閑話4 反発者の末路/反ギルド団体のその後
――その判決は、ネーデル王国の各所でちょっとした騒ぎを起こさせた。
“判決を下す。反ギルド団体に所属していた各員を執行猶予とし、その身柄を自由とする。但し、王国に残る者に関してはギルドの監視下であることを条件とする――”
それがこの前、反ギルド団体に対して下された裁判の結果。
……噛み砕いて言うならば、王国以外で働くなら自由。王国内で働くならギルドに監視されながら働け――と。
それを聞いた俺は“ああ、そうなったのかぁ”と、まあいつも通りなんでも受け入れがちな我ながら悪い癖を発揮した。
一方ベルは“だ、大丈夫なのか……!?”なんて凄く激しい反応をしていた。大丈夫、というのは王国とかギルドマスターの地位とか……まあ、頭の良い人の心配って感じ。
そしてある意味で肝心のシャーリィは……わからない。メーラの搾り汁を飲みながら頷くだけだったから。聞いていないとか無関心とかではない筈なのだが、何も分からない……
閑話休題。
とりあえず試験的に王国内で働くことになる元反ギルド団体の人員は六人。
うち二人はペーターさんが。一人はバーンさん、もう一人はレイラさんが担当として監視――という名目で、仕事を教えている。王国に置いて問題ないか確認するためという公の目的をガン無視して、すっかりギルドの新戦力に取り込もうとしていらっしゃるのであった。
……まあ、酒場での激務を見ていると労働力として迎え入れたいあの人達の気持ちはよく分かる。実際俺が働いた時もてんてこ舞いだったし。
「……で、俺もまだギルドの一員だから、残りの二人――君たちを担当することになったって訳だ。えっと、よろしく、ガデリア、グレア」
そんな理由から、俺も一時的に監視員として監視することになった。
もっとも、何か仕事を教えるような重要な仕事ではなく、王国内の道案内みたいな感じ。彼らの仕事内容は運送場からギルドへの荷物を肉体労働で運ぶというものだから、彼らがギルド周辺の地理に詳しくないと迷ってしまう。簡単ながら重要な内容だ。
因みに俺は記憶の手がかりを求めて、町の至る所で情報収集――ブラブラしていたとも言えるが――していたため、土地勘は良い方だ。それも込みで俺にこの役割を任命したのだろう。
「…………」
「えっと……すみません、よろしくお願いしますね」
ガデリアという名の男は、ムッとした目力が強い瞳で俺のことを睨みつけている。で、もう一人の物腰が柔らかそうな男――グレアは、相方の無礼を詫びるつもりもかねて、頭を軽く下げてそう挨拶を返してきた。
……レイラさん。俺はもう正直駄目だと思う。片方は良いけどもう片方の交流がほぼ不可能なんですもの。
「と、とりあえず先導しながら王国の町を案内するよ。ギルド周辺と、あと露店が集まっている場所とか。あ、広場の噴水前も良いな! 何処かの国の楽器を鳴らしている人がよく噴水前に居てさ、それを聞くのが楽しかったり――」
「…………」
「えっと……露店で結構美味しい氷菓を売ってる店があってさ! 今回は俺が二人の分も奢るから一緒に――」
「…………」
「……奢るからぁ、一緒に……」
『ま、負けないでくれユウマ……』
負けてられん、こちらは明るく話題を振るぞ――と、振っている途中で様子を見ると、溜め息混じりに俺の行動方針に同意する男が一人、それを申し訳なさそうにしている男が一人、俺の後ろを何とも言い難い雰囲気を発しながらついて来ていた。
……負けで良いから、この地獄みたいな空気感から解放されたいなぁ。
■□■□■
「……へえ、二人は兄弟だったのか。ガデリアが兄でグレアが弟……顔が全然似てないから、聞くまでそうは思わなかった」
「えっと……はい。僕たちは捨て子だったらしいんですけど、そこを偶然団長に拾われて、今まで育てられてきたんです」
「団長……ベルホルトのことか」
道案内も大まかに終わり、噴水の前で氷菓を食べながら話しかけやすい方の男と会話していると、意外な事情がわかった。
育ての親がベルホルトねぇ……あー、彼の俺に対する今までのキツイ態度も――今も彼は少し離れたところで無言で氷菓を食べている――仕方ないな。だってつまり、俺は彼らの育ての親を殺したも当然なのだから。
「……思い出してきた。騎士兵に取り囲まれても威勢の良いのが一人いたな~って思ったけど、まさか……」
「はい……その横で僕も抑えてましたが、あの時の彼がまさに僕の兄で……」
「一応既に面識はあったんだな……ん、それにしては君はなんていうか、随分とやさしいというか……俺を憎んだりしてない?」
「……団長には恩があるのは間違いないです。ですけど、手段を選ばなくなってからは、密かに違和感といえば良いんでしょうか……間違っている事にまで従うのはなんだか違う気がして……間違えたのだから、ああなったのは仕方のないことだと僕は思ってます」
氷菓に視線を落としながら、グレイはしみじみと思い出を振り返るように語る。
育ての親である団長を殺した俺に対して思う事が無い訳ではないが、彼自身も団長のやり方に対して疑問があったらしい。なんというか、上手いこと自身の心を割り切っている様子。
「……団長は、間違ってなんかいない」
ふと、横から不機嫌そうな男が口を開く。
既に食べ終えた氷菓の器を雑に置き捨てて、立ち上がるとそのまま歩き出してしまった。
「あ、ちょっと待って! 立場上、俺がちゃんと見張ってないと――」
「野暮用だ、すぐ戻る。心配するな」
「ええっと、嘘は言ってないみたいですけど……ユウマさん、どうしましょう」
「ええい待て、今すぐにコレ食べ終わるから! ……うーん、木苺をジャムと雪のような氷が絶妙に溶け合っててとても美味――頭痛ァ!? 痛ってて、なんだこの頭痛!?」
「あ、あわわ……何やってるんだこの人……」
さっさと氷菓を食べ終えて追いかけようとする――が、原因不明の頭痛が襲い掛かってきて酷く苦しむ。頭の側面がガリガリと痛むんですけど……!
「痛ててて……ああクソ、何処に行っちゃったんだ……?」
なんて、そんなことをやっている間に、すっかりガデリアの姿を見失ってしまった。早く、早く見つけて連れ戻さないと、さっきから不機嫌そうな彼がこの後一体何をするのやら――
■□■□■
……あの時の判決は、この“俺”に酷く馬鹿らしいと思わせた。
仮にもしも俺が裁く側の人間だったら、反逆者はさっさと殺すべきだと思っていた。俺達は、餓えに苦しんでもがき足掻く様に生きてきた連中だ。いっそのこと首を断ってしまった方が楽になれるのだから、このような無駄な延命には心底失望していた。
「おーい! 何処行ったー!?」
後方からギルドの役員が俺を捜し回っている声がして、路地裏に身を潜めて日の当たらないところを歩く。
……この王国の道案内なんてもとより俺には必要ない。元々俺は諜報員の一人で、この王国に潜伏してギルドマスターを攫う計画の実行日を伺っていたのだ。その為に必要な地理の情報は全て頭に叩き込んでいる。
「はぁ……めんどくせ」
一部分だが、この王国の路地裏は掃き溜めのような場所だ。
汚れているとかそういう掃き溜めではなく、腐った人間どもが隠れて生きている。かという俺もその一人だ。反ギルド団体の諜報員として活動していた頃は、そうした連中と利用し利用されあった仲だった。
「ぁ…………」
今日この路地裏に居るのはただの物乞い一人。珍しいだけで無害なソイツを無視して、俺は路地裏をさっさと抜け出す。
行く宛てなんてないし、偶然近場に出たからなんとなくギルドへと入る。諜報員として過ごしていた時に何度か通ったことのある扉を開けると、そこには見知った連中が集まっていた。
「よう、ガデリア。道案内はもう終わったのか?」
「……元から俺には必要ない」
「んー? つかお前さん、付き添いのあの……名前なんだっけ、あの青年はどうした?」
「……どうでもいい、あんな奴」
「おいおいおい! ギルドの人間に見張られてなきゃ俺達まで怒られちまうぜ!?」
「怒られるどころじゃなくて、最悪で極刑だろ。巻き添えは勘弁してくれよ……まあ、迷ってここまで戻ったとか言えばうやむやにできるか」
ギルドマスターの拉致作戦の際、このギルドを襲撃する役割だった二人が一方は相変わらず呑気に、もう一方は生真面目に俺の行動に苦言を口にした。
「……なんであんたらは楽しそうにやっていられるんだ」
「……ん? もしかして――いや、やっぱ想像通りガデリアは不満タラタラって感じか? ま、俺は酒が飲めりゃどこでも良いのさ。楽しそう? そりゃ違う。俺は酒で幸せに過ごしてるだけのさ」
「退屈だったら舌を噛んで死んでやってるさ。まだこの生活にはやり甲斐があるから真面目にやってるが……楽しそうに見えるか?」
「ッ! ああ、そうさ! お前らは揃いも揃って団長のことを忘れたのか!? ギルドは敵だろ!? 俺達の居場所を奪った奴らだ! なのに、なのにどうして……!」
あまりの困惑と怒りで、俺が舌を噛み締めて死んでしまいそうだ。ギルドを仇と思いながらも敵のギルドに保護されている、その矛盾に頭の中が泥沼のようにぬかるんでいて苦しんでいるのに。こいつらはまるで何も考えていない。団長の無念も感じ取っていやしない。
「……うるさいぞガデリア。戻ってきて早々、癇癪を起こすんじゃない」
「癇癪、だと……?」
厨房の方からもう一人――ギルド襲撃の際のリーダーが顔を小窓から覗きだした。
あの男なら団長の無念を理解しているはずだ。魔道具を利用した団長直々による外科処置によって痛覚を忘れた男。団長の側近でもあった彼ならば俺のこの気持ちを分かってくれる……はずだったのに。
「ガデリア、お前はまだ若い。だから苦しいとは思うが……変わるんだ。冷酷なことを言わせて貰うなら、俺達生き残った者達が、わざわざ死者の感情を勝手に代弁するもんじゃない」
「ッ……! 死者……団長を死者の一言で済ませるな……! あの人は英雄だ! 俺達の恩人だ! 忠を尽くすべきだろ!」
「妄信するんじゃない。彼に恩はある。だが、拾った命を捨ててまでそんなことをする必要は無い」
「まぁまぁ、ガデリアも一杯飲みゃ分かるぜ……ほら、俺が口づけした器だが、一杯奢ってやるよ、ホラ」
「黙ってろ酒酔いめ。あと俺の近くで飲むな酒の気で酔うだろうが」
「ッ……どいつもコイツも、脳天気に生き延びやがって……!」
「ヒック、それは何の行動も起こしていないお前さんにも言える話だろ?」
「テメェ……ッ!」
その胸倉を掴んで酔いを覚ませてやろうとしたその時、ガタン、とその時後方から物音が聞こえて振り返る。
振り返れば扉を開けたグレアの姿があって、握った拳を隠した。アイツは俺が拳を握り締めるだけで人を殴るんじゃないかと怒るから、厄介なことは避けたかった。
「兄さん! 何をしているの!」
「……なんもしてねーよ」
「やっているでしょ! ユウマさんの元から勝手に居なくなって!」
「……チッ、めんどくせぇ」
「もう! ユウマさん今路地裏で迷子になってるんだよ!?」
「迷子……オイ待った、迷子って、あの男がか?」
……目眩がする。なんだって、あの団長の仇の男が迷子なんかになるんだ。あまりの稚拙さとかで怒り以前の問題に感じてしまった。
あと迷子になった男を放置してここまで来たグレアにも思うところがあるが、それは一先ず置いておくことにする。
「……分かったよ。あの男が教育として付いている間は大人しくしてやる」
「が、ガデリア! またそんなことを言って……」
「再三言うが、俺は団長のことを忘れていないからな。俺達はあの時命を賭けて逆らうべきだった。苦し紛れでも騎士兵どもに反逆の傷跡を残してやるべきだった……あの時できなかったことを、俺はお前達と違って今でも後悔しているんだからな」
お前らのような腑抜けとは違う、と宣言する。
……だというのに、まるで哀れんでいるかのように連中は俺を見ているのは、俺がまだ若い子供だからとでも言うのか。
「……クソッ」
「ああっ、待ってよガデリア!」
慌ててついてくる弟のことも、あの不抜けた大人どものことも知らない。俺は自身の今置かれている現状との葛藤と戦いながら、団長の成し遂げられなかったことをする。そう己に誓いながら道を引き返してあの男を捜すのだった。
■□■□■
「……まあ、そんな感じで近いうちに旅に出るんだ」
「旅に、ですか?」
「ああ。だからもうしばらく担当したらそれで俺の役目は終わりだ。今後は多分ペーターさんが担当になるのかな。あの人は気弱だけどとても良い人だから安心してくれ」
今日も改めて、今回はしっかりと仕事で通る道を歩きながらそんな他愛ない会話をする。
俺がギルドを離れる話は皆に伝わっているはずだが、俺が離れた後のこの二人の担当に関して俺は何も聞いていないな……十中八九、元々この仕事をしていたペーターさんが担当なのは推測できるのだが。
「旅ですか……なんというか、今では珍しいですね。昔は旅する人々が多くて“冒険者”って呼び名がありふれていたと聞きますが」
「冒険者かぁ……冒険とは違って、なんていうか人助けの旅なんだ」
「人助け……? 誰をですか?」
「困っている人をだよ。主にスモッグ絡み――ああいや、反ギルド団体なら異世界でも通じるか。アレの被害の対応をメインに人助けをするんだ」
「? アレの被害……? 異世界ってそんなに危険な場所なんですか?」
「ッ、そりゃ滅茶苦茶危険で――もしかしてご存じない?」
「?」
俺の問いかけに対してポカンとした反応。どうやら流転や怪物の危険に関して何も知らないらしい。だけど異世界という単語自体はそんな彼も知っているのは、反ギルド団体の中で異世界という単語は広まっているけど、その内容までは広まっていないという事なのだろうか……?
……いや、この辺の考察は当事者の団長――ベルホルトが亡くなっている以上、これ以上分かることは無いだろう。
「それにしても、異世界専門の人助けですか……もしかして王族直属の組織だったりしますか!?」
「……ある意味ではそうかも」
シャーリィという王族が先陣切ってるし。
「だったら凄い話じゃないですか! 王族直属の騎士兵はこの国の名誉ある組織だーって聞きましたが、それに並ぶ組織ってことじゃないですか! なんて名前の組織なんですか!?」
「な、名前……? 特に名乗りとかは聞いてないな……シャーリィも組織組織ばっかり言ってて、固有名は言わないし」
その王族直属は名誉あるとかも初めて聞いたし、その自分がこれから所属する組織とやらがなんて名前なのかも聞いていない……いや、そもそもシャーリィは組織名を決めているのだろうか? その時点から不明である。
「だ、だったらだったら! その組織名とか募集してませんか!? していたら是非応募したいのですけど――」
「なんでそんなに楽しそうなんだ……?」
一応は元敵対組織なのに、その名付け親になりたいとは不思議である。まあ、彼の言う名誉ある王族直属の組織の名付け親になれたらそれは嬉しい話なのかもしれないが。
と、そんなところで後方――ガデリアの様子を確認する。無言で勝手に居なくなっていないか不安で仕方ないのに、さっきから後をついて歩いている。
「……アンタも王女も、思っていたより暇なんだな。あんなよく分からない場所なんかよりも、もっと助けるべき人がそこら辺に転がっているのに」
「む……」
距離は離れているが話はちゃんと聞いていたらしく、振り返った直後にそんな耳に痛い一言を言われてしまう。
もっと助けるべき人――一言で表しているが、具体的には誰を指すのだろうか。俺はそこまで視野の広い人間じゃないので、その答えはイマイチ分からないのだった。
……酷い話をするならば、そもそも俺達の目的は記憶喪失で無くしたものを取り戻すことであり、彼の言う話はシャーリィの領分だろうし。
「……と、ギルドからはこの道を通るんだ。他にも短縮する道はあるけれど、あくまでも仕事は荷物の運搬だ。近道はあるけれど、路地裏なんかは歩かないようにな。今歩いたルートで事故があった時はギルドが全面的に負担してくれるらしいけど、ルート外の路地裏とかで割れ物とか割ったら全額負担らしいぞ」
「なるほど……ガデリア、覚えた?」
「覚えないといけないのはお前の方だろ。俺はもう覚えてる」
「そ、そっか……」
以前通り……いや、以前よりも冷たい態度でガデリアはグレアに対してそう言ってのけた。兄弟の仲とは思えない辛辣な雰囲気だ。こんな冷たい理由は分からないが、せっかくだから良い関係になってもらいたい所。
そんな訳で、手をパチンと合わせてある提案することにした。
「よし、甘い物を食べると物覚えが良くなるって聞いたし、ここらで休憩するか。またあの噴水前で音楽でも聴きながら、あの氷菓でも食べてさ……」
「……俺はいい。食いたいのなら二人で食っててくれ」
「あ……ガデリア」
「あ、ちょっと! 今日は変わり種の味があるって氷菓屋のおじさんも言ってたし、折角だから一緒に食べないか? なあ?」
「……野暮用があるから、いい。道は教わったし、野暮用が済んだらさっさとギルドに戻る」
俺の説得もむなしく、ガデリアはさっさと何処かへ行ってしまった。まるで俺が追いかけてくる対策をしているのか、路地裏を通ったらしく、姿はもう見えない。
「今日は機嫌が悪いのかな……兄がごめんなさい」
「いや、別に良いんだけど……野暮用があるって、一体なんだ?」
取り残された俺達は、揃って首をかしげるしかできないのだった。
次話に続きます。




