第四話 ダンジョンと食料(後編)
「エドガー、どうだ?」
「トラップはないみたいだな。開けるぞ」
目の前の宝箱に罠が仕掛けられていないことを確認したエドガーが、アレックスに開封の確認を行う。アレックスはそれに対して、短く首を縦に振って答えた。
「よし、念のため、下がっていてくれ」
探知不可の罠が仕掛けられている可能性もあるため、パーティメンバーを後ろに下がらせた後、エドガーはゆっくりと宝箱のふたを開けた。
「よし、大丈夫だ。――って何だこりゃ?」
宝箱の中身を確認したエドガーから素っ頓狂な声が漏れる。その声につられて、パーティメンバーも宝箱の中をのぞき込んだ。
「パンじゃない?」
「いや、なぜ、そんなものが宝箱に入っているんだ?」
宝箱にはなぜか食パンが入っていた。ジェシカとアレックスは不審なアイテムの出現に首を傾げる。
「もしかしたら、これがトラップなのかもしれませんよ」
ローナはこれが罠なのではないかと疑っていた。例えば、毒が仕込まれているなどのトラップである可能性はゼロではない。
「いや、それはなさそうだ」
「それなら、エドガー。ちょっと食べてみてよ」
「え? マジかよ……」
エドガーのスキルではこのパンは白――無害との判定が出ている。それに対して半信半疑のジェシカは、エドガーに半ば毒味を強要する。
「じゃあ、いくぞ……」
自らへの疑念を晴らすため、エドガーは食パンを少しちぎり、自らの口へ運んだ。
「どうですか?」
毒が入っていた場合に備えて、解毒魔法を準備していたローナが心配そうに声を掛ける。
「いや、普通にうまいぞ、これ」
そんなエドガーは何事もなく、続けて二口目、三口目と食パンに手を伸ばす。
それを見ていたジェシカも、それならばと後ろから食パンをちぎりに口に運んだ。
「おいしい……」
思わず漏れたジェシカの言葉に、アレックスとローナも顔を見合わせた後、一つ頷くと、食パンへと手を伸ばす。
四人が食パンを完食するのに大した時間はかからなかった。
「夢中で食べてしまったな」
「ティバリスの町の宿屋で出てきたパンよりおいしかったですね」
「ああ、パンなんて硬くてボソボソした物だと思っていたが、これは柔らかいしうまい。こんなのを食べたらもう普通のパンなんて食べる気にならないな」
エドガーとローナが談笑しながら満足気に食後のお茶を飲んでいると、横で同じようにお茶を飲んでいたジェシカが不意に立ち上がった。
「ねえ、このパン、他にもあるんじゃない?」
「そうだな、宝箱に入っていたんだから、別の場所にもあるかもしれん」
「でしょ、この近く探してみない?」
ジェシカの発言にアレックスを始め反対するものはいなかった。さっそく出発準備を整えた四人は、食パンを探すための探索を再開した。
そして、その日ダンジョンから出てきたアレックスたちの背負い袋には、一斤の食パンが入っていたのであった。
* * *
「チー姉、食パン大人気だよ」
ダンジョンで手に入るおいしいパンのうわさは、冒険者の間で瞬く間に広がりました。ダンジョンには連日多くの冒険者が探索に訪れ、そのために設置する食パン入り宝箱の数も増えていきました。
ミルミラーレの計画は大成功――、と思えたのですが、そこには一つ誤算があったのです。
「食パンしか見向きにされないのよね……」
多くの冒険者が食パン目当てに訪れ始めると、やがて、どのあたりでそれが手に入るのか、といった情報が出回り始めました。それは日を追うごとに精度が上がり、最近では、食パンを手に入れるまでの時間を競うといった、賭けなども行われています。
一見すると、ダンジョンが冒険者で賑わっているように見えますが、実際は最短で食パンを手に入れて帰還しているだけなので、モンスターとの戦闘やトラップに引っかかることもありません。
ダンジョンを運営するチシィとミルミラーレとしては、ある程度冒険者がダンジョン内で倒れてくれないと、協会から支給される運営費が減らさせれてしまうため、困ったことになってしまいます。
にもかかわらず、食パンの費用はかさむばかり。これでは――
「ミリー、残念だけど食パン作戦は中止ね」
「うん……」
チシィの決定に対して、ミルミラーレからの異議はありません。いつの間にか『食パン作戦』と名付けられた今回の冒険者招致は失敗。冒険者の間で巻き起こった短い食パンブームと共に終わりを迎えたのでした。
この結果にしばらく肩を落としていたミルミラーレでしたが、数日後には『パンがダメならお菓子を入れればいいんじゃない?』などと冗談を言うくらいは復活していました。
なお、余談ですが、数年後にはこの時のことについて、『昔、ダンジョンでうまいパンが手に入った時期があってな』といった懐古談として、ベテラン冒険者が新人冒険者相手に語るネタの一つになるのでした。