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第四話 ダンジョンと食料(前編)

「チー姉! 聞いて、聞いて!」

「どうしたのよ、突然」

 ダンジョンの整備から帰ってきたミルミラーレは、リビングでお茶を飲んでいたチシィに走って近づくと、勢いそのままに話を始めます。

「あのね、冒険者の人が話しているのを偶然聞いちゃったんだけど、ダンジョンの中で一番困るのって、食べ物らしいんだよ」

 ダンジョン探索においては、ほとんどの場合、持ち込んだ食料で過ごさなくてはなりません。少なすぎれば途中で力尽きてしまいますし、多すぎても荷物が重くなるだけなので、探索の効率が悪くなってしまいます。最低限の食料をうまくやりくりする能力が冒険者には必要なのです。

「まあ、そうね。水はもちろんだけど、お腹が減りすぎても動けなくなっちゃうみたいだし」

「だよね。食べ物って大事!」

「う、うん。ミリー、それはわかったんだけど、なんというか――」

 チシィとしては、ミルミラーレの言いたいことがいまいち掴めません。

「つまりね、ダンジョンの中に食べ物があれば、冒険者の人が喜ぶんじゃないかなーって」

「えーっと? それって、ダンジョンの中に食べ物を配置したいってこと?」

「ってこと。だって、食べ物の心配がなくなれば、冒険者の人が安心して探索できるし、ダンジョンに来てくれる人がもっと増えるかもしれないでしょ?」

 ミルミラーレは、目を輝かせながら自身の考えをチシィに説明します。

 ダンジョン探索に食料は欠かせないものと言えるでしょう。そのため、ダンジョン内で簡単に食料が調達できれば、探索の難易度は下がり、訪れる冒険者は増えるかもしれません。ですが、食べ物を置くといっても、そこには様々な問題があるのです。

「ミリーが何をしたいかはわかったわ。でもね、そう簡単にはいかないの。まず場所ね、その食べ物ってどこに置くのよ?」

 チシィはテーブルの上のクッキーを取りながらミルミラーレに尋ねます。

「んーと、あ、あそこは? 冒険者の人が休める休息エリア。あそこなら水もあるし、ちょうどいいと思うよ」

 休息エリアとは、ダンジョン内にあるモンスターが出現しない場所のことで、冒険者が休憩に使ったり、水の補給をしたりするところです。

「たしかに、あそこならゆっくり食事をとれるけど、休息エリアには毎日何十人もの冒険者がやってくるのよ。それだけの食べ物を用意するのにいくらかかると思ってるの?」

 チシィの言葉にミルミラーレは口をとがらせて『むー』っと唸ります。

 その表情が愛らしかったのか、チシィは持っていたクッキーをスッと差し出しました。それをミルミラーレはとがらせた口のままパクりと咥えます。

「じゃあ、あんまり人が来ないところに置くとか?」

 クッキーを食べながらミルミラーレはそう提案しました。

「それじゃあ本末転倒じゃない」

「でも、でも、見つけられたらラッキー、みたいな感じにはなるんじゃない?」

 たしかに、食べる物を切り詰めている中で、不意に食料が手に入れば、それは思いがけない幸運といえるでしょう。しかし――

「それで冒険者が増えるの?」

 幸運が訪れるのは見つけた本人だけであり、冒険者全体に訪れる訳ではありません。つまり、”冒険者を増やす”という本来の目的からはずれてしまいます。

「うー……、今日のチー姉はいじわるだよ……」

「こういうことって結構考えつくものなのよ。でもね、それが実際に行われないのはそういうことなの」

 ミルミラーレの言葉をさらりと流したチシィはお茶をすするため、ティーカップを手にしました。

「よくわかんなーい」

「まあ、せっかく思いついたんだし、もうちょっと考えてみれば」

「……うん」

 両腕を組んで考え込んだミルミラーレは、リビングのソファーにコテンと横になって、そのまま体重を預けます。

 しばらくしてチシィが様子を見に来ると、そこには寝息を立てながら眠るミルミラーレの姿がありました。



 翌日、ミルミラーレは再びチシィの下にやってきました。

「チー姉、あれから考えてみたんだけど、いいアイデアは出てこなかったんだ……」

 しゅんとした表情をするミルミラーレ。昨日、チシィから言われたことを踏まえて、食料を使ってダンジョンに冒険者を呼ぶ方法を考えたのですが、いいアイデアを思いつくことはできませんでした。

「でもね、うまくいかないかもだけど、一度チャレンジしてみたいんだ。ダメかな?」

 恐る恐るといった感じで尋ねるミルミラーレにチシィはあっさりと答えます。

「ダメじゃないわよ。ミリーが思うようにやってみればいいわ」

「ホント!? ありがと、チー姉!」

 その返事を聞いて笑顔になったミルミラーレがチシィに飛びつきました。

「元気になったみたいね。落ち込んでるみたいだったから心配してたのよ」

 ミルミラーレは、単に考え事をしていただけなのですが、静かに考え込むミルミラーレの姿がチシィには落ち込んでいるように見えたのでした。まあ、考えに行き詰まり、元気がなかったのは本当ですが。

「そうと決まれば早速行こ! チー姉もいっしょに来て!」

 抱きついていた手を放したミルミラーレは、そのままチシィの手を取ります。

「わ、わかったから、そんなに早く歩かないで」

 チシィの手を引いたミルミラーレは、早歩きで玄関へと向かうのでした。



「この辺りがいいと思うの」

 チシィとミルミラーレの二人がやってきたのは、ダンジョンの地下十二層です。

「このくらいの深さまで探索すれば、そろそろ食べ物が少なくなってくる頃だと思うんだよね」

 地下十二層というのは、初心者を脱したレベルの若い冒険者でも到達できる階層ですが、帰りのことを考えると、そろそろ食料が心もたなくなるころでもあります。

 ミルミラーレもそれを理解してこの階層を選びました。

 ちなみに、地下十二層は地下にありながら、多くの木々で覆われた森のようになっています。上部には光源もありますが、背の高い木々にさえぎられて、森の中は常に薄暗い状態です。

「それでどうするの?」

「これを置くんだよ」

 そう言うと、ミルミラーレは背中のリュックからヨイショとあるものを取り出しました。

「これ?」

「これ」

 ミルミラーレは手にしたものを首を傾げているチシィの前に差し出します。それは、一斤(いっきん)の食パンでした。

 なぜ数ある食料の中から食パンを選んだかというと、協会から購入できる食料の中でも安価なものだからです。ミルミラーレはコスト面のこともちゃんと考えてきました。ですが――

「ダンジョンで……、食パンなの? うーん。まあ、大丈夫……、かな」

 当たり前ですが、食パンは加工品です。それがダンジョンで手に入るのははっきり言って不自然。チシィもそう考えたのですが、コストの低さからそのことには目をつぶることに決めました。

「問題ないなら置いちゃうね」

 そう言うと、ミルミラーレはその言葉通り、スッと食パンを足元に置いたのでした。しかし、当然ながら足元の地面は土で覆われています。

「……ミリー、せめてお皿にのせるとかはしないの?」

「チー姉。お皿に乗った食パンなんて、ダンジョンの中にあったら不自然だよ」

「……」

 ミルミラーレの得意げな言葉に、チシィは考えることをやめました。

「さあさあ、冒険者の人が来る前に隠れるよ」

「え? ここで待つの?」

「そうだよー。早く来ないかな、お腹をすかせた冒険者の人」

 ミルミラーレはチシィの背中を押すようにして、近くにあった茂みまで移動すると、身を引くしてそこに隠れたのでした。



 しばらくして、遠くで草のこすれる音が聞こえました。その音はだんだんと二人に近づいてきているようです。

 そして、草をかき分けるようにして姿を現したのは冒険者――

『ジジジ』

 ――ではなく、紫色の甲殻で覆われた体長が一メートルほどあるアリ型のモンスター――アメジストアントでした。

 アメジストアントはミルミラーレが置いた食パンにゆっくり近づくと、キョロキョロと周りを見渡し、敵がいないことを確認すると、その大きなあごでガブリと食パンにかぶりついたのです。

『ジジジ』

 食パンをくわえたアメジストアントは、再び周りを見渡したのち、そのままどこかへ行ってしまいました。

「……地面に落ちた食パンは、この後、アリさんがおいしくいただきました」

「クレーム対策はいいから。どうするの? 冒険者より先にモンスターが来ちゃったじゃない」

 冒険者のための食料は、モンスターのエサとなってしまいました。もう一度食パンを置いても同じ結果となるでしょう。なにせ、ここはダンジョンの中、モンスターには事欠きません。

「モンスターに食べられないようにするとか……?」

「どうやって?」

「……毒を仕込む、とかは?」

「それ、もはや立派なトラップね」

 この階層に毒入りの食パンを食べるモンスターはいませんが、同様に毒パンを食べる冒険者もいないでしょう。

「それに、こんなところに食パンを放置すれば、すぐにカビが生えちゃうわよ」

 木々が生い茂る地下十二層は気温も湿度も高め。食パンはすぐダメになるでしょう。

 いかんともしがたい状況に、ミルミラーレは腕を組んで苦悩します。

 その後一分ほど考えたミルミラーレでしたが、一つの良案を思いつきました。

「チー姉、これに入れるのはどうかな?」

 ミルミラーレがポンという音と共に取り出したのは、空の宝箱でした。

「宝箱ならモンスターには開けられないでしょ」

 ダンジョンの中モンスターは、宝箱を持ち去ったり、誤って開けてしまったりしないように、宝箱に触れることができなくなっています。

 さらに、宝箱には中身の劣化を防ぐ効果があるため、ある程度保存が効くのです。

「うーん。確かにそれなら問題ないかも……」

「ホント? じゃあ、これいろんなとこに置いてくるね」

 そう言うと、ミルミラーレは食パン入りの宝箱を抱え、瞬く間にどこかへ走って行ってしまいました。

 取り残されたチシィは『帰ろうかな……』とつぶやき、一人地下百層へ戻ることにします。

 その日、ミルミラーレが帰ってきたのは夜遅くになってからでした。


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