第十二話 ダンジョンとタネ(後編)
ポーションを片手にチシィを探すタネは、予想通りキッチンにその姿を見つけ、テクテクと近づいていきます。
ただ、料理を作っているわけではなかったため、テーブルの上につまみ食いできるものはありませんでした。そのことを残念に思いながらも、タネはチシィが身についたエプロンの端を、チョイチョイと引っ張ります。
「ん、どうしたの?」
タネに気づいたチシィが振り返って尋ねました。
「これ」
そう言ってタネは、先ほどのポーションをチシィに差し出します。
「ポーションね。これどうしたの?」
「出てきた」
チシィからの質問に、タネは端的に答えました。端的過ぎてチシィが少し困っていますが。
「……えっと、ベットの下にでも落ちてたのかしら?」
「違う。出てきた」
「う、うん……」
タネとしては、それが自分の口から出てきたと、説明しているつもりですが、言葉足らずでチシィには伝わっていません。そんなチシィは、ますます困ったような顔をしています。
「ごめんね、タネ。もう一度教えて。これどこから出てきたの?」
チシィは目線をタネに合わせて再び問いかけます。
ここでようやくタネは、チシィに伝わっていないと気づきました。ですので、チシィに理解してもらうべく、口を開いてその中を指さします。
「口?」
「そう」
「これ、タネの口から出てきたの?」
「そう」
ようやくチシィに伝わったようです。しゃべりすぎたせいでタネの表情には少し疲れが見えていました。
「でも、なんで?」
「チシィ、嬉しい?」
なぜポーションがタネの口から出てきたのかを疑問に思い、チシィは問いかけたのですが、返ってきた答えは的外れなものでした。相変わらず二人は噛み合いません。
「ちょっとごめんね」
そう言ってチシィは再びタネに口を開いてもらい、その中をのぞき込みました。もしかしたらポーションが出てきた理由がわかるかもしれないと思ったからです。
しかし、タネの口の中は真っ暗で何も見えません。というより、真っ暗すぎて、本当に何もない空間がどこまでも広がっているように感じられました。覗いてはいけないものを覗いてしまった気がして、チシィはゾクッとします。その時――
「――何してるの、二人とも」
チシィとタネの声を聞きつけ、キッチンにミルミラーレがやってきました。ミルミラーレはテーブルの上を一瞥すると、二人に視線を戻します。決してつまみ食いできるものがなかったことを、残念になど思ってはいません。
「ち、ちょうどよかった。ミリー、聞いてほしいことがあるんだけど」
「ん?」
タネの口からミルミラーレへと視線を移したチシィは、動揺を引きずりながらも、妹にそう告げました。
珍しく姉から相談事を持ち掛けられ、ミルミラーレは首を傾げます。
「うーん、あれのせいかなぁ……」
チシィの話を聞いたミルミラーレは、歯切れが悪そうにそう言いました。
「あれって何のこと?」
「ほら、さっき話した、タネちゃんがポーションの空き瓶を食べちゃうってやつ。タネちゃんとポーションって聞いて、そうかなぁーって?」
「つまりミリーは、タネがポーションの空き瓶を食べたせいで、口から新品のポーションが出てきたっていうの?」
そうチシィが問いかけると、ミルミラーレはコクンと頷きました。
「そんな、まさか」
「じゃあ、ちょっと試してみようよ。ちょっと待ってて」
半信半疑のチシィに対して、ミルミラーレはそう言い残し、キッチンを後にします。
しばらくして戻ってきたミルミラーレの腕の中には、ポーションの空き瓶が詰まったダンボール箱が抱えられていました。
「もしかして、それを?」
「うん、タネちゃん」
ミルミラーレに呼ばれてタネが振り返ります。先ほどの会話で疲れたタネは、椅子に座ってオレンジジュースを飲んでいました。
「あのね、これ食べてほしいんだけど、ダメ?」
「いい」
申し訳なさそうに尋ねるミルミラーレに、タネは短く答えました。『いい』はどうやら了承の意味らしいです。
椅子から立ち上がったタネは、ダンボールの中にある空き瓶をつかむと、ポイポイと自身の口の中に放り込み始めました。一つ、二つと口の中に消えていくポーションの空き瓶。相変わらず咀嚼している様子はありませんが、タネ自身は平然としています。
「ねえ、ミリー。大丈夫なの? あれ」
「いつもあんな感じだし大丈夫だよ。たぶん……」
チシィとミルミラーレは小声で会話します。タネが飲み込んだ空き瓶が十を超えたあたりから、ちょっと不安になってきました。
「きた」
ダンボールに入っていた空き瓶が二十個くらい無くなった時、タネがポツリとつぶやきました。
「ねえ、どうなるの?」
「さあ?」
実際にポーションが出てきたところを見ていないチシィとミルミラーレは、固唾を飲んでタネの様子を見守ります。
「ケホッ」
先ほどと同じ可愛らしい咳と共に、タネの口から新品のポーションが飛び出ました。今度はちゃんと両手で受け止めるもの忘れません。
「「おお!」」
それを見たチシィとミルミラーレはそろって驚きの声を上げました。いつもは無表情なタネですが、心なしか誇らしげな顔をしています。
「はい」
「あ、ありがと。それにしてもなんでこうなるの?」
「さあ? わかんない」
タネからポーションを受け取ったチシィは、お礼を言いつつ、自身が感じた疑問を口にしました。それに対してミルミラーレは、首を横に振ります。
「チシィ、これ役に立つ?」
タネがチシィのワンピースをチョイチョイと引っ張りながら尋ねました。『これ』とは今タネがやって見せたポーションのリサイクルについてです。タネとしては、これからもチシィが食事を作ってくれるかどうかの瀬戸際――、と勝手に思い込んでいるため、珍しく緊張しています。無表情ですが。
「そうねぇ、ポーション自体はそんなに高いものでもないし、空き瓶も協会の人が回収に来てくれるから、タネが頑張ってポーションを作ってくれなくてもいいのよ」
チシィは、先ほどミルミラーレから受けた相談事を思いだしていました。タネにゴミを食べさせないように、なにか考えるというあれです。
そして、今ならそれが実行できるのではないかと考えたのでした。ここでやんわりとタネにやらなくていいよと言えば、ポーションの空き瓶を食べるのをやめさせられると思ったのです。
「そう……」
しかし、チシィのそんな気持ちを知るはずもないタネは、拒絶されたと思い、とても悲しそうな表情をします。いつもは無表情なタネがそんな顔をしたことに、チシィとミルミラーレは焦りました。
「ああ、でも、ポーションが作れるってことは、他にも何か作れるかもしれないわよ!」
「そ、そうだよ! いろいろ試してみよ! ねっ、タネちゃん」
「……うん」
チシィとミルミラーレの言葉に、タネは力なくコクンと頷きました。
「こんな感じでどう?」
そう言ってミルミラーレがテーブルの上に取り出したのは、様々な食べ物でした。そこに並ぶのは、生の肉や魚、丸ごとの野菜など、未加工の食材。これを今からタネに食べてもらい、他に作れるものがないか調べようというわけです。
未加工なのは、調理してしまうと単純にタネが食事するだけになってしまいますし、かと言って、空き瓶や空き缶など、食べ物以外を与えてしまうのは、どうしても気が引けます。この辺りが妥協点でした。
まあ、モンスターすら丸呑みにしてしまうタネなら、何であろうとペロリと食べてしまいそうですが。
「うん、いいんじゃないかしら」
チシィもひとまずは納得しているようです。
「食べていい?」
椅子に座ったタネがチシィに問いかけます。無表情に戻っていますが、大量の食べ物を前に少しうれしそうです。食べ物といっても調理前の食材なわけですが……
「どうぞ、召し上がれ」
「いただきます」
チシィの了解を得ると、タネはパクパクと目の前の食材を食べ始めます。ちなみに『いただきます』は最近覚えました。これを言わないとチシィが怒るのです。
目の前の食材を手でつかんでは口に放り込むタネ。あれだけ大量にあった食べ物が、見る見るうちになくなっていきます。そんな時、タネはあるものに手を伸ばしました。
「あ、それは食べなくていいよ」
タネが手を伸ばしたもの。それは、卵の殻でした。卵がなかったため、仕方なく殻を置いておいたもので、ミルミラーレは後で片付けようと思っていたのですが――
「大丈夫」
そう言って、タネはその殻もパクッと食べてしまったのです。
「わ、わ、わ、タネちゃーん」
慌てるミルミラーレをよそに、タネは卵の殻を次々に口に放り込みます。そんなミルミラーレのリアクションが面白いのか、ほかの食材には手を付けず、タネは卵の殻だけを食べ続けます。そんな二人を見て、チシィは頭に手をやりながら『はぁ……』と、ため息を漏らしていました。
そんなこんなで、タネが六個近くの卵の殻を食べた時、それは起こりました。
「ケホッ」
タネが三度の咳をすると、今度は口からポーションではなく、卵が飛び出してきたのです。もちろん中身の入ったものが。
まじまじとそれを見つめるタネ。すると――
「うわー、すごい! 卵出てきたよ、チー姉、卵」
「ええ、すごいわ、タネ」
ミルミラーレとチシィから歓声が上がりました。
純粋にタネを称賛するミルミラーレと、タネを傷つけないように、少し大げさにリアクションを取るチシィ。そんな二人の反応がうれしかったのか、心なしかタネが笑顔になったような気がします。
「すごい?」
「うん! すごいよタネちゃん!」
そう言って、ミルミラーレはタネに抱きつこうとしますが、そうはさせまいと、タネは両手でミルミラーレをブロックします。しかし、決して嫌そうではありません。
食べることが大好きミルミラーレとしては、卵を出すことができるタネのことを、本当にすごいと思っての行動なのでした。
そんな二人を見ながらチシィは考えます。
(タネが元気になったみたいし、ポーションの瓶を食べるのもやめてもらえそうだけど、本当にこれで良かったのかしら?)
タネの食べるものが、ポーションの瓶から卵の殻に変わったことを、良しとすべきか悩むチシィでしたが――
「ミルミラーレ、じゃま」
「えー、タネちゃん、つれないー」
(ま、いいわよね)
楽しそうにする妹たちを前に、そんなことは大した問題ではないと思えてきたのでした。
「はい」
そう言ってタネがミルミラーレの前に朝食の乗った皿を配膳します。今日のメニューはプレーンオムレツです。……いえ、今日もメニューはプレーンオムレツと言うほうが正確でしょう。
あれから三日、三人の食事はほとんどが卵料理になっていました。それというのも――
「チシィ、卵出てきた」
このように、嬉々としてタネが卵の殻から生卵を作るようになったことから、殻を用意するために、大量の卵を協会へ発注したからです。
残念なことに、協会では、卵の殻のみを取り扱ってはいないようでした。
そのため、タネが満足できるよう卵の殻を用意するには、卵を買ってきて食べるしかありません。その結果がここ連日の卵ラッシュです。
「チー姉、卵飽きた……」
ミルミラーレが卵料理を前にしてぼやいています。その顔には『もう、うんざり』とでも書いてあるようでした。
「そう言わずに食べてよ。好きでしょ? オムレツ」
「好きだけどさー、こう毎日だと……」
そう妹をなだめるチシィの前にも、当然オムレツが置かれています。ですが、それを見てもあまり食欲が沸いてきません。チシィも卵料理に飽き始めていました。
「いただきます」
そんな中、タネだけはいつもと変りなく、おいしそうにオムレツを食べています。卵を作れることにも満足しているようで、ここ数日はとても機嫌がよさそうです。やはり、無表情ですが。
そんなタネを見て、これも仕方ないと割り切ったチシィとミルミラーレは、『いただきます』と言って食事を始めるのでした。
「そうそう、タネね、卵以外も作れるみたい」
目の前のオムレツが半分くらいお腹に消えたあたりで、チシィが雑談のようにミルミラーレへそう言いました。
「え!? 何が作れるようになったの!? お肉? お肉なの!?」
ミルミラーレが食い気味にチシィへ尋ねます。こちらは、ほとんどオムレツを食べ終えていました。
「残念、お野菜よ。剥いた皮を食べてもらったら出てきたの」
「なーんだ、お野菜はミリーいらない……」
チシィの返答に意気消沈するミルミラーレ。ため息をつくのに合わせて、最後に残ったオムレツをパクッと口に放り込みます。
「そう気を落とさないで、いいニュースもあるのよ。なんと! プレーンオムレツは今日が最後でーす!」
「ホント!? よかったー、これで卵ラッシュから解放される……」
ハイテンション気味なチシィの報告を聞いて、ミルミラーレはホッと胸をなで下ろします。ただ、チシィの話には続きがありました。
「――明日からは、野菜入りオムレツになりまーす。はい、拍手っ!」
「え!?」
絶句するミルミラーレ。その横で、タネが一人パチパチパチと手をたたいています。
「な、なんで……?」
絞り出すようなミルミラーレの言葉に、チシィは無言でダイニングの奥を見つめます。それにつられて、ミルミラーレがチシィの視線を追いかけると――
「あ……」
そこには、協会のマークが入ったダンボールから顔を出す、様々な野菜たちが置かれていました。その数五箱。昨日まではあんなものなかったはずです。
「……チー姉?」
視線をチシィに戻したミルミラーレが、目だけでチシィに問いかけます。あれは何かと。
「ほら、タネが喜んでくれると嬉しいじゃない? だから、ね、仕方ないの」
「……」
そう言ってウンウンと頷くチシィ。ミルミラーレは言葉もありません。
「チシィ、お代わり」
そんな中、タネは一人通常運転を続けていました。
ダンジョン・ティバリス地下百層で起こった卵ブームは、どうやら、まだしばらくは終わりそうにありません。
間違って十三話を先に投稿してしまいました・・・
すみません。




