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第十四話 ダンジョンと不良品

「ふん、ふん、ふーん」

 ダンジョン・ティバリス地下十八層の通路を、鼻歌まじりのミルミラーレが駆けていきます。今日の目的は、アイテムの入った宝箱の補充――いわゆる宝箱マラソンです。背負ったお気に入りのリュックは、アイテムでパンパンに膨らんでいました。

「ほいっ、次はあっちー」

 宝箱を設置したミルミラーレは、また次の目的地に向けて短い足を動かし移動を始めます。それは、いたっていつもの光景でした。

 そうやって何度か宝箱を設置したミルミラーレは今、このフロアの北西にある、十字路の真ん中に立っていました。

「うーん、どっちに行こうかなぁ?」

 宝箱を設置する場所は明確には決められていません。ミルミラーレの采配次第です。そのため、次の目的地をどこにするか、迷うことも多々あります。これもよくある、いたっていつもの光景でした。

「えいっ、よし! じゃあ、右!」

 リュックから取り出した魔法使い用の杖を、十字路の真ん中に立てたミルミラーレは、その倒れる方向で次の進路を決めようとしていました。ミルミラーレが杖から手を放すと、それはゆっくりと向かって右側に倒れ、地面とぶつかり、『カラン』という乾いた音を立てます。かなり適当ですが、一応目的地は決まりました。

「じゃあ、出発ー! ――って、おっと!」

 杖をリュックにしまったミルミラーレは、今しがた決まった方向へと、走り出そうとしますが、そんなミルミラーレに向かって、後ろから勢い良く何かが転がってきました。

 とっさにそれを避けるため、左へと跳ぶミルミラーレ。転がってきたのは、アルマジロロックという、岩をまとったアルマジロ型のモンスターでした。丸まった直径は五十センチほど、こうやって転がり、ダンジョン内を移動しています。

 アルマジロロックに攻撃の意図(いと)はなく、たまたま進路上にミルミラーレがいただけなのですが――


『カチッ!』


 それを避けたミルミラーレは、運悪く着地した際に何かを踏んでしまいました。ゆっくりと足元を確認するミルミラーレ。それはどう見てもトラップ発動のスイッチでした。

「あっ」

 『しまった!』と思ったのも束の間、『カキン!』という高い音と共に、ミルミラーレの体は、一瞬でできた氷の塊に閉じ込められてしまったのです。

 辛うじて頭は出ていますが、これでは身動きできません。ダンジョンマイスターであるため、冷たさは感じませんが、自身が管理するダンジョンのトラップを誤って作動させるなど、ダンジョンマイスターにはあるまじき失敗です。

「やっちゃった……、これ再設置にお金かかるやつかなぁ……?」

 氷から出た首がガックリとうなだれています。ウサギ耳も力なく倒れてしまいました。

「とりあえず解除しなきゃ……。あれ? あれれ? どうなってるの……? 解除できないんだけど……」

 ミルミラーレは、自身を閉じ込めている氷のトラップを解除しようとしますが、なぜだかそれができません。いつもであれば一瞬で消えるはずのトラップが、いつまでたってもミルミラーレを解放しないのです。

「どーなってるのっー!」

 地下十八層にミルミラーレの悲痛な叫びが木霊(こだま)しました。



「はぁ、はぁ……、なに、これ……」

 息を切らしながらミルミラーレがつぶやきます。あれから三十分、色々と試してみたものの、一向にトラップが解除される気配はありません。

「もう無理! 絶対壊れてるよ、このトラップ!」

 そして、ついにトラップ解除を諦めてしまいました。

「どうしようかなぁ……、まあ、そのうちチー姉が気づいてくれるよね……」

 姉のチシィなら何とかしてくれそうなのですが、そのチシィへの連絡手段がありません。後はいつまでも戻ってこないミルミラーレを探しに、チシィがここまで来てくれるのを待つくらいしか、手がありませんでした。

「暇だなー。えーっと、『コカトリス』。す、すー、『スライム』。む? む!?」

 時間をつぶすため、ミルミラーレは一人しりとりを始めました。しかし、すぐに飽きるのは目に見えています。いつも(にぎ)やかなミルミラーレが、果たしていつまでこの退屈に耐えられるのでしょうか。



「ゴブリンが二百六十六、ゴブリンが二百七十六、あれ? 二百七十七だっけ? ……まぁ、どっちでもいいか。ゴブリンが二百七十八。ゴブリンが――」

 時刻は既に夕方になっていました。自身が冒険者となって活躍する物語の妄想や、ダンジョン関連縛りの連想ゲーム、面白い壁のシミ探しにもとうに飽きてしまい、今はなぜかわかりませんが、頭の中でゴブリンの数を数えています。

「――二百八十三……。はー、もう無理!」

 退屈は限界でした。さらに――

「おしっこしたいんですけどっ! そろそろ決壊(けっかい)するんですけどっ!」

 こちらもほぼほぼ限界でした。唯一動かせる首を大きく左右に振って、溜め込んだストレスを外に逃がしています。

 と、そんなミルミラーレのもとに何やら近づいてくる者の気配が――


「ミルミラーレ見つけた」


 姿を見せたのは地下百層にいるはずのタネでした。

「タネちゃん!」

 ミルミラーレの表情が久方ぶりに笑顔に戻ります。

「夕ご飯ができたからチシィが呼んで来いって。ミルミラーレがいないとごはんにできない。早く帰る」

 珍しく長いセリフを吐いたタネは、どうやら食事が始まらなくてイライラしているようです。そんなタネに向かってミルミラーレは懇願(こんがん)します。

「実は、ここから出られなくなっちゃって……、タネちゃん、チー姉呼んできてほしいんだけど……。もう、いろいろと限界なんです。お願いします。」

 珍しく敬語で語るミルミラーレ。そんな話を聞いたタネは、改めてミルミラーレの全身を観察するように見渡しました。そして最後に小さく頷きます。

 いつもは無表情なタネの口角が、少し上がったように見えたのは気のせいでしょうか。

「ミルミラーレ、今日の夕ご飯はミートボール」

「う、うん おいしそうだよね……」

 確かに気になるメニューですが、そんなことよりもここから脱出する方が優先です。何せいろいろと限界なんですから。

 それでも、タネが機嫌を損ねてしまっては大変です。はやる気持ちを抑えて、タネに話を合わせます。

「対価」

 すると、タネが一言そう言いました。初めは何のことか分からなかったミルミラーレでしたが、一瞬、ハッとした表情になると、見る見るうちに顔が青ざめていきます。

「ま、まさか……」

「半分で手を打つ」

 ミルミラーレの表情が、絶望が訪れたかのような、悲壮なものになっていました。

 要するに、タネはここから助ける見返りとして、夕食に出されるミルミラーレのミートボール半分を要求してきたのです。ミルミラーレにとっては、今のタネが悪魔のように見えていることでしょう。

「さすがにそれは……」

 躊躇(ちゅうちょ)するミルミラーレ。すると――

「あれー、ミルミラーレ見つからなーい」

 棒読みなセリフと共に、タネがどんどんとこの場から遠のいていきます。

「わ、わかったからっ! あげるからっ!」

「ん、契約成立」

 慌ててタネが出した条件に同意するミルミラーレ。それを聞いたタネは立ち止まって振り返ると、無表情で頷いたのでした。

「……じゃあ、契約どおり、チー姉呼んでよ……」

 夕食を悪魔――ではなく、タネに捧げたミルミラーレは、どこか投げやりな口調で、そうタネに要求します。しかし――


「その必要はない」

「いきなりの契約不履行!?」


 タネの言葉にミルミラーレは驚愕(きょうがく)します。『まさか、これが詐欺!? ダンジョン内で詐欺にあうなんて……、しかも、自分のダンジョンで……』なんてことを考えていましたが、首を振るタネの様子から、どうやら詐欺ではなさそうです。

「ちがう」

 そう一言口にすると、タネはガバっと大きく口を開け、ミルミラーレを拘束している氷の塊にかぶりつきました。タネが噛みついた箇所の氷は、簡単にバリっと剥がれ、砕けた破片を丸呑みにしてきます。

「あ、タネちゃんって、トラップも食べれるんだ……」

 驚いたような、しかし、納得もしているような、そんな言葉がミルミラーレの口から漏れました。

 そうして、ミルミラーレの体を覆っていた氷の大半をタネが食べると、ついに氷が割れてミルミラーレの拘束が解かれたのです。

「ありがとう、タネちゃん。だけどもう限界!」

 早口でタネへの感謝の言葉を口にするミルミラーレは、半日ぶりに手にした自由をゆっくりと噛みしめることなく、即地下百層への転移ゲートを開きます。

 そして、素早くタネの手を取ると、これまた素早く転移ゲートに飛び込みました。

 焦った表情のミルミラーレと、そんなミルミラーレに引っ張られながらも無表情を貫くタネは、こうして地下百層へと帰っていったのでした。



「だだいま!」

「おかえりー、遅かったわね。お夕飯できてる――」

 玄関の扉を開いたミルミラーレは、出迎えたチシィの横を全力疾走で駆け抜けました。右手で掴んでいるタネなど足が若干浮いています。

「えっ? な、なに?」

 困惑するチシィをよそに、鬼気迫る表情のミルミラーレは、勢い良くトイレへと飛び込んだのでした。

「セ、セーフ……」

 背負っていたリュックをその辺に放り出し、パンツを脱いだミルミラーレは、トイレに座り、しばしのリラックスタイムを弛緩した顔で噛みしめます。タネの到着がもう少し遅ければ、この感覚をトイレ以外で味わうことになっていたでしょう。

「あれ? なんでタネちゃんがここにいるの?」

 リラックスタイムを終えたミルミラーレは、そこで初めて目の前にタネがいることに気づきました。そんなタネは心なしかムッとした表情になっています。

「ミルミラーレのせい」

「そうなの? まあいいや、夕ご飯食べよ」

 ミルミラーレに振り回されてご立腹となっているタネ。そんなタネの気持ちが今一つ理解できないミルミラーレは、大きな問題が一つ片付いたため、心は既に夕食へと傾いていました。手を洗い、その手で再びタネの手を取ると、トイレの扉を開きます。そこには――

「どうしたのミリー、大丈夫? 何かあったの?」

 心配そうな表情のチシィがトイレの前で待っていました。

「あ、ううん。な、何でもないよ、チー姉……」

「そうなの? ならいいんだけど……」

 ばつが悪そうに答えたミルミラーレを、チシィはそれ以上追及しませんでしたが、『なにかあったらすぐに言いなさいよ』と一応釘を刺します。

 タネも何か言いたそうでしたが、結局は何も口にしませんでした。

 そんな三人は、夕食を食べるため、ダイニングへと移動します。



「「「いただきます」」」

 夕食が並ぶテーブルに付いた三人が声をそろえます。

 目の前には先ほどタネが言っていたように、おいしそうなミートボールが各々の皿に盛り付けられていました。

「ミルミラーレ」

 何事もなかったように食事を始めようとしたミルミラーレに、そう言ってタネが声をかけます。

「うっ……」

 ミルミラーレも忘れていたわけではなく、なんとなく、うやむやにならないかと考えていたのですが、そうはいかないようです。

 そう、タネとの契約により、ミルミラーレはこのミートボールの半分をタネに捧げないといけないのです。

「ん」

「ぐぬぬ……」

 顎をしゃくりつつ、視線でミルミラーレにミートボールを要求するタネ。それに対してミルミラーレは悔しそうに唇を噛みしめます。しかし、タネは約束通り、ミルミラーレを助けているので、ここでその約束を反故(ほご)にするわけにはいきません。

 そんな二人のやり取りを、チシィは夕食を食べつつ、『?』といった感じて見ていました。

「は、はい……」

「ありがとー。ミルミラーレ、優しい」

 ミルミラーレが自身の皿に盛られたミートボール五つをタネの皿に移すと、タネから感謝の言葉が返ってきました。ただそれは、いつもより声が高めで、若干のわざとらしさが感じられるものでした。

「あら、優しいのね、ミリー」

「で、でしょ……」

 チシィの言葉に、はにかんだ笑顔で答えるミルミラーレ。タネとの契約のことを話してしまうと、誤ってトラップを起動してしまった自身の失敗もチシィに知られてしまうため、なんとなく言えずにいました。

 タネとしては、別にどちらでもよいのですが、話すのは疲れるので、黙って今貰ったミートボールを口に運んでいます。

 ミルミラーレはといえば、残ったミートボールを文字通り噛みしめながら、ゆっくりと食べていました。



「そうそう、ミリー」

 もうすぐ夕食を食べ終えるというそんな時、チシィがミルミラーレに声をかけました。

「ん? なに、チー姉」

 それにミルミラーレが答えます。夕食の量が減ってしまったため、いつもであればあまり箸の進まないサラダすらもきれいに食べ終え、若干手持ち無沙汰にしています。

「あのね、最近買ったトラップに、どうやら不良品があるみたいなの」

「えっ?」

 チシィの言葉にミルミラーレが驚いたような顔をします。不良品のトラップというものに、少し心当たりがあったのです。

「なんでも、起動したら解除できなくなるみたいで、協会から回収依頼が来てるのよ」

「……」

 チシィから更なる説明を聞くと、ミルミラーレは何も言えなくなりました。

「それでね、悪いんだけど、明日、それを集めて――」


「遅ーいっ!」


 バンっとテーブルをたたくミルミラーレ。それに驚きと疑問の表情を浮かべるチシィ。

「ど、どうしたの、ミリー?」

 チシィの言葉をスルーして、ミルミラーレがタネのほうを向くと、ちょうど最後のミートボールがタネの口に入るところでした。

「ああ……」

 ミルミラーレが無念そうにミートボールの行方を見つめます。これをきっかけにミルミラーレと協会の全面戦争が始まったり、始まらなかったり……。

 まあ、始まらないわけですけど。


次の十五話が最終話となります。

もう少しお付き合いください。

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