戸から中を見ると、俺の馬車と似た造りになっていて、以前からシャーリィが事前に買い漁っていた小道具とかが棚に陳列されていた。しかも揺れで落ちたり割れ物なんかは割れないように、固定したり緩衝材が敷かれていたりしているのが見える。
「……で、一番目を走る馬車で寝泊まりするのは――」
「――このギルドマスターじゃ」
「ぶッ――!?」
突然バタン、と開いた一番目の馬車からそう言ってギルドマスターが姿を現した。
この人、さっきからギルドに居ないと思ったらこんなところに――いや、違う! そんなことよりギルドマスターが出るって……!?
「フフフ、冗談じゃよユーマ、ちょっとしたお茶目だ。そう驚いた顔をするでない」
……ビックリした。一番目はクレオさんなんだろなー、と思いながら尋ねている最中にボケを放ってくるのは止めて欲しい。
「げ、ギルマス。なんで此処にいるの」
「いやぁ、こんな高級な馬車に乗る機会なんて滅多に無いからのう……でも正直、ギルドでの書類のカンヅメ状態を思い出すからあまり良い空間には感じられんかったわい……」
よっこいしょ、と和服をなびかせながらギルドマスターは馬車から跳び降りた。
……確かに、あの必要最小限の設備しか無い感じは、ギルドマスターがよく押し込められている書斎に造りがちょっと似ている。書類とかハンコとかを散らかせばもっと再現できそう。
「お疲れさんです、ギルドマスターさん」
「うむ! こちらこそ、急に乗ってみたいだなんてワガママを言ってすまんかったな」
「いえいえ、とんでもありやせん」
ペコペコと礼をしながら社会人なやり取りをするクレオさんとギルドマスターの図は、大男が小さな子どもに敬語を使っているみたいで事情を知らない人からすれば奇妙な様子だ。
「……なあ、兄ちゃん」
「? なにさ」
「その……ギルドマスターさんって……本当に成人してるのか? 挨拶する度に奇妙な感じがしてるんだよ」
「なんだったら、結構歳とってるってシャーリィが」
「マジか? ……え、あの見た目でウチのかーちゃんより年上とか……ないよな?」
「聞こえておるぞクレオ、ユーマ。何度も言うが長耳族は耳が良いのじゃぞ」
……そういえばあの人、耳が良いんでしたっけ。クレオさんと二人揃って「やべっ……」みたいな顔を浮かべてしまった。
「なにしてんのよそこの男二人。道草食うのは良いけど、王国内で食うのはやめてよね」
そんなところを馬車からひょっこりと顔を出すシャーリィに指摘されて、男どもはそそくさと各自の準備に戻るのだった。
……この馬車、凄いな。慌てて雑に勢い良く跳び乗ったのに、揺れが全然無い。余程酷い道でなければ走りながらでも眠れてしまうかもしれない。
「シャーリィよ。再三言うが、万が一の時は無理せず連絡を寄越すのじゃぞ。追加で何かしら必要になった時も甘えて良いからな」
「分かってるって。私がそんな無理する性格に見える? スモッグ絡みの問題で手に負えなかったら、ちゃんと連絡するから」
「身の丈に合わない無理はお前さんの専売特許みたいなものじゃろて……まあ、その言葉さえ聞ければ安心できる。ユーマ、お主も元気でな。応援しておるぞ」
「あ、ああ。ギルドマスターも元気で!」
『お世話になったことも礼を言っておけ』
「あ、そうだな……今までお世話になりました!」
「うむ! 礼儀がなってて良い返事だ。また会おうな、ユーマよ! ま、そう遠くないうちにきっとまた会えるだろうがな!」
広げた扇子を手にしながら大きく腕を振るギルドマスターに、俺は大きく手を振る。
それから間もなくして、馬車が動き始めた。慌てて準備を済ませたクレオさんが先頭の馬車を走らせたのだろう。後続の俺たちの馬車もゆっくりと走り始めた。
「ッ――ユウマ君! シャーリィさん!」
「おーい! ユウマ君!」
ギルドマスターの居る方とは違う方角からの声がして、振り向くとそこにはレイラさんやペーターさんにバーンさん。加えて、元反ギルド団体の人達が俺たちを送り迎えようと待っていた。
「フフ――みんな、あのギルマスの事を頼んだわよ!」
「今までありがとう! 俺、これから頑張ってくるよ!」
俺もシャーリィも、お互い嬉しそうな顔をしながら挨拶と共に手を振って別れを済ませた。レイラさんなんかは熱が入りすぎたのか、追いつくはずのない馬車を追いかけるように走りながら手を振っていた。
……馬車が走り出す。王国の赤レンガを踏み走って、此処では無い大草原へと走り出す。
「……なんか良いな、こういうの」
「ん? なんか言ったー?」
「こういうお別れも、なんか良いなって言っただけだー!」
なんとなく呟いた小声を拾われて、シャーリィに大声でそう答える。
……うーん、馬車で距離がある分、今までみたいな気さくな会話は難しくなってしまったな……
『ユウマの馬車とシャーリィの馬車にガラスとか鏡があれば、私が伝言役をするけど』
「ああ、それは助かるかもな――いや、待て。ベル……そうだな、ベルの存在だよな……」
『……? どうした、ユウマ?』
有難い提案と共に、ふとあることに気がついてしまう。
……ちょうど良い。今晩、ベルには内緒で早速やってしまおうか――
■□■□■
空は既に夕暮れ。馬の調子を確認しておきたいというクレオさんの提案もあって、俺たちは早めの夕食、休憩を取ることにしていた。
馬車で周囲を囲んで風を遮り、傍らでは馬が四頭干し草を食べていて、俺たちは焚き火を囲むようにして暖を取っていた。
「……と、いうわけで自己……いや、他己紹介ってやつか。今までは混乱を避けるため、だっけ? まあ、そんな理由でギルドの誰にも話していなかったんだが、紹介する。ベルだ」
で、そんな中俺はガラスを取り出して二人に――特に、クレオさんに向けて――そう切り出した。
『んな――ゆ、ユウマ!? これは一体……何のつもりなんだ!?』
「ベルは俺と同じ記憶喪失でさ、一緒に色々知るために行動を共にしているんだ。見て分かるとおり、基本的にガラスとか水面とか、そんな反射する物の中でしか存在できない。だけど俺を影から助け続けてくれたかけがえのない存在なんだ」
「…………」
ベルに関して知ってる限りの情報を、できるだけ丁寧に噛み砕いてクレオさんに説明する。
そんな説明を焚き火越しに聞いているクレオさんは、ポカンとしたような、呆気を取られた顔をして俺の話を黙って聞いていた。
「……クレオさん?」
「……いや、大丈夫だ。兄ちゃん。話は理解できている……理解できているんだが……なんだこりゃ、俺さんの常識ってやつがぜーんぶひっくり返っちまった感じがする」
「まあ、魔法の存在すら知らない身からすればそうなるのが普通……いや、むしろ冷静な方ね」
一人だけ木製のティーカップを使って優雅にお茶を飲んでいるシャーリィが、ボソッと口にした。
……正直、この他己紹介はシャーリィに相談することなく始めたことだから、彼女からなんて言われるか少し怖かったのだが……この感じ、別に怒っていたりはしない様子。
「……ん? 何、私が怒るとか思ってた?」
「正直に言うと、まさにその通りかと」
そしてズバリと見抜かれているのだった。恐ろしいなこの少女。本当に年下か?
「クレオさんには色々共有しておかないといけない情報があるから、良い機会かもね……ねえ、クレオさん。以前結んだ契約については覚えているわよね?」
「お、おう。嬢ちゃん達の専属の運送業をする際に契約させられたあの紙だな」
「覚えているなら良いわ。今の話もこれからの話も、口外を禁ずる契約を忘れないでね」
「う、うっす。そのつもりだが、改めてそう言われるとなんか緊張しやすね……」
「そう? でもまあ、それぐらいの緊張感を持ってくれると私からも信用できるかな」
何やら自分の知らないところで話が広がっているが、要はクレオさんも以前の俺のように契約を――以前の俺の時とは内容が違うとは思うが――迫られ、同意しているらしい。
……まあ、確かに転生使いとか異世界の件とか、何の関わりの無い馬車の運転主にどうやって隠し通すんだろうと不思議に思っていた。
だがどうやら、隠し通すんじゃなくて秘密を伝えた上で口を封じるって寸法か。
「えっと、ベルさんでしたか。既にご存じかと思いやすが、初めまして」
『あ、ああ。こちらこそご丁寧に。今ユウマに紹介して貰った通り、記憶喪失で何も出来ない、ただの口うるさいだけの存在だと思ってくれて構わないよ』
「いえいえ、そんな! これからは兄ちゃん嬢ちゃん同様、客として扱うんで、そこんところは勘違いしないでくだせぇ」
俺がシャーリィの言動にビビっている一方、ベルとクレオさんはそれぞれ社交的なやりとりで交流していた。
……うん、この様子ならベルの存在を知ったとしても、クレオさんとの関係が変な感じになったりすることはないだろう。そう分かると満足感のようなもので心が満たされる感覚がする。
(……そうか。いや、そうだよな。きっと俺は)
ああ、そうだ。このギルドの人達にベルの存在を隠していた時から感じていた胸のモヤモヤは晴れる感じ。自己満足に近い感情。
俺はきっと、ベルを無関係の人々から隠しているのを仲間外れにしているみたいに感じて、それがずっと気にくわなかったのだろう。
胸の内に秘めていた罪を告白する時はきっとこんな心地なのだろう。そんなものは今のところないのだが。
「んじゃ、前座が終わったところで私から本題に入ろうかしら。ベル、挨拶は済んだ?」
『ああ、ユウマが突発に始めたからこれ以上自己紹介の予定も計画も無いよ。話したいことがあるなら後は任せたよ』
「うげっ、今のベルさんの一件で頭がパンクしそうだったのに、本題があるんスか……」
「ごめんなさいね。でも最低限話しておかないと私達の旅の目的がサッパリ分からないでしょ? えっと、まずは――」
苦虫を噛み締めたみたいに顔をしかめながら、クレオさんはシャーリィの切り出した説明に耳を傾ける。
内容は俺たち転生使いの概念とか、スモッグと呼ばれているのが異世界って呼ばれている場所だとか――まあ、俺が今までで体を張って行動することでやっと知ることができた一連の情報だ。
こうして座っているだけで説明を受けられるのは少し羨ましい――けど、さっきから常識をひっくり返されっぱなしのクレオさんは話に振り回されているのか、どんどん疲れたような顔つきになっていた。
それもそうか。こういう時間をかけて得る経験は、こんな短時間でミッチリと得るモノじゃないのだ。
『……クレオさんに同情しているところ悪いけど、私にも同情して欲しいかな。私も唐突な出来事で疲れたんだけど』
「ごめんって。でもいつかは話さなきゃならないことだと思ったから許して欲しい」
『まあ、それはそうだけど……別に今日、突然じゃなくても良かったんじゃないかなぁ』
「いいや、これで良いんだ。今、できる限り早いうちが良い」
『……?』
「だってさ、今までベルは俺とシャーリィしか縁が無かった。誰にも関われず孤独なのはきっと、とても辛いことだ」
『……ユウマ』
……夜は更けていく。明るいのはこの焚き火の周辺だけだ。
走り始めたばかりのこの三人――いや、四人組。変に話しが拗れたりせず良好な関係で旅を続けられれば良いのだが……
〜∅《空集合》の練形術士閑話「馬車」〜
この世界において最も一般的な移動方法。特にネーデル王国は貿易の国でもあるため、一際盛んであり、「移動手段の“徒歩”を2番目にした国」と呼ばれるほど。
因みに、トイレ付き馬車が作られたこともあったが、単に用を足すための穴を開けただけの街道にそのまま垂れ流す代物で、土壌汚染や疫病の観点からトイレ付き馬車は禁止令が出ている。




