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第十一話 ダンジョンと拾い物(後編)

「やっぱり来るんじゃなかった……」

 チシィの依頼でモンスターロストの原因を調べるため、勢い良くダンジョンの地下二十一層にやってきたミルミラーレでしたが、既に先程までの元気はなくなっていました。

 壁に手をつき、へっぴり腰で歩くその姿からは、お化け屋敷を怖がりながら進む子どもにしか見えません。モンスターがいなくなり、心なしかひっそりしたダンジョンが更に恐怖心を煽ります。

 この階層に来て一時間ほどが経ちましたが、モンスター消失に繋がる手がかりは未だありません。

「よく考えたら、原因が分かってもミリーが無事でいられる保証ないんだよね……」

 ダンジョンマイスターであるミルミラーレは、モンスターからの攻撃やトラップによるダメージを負うことはありません。しかし、モンスターをロストさせるような()()に対しても、無効にできるとは限らないのです。

「やっぱり帰っていいかなぁ……、はぁ……」

 ミルミラーレが弱音と共にため息を付いたその時でした――


『ブヒーーーーッ!』


 フロア内に悲鳴にも似た鳴き声が響き渡ります。

「ッ!」

 一瞬、ビクッとしたミルミラーレでしたが、確認しに行かない訳にも行きません。恐る恐る、鳴き声のした方に体を向けると――

「あー、もう!」

 半ばヤケクソ気味に走り出したのでした。



 声のしたあたりにミルミラーレが駆けつけると、そこには袋小路に追い詰められた豚のようなモンスターがいました。

 紫色をしたその豚の名はポイズンピッグ。鼻から毒の霧を噴霧して相手を攻撃する体長一メートルほどのモンスターです。

 そして、そのポイズンピッグを追い詰めているのが――


「全裸幼女……?」


 真っ裸の女の子でした。

 ミルミラーレにプリンッとしたお尻を向けつつ、無表情でジワリジワリとポイズンピッグを壁際に追い詰めているようです。

 追い詰められたポイズンピッグは時折『ブヒ……、ブヒ……』とか細い声で鳴きながら、ミルミラーレと同じくらいな背丈の幼女に対して、恐怖に引きつった顔で後ずさりしています。

「なんだこれ?」

 ミルミラーレの口から思わずそんな声が漏れました。

(豚さんを助ける場面なのかな?)

 ミルミラーレがそんなことを考えていると、ついにポイズンピッグの後ろ脚が壁まで到達し、とうとう逃げることができなくなってしまっていました。それを確認した女の子は一気に距離を詰め、ガバッと口を開いたのです。

 人間ではありえないほどの大きさに広がった女の子の口が、ポイズンピッグに襲いかかります。一メートルほどの巨体を頭から丸呑みした女の子は、ポイズンピッグを半分ほど飲み込むと、頭を上に向け、重力の力を借りてポイズンピッグの全身を体の中に収めました。

「うわー……、なんかエグいの来た……」

 幼女の補食行動を見せつけられたミルミラーレはドン引きです。ポイズンピッグを丸呑みにした女の子は一瞬お腹が膨らみますが、すぐに元に戻りました。大きく開いた口も既に元に戻っており、先程の光景がまるで冗談のように感じられます。

「どうしよう……、あれが犯人なのは間違いなさそうなんだけど……」

 毒を持つポイズンピッグを丸呑みし、なんでもないように立ち尽くす裸の女の子に、ミルミラーレはひどく戸惑っていました。モンスターロストの件はほぼ間違いなく目の前の女の子が原因ですが、どのように対応すべきかが分かりません。

 ミルミラーレがどうしようかと考えていると――

「あっ」

 女の子と目が合ってしまいました。

「……」

 こちらを無言で見つめる女の子に対して、ミルミラーレは更に戸惑います。

(なにかリアクションしないと!)

 そう考え、とっさに口から出たのが――

「げ、元気?」

 ――でした。

「……」

「……」

 はい、沈黙が支配する空間の出来上がりです。

「おなかすいた」

「……しゃべった」

 女の子が言葉を発したことにミルミラーレが驚きの表情をします。どうやら豚一頭では満足できていないようです。

「おなかすいた」

「そ、そっか、それじゃあ仕方ないね」

「仕方ない」

 再び空腹を訴える女の子に対して、ミルミラーレは頷き理解を示します。なにが『仕方ない』のかはよくわかりませんが。

「おいしそう」

 そう女の子が言いました。視線はもちろんミルミラーレに向いています。

「ミ、ミリーはおいしくないよ……、食べたことないけど……。美味しいもの食べたいの?」

「ん」

 思わず後ずさりをしながらミルミラーレが問いかけます。その言葉に女の子はやはり無表情でコクンと頷きました。



「――という訳で、連れてきました」

 ミルミラーレからの話を聞いたチシィが頭を抱えています。ミルミラーレの横には、若干、手持ち無沙汰な様子でおとなしく立っている裸の女の子がいました。

「はぁ、タイミング的に考えて、この子があの赤い袋から出てきたってことよね? どうしようかしら」

「あ、チー姉覚えてたんだ」

 地下百層のリビングで立派に育った巨木。そして、その木からぶら下がった大きな赤い袋。それらを完全に意識の外側へ追いやっていたチシィでしたが、記憶には留めていたようです。

「人間……、じゃないわよね。どちらかというとスピリット系のモンスターに近いのかしら? モニターに映ってなかったのも――」

「――チー姉」

 チシィが近寄って女の子を観察していると、ミルミラーレがチョイチョイとチシィのエプロンを引っ張りました。

「ん?」

「あのね、この子に服を着させてあげたいんだけど」

 ミルミラーレの言葉にチシィが改めて女の子に視線を向けます。当たり前ですが女の子は裸です。いくら人間ではないといっても、その容姿で裸はいささか問題があります。今更ながらにチシィもそれを理解をしました。

「そ、そうね、身長も同じくらいだし、ミリーの服を貸してあげて」

「うん。じゃあ、行こ。お着換え楽しみだねぇー」

 そう言って女の子の手を引きながら、ミルミラーレは自室に戻っていきます。

「さて、ほんとにどうしようかしら……」

 一方、チシィは今後のことを考え、途方に暮れるのでした。



「うん。いいんじゃない?」

 ミルミラーレは女の子の姿を見て大きく頷きます。

 先ほどまで全裸だった女の子は、白いスカートに黒いタイツ、セーラー服のようなトップスにタイを合わせた格好に変わっていました。赤い髪をツインテールにするために結んだ青いリボンがアクセントになっています。普段からラフな格好しかしないミルミラーレが、張り切ってコーデしました。

 さまざまな服を引っ張り出し、着せ替え人形となった女の子は、心なしかぐったりしています。その遊びにつき合わされた服たちはそのあたりに放置され、部屋が服の海といった状態です。

「じゃあ、行こっか」

 満足気なミルミラーレが再び女の子の手を引いて自室から出ていきました。



「チー姉、その顔なんか気持ち悪いよ」

 ミルミラーレたちがリビングに戻ると困ったような、しかし、うれしそうな、そんな複雑な表情のチシィが待っていました。

「あ、おかえり。あら、いいじゃない。かわいくなったわね」

「でしょ!」

 ミルミラーレに連れられた女の子の格好を見て、チシィに笑みがこぼれます。ミルミラーレもどこか誇らしげです。

「で、なんで変な顔してたの?」

 ミルミラーレがチシィに問いかけます。

「変な顔って……。えっとね、その子のこと協会に問い合わせてみたの」

「ふんふん」

「協会なら何かわかるかもしれないでしょ? で、色々と経緯を説明したわけ」

「ほうほう」


「そしたらね……、そっちで預かってくれって……」


「なるほど……、へ?」

 途中まで相槌を打っていたミルミラーレがポカンとした顔をしました。

「だからね、この子はうちで面倒見ることになったの」

「いやいや、なんでそうなるの? っていうか、いつもなら当たり障りのない回答しかしてこない協会がやけにハッキリと、しかも即答……。なんか怪しくない?」

 ミルミラーレはジト目でチシィを見つめます。

「うん、まぁそうなんだけど……、その子の生活費ってことで、毎月結構振り込んでもらえるみたいだから……」

「チー姉がお金で懐柔(かいじゅう)されてる!」

「えへへっ」

「『えへへっ』っじゃないよ。なんかますます怪しくなってるんですけど」

 ミルミラーレたちが戻ってきたときに、チシィがうれしそうな顔をしていたのはこのためでしょう。

 ミルミラーレが言葉を強めるものの、(ぬか)に釘といった感じです。

「でも、もう決まっちゃったから……。そうそう、この子に名前つけないと。いつまでも『この子』じゃかわいそうだし。何かいい名前ない?」

 チシィが半ばごまかすようにポンと手をたたいて話題転換を図ります。

「え? 名前? うーん、種から生まれたから『タネ』でいいんじゃない?」

「なんか安直すぎない? ねぇ?」

 ミルミラーレが提案したその直球すぎる名前をどうかと思ったチシィは、それに共感してくれると思い、女の子に尋ねるのですが――

「それでいい」

 意外にも受け入れられました。というより、あまり興味がなさそうです。

「じゃあ決まりだね。あ、ミリーはねミルミラーレっていうの」

「まぁ、本人がいいなら……。えっと、チシィよ。これからよろしく」

「ミルミラーレ……、チシィ……」

 ミルミラーレとチシィがそれぞれ自己紹介をすると女の子――タネがその名前を復唱しました。

「うん! よろしくね、タネちゃん」

 嬉しそうにミルミラーレが微笑みます。すでにタネと暮らすことに問題は感じていないようです。

「じゃあ、ミリー、タネの部屋の掃除とかベットメイクとかお願い。ほら、使ってない部屋があるでしょ、あそこを使いましょ」

「うん、わかった! じゃあ、行ってくるね!」

 普段ほどんど家事などしないミルミラーレですが、今回はやる気満々なようです。掃除道具を持って颯爽(さっそう)と空き部屋に駆けていきました。

「じゃあ、私はお夕飯の用意をしようかしら。タネも来る?」

 夕食の準備を始めようとしたチシィでしたが、自分までいなくなるとタネがひとりぼっちになってしまうと思い、タネに一緒に来るかと問いかけました。

 それにコクンと頷くタネ。チシィの後についてキッチンへと入っていきました。



「出来た!」

 部屋の掃除と最低限の寝床を整え終えたミルミラーレが、どこか誇らしげにウンウンと頷きました。そんな時――

「ごはんよー!」

 部屋の外からミルミラーレを呼ぶチシィの声が聞こえました。

「はーい! ちょうどいいタイミング。エッビフッライ~、エッビフッライ~」

 大きく返事をしたミルミラーレは、ご機嫌な様子で夕食のメニューを口ずさみながらキッチンへと向かいます。

「エッビフ――、え!? なんで!?」

 キッチンへやってきたミルミラーレが見たものは、自分の皿に盛られた小さすぎるエビフライと申し訳程度に添えられたタルタルソースでした。

「チー姉、エビフライは!? いや、これもエビフライだけどそうじゃなくて……。タルタルソースも……、チョモランマはどこに行ったの……?」

 いつもなら大きなエビフライが四、五本は載っているはずの皿に、今日は小エビの揚げ物かと思わせるようなエビフライが二つ。チシィとの約束で、山のように盛られているはずのタルタルソースもミニトマトくらいの大きさしかありません。

「ごめんね、ミリー。実は――」

 チシィは自身の後ろに隠れていたタネに視線を向けました。

「おいしかった」

「――エビフライ、ほとんどタネに食べられちゃって、これしか残ってないの……」

「えー!?」

 驚愕するミルミラーレが同じようにチシィの後ろに視線をやると、満足そうな顔をしたタネがお腹をさすっています。それを見たミルミラーレはタネとは正反対の不機嫌そうな顔になるのでした。

 結局、その日の夕食は、冷蔵庫に残っていた食材で作った肉野菜炒めを追加することになりました。加えて、近いうちにもう一度エビフライを食卓に並べる約束をして、ようやくミルミラーレは納得したのでした。



「おいしいよ、チー姉」

 早々に小エビフライを食べ終えたミルミラーレが、今しがた口にした肉野菜炒めの感想をチシィに伝えます。どうやら機嫌は直ったようです。

「おいしい」

 そのチシィの横ではタネが肉野菜炒めを頬張っています。

「ありがと、それにしてもタネはよく食べるわね。協会がいやに多くお金を払うと思ったけど、このためってことなのかしら?」

 チシィが首を捻ります。協会が支払うといったタネの生活費は結構な額でしたが、その食欲を見ると本当にタネの『生活』で消えていきそうです。

「おいしかった。チシィ、好き」

 考え事をしていたチシィがそう言われて横を向くと、皿を空にしたタネが微笑んでいました。どうやら食欲は満たされたようです。

「ミリーは? ミリーは好き?」

 それを聞いたミルミラーレがタネに問いかけますが――

「……」

「わかったけど、せめて何か言ってよ!」

 ――無言で玉砕しました。

 こうしてダンジョンの地下百層の住人に、ミルミラーレが拾ってきた変な生き物が増えました。それと同時にチシィの悩み(主に食費について)も増えることになるのですが、それはまた別のお話。


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