第六話 ダンジョンと改装(後編)
「イタタ……、大丈夫か、みんな?」
「大丈夫……。なんとか何とか生きてるっぽい」
腰をさすりながらアレックスがパーティメンバーに声をかけると、横にいたジェシカが弱々しく答えた。その先ではエドガーとローナも落ちた衝撃で痛めた部分を手で押さえているが、命に別条はなさそうだ。
「こりゃ、なん階層か落ちたな……。さて、どうやって戻るか」
アレックスは腰を押さえたまま、天井に開いた穴を見つめる。
ダンジョンを探索中だったアレックスたちは、不運にも落とし穴のトラップにはまってしまったのであった。その落とし穴はすべり台のようになっており、かなりの時間を落ちた、というより滑った。その結果、今見えている天井の穴から放り出されたという訳だ。
「……うぅ、お尻が痛いです……。とりあえず、回復しますね……」
ローナが回復魔法をかけると、四人はようやくまともに動けるようになった。
余裕のできたアレックスたちは改めて周りを確認する。すると、自分たちの後ろに、家らしきものが建っていることの気づいた。ダンジョンの中に家があることを訝しげに思いつつ、近寄ってみると、それは童話に出てくるようなお菓子でできた家であった。
「すごーい、なにこれ!? 食べれるのかな?」
「昔読んだ絵本とおんなじですよ。私、ちょっと感動しちゃいました」
ジェシカとローナはお菓子の家に釘付けとなっているが、男性陣は対照的に冷静にその建物を観察する。
「なにかのトラップか?」
「いや、その反応はないな」
「そうか……、これだけ大きいなら食料として少し持って行けないだろうか?」
「ダメだアレックス……。この家に使われている菓子は偽物みたいだ」
エドガーが家を囲っているビスケットの塀を折ろうとするが、びくともしない。アレックスも剣で切り付けてみたが、カンッという高い音がして剣がはじかれてしまった。
ここには似たような家がいくつも並んでいるが、同じように試した結果、どれも食べられないということが判明した。この結果に、ジェシカとローナがガックリと肩を落とす。
「見た目以外に怪しいところはないし、ここにいても仕方がない。出口を探そ――」
アレックスが移動を提案しようとした時、その前をトコトコと何かが横切った。素早く視線を下に向けすると、そこにいたのはどう見ても、熊の形を模して作ったぬいぐるみであった。
アレックスはとっさに剣と盾を構えるが、そのぬいぐるみは気にする様子もなく、そのまま歩いてどこかへ行ってしまった。
「な、なんだあれは!?」
「何あれ? すんごくかわいい!」
「ジェシカさん、ジェシカさん。あっちにいっぱいいますよ! 行きましょう!」
驚愕するアレックスをよそに、ジェシカとローナは瞳を輝かせながら、ぬいぐるみたちのいる方へ走って行ってしまった。
「アレックス。呆けてないで二人を追うぞ」
「エドガー……、なんでお前はそんなに冷静なんだ?」
アレックスとエドガーが女性陣に追いつくと、そこにはたくさんのぬいぐるみたちがいた。それらがお菓子の家と合わさると、さながらお菓子の街で暮らす住人のようであった。
ある犬のぬいぐるみは、椅子に座って新聞を読み、ある兎のぬいぐるみは、買い物袋いっぱいのリンゴを一生懸命運んでいる。
ジェシカとローナはその様子を、恍惚の表情で見つめていた。
「私、ここに住むわ」
「いいですね! どこに行けば物件を紹介してくれるのでしょう?」
「バカなことを言ってないでいくぞ! いいかお前ら、何が起こるかわからないから、そこら辺にいるちっこいのに触れるなよ! エドガー! 周りの警戒をたのむ」
若干苛立つアレックスを先頭に、四人は街中を進んで行く。しかし、ぬいぐるみの横を通り過ぎるたびにジェシカとローナが足を止めるため、その歩みは遅々としていた。
それでも少しずつ進んでいると、とある家の玄関扉が開いていることに気づく。それを見たジェシカとローナは、男性陣が警戒する間もなく、その家に飛び込んでいった。
「ジェシカ! ローナ! 無事か!?」
「ん?」
「はい?」
慌てて二人を追って家の中に入ったアレックスは、ジェシカとローナの身に何事もなかったことに安堵する。二人の無警戒さにあきれて小言を並べるが、残念なことに、当の本人たちは家の中に夢中でまるで聞いていない。
その家の中であるが、家具や食器までお菓子で作られているかのような見た目ではあるものの、やはり食べることはできなかった。
食べることのできないお菓子以外に、なにもなさそうな家であったが、一通りまわってみると、壁際に宝箱が一つ置かれているのを見つけた。周りはお菓子を模して作られたものばかりであるにもかかわらず、その宝箱はダンジョンでよく見かける普通の宝箱だ。どう見ても怪しい。
「罠だな」
スキルを使うまでもなく、エドガーが断言する。
「え? なんか言った?」
――にもかかわらず、宝箱に近寄ったジェシカは躊躇なくその宝箱を開けてしまう。
「バカ! お前――」
アレックスとエドガーはとっさにその場に伏せるが、幸いなことに何事もおこらなかった。
しばらくして、二人はゆっくり顔を上げる。そこで見たものは、宝箱に入っていた本物のお菓子を無警戒に食べるジェシカとローナの姿であった。
「ごめん、反省してるって……」
「ごめんなさい。アレックスさん……、エドガーさん……」
あの後、正座させられたジェシカとローナは、アレックスとエドガーから、しこたま怒られた。
説教が終わり、四人が家の外に出るが、その景色は先ほどまでと一変してた。
青空が広がっていた空には星が瞬き、太陽の代わりに三日月が浮かんでいる。あれほどいたぬいぐるみたちもまったく見当たりらない。
四人に緊張が走る。
先頭のアレックスが慎重に家から一歩外に出ると、その足元に何かが飛んできて地面に刺さった。下を見ずともそれが何かはわかる。矢だ。
驚いたアレックスが矢の飛んできたほうを見ると、向かいの家の屋根に熊のぬいぐるみたちが立っていた。
先ほどまでと同じ表情のぬいぐるみたちであったが、手に持っているのは、新聞でも買い物袋でもなく、矢を番えた弓である。
「走れ!」
何体も並んだぬいぐるみたちが弓を引き絞ると同時に、アレックスが叫んだ。
四人がとっさに走り出したすと、背後で矢の刺さる音が聞こえた。
なんとか家から脱出したアレックスたちは、家々が並ぶ通りを走り続ける。矢の雨が止むことはない。
矢の回避に専念していると、今度は矢の飛んできた方とは反対側の家の屋根に、マスケット銃を持った犬のぬいぐるみが現れた。それと同時に家の陰からは、剣と盾を装備した兎のぬいぐるみが先頭のアレックスに襲い掛かる。
走りながら兎の攻撃をさばくアレックスであったが、それに加えて、左右の家の屋根からは矢と弾が次から次へと放たれる。それを全て避けることなど不可能だった。一つ一つは小さなダメージではあるものの、数が多いため、無視することはできない。
それは他のパーティメンバーも同じで、少しずつ疲労が溜まっていく。しかし、ここで止まるとただの的になってしまう。走り続けるしかなかった。
「皆さん! あそこに何かいます!」
ローナの指さす先に、デフォルメしたゴーストのようのものと、怪しく目の部分が光るかぼちゃのランタンが浮いていた。ゴーストとかぼちゃランタンは、最初ふわふわと漂うだけであったが、アレックスたちを捕捉すると、それぞれ、青と赤の光る玉を投げつけてきた。
さらには、メイス装備のデフォルメしたスケルトンも現れ、他のぬいぐるみたちと共に攻撃に加わる。
そこはまさに阿鼻叫喚。四人の悲鳴が三日月を抱えた夜空へと消えていった。
これが、モンスターを活性化させる『お菓子の街』の『夜』の効果と、モンスターが襲いかかってくる宝箱のトラップとが合わさった結果であった。
そんな絶望的な状況において、なおも走り続けるアレックスたちに、更なる追い打ちがかけられる。
『カチッ!』そんな乾いた音が足元から聞こえた。
「ごめーん! なんか踏んだわー!」
ジェシカの絶叫が走り続けるパーティメンバーを凍り付かせる。四人は何が起こるのかと戦々恐々としていると、その答えはすぐに判明した。袋に包まれたキャンディーが上空から雨のごとく降ってきたのである。
降り注ぐキャンディーの雨が四人を打ち付けるが、痛くはなかった。何かあるとは思いつつも、ダメージがないことからそれを無視して走り続ける四人。
しばらくしても何も起こらないため、安堵しかけたその時、後方で、大きな爆発音が聞こえた。何が爆発したかは振り返らずとも明らかだった。
「降ってくる飴に触れるな! 吹き飛ばされるぞ!」
アレックスが皆に指示を出すが――
「無茶言うな! 多すぎて避けられるか!」
エドガーの言う通り、広範囲に降り注ぐキャンディーを避けるのは不可能だ。しかし、幸運にも、降ってくるキャンディーの量に対して、爆発する数が少なかったため、四人は爆発に巻き込まれずにすんでいた。
「これっ……、いつ……、終わるの……?」
「……もう限界……、です……」
爆発するキャンディーにばかり気を取られている訳にはいかない。今も屋根の上からは矢と弾が飛んできているし、オバケたちの光る玉も無視できないダメージを与えてくる。
一番厄介なのが接近戦を仕掛けてくる兎とスケルトンで、倒さなければいつまでも追いかけてきて、剣で切り付け、メイスで殴り掛かってくるのである。
女性陣二人は、ほぼ限界だった。
そんな時、状況に変化が訪れた。今までずっと左右に建っていた家がここでプツリと途切れたのである。そして、その先の地面に描かれた、青く光る円状の模様を見つけた。
「飛び込めっ!」
叫んだアレックスは躊躇なく、その光る模様に飛び込んだ。後ろを走っていたパーティメンバーの視界からアレックスの姿が消えるが、それを見て二の足を踏むものはいなかった。アレックスと同様に、三人はためらいなく光る模様に飛び込む。
その姿が一瞬にして消えると、それまで執拗に追いかけていたぬいぐるみたちは、何事もなかったかのように、街の中へ戻っていくのであった。
「ハァー……、ハァー……」
先ほどまでと違うフロアに、肩で息をするアレックスの姿があった。その後ろでは他のパーティメンバーがうずくまって乱れた呼吸を整えている。
しばらくして、まともに息をすることができるようになった四人は、ようやく自分たちがどうなったのかを把握することができた。
「とりあえずは逃げ切れたか……。しかし、ここはどこだ?」
「落とし穴があったフロアに戻ってきたみたいだな。ほら、そこにさっき見た傷があるだろ」
エドガーが壁に付いた傷を指さすものの、普段斥候を務める彼以外に、その傷に見覚えのあるメンバーはいなかった。しかし、その言葉を疑う者もここにはいない。
「よくわかんないけど、戻ってこれたんでしょ。よかったー!」
「助かったんですね、私たち……。もうあそこには二度と行きたくありません……」
「なんだ二人とも、さっきまでそこに住みたいって言ってなかったか?」
大の字で後ろに倒れこんだジェシカと、腰を抜かしてペタンと座り込んだローナに対して、冗談を口にするエドガー。疲労困憊の二人はエドガーを睨み付けるだけで、言い返す余裕まではないようだ。
「エドガー、あんまり二人をからかうな。さて、もう少し休憩したいところだが、まだここはダンジョンの中だ。せめて安全な休息エリアまで移動しよう。さあ、立つんだ!」
アレックスが差し出した手を取って立ち上がったジェシカとローナは、しぶしぶ歩き始める。
「それにしても、あの階層は凶悪すぎたな」
「そうだな。何階層落ちたか分からんが、下に行けばあんな階層がゴロゴロあるんだろ? 冒険者やめたくなってくるぜ……」
「まぁ、私たちにはまだ早かったわね。でも、いつかきっと攻略できるわよ」
「そうですね。そのためにも強くなれるよう、みんなで頑張りましょう」
無慈悲な階層から脱出した四人が談笑を交えつつ、休息エリアに向けて歩き始める。
その階層こそ、数日前にチシィとミルミラーレによって作られた地下三十一層なのだが、まさかこれが趣味全開で作られたものだとは、四人は知る由もないのであった。




