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第十一話 ダンジョンと拾い物(前編)

「なんだろ、アレ?」

 ダンジョン・ティバリス地下二十一層。ミルミラーレがいつものようにフロアの整備をしていると、地面に何かが落ちていることに気づきました。

「種……、かな?」

 テトテトと駆けて行くと、それは植物の種のような丸い物体でした。茶色い種皮に覆われたこぶし大のそれをヒョイと拾い上げると、硬く重みがあり、なんとなくアボカドの種に似ています。

「誰かの落し物なのかな? とりあえず持って帰ろ」

 ミルミラーレはその種を背負っていたリュックに放り込むと、またダンジョン整備のために駆け出したのでした。



「ただいまー、チー姉、見て見てー。こんなの拾ったの」

「おかえり、ミリー。って、なにこれ? なにかの種……、かしら?」

 整備を終え地下百層へと帰ってきたミルミラーレは、先ほど拾った種をリュックから取り出し、洗い物をしていたチシィの前に掲げました。

 それを見たチシィは困り顔です。問題は、それがなんの種なのかということでした。

 そもそも、植物型のモンスターであっても種をつけることはありません。種を攻撃に使うモンスターもいますが、こんなに大きくはなかったとチシィは記憶しています。

 冒険者が持ち込んだ可能性もありますが、食べられそうもなく、かさばるだけのものを持ち込む理由がわかりません。マジックアイテムという線は――、まあないでしょう。

「ねえ、チー姉。でね……」

 チシィが考え込んでいると、ミルミラーレがチシィのエプロンをチョイチョイっと引っ張ります。

「ん? あ、ごめんね。なぁに?」

 思考の世界から戻ってきたチシィがミルミラーレに尋ねました。

「えっとね……、あの……」

 何やらモジモジしているミルミラーレ。ですが、チシィは妹が何を言いたいのか、大体の見当はついていました。

「それ、育ててみたいとか? あ、もしかして食べてみたいの方だった?」

「育てたいの方だよ! ミリーどんだけ食いしん坊キャラなの!?」

「今日の夕ご飯はカレーライスよ」

「ホント? やったー! ――じゃなくて、この種育ててみたいの! ……だめ、かな……?」

 ミルミラーレいつものように上目づかいで首を傾けます。自分の姉がこのポーズに弱いのは既に調査済みです。

「反対してもやるんでしょ? ちゃんとお世話するのよ」

「あれ、いいの?」

 即却下されると思っていたミルミラーレは拍子抜けしました。色々と口説き文句を考えていましたが、必要なさそうです

「ええ、いいわよ。実はなんの種なのかちょっと興味あるし」

 チシィがそう告白すると、一瞬でミルミラーレが笑顔になりました。

「わーい! ありがとー、チー姉」

「どういたしまして。水やり、忘れないようにね」

「うん!」

 ミルミラーレが笑顔のまま大きく頷きました。



「よっこいしょっ」

 そんな年寄りじみた掛け声とともに、ミルミラーレは持っていた植木鉢をリビングの床に置きました。

 植木鉢には地下十四層のジャングルからとってきたフカフカな土が入れられています。ミルミラーレは植木鉢の前でしゃがむと、その土を少し掘り返し、例の種を植えました。

「大きくなったら陽が出てるフロアに植えてあげるからねー。うーん、そうだなぁ、二十七層とかがいいかな? 温かいし」

 そう言って種に話しかけますが、当然返事はありません。ミルミラーレはそれを気にすることもなく、植えた種に土をかぶせ、ジョウロで水をやります。

 しばらく水をかけていると、下に引いた受け皿から水があふれてきました。

「こんなもんかな? ああ、早く芽が出ないかなぁ」

 水やりを終えたミルミラーレが独り言ともに立ち上がります。持っていたジョウロを片付けると、チシィのいるキッチンの方へ歩き出しました。キッチンからはいい匂いが漂ってきます。

「チー姉、カレーまだぁ?」

 食いしん坊の興味は、既に今日の夕食へと移っていました。



 種を植えた翌日、植木鉢の前にはチシィとミルミラーレの姿がありました。

「もう芽が出たよ。早いねー」

 ミルミラーレの言葉通り、植木鉢に入れられた土からは緑色の葉っぱが二枚、いわゆる双葉が顔を出していました。

「いや、ちょっと成長早すぎじゃない?」

「うーん、きっとそういう種類なんだよ」

 首を捻るチシィに対して、ミルミラーレが何でもないように答えます。

「そう……、なのかしら?」

「たぶんそうだよ。さ、お水あげるね~」

 疑問の残るチシィの隣で、ミルミラーレが出てきた芽にジョウロで水をかけています。楽しそうに水をやる妹を見て、チシィはそれ以上何も言えませんでした。



 種を植えて三日目、植木鉢から出た芽からは、立派な茎が伸び、葉っぱの数も増えていました。高さは既に三十センチを超えています。

「いや、育ちすぎでしょ……」

「だからそういう種類なんだって。チー姉、気にし過ぎ」

 絶句するチシィに対して、相変わらず何でもないようにミルミラーレが答えました。

「……これ植物なのかしら?」

 頭を抱えたチシィが独り言のようにつぶやきます。横を向くとミルミラーレが楽しそうに水やりをしていました。



 種を植えて四日が経ちました。

「……」

「すごーい。木ってすぐ大きくなるんだね!」

 昨日まではかろうじて草と呼べるものでしたが、今朝になるとそれは立派な木へと変わっていました。茎は幹のように太くなり、天井まで伸びた枝には無数の葉が付いています。そして、なぜか植木鉢自体もそれに合わせて大きくなっていました。

「いや、さすがにおかしいでしょ。ミリーごめんね、これ以上は無理だわ。この木どこかに捨ててきて」

「うーん、でも、大きすぎてもうミリーじゃ運べないかも。そもそも部屋の扉が通れないと思うよ」

 多く成長した木を見上げながらミルミラーレが答えます。

「……これ以上は大きくなったら天井突き破っちゃう……」

「そしたら九十九層に繋がるのかな? 面白そう!」

「全然面白くないわよ! ああ、どうしよう……」

 前日と同じように頭を抱えるチシィの姿がそこにはありました。



 五日目、幸い天井まで達した木がそれ以上大きくなることはありませんでした。しかし――

「これなんだろう?」

 伸ばした枝の一つから赤い袋のようなものがぶら下がっていました。

 一見するとフウセンカズラのような見た目ですが、大きさは一メートルくらいあります。ミルミラーレが指でつついてみると、プニプニと柔らかい感触が返ってきました。

「食べれるのかなぁ?」

「そうね」

 ミルミラーレがどう見ても怪しい赤い袋に対する感想を口にしますが、チシィの返事は素っ気ないもので、まるで上の空といった感じです。

「チー姉?」

「どうぞ」

 姉の反応がいつもと違うことにミルミラーレが疑問に思っていると、チシィはどこからか取り出したナイフとフォークをミルミラーレに差し出します。

「いや冗談だよチー姉、さすがにあれは食べないよ。――あ、あと、目が怖いんですけど……」

「……」

 ミルミラーレがパタパタと両手を振りますが、チシィのリアクションがありません。ふとチシィの顔を見上げると、その瞳からはハイライトが消え、死んだ魚のような目をしていました。

「考えるの放棄している……」

 どうやらチシィは、目の前のものを視界から無理やり排除しているようです。

 その後、いつも通りの朝食となり、チシィもいつも通りの明るい感じに戻りました。

 しかし、チシィが例の木についての話を口にすることはありませんでした。ミルミラーレもそれを察し、その日は二人の間で植木鉢に植えられた木なんてなかったことになったのでした。



 六日目です。

「……」

 ついにミルミラーレさえも無言になってしまいました。

 ミルミラーレが見つめるのは、木からぶら下がっている例の赤い袋なのですが、それが今朝になって、縦に裂いたかのように破れていたのです。

 そこから中をのぞいてみても、空っぽで中身はありませんが、明らかに何か入っていた痕跡が残されています。さて、では中身はどこに行ったのでしょう?

 ミルミラーレはあたりを見まわしますが、それらしきものは何もありません。

「何しているのミリー? 朝ごはんよ」

 キョロキョロとせわしなく顔を動かすミルミラーレにチシィが声をかけます。

「チー姉、あの――」

「ソーセージ冷めちゃうから早く来なさい」

 チシィにはリビングに鎮座する巨大な木と赤い袋は見えていないようです。――いえ、視線はしっかりとそちらに向いていました。考えないようにしているが正しいかもしれません。



 七日目。

「ない……」

 昨日までそこにあった巨大な木は、植木鉢を残して跡形ものなく消えていました。鉢も元の大きさに戻っています。

「ミリー、植木鉢なんて見つめてどうしたの?」

 まるで最初から何もなかったかのようになった植木鉢。それをしゃがんで見つめるミルミラーレに、チシィが不思議そうに尋ねます。

「……ううん、何でもない」

「そう、じゃあ、ご飯にしましょ」

「……うん」

 チシィがあの木のことをあえて無視しているのはミルミラーレも理解しているため、この件を話題することはありませんでした。

 さて、色々とありましたが、問題の木が消えてしまったことで一件落着と二人は考えているようです。しかし、未だ解決していない問題が一つ。

 あの赤い袋の中身はいったいどこに行ってしまったのでしょう。



 例の巨木騒動から数日が経ちました。地下百層ではそんな騒動などなかったかのように、穏やかな日々が流れていたのですが、今日はいつもと違い少し騒がしいようです。

「ダンジョンのモンスターがいなくなった?」

 チシィの話を聞いたミルミラーレがほとんどオウム返しのように尋ねます。

「そうなの、地下二十一層のモンスターが少しずついなくなっているみたい」

「またなんかの暴走かなぁ?」

 ミルミラーレが困ったように首をかしげました。

 ダンジョンディバリスでは過去にもモンスターの消失事件が発生しています。その際は、巨大化したモンスターが暴走して他のモンスターを倒してしまったのが原因だったのですが――

「それがね、今度はモンスター自体がロストしてしまっているみたいのな」

 チシィが難しい顔をしながらそう答えました。

 通常、ダンジョン内のモンスターは、倒されてしまっても時間が経てば再配置することが可能です。しかし、特殊な方法で消滅させられたり、亜空間へ飛ばされるなどすると、モンスター自体が消えてしまい、再配置することができなくなってしまいます。これをロストと呼んでいるのです。

 一応、協会に申請すればロストしたモンスターは補填されるのですが、そのためには、いささか面倒な手続きが必要となります。

「倒された訳じゃなくて、消滅したってこと? 誰が? どうやって?」

「それがわからないの、記録も確認してみたんだけど、何も映ってなくて……」

 チシィがリビングにある大型モニターを操作しますが、映し出されたのは、いつもと変わりないダンジョンの様子でした。

「それは不思議だねぇ」

「それでね、ミリー――」

「――やだ!」

 しゃがんで視点を合わせたチシィがミルミラーレに何か言いかけますが、言い終える前にミルミラーレは首を振って拒否します。

「まだ何も言ってないじゃない」

「じゃあ、何を言おうとしたの?」

「……ちょっと地下二十一層の様子を見てきてほしいなって」

「ほらやっぱり。嫌だよ、前もすっごく怖かったんだから!」

 前回の消失事件の際は、チシィに頼まれてミルミラーレが一人でダンジョン内に(おもむ)き、おっかなびっくり原因の調査を行いました。今回も同じような展開になることは目に見えています。

 ミルミラーレは完全にそっぽを向いてしまいました。そんなミルミラーレにチシィが話しかけます。

「今日の夕ご飯はエビフライにしようと思うんだけど――」

 チシィの言葉にミルミラーレのウサギ耳がピクンと反応しました。

「――もし行ってきてくれたら、タルタルソース大盛りにして上げてもいいかなって」

 再びウサギ耳がピクンとなります。ミルミラーレがゆっくりと振り返ると、笑顔のチシィがそこにいました。

「……タルタルソース、チョモランマにしてくれるなら……」

「もちろんいいわよ」

 恐る恐るミルミラーレ尋ねると、チシィは笑顔のまま二つ返事で了承しました。

 それを聞いたミルミラーレは無言でいつものリュックサックを引っ張り出すと、背中に背負ってから、ダンジョン内へと繋がる玄関の扉へと歩き出します。

「いってきまーす」

 元気のいい声が部屋の中に響きました。

「いってらっしゃい」

 チシィが笑顔のままミルミラーレを送り出します。

 ミルミラーレが扉から出ていくと、ようやくチシィが真顔に戻りました。

「よかった行ってくれて。さて、お夕飯の準備をしますか。それにしても、あの子の言っていたチョモランマっていったい何なのかしら?」

 そう言ってこめかみに手を当てたチシィがキッチンへと消えて行きました。


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