第四夜 11 幕間-異世界夢日誌- ◆◇ウル視点◇◆
第一夜のウル視点も入ってます。
俺の名はウル。夢守である想に仕える夢羊だ。
想に出会えた偶然に感謝が絶えない。あの交わした約束を何よりも大事に彼女を、想を。──護りたい…と思っている。
……。
その想に、駆け寄り近づこうとした奴が居た。
想に創って貰った擬人化スキルで隠密の姿を模してた俺は、その者が持つ魔力の具現化スキルでロープを創り縛りあげた。
ま、当然だな。
捕まえたのは黒くて丸っとちんちくりんなこいつ。
┌───────────────────────────┐
├──◆クロキモノ◆──────────────────┤
種 族:クロキモノ(バク種)
浄化率:100%
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└───────────────────────────┘
モノクルで調べてみれば、クロキモノ。…やっぱりか。
いやまて。浄化率100? おかしくないか? クロキモノだろ? こいつ。動いてるのを見たのもそういえば初めてだな…。…イレギュラーってやつ…か?
何にせよこいつを教会に入れる訳にはいかないな。…外の柵にでも縛りつけとくか。
「この不躾な縄を解きなさい!」
なるほど。これが喧しい、か。
「却下だ」
「──っ!!」
「その姿で睨まれてもな。何の目的で想に近づいた?」
「また貴方ですの!?」
…ん? また、ってなんだ?
「私に恨みでもありますの!?
私と想を引き離しただけでは満足できないという事ですの?!」
「お前と想を…?」
俺が知り、俺と想を知るクロキモノ…?
「お前、まさか…あの時の…?」
* * * * * *
「あーあ、つまんない。
せめて話し相手がいればいいのになぁ」
昏くて音も無く何もない。自分という置物が在った。
それはクロキモノが俺の身を染めてから続く自分の記憶。
全てを無くした俺の世界に。あの日偶然響いたその音は、俺の世界に再び光をくれた。
アア、ダレカ…
ダレカ、タスケ「テ」。
「うん?」
ウカンデクル、コレハ? ──。
ユメモリ…? コノ存在、ナラ? ユメ「モ」リ…サマ。
「……うん?」
俺の意思に反応するかのように流れ込んで来た知識。
それまで紡いだ事のなかった声。
目を開ければ……見知らぬ瞳が。──想が。俺を覗きこんでいた。
「ええっと… ねぇ、君、もしかして言葉が解るんじゃない?」
ナンダ…?
「…コトバ」
コノ声。コレハ…コトバ…
「ワカル。」
ナゼ? ナゼ、コトバガ、浮カブ?
「ドウ、シテ─…」
『ふふっ。当然、ですの。』
不思議と声が重なり響いた。
「良かったらあたしとお話しない?」
「…オハ、ナシ?」
「うん、そう。君、向こうの方で倒れてたんだけど覚えてない?
せっかくだから、あたしこの世界の事知りたいんだけど?」
『ああ、それは。互いを知るにはとても良い事。そうなさいませ?』
目の前には一人の、夢住人だと思っていた人の種、想がいた。
だが。想から俺に響く声は二人分。……その声は?
……タスケテ? ダレカラ? クロキ、モノカラ。
黒キ髪、黒キ瞳に染まっタ……コイツ、カラ…!?
「俺ハまだ、染マッテ…ナイ。騙サレない」
「えぇぇ…。騙すって何。ってか危害を加えるつもりなら、わざわざ運んだりしないんだけど?」
『騙すだなんて。信用なさって?』
重なり響いたその声は。想が纏ったクロキモノの声だと思った。
こいつらも言葉を使うのか、と。
「クロキモノは、信用シナイ。」
「クロキモノ?」
『──まぁ。それは先入観と言うものですの?』
「お前、クロキモノ、ダロウ?」
『ええ、そうですの』
「いや、クロキモノってなんなのよ?」
「近ヨルナ!」
『貴方、無知は罪という言葉を御存じ?』
何ダ、そレ…?
思い浮かんだその意味に。
「無知ハ罪」思わず呟いた。
『そう拒絶しなくとも、この子はとても優しい子。
貴方も互いを知る事はとても素晴らしく有意義な事…と、知るべきですの』
俺ガ、無知? コイツハ優シイ?
コイツを知らナイ俺ハ、罪?
「すいません……
ええと、そうだ。罪が深くならないよう、よかったら教えてよ?」
ソレハ……互いヲ知る為ニ?
コレハ……優しサ?
「クロキモノハ民ヲ染めイズコヘト連レ去ッテシマウ。
──俺モ、お前モ、姿ヲ見るニ染マッテイル、ダロウナ…」
「ええと、つまり例えば、あたしの髪と目や、君の身体を覆うその毛が、黒じゃなければ少しは違う態度だった、と?」
クロキモノは夢住人の姿ヲ染めル。
コの人の種がクロキモノに染マッてイナケレバ。一ツの、可能性トシて。
「……クロヨリハ。」
「ああ、そうなんだ…。
色…かぁ。
まぁ夢の中でくらい、黒髪じゃなくてもいいのかな?
いっそパパっと、例えばそうだなぁ、女の子らしいピンクとかに染まっちゃえば、ファンタジーらしくてかわいいかもね。
そしたら友達になれたかも、しれないんでしょ?」
『きゃぁ!? 嘘、どうし、てっ!? 貴方、なんて事を!
私の夢の続きを、あの方達との思い出をこのような──…想っ…だめっ…私っ、絶っ対いやっ、ですの!』
「──抜けないでッ」
あの時俺の前から姿を消した想。
俺の中からは淀みが消えて、黒く染められた俺の身も色を変え、まさか…とよぎった1つの知識が、これが答えと言わんばかりに俺へと主張していた。
「まさか」
彼女は。
「夢守──…」なのか…と。
* * * * * *
「ええ、恐らくそれは私でしょう。
再会早々随分な歓迎ですね?」
想の最後の一言は気になっていた。だから、想を調査して、存在の確認をした。かなり細かく調べる事が出来たが、あの声の主は見当たらなかった。
だから。
居ないのであれば、俺の中からも消えたように、想の中にいた奴も、浄化されたんだろうと思っていた。だが、想は夢守。想の言葉には力が宿る。こいつの言う事が本当なら…?
「何しに来た?」
「私の半身に逢いに」
「半身?」
「想ですの」
「ふざけるな!」
やっぱりこいつ、想に!
「ふざけてません」
「二度と想に近づくな!」
「嫌です。あの子は私の妹分ですから」
「迷惑だ!」
「それは貴方。側で見守るのは私の務め、ですの」
「不要だ。護衛は俺一人で充分だ」
「あら、不十分でしょう?」
「なんだと!?」
「レディにこの様な仕打ちをなさる殿方なんて。想の護衛にあるまじき人選ですの」
「…は? レディ?」
「目の前に」
「居ないが?」
「あら、見えてませんの?」
「見えないな?」
「貴方のその目は節穴ですの?」
「それはお前の頭だろ?」
「失礼なっ。私の様な立派なレディが見えないなんて」
「俺達みたいな一山いくらの夢住人が性別なんて持つわけないだろ?」
何も考えずにただなんとなく生み出された自分達。
想のように…人の種のように…生まれ持った性別なんて、授かっていない。持っているわけがない。
「ありますの」
「ねえよ」
「あるんですの!」
「ねえよ!」
「あ・り・ま・す・のっ!」
「ね・え・よ!」
「貴方に無くとも!
私にはっ! あるんですの!!」
「ありえないだろ!」
「あの方達に娘として愛されてっ、大事に育んで頂いた乙女心がありますの!」
生まれた後に性別という属性が、増えた? いや、ないだろ。
「これだから無知は罪、ですの」
「なっ──」
「貴方も、自身に問いかけてごらんなさい!
何故、貴方は自身を「俺」と言っているのか。
私に乙女心が宿った様に…、貴方にも宿った心がありますの!
選んだ理由がある筈ですの!!」
俺が俺と言う理由…?
幾つかの選択肢の中から、必ず選ぶ必要があった。
その一つを選んだ理由……
「……ないな」
「全く……。私の愛する想にこの様な朴念仁が纏わりつくだなんて……」
「なんだと?」
「独り言です。お気になさらず。
それよりも、いい加減この縄、」
「解く理由はないな」
「縛る理由もないですの」
「あるだろ」
「あら、どのような?」
「想に危害を加える可能性がゼロじゃない」
「ゼロですね。
私が、あの子を傷つけるわけないでしょう?」
「どうだか」
「解いて下さい」
「断る」
「何故ですの?」
「クロキモノなんて信用できるか」
「そう…、それだけ、ですの?」
「十分な理由だろ」
「……どうしても?」
「当たり前だ」
「そうですか。
…想はもう手の届かない夢の中。片や私は縄に縛られ身動きできず。
……仕方がないですの。
次にあの子が来るまで私も一眠りして、あの子の日常でも見ましょうか」
「眠る…?」
「私は少しばかり、特別なので。
ああ、ご存知? 時間というものは有限ですの。
貴方も想が来るまでの間、信じたくない事実を否定する前に、頭を使って考えて見るといいですの。
何度も言いますが、無知は罪。貴方の無知は私がレディである事を覆す理由にはなりません。では、おやすみなさいませ?」
そう言うと、こいつは本当に寝入っちまった。
……。
夢住人が眠って現実を見る…? 嘘、だろ?
いや、まてよ? こいつには想が…、夢守が絡んでる。
想の半身って言ってたな…? 妹分ってどういう事だ…?
──。……嘘、だろう?
俺の中にある想の記憶を。俺の意思に従い浮かんだ夢を。……否定せずには居られなかった。
* * * * * *