第八話 ダンジョンと暴走(前編)
ここはダンジョン・ティバリス地下九層。
そこをいつもの大きなリュックを背負ったミルミラーレが、テトテトと短い脚で駆けていきます。
「ん~? この辺でいいかな? ヨッと!」
適当な場所で止まったミルミラーレは、何もない空間に両手をかざします。
すると、ポンッという音と共に、ミルミラーレの目の前に丸っこいモンスターが出現しました。出てきたのはハレツガメという、体長八十センチほどのカメ型のモンスターで、一定以上のダメージを受けると、爆発する特性を持っています。
「じゃあ、よろしくねカメさん」
甲羅から顔を出したハレツガメの頭をツンツンとつついたミルミラーレは、またどこかへ走って行ってしまいました。
ミルミラーレに特に目的地はありません。ダンジョン内を走り回って、減ったモンスターを補充しているのです。自動でモンスターを復活させることもできるのですが、その度にお金がかかってしまうため、普段はこうやって、地道にモンスターを配置しています。
その後も、フロア内を回り、酸を吐き出すアシッドリザードや、鉄でできた針を飛ばすテツハリネズミなどを補充していきます。
「よーし! これでお仕事おーわり!」
最後に、二本の長い牙を持つトゥーファングボアというイノシシ型のモンスターを配置して、今日の補充作業は完了です。
「さっ、かーえろ」
ミルミラーレは自分の部屋に戻るため、踵を返します。
――カチンッ!
ミルミラーレが百八十度回れ右をすると、その拍子に、液体入りのビンがリュックの口から飛び出し、床に落ちてしまいました。
しかし、ミルミラーレはそれに気づいていません。落ちたビンの数は三つ、それを残してミルミラーレはさっさと地下百層へと戻っていったのでした。
「あれ? アイテムが減っている……。まぁ、いっか」
自室に戻ってきたミルミラーレは、出かける際にリュックに入れたアイテムが、無くなっていることに気がつきました。しかし、大したものではなかったため、あまり気にはしなかったのです。
もし、この時、無くしたアイテムを探しに戻っていれば、あんなことにはならずに済んだのかもしれないのですが……。
「えっ? ダンジョンの様子がおかしい?」
ミルミラーレがチシィからそう聞かされたのは、それから二日後のことでした。
「そうなのよ、いつの間にかモンスターの数が減ってるの」
「冒険者の人が倒したんじゃないよね?」
「ええ、冒険者がフロアにいないタイミングでも同じことが起こってるわ」
チシィが『不思議でしょ?』と首を傾げます。
「分かった! モンスター同士で喧嘩したとか!」
「それはないと思うんだけど……」
チシィの回答は歯切れの悪いものでした。
そもそも、ダンジョン内のモンスターは捕食や縄張り争いなどはしないため、他のモンスターを襲うことはありません。純粋に冒険者のみを相手にします。
そのため、冒険者が倒さない限りモンスターが減ることはないのです。しかし、今回は冒険者が倒してもいないモンスターが消えていることから、ミルミラーレの言うことも絶対にないとは言い切れません。
「ふむふむ。これは難事件ですなー。チシィ君、他に事件解決の糸口となるようなものはないのかね?」
ミルミラーレは探偵のような口調で、パイプをふかす真似事をします。
「そういえば、モニターに何か映っていたわね」
ミルミラーレの行動をスルーしたチシィは、リビングに設置されているモニターの電源を入れ、その何かが記録されているシーンを再生しました。
「これよ!」
「ふむ? 何も映ってはおらんではないか」
モニターは真っ黒なままでした。
「映ってるわよ」
「だから、何が!?」
素の口調に戻ったミルミラーレがじれったそうに訪ねます。
「真っ黒な何かが映ってるの。ほら見て」
チシィがそこから少し前のシーンを再生すると、普通にダンジョン内の様子が映し出されました。そして、その後、画面の右からやってきた何かが、カメラの前を横切ったのです。
それが先ほど見たシーン。映ったものが大きすぎてカメラに収まらなかったために、真っ黒に見えたのでした。それは間もなく画面左へ消えていき、また普通にダンジョン内の様子が映し出されます。
「チシィ君、これは何だね?」
「さあ? 巨大な何かね。それ以外はなんにも分からないわ」
それを聞いたミルミラーレは、話の流れから何か嫌な予感がしました。ゆっくりとチシィのほうを向いて『ん?』っといった疑問の表情を作ります。それに対してチシィは笑顔で首を縦に振ることで答えました。
ミルミラーレは再び正面を向くと――
「……あっ、誰か来たみたいだよ。ダレカナー?」
「待って、ミリー」
棒読みなセリフと共に玄関の扉に向かって歩き始めたミルミラーレを、チシィがワンピースの首元をつかんでその場に縫い留めます。
「誰も来てないから安心なさい」
「安心できないよ! わけわかんないのがダンジョンの中にいるってことでしょ!? で、この後の展開はさすがにミリーでも予想できるもん! 見に行けって言うんでしょ!?」
いまだに服をつかまれたままのミリーが、手足をジタバタさせて暴れますが、チシィはそれを放しません。
「さすが名探偵ミリーね。お察しの通り、これが何なのか調べてきてちょうだい。あと、モンスターが消えたほうも一緒に調べてきてね」
ようやく服を放したチシィは、笑顔とウインクでミルミラーレにお願いをします。
「いやもう、こいつが犯人に決まってるよ! きっと他のモンスター食べっちゃったんだよ。はい! 事件は解決、ハッピーエンド!」
チシィのお願いを拒むため、名探偵ミリーは素早く事件の解決を図りますが、その推理には穴があるようです。
「何も解決してないわよ、名探偵ミリー。そもそも、犯人の正体からして謎のままじゃない」
チシィが、そう指摘すると――
「いーやー! 行きたくなーい!」
――ついにミルミラーレは床に寝そべって駄々をこね始めました。それは教科書の挿絵に使われても違和感がないほどの、立派な駄々のこねっぷりでした。
「ミリーが事件解決してきてくれたら、お夕飯はハンバーグにするわ」
チシィの言葉に、手足をばたつかせていたミルミラーレがピタッと止まりました。
「……チーズ乗る?」
おずおずと尋ねるミルミラーレ。
「乗る乗る! いつもの二割増しで乗る!」
チシィが指を二本立ててチーズ増量をアピールすると、ようやくミルミラーレはゆっくりと起き上がりました。
「……四割増しなら行く」
「ん! いいでしょう!」
チシィのサムズアップに、ミルミラーレもサムズアップで答えると、いつものリュックを背負って、元気よく玄関の扉に向かっていきました。
「いってきまーす!」
「はい、いってらっしゃい」
チシィに見送られて玄関の扉をくぐったミルミラーレは、地下九層に向かいました。一人になったチシィは独りごちます。
「まさか、ほんとにハンバーグで見に行ってくれるとは思わなかったわ。さて、冷蔵庫にひき肉あったかしら?」




