第四夜 1
トスッ…
トスッ……
トスッ、トスッ…
あたしの上で何かが動く。
そこそこ重い。これ、……ウルかな。
「来たか、想。待ってたんだ。」
……あぁ、ウルの声。やっぱり今日も来たんだ、あの夢に。
でも、もうちょっと…寝たい…。起きなきゃって思うのに、瞼が開かない。
ここ数日の睡眠不足が明らかにたたってる…
「ごめ…もうちょっと…寝かせ…て…」
トスッ……
トスッ、トスッ…
やっぱりあたしの上で何かが動く。起きろって事…かなぁ。
ドスッ…
ぐ…、そこは、みぞおち…
「ウルっ、重いし痛いっ。
睡眠足りてないんだから、もーちょっと寝かせて!」
痛みと気合で無理やり起きて怒鳴ったあたしの視線の先には、あたしが起き上がった際に弾いたと思わしき白い羊が転がっていた…。
……あれ? …他にも居る、ね?
いち、にい、さん、しぃ…あ、ウルみっけ。…小道具としてつくったモノクルもつけてる。ちゃんと見つけてくれたんだ、よかった。
周りをぐるっと見回して数えると、ウルを入れて七匹の羊がそこに居た。
えっ、こんなに祓えたの!? 何これ、あたしが浄化するより断然早いんじゃない!?
あたしがウルを祓った時は対価もキツくてあたしとウルの二人が精々だったのに…。
「想、すまないが怒鳴らないでやってくれ。夢守を怒らせたのか、と怯えてる」
「え? あ。……ごめんね、羊さん達。
出来れば今みたいな起こし方は今後やめて……くれると嬉しいな?」
あぶな…。この子たちに明言はしちゃだめだ…。さっきのはウルって名指しが入ってたからきっとノーカンだと信じたい…。
「……。
夢守は怒っていない、今後寝ている夢守の上には乗るな。と俺から伝えた。大丈夫だ。」
──え? 俺から? 今のあたしの言葉じゃだめなの? っていうかいつのまに?
「伝えたってどうやって?」
「俺達に言葉がない事は教えたな?
その代わりに俺達は……、想から貰った知識で例えると念話が出来る。といえば解るか?
え、──マジで? ……言葉が無いのにテレパシーなんて出来るものなの?
「ここにいる俺の兄弟は想と俺がなんの会話をしているのかは理解していない。
ただ、さっきの大声でなにかをやらかしたんだろう。と怯えて…な。
出来ればあまり声を荒らげないでやってほしい。」
「……そう、なんだ…。うん、ごめん、気をつける。
で、ええっと…、ここは教──あ。」時計──。
あ、やっぱある。ブレスレットも。パジャマも今日寝る前に着たやつで間違いない…って……、ん? ──えぇ!? 今、一時!? ここに来るまでに三時間…?
「どうした?」
「あ……、えっと。
持ち込みの実験を兼ねて腕時計をしてきたの。」
「何かわかったのか?」
「ん。身につけた時計を持ち込めた事。かぶってた毛布や、寝ていたベッドは持ち込めなかった事。それからこの時計の時刻が正しかった場合寝てから今迄に三時間経過してるって事…かな。」
「……。なるほど。依り代と、時間か。そういえば、想の世界には二十四時間という時間があったな。」
「ねえ、ウル。あたしが今日ここに現れたのはいつになる?
今来たの? それとももっと前からここにいて、あたしはやっと目が覚めた?」
「──。ほんの少し前だ。三時間とやらは過ぎてないだろう」
「……そっか。あ。ウル、ついでに聞いておきたいんだけど、ウルは以前あたしとあった日の事を先日って言ったよね? 何を基準に先日って判断したの?」
「あれは月を基準に判断したものだ。」
「月?」
「俺が見た想の記憶では、朝、昼、夜と合わせて二十四時間があり、夜には月が登り、朝には月が沈んでいた。
今この世界には、朝と昼は存在しないが月が沈む現象がある。それを基準に先日とした。」
「そう…なんだ…。えぇと…、詳しく…聞いても…?」
「いいぞ。この世界に興味を示してくれるのは寧ろありがたい。
気になる事はなんでも聞いてくれ。
取り敢えずは月か。今俺達がいるこの世界には、三つの月がある。」
「三つ? 二つじゃないの?」
「恐らく三つだ。ただし、同時に見えるのは多くて二つ。
一つの月…これは三日月の方だ。独自の速度で動いている。見えなくなるのも早いが見えてくる速度も早い。
残りの二つの月は、共に満月だ。恐らく同じ速度で動いているんだろうな。一方の月が見えなくなると、もう一方の月が顔を出す。違いとしては、色…だな。想が居る今、空にある月は…、元は紅く、今は蒼い。その月が見えなくなると、今度は白い月が顔を出す。
時間というものは少なくとも俺の故郷には無いからな。
月が何度か沈んでいたのを基準にして昨日ではないと判断し先日とした。」
「なるほど…」
じゃぁ、月の巡る時間とか、あたしが居なくなってから戻って来るまでの時間をこの腕時計で調べれば、時差の確認に役に立つ…?
「ねぇ、ウル。ちょっとお願いがあるんだけど。」
「なんだ?」
「あたしが持ってきたこの腕時計で月の周回時間や、あたしが次にくるまでの時間を測ってくれ…たり、しない?」
「それをくれるのか? 大歓迎だ。」
「いや、あげないよ!? この時計気に入って買ったんだから、例え夢でもこれはあたしの。」
「そうか……。残念だが今後何かの役に立つなら手伝おう。」
「ありがと。ねぇウル、この時計が気に入ったの?」
「いや…。依り代が増える…と思ってな…」
……そっちなんだ。
「じゃあ、時計は宣言する前に渡すから…出来たらでいいから調べてみて。」
「わかった。想、他に何か知りたい事はあるか?」
「え、ええと? ああ、そうだ。ここって教会?」
今あたしが座っている床にはいつも通りのピンクの毛布と、真っ白のふわふわとした絨毯が敷いてある。
確かこれ祈りの間っぽい所にクッションと合わせて敷くイメージで創ったはず。
「ああ。想が創ってくれた建物内部だ。
すごいぞ、これ。俺は勿論そこに居る兄弟羊達も感謝している。」
「ここに居る子達は全員この建物で浄化したの?」
「ああ。」
「この数だと、まだ外には沢山残ってるんだよね?
それでもこの建物の浄化機能は、ウルにとってうまく働いたと思う…?」
「勿論だ。」
「その眼鏡…モノクルの性能はどんな感じ?」
「これもすごいな。クロキモノの浄化率や詳細、居場所が見える。」
「気に入って…くれた?」
「勿論だ!」
ウルの力の入った肯定に、これなら今回の構築予定物、反対はされなさそう。と安堵した。
……あぁ、よかった。
やっぱり文明の利器?っていうかゲームの機能って素晴らしいよね。うん、今回はあれを自分用につくらせて貰おうっと。
「そうだ。この建物に開かずの間みたいな所ある?」
「あるな。」
「そこあたしの自室だと思うんだけど。案内してもらっていい?」
「ああ、こっちだ。ついてこい。」
「あ、まって?」
ウルが歩き始めたので、呼び止めて、
「兄弟羊さんたちは念のためここに待機でお願いしていい? あとウル、依り代持っていって欲しいんだけど」
「ああ、わかった。……。こっちだ、想。」
一緒に移動しようとした羊さんの同行阻止をして、ウルの首元に依り代の毛布をキュッと縛ってあげるとウルはさっき向かおうとした方向へと歩き始めた。
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