第十五話 ダンジョンと写真(前編)
「うおぉーりゃー! 切り裂けっ! ウィンドカッター!」
鬼気迫る勢いで放たれたジェシカの魔法が、目の前に現れたモンスターたちを一蹴する。
「アレックス! 右のやつ押さえてっ! エドガー! 後ろのに止めっ!」
「お、おう……」
「……分かった」
そんなジェシカの迫力に、アレックスとエドガーは押され気味だ。そもそも、ジェシカが皆に指示を出すことなど今までになかった。後ろに控えるローナは苦笑いを浮かべているが、男性陣は明らかに戸惑っている。
「やけに張り切っているな、ジェシカからダンジョンに行くっていうのも珍しいし……、何かあったのか?」
戦闘が一段落ついたタイミングで、エドガーが訳を知っていそうなローナに疑問をぶつけた。
「えーと……、どうやら負けたくないみたいなんですよね……」
「『負けたくない』って何に?」
やはり苦笑いを浮かべながら答えるローナ。しかし、その回答では今一つ何を指しているのか分からないエドガーは、さらに質問を重ねた。
「んー、写真の出来……、ですかね?」
「は?」
しかし、相変わらず要領を得ないローナの答えに、疑問符を浮かべるエドガー。どうやらローナ自身もジェシカの考えを正確には理解できていないようだ。
そう思ったエドガーは質問をやめ、成り行きに任せることにした。あのジェシカの様子から、どうせ答えはすぐに分かるだろうとの考えからだ。
「二人とも何やってるの! すぐに次が来るわよ!」
後ろの方で話していたエドガーとローナに、ジェシカ叱咤が飛ぶ。すぐに戦闘態勢を取ろうとする二人であったが、その前にジェシカの魔法が敵を殲滅していた。
出番がなくなり、思わず顔を見合わせる二人。前方ではアレックスも困惑しているようだ。
こうして、モンスターを蹴散らして進むジェシカを三人が追いかけるという、奇妙な隊列が出来上がったのであった。
「ここよ」
ジェシカが前方を指さしながらそう言った。
ここは、ダンジョン地下十六層の一角。いつもであれば静かなフロアが、今は人でごった返していた。心なしか女性冒険者が多い気がする。どうやら、ジェシカの目的とする何かがここにあるようだ。
「さっ、これ以上人が増える前に行くわよ」
「お、おい、待て。どこに行くんだ?」
アレックスの疑問に答えることなく、人込みをかき分けて進むジェシカ。パーティメンバーは仕方なくそれを追った。
「ついたー!」
ジェシカが両手を上げて喜びを噛みしめている。どうやら目的地に着いたようだ。他の三人も少し遅れて到着した。
ジェシカたちがやってきたその空間は、狭いながらも、先ほどよりさらに人が増えていた。そして、ここにいる人々は、どうやら何かに向かって並んでいるようだ。
「うーん? 一時間ってとこかしらね。じゃあ、アレックス、エドガー、よろしく!」
「は?」
ジェシカの言葉で呆けた顔になるアレックス。何をよろしくされたのか全く分からない。
「決まってるでしょ、そこに並ぶのよ。ほらほら」
「なっ!?」
「俺たちがか?」
「当たり前じゃない。他に誰がいるのよ?」
文字通りジェシカに背中を押されて、列の最後尾に並ぶアレックスとエドガー。どうやらこれは、決まっていることで、なおかつ、当たり前のことらしい。
「なんでこうなる……」
そうぼやいたアレックスは、改めて今並んでいる列を見つめる。三十人くらいだろうか、ここからだと先頭の方は見えないが、それくらいの人数が何かに向かって並んでいるように思われる。
先ほどとは異なり、並んでいるのは男性が多い。そんな彼らの表情は決して楽しそうではなかった。もしかしたら自分たちと同じように、パーティメンバーの命令で強制的に並ばされているのかもしれない。そういう考えに至ったアレックスは、不思議と納得してしまった。
「女性が強いというのは本当のようだ……」
「ん? 何か言ったか、アレックス」
エドガーの問に『何でもない』と答えるアレックス。そんな二人にジェシカが声をかける。
「じゃあ、いい時間になったら戻ってくるからお願いねー」
「あ、あの……。失礼します」
手を振りながらその場を後にするジェシカと、それに手を引かれて恐縮したように頭を下げるローナ。
「あの二人、どこに行くんだ?」
「さっき女性の冒険者が多くいた場所があったろ、おそらくそこに戻ったんじゃないか? ここよりも広そうだったしな」
エドガーの言葉にアレックスもなるほどと納得する。
「それにしても、この先に何があるというんだ……」
「さぁな……、ジェシカの話だと一時間くらいは並ぶってことだろ? 逆に言えば、一時間並べばその先に何があるかわかるんじゃないか」
「たしかにそうだな……、そういえば、エドガーはこの先にあるものに心当たりがあるのか?」
「いや、まったく。まあ、モンスターのリポップ待ちでないことはたしかだな」
「だろうな」
そう言って肩を竦めるアレックスとエドガー。その後も雑談を交えつつ、二人は列に並び続けた。列の先頭は着実に近づいてきている。
アレックスたちが列に並び始めてからおよそ一時間後、先ほどの言葉通りジェシカとローナが戻ってきた。
「お疲れ様。じゃあ変わって」
「ああ」
ジェシカの言葉に頷いたアレックスは、エドガーと共に女性陣二人へ並んでいた場所を譲る。
列の先頭が近づいて来た頃に、ようやくこの行列ができている意味を知ったアレックスとエドガーであったが、この先にあるものについて全く興味がわかなかった。あっさりと場所を譲ったのもそのためだ。
加えて言えば、この列に並ぶ男たちの反応も同じようなものであった。順番が来ればあっさりと一緒に来たであろう女性と場所を変わる。一時間並んだにもかかわらず、並んだことで得られる権利をあっさりと放棄しているのだ。男女での温度差が顕著に表れていた。
「あと五分くらいで順番が来そうね」
「あのー……、よかったんでしょうか。アレックスさんたちを追い出すようになってしまって……」
平然としているジェシカとは異なり、ローナは不安そうな表情をしている。多少の罪悪感を感じているようだが、それに対してジェシカは――
「いいの、いいの。どうせ興味ないだろうし」
と、一蹴した。列を外れたところで待っているアレックスとエドガーも、惜しがっている様子は一切ない。
「……そうですか」
そう言って一応は納得したローナであった。
「やっと回ってきたわね。じゃあ、行きましょ!」
ついに自分たちの順番となったジェシカは、ローナの手を引いて少し先の広場に移動する。
そこにあったのは、石でできた花であった。一応、花と表現したが本物の花ではない。きれいな鉱石の結晶が組み合わさって花のように見えるといったものだ。
本来であれば、最初に見つけた誰かが持ち帰りそうなものであるが、硬すぎて採取できないため、そのままにされている。
そんな花の前に立ったジェシカは、杖を構えて魔法で光る玉を作り出した。フワフワと空中に漂う光る玉は、何かに向かって飛んでいくわけでもなく、その場に留まっている。
「準備できたわよ。じゃあ、撮りましょうか」
そう言ってジェシカはローナと共に、その石の花をバックに何やらポーズを決めている。堂々としたジェシカとは異なり、恥ずかしそうにポーズを決めるローナ。はたから見るとかなり奇妙な光景だ。
二人がそんなことをしていると、先ほど作り出した光る玉が一瞬強く発光した。
「よし、いいんじゃない? ローナ、紙ちょうだい」
「はい、これでいいですか?」
ローナが持参した麻袋から紙を一枚取り出しジェシカに渡した。それを受け取ったジェシカは、空中に漂う光る玉を器用に操り、手にした紙に押し当てる。
すると、光る玉が消え、その代わりに先ほどのポーズを決めていた、ジェシカとローナの姿が紙に写し出された。
ジェシカが作り出した光る玉の正体は、最近開発された写真を撮る魔法であった。写真機を使うよりも簡単に、何枚もきれいな写真が撮れると最近話題となっている。
そんな魔法をジェシカはなんとか習得し、今日、この人気スポットの前で写真を撮るべく、ダンジョンへとやって来たのだった。
その後もポーズを変え、何枚も写真を撮るジェシカとローナ。ただ、相変わらずローナのとるポーズはぎこちない。
「ジェシカは……、まあ、楽しいんだろうが、ローナはどうなんだ? なにかあまり乗り気じゃないように見えるが……」
ジェシカとローナの写真撮影を遠くで見ていたアレックスは、隣に立つエドガーに尋ねた。
「いや、つたない感じだがあれは結構楽しんでいると思うぞ」
「そうか?」
「ああ、あれだけ楽しそうにするローナは初めて見た気がする」
「……いや、全然分からん」
アレックスとエドガーがそんな会話をしている間も、ジェシカとローナは写真を撮り続けている。限られた時間でよりより写真を取るべく、何度も光る玉を作り出している。それこそ、帰りの魔力など気にしていないかのように……
現在、巷では空前の写真ブームが巻き起こっている。どれだけ”映える”写真を撮ることができるかを皆で競い合っており、ジェシカもそれに乗った一人だ。
この後、町に戻れば今回撮った写真を皆に自慢するのだろう。そこで少しでも多くの”すごいね”をもらうべく、ジェシカは写真を撮り続けた。その顔は微笑んでいるように見えるものの、一方では狂気に満ちているようでもあった。
「あー、もう時間みたいね……」
ジェシカが残念そうにつぶやいた。次のグループが撮影する時間になったのだ。
先ほどまでアレックスとエドガーが並んでいた列は、順番待ちをしている人でかなりの長さになっている。
「大変そうだな……」
そんな列に並ぶ男性陣を見て独り言を漏らすアレックスに、ローナが話しかけてきた。
「あの、最後にアレックスさんたちも一緒に撮りませんか?」
ローナの申し出に対して、アレックスとエドガーは興味がないとそれを断った。『そうですか……』と言ってジェシカのもとに戻ったローナは最後の写真を撮ったのち、ジェシカと共に次のグループにその場を譲った。
「いやー、かなりの収穫だったわね」
「……そうか、それはよかった……」
上機嫌なジェシカの言葉にアレックスが何とも言えない表情で答えている。
目的を果たした四人は地下十六層を後にしていた。今回の探索で得たのはジェシカとローナが映る写真が十数枚のみ。それでも女性陣は満足そうだ。
対して、男性陣にはというと、収穫なしと言っていいだろう。それでも不満そうな顔はしていない。どちらかというと、あきれている感じだ。
たまにはこういうのもいいだろう。アレックスとエドガーがそう思っていると、ジェシカの口から予想外の言葉が飛び出した。
「うーん、明日はどこに撮りに行こうかしら?」
それを聞いたアレックスとエドガーは顔を見合わせる。お互いひきつったような表情をしているが、考えていることは一緒だろう。
『『まだ続くのかよ!』』
さらに――
「東の森に、常に虹が出ている湖があるそうですよ。そこなんてどうですか?」
いつもはジェシカの行動を諫めるローナも、どうやら機能していないようだ。
アレックスとエドガーの額に汗が浮かぶ。こうして二人は、この写真ブームが一段落するまで、ジェシカとローナの撮影活動に付き合わされることとなる。主に順番待ちの要員として。
それが容易に想像できた二人は、苦笑いを浮かべるのであった。




