第七話 ダンジョンと初心者
「みてみて、チー姉!」
「何? どうしたの、ミリー」
「すごいんだよ! なんとね――! 今月の『ダンマス』にうちのダンジョンが載ってるの!」
ミルミラーレは手にしていた雑誌をチシィに見えるよう広げました。
ミルミラーレの言う『ダンマス』とは、毎月、協会が発行している『月刊 ダンジョンマスター』という雑誌のことです。
この月刊誌には、ダンジョン運営のアドバイスから、新たに発売されたアイテムの情報、効率的な冒険者の倒し方まで、ダンジョンマイスターが必要とする様々な情報が掲載されています。
そんな雑誌の『ケイっちのダンジョンレビュー!』というページに、ここダンジョン・ティバリスのことが載っているようです。
「ホント!? なんて書いてあるの?」
雑誌に掲載されたと知ってご機嫌なチシィは、期待の眼差しで、ミルミラーレに書いてある記事の中身を訪ねます。
「えっとね。『一言で言えばイロモノダンジョン。変わったモンスターやトラップが設置されており、個性的ではあるものの、冒険者に対して効果的に作用しているとは言い難い。加えて、宝箱の中身もそれなりであり、秀でた強みもないことから低い評価となった。しかしながら、訪れる冒険者の数はそれなりに多いことから、観光地という意味でならば、高評価をつけることができるのではないだろうか。』だって」
「……」
「チー姉、こっちを睨まないでよ。ミリーのせいじゃないよ! たぶん……」
最後に『☆2』と書かれた皮肉交じりの記事に、先ほどまでの弾んだ気分がどこかへ飛んで行ったチシィは、その記事の元凶になったと思われるミルミラーレを静かに睨み付けます。
「あなたが最近奇抜なことばかりするから、変なこと書かれちゃったじゃない!」
「冤罪だよ、チー姉。 変なことなんて……、少ししかしてないよ。少ししか……」
目をそらしたミルミラーレに、チシィは『ハァ……』と小さくため息をつきます。
「ほ、ほら、チー姉、初心者応援特集だって! どんなことするのかなぁ!?」
露骨に話題をそらしたミルミラーレは、素早い動作で『ダンマス』の特集ページを開きます。
特集記事にはダンジョンマイスター初心者――ではなく、ダンジョン探索初心者について書かれているようです。要約すると、ダンジョン探索初心者が、始めてすぐにダンジョン攻略をあきらめてしまわないように、慣れるまでは便宜を図りましょう。といった内容で――、言葉を選ばない言い方をすれば餌付けの方法が載っていました。
具体的には、宝箱の中身をちょっと良くする、獲得経験値をすこし増やす、トラップが動作しないようにする、などなど。ポイントは冒険者が気づかないようにこっそりやって、『俺って実はすごいんじゃない?』と思わせることだとか。
「ふ、ふーん。なるほどねー。うちでも何かやってみようかしら?」
こちらも多分にわざとらしいものでしたが、それ以上の追及しても仕方ないと考えたチシィは、落としどころとしてミルミラーレに乗っかることにしたようです。
その後、何をするか二人で話し合った結果、いろいろと迷いはしたものの、初心者がモンスターを倒したときに得られる経験値を増やすことにしました。
決め手となったのは、『ダンマス』特集との連動キャンペーンで、冒険者が身に着けると獲得経験値がわずかに増えるアイテム『勇気の十字架』が、ちょうど安くなっていたからだったのですが――
「なんというか、協会側にうまく乗せられている気がするわ」
「販売戦略?」
『ダンマス』の発行元とアイテムの販売元は同じダンジョン管理運営協会です。チシィとしては、まんまと協会側の思惑に乗せられているようで癪でしたが、それを理由にやめるなんて子供じみたことはできません。
「でも、このアイテムどうやって初心者の人に渡せばいいのかなぁ? ダンジョンの前で一人一人に配る――、なんてダメだよね」
「そうね。宝箱に入れる訳にもいかないし……」
チシィとミルミラーレは『うーん』と唸りながら首をひねります。
単純に宝箱に入れてしまうと、初心者を脱した中堅の冒険者にもアイテムが渡ってしまうため、初心者支援にはなりません。
ちなみに、『初心者』に明確な定義はありませんが、今回はレベル十五くらいまでの冒険者をターゲットにしようとしています。
「あっ、そうだ! レベル十五までの人にしか反応しないトラップを作って、作動させると『勇気の十字架』を無理矢理装備させるってのは?」
いいこと思いついたと、ミルミラーレは柏手を打つように両手をパンッと合わせました。まぁ、実際にはポフッという音なのですが。
「無茶するわね……、でも、たしかにそれなら初心者だけにアイテムを渡せるけど、それを人にあげちゃったら意味がないわ」
チシィはフルフルと首を振ります。初心者にしか手に入れられないアイテムも、譲渡可能であれば誰もが手に入れられるアイテムとそう変わりません。もう一工夫が必要でしょう。
「じゃあ、呪い付きのアイテムにして、外せないようにすればいいよ。ついでに、レベル十六になったら壊れるようにしたらどうかな?」
ミルミラーレは解決策として型破りな案をチシィに提示します。その案であればたしかに譲渡はできませんし、初心者を脱したところでアイテムが壊れるので、結果的に、初心者にしか装備できないアイテムとなります。必要条件は満たしているわけです。
「ミリーの発想力には毎回驚かされるわ……。いろいろな意味で」
「斬新なアイデアでしょ!?」
「初心者冒険者を応援するために、トラップに引っ掛けて呪いのアイテムを押し付けるのは、斬新といえば斬新ね」
チシィとしては、驚き半分、呆れ半分といったところでしょうか。
「これくらいしないとこの業界生き残れないんだよ! これからはダンジョンも個性の時代だよ!」
「なによ業界って? それに、個性ならもう間に合ってるわ……」
チシィは『ダンマス』を手に取り、とあるページを開いてポンポンとたたきます。そこは面識すらないケイっち氏に個性的と評価された、自分たちもよく知るダンジョンの話が書かれていました。
「もー、チー姉はそれに書いてあること気にしすぎだよ」
チシィから『ダンマス』をひったくったミルミラーレは、それをそのままマガジンラックへポイッと投げ入れたのでした。
それから数日後、ミルミラーレが入り口近くの階層を中心に、『勇気の十字架』の手に入るトラップをいくつか仕掛けると、ダンジョン内は一気ににぎやかになりました。
『勇気の十字架』を手に入れた瞬間、初心者冒険者は一様に大きな声を上げます。しかし――
その声は、ほぼ例外なく『ギャー!』という悲鳴でした。
エルダーリッチから死の宣告でも受けたかのような絶叫が、ダンジョン内に木霊します。
「まるでお化け屋敷ね」
「せっかくいいアイテムあげてるんだから、喜んでくれればいいのに」
悲鳴は悲鳴でもうれしい悲鳴を期待していたミルミラーレでしたが、結果は御覧の通り。本来の意味の悲鳴が響くたびに、思わず肩をすくめます。
「やっぱり、呪いのアイテムを押し付けたのはダメだったみたいね」
ダンジョンの入り口近くを歩いていると突然作動するトラップ。そして無理矢理装備させられたアイテムは呪い付き。初心者にとっては――、いえ、初心者でなくても恐怖でしかありません。
さらに言えば、二人が”気づかないようにこっそり”という『ダンマス』のアドバイスに従い、『勇気の十字架』の効果を隠ぺいした結果、装備者から見ると効果不明のアイテムとなってしまい、更なる恐怖心を煽ることとなりました。
もひとつおまけに、これ外せません。役満確定です。
『ダンジョン上層に凶悪なトラップが仕掛けられた』そういった話が、冒険者たちの間で話題となりますが、分かっていても初心者がそう簡単にトラップを避けられるはずもありません。次々とトラップにかかる初心者冒険者たちの悲鳴が、今日もダンジョン内に響き渡ります。
「うーん、もう少しすれば、だれか『これは使えるアイテムだ』って気づいてくれると思うんだけどなぁ……」
ミルミラーレは一人つぶやいたのでした。
それからさらに数日後、今度はとあるうわさが流れ始めました。それは、『レベル十六になると例のアイテムが壊れる』といったものです。
最近はダンジョン探索から遠のいていた初心者冒険者も、このうわさを聞きつけ、再びダンジョンへとやってくるようになりました。
チシィとミルミラーレは、これで『勇気の十字架』がレベル上げに有効だと気付いてもらえると、胸をなでおろしたのですが、残念ながらその期待はまたも裏切られることとなってしまいます。
「悲鳴、さらに大きくなるわね」
「そだね、チー姉」
二人は、死んだような目で、リビングに設置された大型モニターを見つめていました。
そこには、次々と倒れていく初心者冒険者が映し出されています。
ダンジョンにやってきた初心者冒険者は、早くレベルを上げようと、多くのものが無茶なレベリングを始めてしまったのです。先ほどモニターに映し出されたのは、そのような、自分より格上の敵と戦い、敗れた冒険者でした。断末魔の悲鳴がダンジョン内に響き渡ります。
「あのアイテムとトラップ……、片付けようか」
「そだね、チー姉」
並んでモニターを見つめる二人の声は、心が死んだかのような感情のない淡々としたものでした。
こうして、初心者冒険者に死と恐怖を与えた呪いのアイテムは、ダンジョン内から撤去されたのでした。
「あー、ミリー。あんまり気を落とさないでね」
「そだね、チー姉」
さて、ここからは後日談となります。
ここ最近、初心者が無茶なレベル上げをしていることに、一部の中堅の冒険者が気づき始めました。
彼らは仲間の冒険者と話し合った結果、初心者をフォローしながら、安全にレベルを上げられるようにサポートすることを決めました。その甲斐あって、多くの初心者冒険者がレベル十六を突破し、呪いのアイテムから解放されたのです。
皮肉なことに、この活動が一番の初心者支援となりました。
そして、今回起こった一連の騒動は、次号の『ダンマス』に小さく記事として乗ることとなり、またもチシィを悩ませることとなるのでした。
久々に短くできました。




