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第十三話 ダンジョンと後輩(後編)

「――んぐ、ああ、寝ちゃったみたいっすね」

 いつの間にか眠ってしまっていたメルノリリーが、むくっと起き上がります。夜明けまではまだ時間がありそうですが、女子会をしていたのが既に昨日となっていました。

「うわぁ、こりゃひどいっす……」

 メルノリリーの周りには、発泡酒の空き缶や、食べかけのおつまみの袋が、無造作に散乱しています。一人暮らしをしている女の子の部屋としては、ちょっといただけない光景でした。

「先輩はどこ行ったっすかね?」

 メルノリリーの目の前で飲んでいたはずの、ハチルエットの姿がありません。キョロキョロと周りを見渡し、ふと後ろを振り向くと――

「ああ、お取込み中でしたか」

 ハチルエットがベットの上に置かれた、例の大きなクマのぬいぐるみを抱きながら、気持ちよさそうに寝ていました。

「起こしちゃ悪いっすね」

 そう言ってメルノリリーは、ハチルエットに毛布をかけます。

「うーん、なんか違和感が……。ああ、これっす!」

 ハチルエットを見ながら首を捻っていたメルノリリーは、ポンっと手をたたくと、今しがたかけた毛布を、クマのぬいぐるみもその中に入るようにかけ直します。

「うん、うん、いい感じ……、と言うよりもいけない感じがするっす……。さて、さすがにこのままじゃまずそうなんで、少し片づけますかね」

 満足そうに二回頷いたメルノリリー。次は周りの惨状をどうにかするため、スッと立ち上がりました。



「とりあえず、これでいいっすかね」

 暗い部屋の中で片づけを終えたメルノリリーが一息つきます。

 空き缶とそれ以外のゴミは、別々の袋に入れて、玄関に置いておきました。机の上は、その辺りにあったウエットティッシュでサッと拭いておきます。これで一応は元通りの部屋に戻りました。

「さて、どうするっすかね……」

 酔いも眠気も冷めてしまったメルノリリーは、腕を組みながら思案します。さすがに黙って帰るわけにもいきません。

「じゃあ――、探検するしかないっすね!」

 訂正。どうやら酔いはあまり冷めていないようです。

「やはり探検といったここっすよねー。ぐひひひひ」

 そう言ってやってきたのは、ハチルエットのタンスの前でした。丁寧に正座をしたメルノリリーはタンスを前にして、人には見せられないような笑みを浮かべています。

「うーん、ここが怪しいっすねー。自分の第六感がそう訴えてくるっすよ。――どりゃ!」

 今度はタンスの前で唸り始めたメルノリリーでしたが、何やら独り言をつぶやいた後、躊躇(ちゅうちょ)なく、タンスの上から三段目の引き出しを開きました。

「うひょー、アタリっす! 一発でお宝を掘り当てるとか、自分冒険者の才能があるんじゃないっすかね?」

 メルノリリーによって勢い良く開かれた引き出しの中には、綺麗に畳まれたハチルエットのパンツが入っていました。

「なんとなく、ピンク系が多い気がするっす。先輩はこういうのが好みなんすかね?」

 そう言って、タンスの中にしまってあったパンツを一つ手に取るメルノリリー。畳まれていたパンツが重力の影響を受けて、その全貌(ぜんぼう)(あら)わにします。

「あんまり派手じゃないっすねー」

 手にしたパンツを掲げて表裏を確かめるメルノリリー。誰かに見られていたら一発でアウトな光景です。

「それにしても……、これが先輩のパンツ……。そう思うとなんかおいしそうに見えてくるっすねー。一口くらいなら食べちゃってもいいっすかね? ……いいっすよね! それじゃあ、いただきま――」


「――いいわけないでしょ!」


 メルノリリーがパンツを口にしようとした瞬間、不意に後ろから聞き覚えのある声がしました。

 パンツを手に持ったまま、ギギギギといったさび付いた機械のような動作で振り返ったメルノリリーの目に、腰に手を当て仁王立ちをするハチルエットの姿が映ります。

「あ、先輩起きてたっすか……」

「あなたの独り言がうるさかったせいよ! で? いったい何をいただこうとしているのかしら?」

「おわっ! 自分いつの間に先輩のパンツを!? いやー、これはかなり酔ってるみたいっす~」

 手に持ったパンツを見つめて、わざとらしく驚くメルノリリー。セリフがかなり棒読みです。

「そういうのいいから。そうね、一ついいことを教えてあげるわ。本当に冒険者の才能がある人はね、お宝を掘り当てても、はしゃがずに、冷静に対処するものなのよ」

 ハチルエットは人差し指をピンと立てて、目の前のメルノリリーに説明します。

「そんなところから見てたっすか……」

 メルノリリーの背中を冷たい汗が伝います。

「正確には『探検するしかないっすね!』のあたりからよ」

「最初からじゃないっすかー! ――って言うほど最初でもないっすね……」

 芝居じみた驚きの表情と共に発したその言葉は、メルノリリーの中の『人生で一度は言ってみたいセリフ』の一つでしたが、微妙に空振りとなってしまいました。

「そんなことはどうでもいいの、リリー、何か言うことはないのかしら?」

 腰に手を当てたまま、ハチルエットが笑顔でメルノリリーに近づきます。笑っているのが逆に怖いです。

「すみませんでしたっ! 次はもうしないっす!」

 ハチルエットの表情を見たメルノリリーは、その場で土下座します。が、しかし、手に持ったパンツのせいで、いまいち謝意(しゃい)が伝わりません。

「安心しなさい、次にこんなことは起こらないわ。――あなたを出禁にするから。何度目だと思ってるの!? 前も私の歯ブラシにいたずらしようとしたでしょ!」

「あれは、いたずらじゃなくて味見――、って出禁!?」

 伏せていた顔をガバっと上げるメルノリリー。情けない表情で『それだけはご容赦を~』とハチルエットに懇願(こんがん)しています。そんなことが二分ほど続きました。



「仕方ないわねー。じゃあ、お仕置きされたら、許してあげるわ」

 しつこくメルノリリーに泣きつかれたハチルエットは、そう言って譲歩案を提示しました。

「お仕置き……、自分何されるっすか……?」

 恐る恐る尋ねるメルノリリー。それに対して――


「お尻たたきよ」


 ハチルエットは、さらりとその内容を告げます。そんな子どもっぽいことを言い出すあたり、ハチルエットもまだ酔いが冷めていないのかもしれません。

「いや、自分暴力的なのはちょっと……」

 メルノリリーが尻込みします。お尻たたきだけに……

「……出禁」

「お、お尻っすね! はい、よろこんでー!」

 ハチルエットがボソッとつぶやくと、メルノリリーは素早く服を脱ぎ、自身のお尻をハチルエットに差し出します。

「フフフ、いい子ね。それじゃあ――」

 四つん這いになったメルノリリーのお尻に向かって、ハチルエットは平手を振り下ろしました。モフモフのお尻にもかかわらず『パーンッ』という気持ちの良い音を響かせています。

「はうっ! 痛いっすけど、なんだか満たされる気がするっす。扉が開くっすー!」

「うるさい!」

 何かに目覚めてしまいそうなメルノリリーに対して、ハチルエットは再びお尻をはたき、いい音を響かせます。

 そんなやり取りが何度か続きました。



「はぁ、はぁ、なんか疲れたわ……」

「ありがとうございました」

 十分後、そこには肩で息をするハチルエットと、感謝の言葉を口にするメルノリリーの姿がありました。

「ふぁー、眠い……。私もっかい寝るわね」

「あー、自分もそろそろ限界っす。おやすみっす」

「寝るならベット使う? 二人だとちょっと狭いけど……」

 その場で横になろうとしたメルノリリーに、ハチルエットが声をかけます。

「なら、そうさせてもらうっす」

 そう言ってメルノリリーはハチルエットのベットに潜り込みました。普段のメルノリリーであれば、狂喜乱舞する展開なのですが、眠気には勝てないようです。

 二人とクマ一匹が横になったベットは少し窮屈そうでしたが、すぐに寝息が聞こえ始めました。

 そのまま気持ちよさそうに寝続けた二人は、翌朝、遅刻寸前で目を覚ますことになります。満足に身支度を整える時間もなく、二日酔いのする頭でダッシュする羽目になるのですが、夢の中の二人がそんなことを知るはずもありません。



 そして数日後――

「先輩、お疲れのようっすね、珍しいお菓子が手に入ったんすけど、今日、先輩の部屋に行ってもいいっすか?」

 お尻たたきにもめげないメルノリリーの姿がそこにはありました。


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