第三夜
ふわり、ふわり…、からだが…浮い
「──!?」てないっ、おちるっ!?
「想、危ないからいきなり動くな!」
ああああああ──…、びっくりした。
一瞬身体が沈む感覚がして、飛び起きたあたしに掛けられた声。
ウルだった。
「あぶないって…。…………な、に…」
……あれ? 見渡した感じの景色がおかしい。空が近くて地面が遠い…ような。
なんていうか…うん。高い。
あたしの足元…いや座ってはいるんだけど…には、予想通り依り代のピンクの毛布。
その下に刺繍の入った赤い布地が見え隠れ。
そしてあたしが見渡した遥か彼方?に見慣れた草原が広がっていた。
「ええと…ウル…?」
「想は、依り代のある場所に来るだろう?
想が居なくなった後、俺は絨毯で移動を続けてたんだ。
便利だな、絨毯。感謝する。
それから想、あそこにある黒い大地は見えるか? あそこが……集落だ。」
どゆこと? と、説明を促す視線を送ると彼は説明をしてくれた。
どうやら赤い布地は前回創った絨毯らしい…。
そして促されてみた視線の先の大草原は、一部が真っ黒に染まっていた。
「何が起こるかわからないからな。距離をとって待機していた。
想も来た事だし、これから向かいたい。だがその前に、悪いが依り代から離れてくれないか?」
「ああ…うん。えぇと…。」
つまり、目的地にはもう着いていて、あたしは乗りたいと思っていた絨毯の上に召喚?された、と。
……違う、あたしが楽しみにしてた空飛ぶ絨毯の初乗りはこうじゃない…。
ごろごろしたい、とは確かに思った。
でもそれは、寝ているあたしではなくて、きちんと意識があった上で寝そべって、自由に空の散歩を楽しむような…。
なんで寝てる間に絨毯上に召喚されて、軽い恐怖を味わわなくちゃいけないの…。
「とりあえずウル。ここで立つの恐いから一度高度を下げてほしいんだけど」
恨みがましい目でウルを見ながらそう言うと、ウルの返事を待たずに高度が下がった。
「……あれ? 勝手に?」
「想と俺なら想の意思が優先なんだな。俺は何も指示してない。」
──そういえば移動には指示が必要だと思って意思に従う乗り物として作ったんだった。
思ってたより便利かも。
地面近くまで移動してくれたのを確認して、あたしは絨毯を降りて伸びをする。
あー…、びっくりした。あの落下するような起こし方は出来れば今後やめてもらいたい…。
「ああ、想。そいつは聞き分けがよくってな。」
めいっぱい伸びをして身体をリラックスさせようとしていたあたしにウルが話しかけてきた。
「うん、そうだね。」
ちょっと言っただけで直ぐに動いてくれたもんね。
「みてろよ、想。──おすわり。」
…えぇ!?
──自分でたたまれた!? なにこれすっごい便利そう。洗濯物にこの機能が欲しいんですが!
…じゃなくて。
「立て。」
あ。絨毯が布の端と端を起点に……立った?ていうの、これ。
まぁ、確かに二足歩行可能そうな直立状態な姿になったけど。
「歩け。」
……そのまま二足歩行をした絨毯に思わず目が点になる。
いや、空飛ぶ絨毯なんだから、歩く機能はまったく必要ないと思うんだけど。何故歩かせた…。
「待て。」
…ピタリ、と止まって、
「寝ろ。」
……。静止してた絨毯が勝手にくるくるとまるまって寝そべった。
……あたし、何を創ったんだっけ…?
「な? こういうのを、──。ペットっていうんだろ?」
「いや、ちがうでしょ」
速攻で否定した。ウル…あたしが居ない間になんつー時間の潰し方を。
「そうなのか? ──。だが、想から貰った知識の中では、生き物をしつ」
「──え、あたしがあげた知識ってなに?」
「ん? ああ。──。そうか。意図したものじゃ無かったんだな。
実はな。俺は、いやこの世界の殆どの住人は元々言葉という物を持っていない。
意思疎通の方法は他にあるから困る事はないんだが、」
「え、そうなの? てっきり全員しゃべるんだと…」
「言葉を持つのは人の種を模した住人と一部の、──。九官鳥…とか居るだろう? ああいう人の種が元々喋る存在として認識しているやつだな。
俺は想と出会ったあの日、突然話せる様になってな。
……これは推測だが、話し相手が欲しいと言った夢守の力による変革事項ではないか。と思っている。それを裏付けるものとして、想が俺に言葉をくれたあの時までの想の知識らしいものが俺の中には言葉の倉庫として存在している。」
え。ちょ、まって? ……。まじで?
「え、と。それって…つまり…」
「俺が話してるのは想から得た日本語だ。
想が生まれてから俺と出会った時までの知識や思い出が、俺の頭の中に全部ある。」
「はぁぁぁぁ!?」
「知識であって思考じゃないが。──。ビデオや動画っていえば理解しやすいか? あんな感じで動く映像が俺の中に入ってる。鏡や水辺のある場所では想らしき姿が映ってるし、登場人物が想の名前を呼びかけて来るシーンもある。そういった点からこれは想の記憶だろう、と推測したんだが…。ただ、まぁ。探ろうと想えば映像と音声を取り出せるだけで想の考え方はわからないんだがな。」
「……。嘘、でしょ…?」
なんか、さらっとカミングアウトされたんだけど…
ちょっとまってよ、それ、まさかあたしのプライベートな情報、全部ってこと…!?
「疑うなら、そうだな。想の愛読書らしき本のタイトルや、昔ラブレターを書いて渡そうとして挫折した想い人の名前とか、そういえば…風呂場の記憶もあった筈だ。ほくろの位置でも探ってみるか? この世界に本来存在しない情報を引き出せば疑わず信じてくれるだろ?」
「やややや、やめて!? そんな情報ウルにもこの世界にも全く不要でしょ!?」
「ああ、不要だな。」
「そう思うならあたしの記憶見ないで、探らないで!
ていうかなんでそんな例が出てくるの!?」
ホントかどうかは怪しいけど、でももしホントなら、全力でご遠慮したい。寧ろ全力で忘れて欲しい、忘れさせたい。
「お前が初めて目の前で消えたあと、言葉をより深く知ろうと色々探った時に見つけただけだ。
……俺が夢守の解説をした時の口調があっただろう? あれもお前が読んでた本に書いてあった会話を模したんだ。」
「そ、そう、なんだ…。」
言われてみれば確かにベッタベタ…だったもんなぁ…。
「じゃあ大泣きしたのも演技だったの?」
……あれ? でも偽りがあったら宣言はその場で破棄されたはず…。
「いや…。あれは……。
──。緊張の糸が切れた。…というやつだ。言葉の選びは模したが、気持ちを演じたつもりは一切ない。……くるものなんだな、嬉しいと。」
ああ、じゃああれは、やっぱりマジ泣きだったんだ。
「とりあえず、さ、ウル。」
「なんだ?」
「本当に必要最低限な知識以外、その記憶の中漁らないで欲しいんだけど…。」
「それは困る。俺が想と円滑に会話を行うには、この知識が必要だ。」
「……今直ぐ依り代もって帰還したくなる程恥ずかしくても?」
「わかった。必要以上に探らないと誓う。
ただし、俺が他に知識を得られる手段を何か考えてくれないか?」
……代替案、ね。
まぁ記憶覗かれまくるよりはよっぽどまし、…だよね。
自分の生い立ち全部知られてるとか、恥ずかしい上にストーカーされてるみたいでなんか恐いし。
「……じゃあ、それは一緒においおい考えよっか」
「ああ。」
……とりあえず。ちょっと脅しのような例をあげてしまったけどウルの説得? には成功したのかな…。
ああ、……どっと疲れた。
やめて! あたしの精神力はもうゼロどころかマイナスだから!
……。ほんとやめて。羞恥心、半端ないよ…。
* * * * * *
「想。移動しないか?」
「…──んじゃ…ウルの故郷まで行こっか。」
気づかれが酷くてもう少しゆっくりしたいけど…。
寝てる時間?は限られてるし…、
「えーと、割と近いし低空飛行でのせてって欲しいんだけど。
絨毯…ウル、この子なんて呼んでる?」
「いや、指示するだけで名前はないな。あえていうなら、さっきつかった絨毯だな。」
「あ、そうなんだ。えーと、君、名前つけていい?」
呼ぶたびに絨毯とか絨毯君って呼ぶのはちょっと呼びにくいかな?と、ウルの指示でくるくると巻いた状態で「寝て」いた絨毯に聞いてみる。
きっとああいうペットみたいな指示をこなすなら、意思を持つようつくったこの絨毯は、思考がある…のかも?と思って聞いてみた…んだけど。
丸まった状態で直立すると、身体を2回程折り曲げる動作を繰り返して答えてくれた。
……やっぱりあるんだ、自分の意思。きっと、頷いて? くれたんだよね?
絨毯…は、敷物…だから、
「シキ…でどうかな?
この名前でいいなら、移動の準備…してくれる?」
敷物の敷。安直…とは思うけど。でもしきって名前は女性にも男性にも使えそうだし。このこ性別不明だし。
──あ。
シキ君が、乗りやすそうな位置に絨毯として広がってくれた。この名前でいいっていう意思表示…として受け取っていいのかな?
「じゃあ、君は今日からシキ君。よろしく、ね。
ウル、いこー?」
「……ああ。」
こうして、あたしは今日二度目の空飛ぶ絨毯に乗ることになった。
シキ君はあたしの要望通り、低空飛行で飛んでくれた。速度もそんなに速くない。
今日の絨毯上への召喚は怖かったけど、うん、これなら…怖くないね。
慣れたらもっと上空を飛んでもらって、この世界をもう一度上から眺めて見たい。
この世界にはどんな所があって、どんな住人がいるんだろう。
大多数が羊らしいけどでも少数でも他種族?が居る…って事だよね。
……楽しみだなぁ。
「あ。そういえば、ウル」
「なんだ?」
「シキ君、なんでペット扱いだったの?」
「人の種は犬や猫を飼う習慣があるんだろう? それが例え機械でも。
動くものをしつけて飼う事がペットだと思ったんだが…ちがうのか?」
「う、う~ん…?」
いやペットロボットみたいなのも確かにあるけど…
でもあれは……。
……。
あたしの知識を記憶として持ってるけど、思考までは読めない…って、そういう事?
感情的なものは、理解できない?
…じゃあ、ウルが持ってる記憶の中のあたしが、どうしてそういう言動をしたか…はあまり理解されてない? もしそうなら多少の救いではあるけど…。
でもウルはすっごく泣き虫…みたいだし、泣くって事は感情はきっと有る…んだよね? 記憶を見られ続けたらそのうち理解しちゃいそう…。
…うん。あたしの記憶を見られないよう、提案通り代替案を探しておこう。
「想。ついたみたいだ。」
「え。ほんと? 早いね。」
考え込んでた意識を切り替えてウルに言われ見た先には、黒い羊が一面に…まるでカーペットの様に倒れていた……。
* * * * * *
「この黒い場所…全部……羊?」
そこには草原と、一部を囲った柵があった。
その柵の中には、沢山の黒く染まった羊が倒れてる。一瞬意識が遠のきそうになった。
これ、何匹居るんだろう…。
えーっと、ウルがこれくらいのサイズだから…。
ウルが一匹、ウルが二匹…って基準を作って切り分けたとして……。
百匹とか軽く居そうなんだけど…。
……だめでしょ、これ。
ウルとあたしを浄化?した時の対価を考えると、一斉にはちょっと無理。
分割でも…できればちょっと避けたい所。
でもどちらかは選ばないといけない訳で…。
もし選ぶなら気合を入れて一度に変革……の方が精神的にその時はキツくても後々…はきっと楽だよね?
「ねぇ、ウル。例えばさ、この世界よ元に戻り給え~! とか言ったら解決しない?」
丸投げな事を聞いてみる。これで解決しちゃうならあたしの異世界構築生活、速攻終わるなー…とかおもったけど、どでかい対価を払うなら、なるべく一度で済ませたい。
「駄目だ」
──速攻で拒否された。
「なんで?」
「……今、想の髪は何色だ?」
「ピンク?」
「俺の身体は、何色だ?」
「…ピンク。」
えぇ? なんで色?
「……お前は俺達を蝕んでいたクロキモノをピンクに変えたが、この色は同色か?」
言われて初めて意識した。同色には見えない、ですね…、確かに、うん。
あたしの髪はさっき鏡でも確認したように、ピンクといっても桜みたいな薄い桃色で、かたや同じピンクでも、彼の羊毛はピンクっていうか原色に近い。寧ろドピンク。
「それからお前が作った鏡や絨毯。形や色、柄の指定はしていなかった様に思えるが?」
──。そういえば、赤い絨毯として生まれたシキ君には刺繍が施されてる。
まぁ、一番どでかく入ってる刺繍のメイン柄は羊…なんだけどね。
あたしはシキ君を作る時、見た目を表す言葉としては空飛ぶ絨毯…としか言わなかった。鏡にしたって、手鏡とは指定しなかった。
「結果論からの推察に過ぎないが、多数を示せる明言は曖昧な結果を生むんじゃないか?
可能性としては創造主──想、お前のイメージが影響する、とかな。
聞くが想、おまえは何を基準に元の世界に戻すんだ?」
「──あ。」
「だから今回、力を使う時は最小限に範囲を狭めた上で、細かいイメージを沢山持って試して欲しい。
世界を元に、と言う前に、想…お前はこの世界をもっと沢山知るべきだ。」
……勉強のフラグが有無を言わさず立った気がする。
しかも自分で立てた気がする。言わなきゃよかった……。
「じゃあ、ええと…これ…」
「範囲を絞って少しずつ浄化を試して欲しい。」
やっぱり、そうなる?
うーん、……でも。
休憩をはさみながら時間をかければ問題ないかもしれないけど…でもウルは前日のことを先日って言ってた。
もし途中であたしがここから居なくなったら? きっと、時差がでる。
ああ、そうか、どれくらい時差があるのかも確認してかなくちゃいけないんだ。
……最悪居ない間に取り憑かれちゃって、無駄になるんじゃない?
じゃああたしが戻ってくるまで、何処かに避難しててもらうとか? ううん。彼らにとって確実に安全な場所ってそもそもあるの?
ここは柵で囲われてるだけで、建物なんて一つもない。そもそもクロキモノは実体がよくわかんないし、どう避難したらいいのか、なんて見当が──、
…あれ?
災害時には避難所の確保…が定番、だよね?
とりあえず安全な避難場所を作れば悪化の回避はできるんじゃ…?
「ねぇ、ウル」
「ん?」
「今回、全員の浄化をするのは無理だと思う」
「そうか。まぁ、これだけ居れば、な」
「だからまずは、あたしが不在の間安全に過ごしてもらう安全な避難場所を作るべき──だとおもうんだけど、どう思う?」
「安全な避難場所、か。──出来るのか?」
「夢守は何でもできるんじゃないの?
ただ、創ればウルの生まれたこの場所の景色は変わっちゃう。」
「そうか。……。夢守の力を望んだ時点で何も変わらない事は無理だろう、好きに変えてくれ。
ただ想への負担も創ったものがもたらす効果もわからない。範囲を狭めて試してくれないか?」
「……わかった。」
ええっと、今回はイメージを細かく沢山持って試すんだっけ…。
まずは範囲。……今あたしが救うのは、この世界全てじゃない。とりあえずは目の前の…ここ、ウルの故郷だけ。
故郷…生活空間はきっとこの柵…の中…だよね?
避難場所──建物。あたしみたいな世界だったら、あたしは避難場所として家が欲しい。災害時だと学校とかの広い施設や高台に避難になるんだろうけど…自分の部屋は生きてく上で一番気の抜ける場所だと思うから、自分の家が無事な場合はあたしだったら家がいい。
でも、ここはあたしが住んでた世界じゃないし、羊の家はあたしの中では飼育小屋位しか想像つかない。
でも飼育小屋なんて、今までこの柵の中で暮らしてた彼らにはきっといらないものだと思う。
だから、あたしが作るべきは家じゃない。浄化…つまりは得体の分からない何かを祓う…お祓い。そう神社とか、教会とか、聖堂とか。
ここの景色なら、教会が似合いそう。
白い壁に水色の三角屋根。屋根には十字……あ、十字架である必要なかった。ここはウルの──羊達の故郷なんだから屋根には可愛い羊のモチーフで。
あたしも羊さんも出入りするなら、入り口の扉二つかな? あたしが通れるサイズの扉と、近くの壁にウル達用のペット扉をつければ、あたしも羊さんも出入りが出来る。
教会の中にはきっとゲームとかでよくある祈りの間みたいな広い空間があって。でも人間が座るような椅子……は、いらないよね? 地べたに座るだろうしふわふわのクッションとかがいいのかな?
この夢に神様…がいるかはわからないけど、でも夢守としてこれからあたしが創るその建物は祈ればきっとみんなをクロキモノから守ってくれる。だって、お祓いとか浄化とか解呪とか、神の奇跡とか、魔を祓う事に対してゲームやアニメではわりとご都合主義な設定多いし。
…………。あれ?
これ、もしかしていけるんじゃない?
そうだよ、だって。あたしはゲームやアニメの知識を総動員して、その建物のイメージを組み立てていく。
全部自分だけで浄化しようと思ったから、時間が足りない、力がたりない、間に合わない。
だけどあたしは気付いてしまった。
あたしが不在の間でも、ウル達が自分達で出来るシステムを作ってしまえばいい事に。
お父さんがいってた適材適所…って、こーいう事?
創れるあたしが何かをつくって、ウル達住人が使っていく。
そうすれば、あたしがここに居ない間にも結果は出てく。
──うん。夢守としての力の行使も最小限で済むかもしんない。
この教会案はきっと間違ってない。
「ウル、何を作るかイメージできたから作りたいんだけど、経験上、あたしはそれを作ったら、きっと目が覚めてここから居なくなる。あたしが戻ってくる迄の間、みんなと、それからウルに指示があるんだけど、伝えてくれる?」
「指示、か。俺だけでは駄目か?」
「最悪全部ウルだけでこなしても問題ないよ。
だけど一人より二人、二人より三人って参加者が多いほうが効果も増えるように創るから、ウルが試して必要だと思ったら、みんなに手伝ってもらったらいい」
「そうか、わかった。何をすればいい?」
「今から一つ建物を作るから、入れる子がいたら、その中に避難させてほしいの。
現状だとウルしか入れないと思うけど、ウルが頑張れば時間経過で入れる子が出るかもしれない。建物の中に状況確認に役立ちそうな試作品の小道具が創られるようにイメージしておくから、建物の中に何かないか探してみて。うまく創れなかったらごめんね。それからこれがすごく重要なんだけど。その建物の中で、祈って欲しい」
「祈る? 誰に祈るんだ?」
「……この世界、神様っていたりしない?」
「──。住人…、ではないよな。
きかないな。あえて言うなら夢守…だな」
デスヨネー。
「じゃあ…誰にじゃなくて、……とりあえず建物に祈っておいて。『ここの皆のクロキモノが 取り除かれ ますように。』って。あ。でも皆じゃなくて個体を指した方が効果範囲が絞られて効率的かもしんない。
皆でも、特定の子でもいいから、とにかく祈って。だけど、範囲を狭めて柵の中限定で創るからこの世界のって祈っても多分効かない。」
「わかった。」
「それから、もしあたしの不在時に何か変化があったら気に掛けておいてほしいんだけど。
ほら、作ったものがどう影響していくかわからない所があるから、さ?」
「勿論だ。他にはあるか?」
「ううん。今回はそれだけ。じゃあ、創るから後よろしくね」
今回教会の外装や内装については細かい指定はせずあえて思い浮かべるだけにする。
そうすればあたしのイメージがどの程度反映されるのか、この結果でわかるから。
ただし、失敗してもいいように、最低限のことは指定をいれておく。
「宣言する──
私はこの地、ウルの故郷にクロキモノを祓い、また寄せ付ける事のない教会を創る。
その教会に宿るクロキモノを祓う力は、祈りを捧げる事で増幅され、教会の力で祓ったクロキモノは小さな結晶へと圧縮し私預かりの部屋で安全に保管する。その保管部屋は私の許可なき者の立ち入りを禁ずる。」
宣言を終えてしばらくすると、またあの感覚がやってきた。
昨日も今日も初日程ひどくはないけど…、この逆重力みたいな感覚どうにか出来ないものかなぁ…。
遠ざかっていく感覚に、一仕事終えた達成感を感じつつあたしの意識は溶けていった。
──本日のメイン構築、避難場所「教会」獲得。
* * * * * *
────。
見覚えのある天井が見える。
あたしはゴロン、と寝返りをして窓に背を向けた。
うん、やっぱりあたしの部屋だ。予想通り目が覚めたっぽい。
時間は…っと。………。四時…。
本来六時おきの予定だったしやっぱり大分早い。
うーん…。毎日こんな時間に起きてたら今後深刻な睡眠不足に…。
睡眠時間、調整できないのかなぁ? もう少し長く眠りたい…。
経験則でいうと、目が覚める=何かを創ったタイミング…だから、時差を調べて変革をするタイミングを合わせれば、予定の時間に起きれたり…しないかなぁ?
でも向こうで過ごした時間って、睡眠時間と比べると圧倒的に短い気がするんだよね。
二度寝してまたあの世界に…ってなったら寝過ごしそうな気がするから、寝直すのは現状気が引ける。あたしの健康の為にも時差の確認は割りと急務な様な…。でも時差以外にも……これからずっとあの夢に通うなら、考えなきゃいけない事が結構あったよね。
一つ目は勿論今あげた、この世界と夢の世界との時差。
それから二つ目。…これはあたしの精神的な死活問題。ウルの勉強方法。
ウルの発言からすると、今まであたしが過ごしてきた日常的な記憶で知識を勉強してるっぽいけど…。恥ずかしいからあれはやめて欲しい。あたしの愛読書の事も知ってた…どころか寧ろそれを元に交渉をしたってことだから…、なにか読書できる物でも用意できれば…いい、のかな?
──いっそ辞書……広辞苑とか?
三つ目、クロキモノ。
クロキモノ、黒きもの。黒き物(者)?
夢の中の黒き物って普通に考えたら悪夢…だよね?
ウルを最初に見つけた時、ウルは意識がずっと戻らなくて、震えてた。
最後にみたウルの兄弟羊達も、動いている子は居なかったし、ウルと同じく意識がなさそうだった…。クロキモノは悪夢であり、悪夢を見ていた可能性は高いと思う…けど、あー…どうしてウルにあたしが浄化を施す前の状態を確認しておかなかったんだろう。あ、でも騙されないって言ってたような…? うん、今考えても答えはでないし、次に行ったら聞いて見よっと…。これは保留。
四つ目、依り代。
3日連続同じ夢を見たのはウルの言う、依り代のせい…ううん、おかげ…かなぁ。
夢の中での忘れ物って事だけど…、あたしはいつも夢の中ではその日に選んだパジャマを着てた。
今日はブレスレット…も身につけてた…気がする。…つけてた、よね? 次行ったら確認しとこ…
いつも夢に行った時、当然あるものだ。と思っていたから、身の回りのことはあまり意識して無かったけど、あたしの無意識な何かが夢のあたしの姿をそう創っただけなのか、それとも──…何らかの条件で、夢の中に身につけてる何かを持ち込めるのか。もし持ち込めるなら、持ち込んで忘れ物として置いてくれば、ウルの勉強の件は解決しそう? 夢の世界に置いてきたって、所詮は夢。ウルに毛布をボロボロにされたけどよくよく考えたら現実世界から無くなるわけじゃないんだろうし。……そういえば、毛布をもって夢に行けたのどうして初日だけなんだろう?
五つ目、あの世界の知識の取得。
これ…なぁ…。自分で立てちゃったフラグ。でもあの世界を一から全て猛勉強とかは流石にやめて欲しい。どっちかっていうと、もっと…こう……、だらだらっと過ごしたり、色んな所を観光したい。だって、せっかく行けるようになった別世界? なんだし。そのついでに見たものを調べたり教えてくれたり…とかならいいんだけど…。ウル…思い詰めてるもんなぁ…。現状だと難しそう…。もし今回ウル用に仕込んだ小道具をウルが気に入ってくれるなら、あたし用も創っちゃえば「現状の把握」要素は割りと解決しそうなんだけど…。
これも、ウルの出方次第だし、取り敢えずは保留…かな。
は──…、他にも考える事いっぱいありそう。でもこれ以上はちょっと頭が回らないや。
お父さん、すごいなぁ…。
どうやってあんなにたくさんの世界観を創ってるんだろ…。
* * * * * *
「そうか、避難場所として教会を、ね。
うん、いいんじゃないかな? 衣食住を整える事は大事だよ。」
「……衣食住?」
「そう。衣服、食事、住居。
どこを一番と考えるかは状況や人の価値観でかわるものだけどね。
例えば──、そうだね。
物語やテレビでサバイバルをしてる人達がどんな生活をしているか今、思い出せるかい?」
「ええと…、──。だいたいが寝床をつくって、敵の駆除とか森とか海とかで食材探し…? 無人島とかだとそのあと道具や筏を作って脱出とか…?」
「そうだね。人が生きるには水分や、塩分、そして食べ物が必要だから、近くの森や海で食事になるものを探す必要があるね。雨が降ったり風が吹いたり、獣が襲ってきたり…を防ぐためには、安全に寝れる住居の確保が必要になる。衣服の例えは出なかったけど、服は着ていた物で間に合ってしまう事も多いから、描写としては省かれやすいだろうね。」
そういえば、あたしが読んでる漫画の一つに、手作りの木製機械で織物をしているキャラの描写があった気がする…。
そうだよね、ずっとそこで過ごすなら、着替えは必要になってくるよね。
ゲームとかでは服はおしゃれの一環で、お金を払えばいつでも買えるからあんまり気にしてなかったかも。でもウル達羊の衣食ってなんだろう…。彼らが纏ってる羊毛なんてそもそも服の原料になるし、服は羊毛で十分だ。…とか言いそう、…ウルなら。食…は、柵の中の草…牧草?あれ? 干し草だっけ? いや、そもそもご飯て食べるのかな…。
あぁ…、ここも勉強が必要になってくるのかも。
「ありがと、パパ。今後気をつけて創ってみるね。」
「ははは。沢山頼ってくれていいんだよ。
ウル君っていう相棒が出来たんだろう?
想を取られてしまったようで私としては寂しいからね。」
……ウルは夢の住人なんだけど…。変な所でしょげないで欲しい…。
「えぇと…。あっ、じゃあパパ、お願い、があるんだけど」
顔の前でパンっと手を合わせて、お父さんにほんの少しの上目遣い。
「何かな?」
しょげてたパパの表情が一瞬で笑顔になった。
「パパの書斎の資料を自由に調べる権利が欲しい…んだけど…」
「あの部屋の?」
そう、あの部屋の。
小さい頃に部屋の至る所に落書きをして、出入り禁止になったパパの仕事の資料部屋。
「うん。ネットで探す検索は知ってる単語からしか辿りつけないから。
知らない知識を探すなら、専門書は有益かなって。……だめ?」
「想のおねだりなら断れないなぁ。勿論、いいよ。
ただ仕事先からの預かり資料も幾つかあるから、昔みたいなイタズラは、してはだめだよ?」
「……ごめんなさい。」
「はは、責めたわけじゃないんだよ。
じゃあ、今日からあの部屋の鍵は掛けないようにしておくよ。」
「ありがとう、パパ!」
嬉しくて思わず笑ったあたしにパパも笑顔でこたえてくれた。
* * * * * *
結局、あれこれ色々考えて一つの実験をする事にした。
携帯やスマホが普及して、誕生日プレゼントにとスマホを買い与えられてからは身につけなくなったブレスタイプの腕時計。寝ている時に身に着けているものは持っていける…という仮説が正しかった場合、腕時計を身につけて寝れば、時計を持ち込めるんじゃ? と予想というか希望をもって。
ただ、まぁ……、さすがに数年放置していた腕時計だし電池、……切れてたんだよね。
でもお父さんに相談したら時計屋さんまで送ってくれて、今は新品の電池で部屋の時計と同じ時刻を刻んでる。
この腕時計の持ち込みが今日の実験。
時差、どれくらいあるのかなぁ? ……ウルは何を目安に先日って言ったんだろう。
時差があるって判断した何かが有るんだよね? それも聞いておかないと…
まぁ、とりあえずは向こうに行ってから…か。
寝はじめた時間──、……いつもより早めの就寝で今は十時頃。
向こうで起きた時間──、
夢守の力を使う直前の時間──、
目が覚めた時間──、
この四つを今回確認しようと決めてある。
「さて、…と。寝るかな…」
あたしが創った教会でウルがきっと待ってるはず。
あたしはベッドに入って毛布をかぶった。
……おやすみなさい。
* * * * * *




