第四夜 7
ウルが亜種たる理由を考えてみる。
元々ウルが亜種だった…って可能性も勿論あるけど、でもそれよりは、多分…あたしと出会って亜種になった。って考える方が…あたしの知ってるパターンにはまる。
考えられる可能性……もとい、心当たりのパターンは二つ。
一つは名前が存在しない代わりにナンバリングがされていたのなら、ウルに名前を付けた事。
異世界ものでほぼ王道ともいえる──名付け。名前を付けることでなんらかの力が与えられ進化するっていうパターン。
……これは、同じく名前を付けたシキ君を見れば判断できるかな?
あれ? でもさっきシキ君の項目読んだけど、亜種だなんて書いてなかったような気がする…。
てことは…違う?
いや、でもシキ君ってあたしが夢守の力で創ったし、別扱いとかの可能性も…?
二つ目はあたしの存在やウルが持ってるあたしの記憶。
本来なかった特異点に触れた──異物が混ざった──事で『夢羊』と認識されなくなった。
だけどベースとしては夢羊と同じだから亜種扱い…とか?
うーん。
ウルも本来は夢守に接触しちゃだめって言ってたし、シキ君の件を考えると、こっちの方がまだ可能性が高いかなぁ…?
あれ、まてよ…?
ふと思い立ったパターン3。
そんなに難しい事じゃなくって単純に色違い…っていう意味だったり?
……うん、色変えただけのモンスターとかゲームとかでもよくあるし、思い立った中では一番あり得る気がする。
だって、あたしのせいでウルの羊毛ドピン…
「想、確認がとれた。」
「え? ……あ。うん、どうだった?」
「皆、一緒だ」
「……皆…?」
「あぁ。」
「それって差が何もないってこと?」
「そうだな。」
結晶の特性に限らず効果は同じ…?
うーん…?
「それと想、言語の共有をしていいか?」
「言語の共有?」
「日本語だ。俺の兄弟羊から夢守と話したいと主張があった。
……この建物の仕様説明…指示をするときに、最低限の知識は流したんだが、俺の中の日本語の知識を全て兄弟羊と共有してもいいか?」
知識の共有って──それってつまりあたしの記憶!?
「ちょっとまって?!」
「だめか?」
「だめ! だってそれ、あたしの記憶でしょ!?」
「いいや? 俺の知識になるんじゃないか?」
「え?」
自分の記憶の共有者が増えるだなんて冗談じゃない!
って、思ったんだけど。……ちがうの?
「……これは俺なりに考えた事なんだが」
「うん??」
「俺達夢の住人が念話が出来る事は伝えたな?」
「うん。」
「せっかくだから覚えておいてくれ。
俺達の念話というのは、言語ではなく、──。脳裏に浮かぶ…よぎる…、いや…、記憶を写真…絵画、静止画…つまり、情報をイメージ化し相手に投影すような意思疎通になる。
そして俺達の念話には、音が無い。もしかしたら伝えられるのかもしれないが、現状言葉で伝えてもそれを理解する者が居ない。」
……普段図解で会話してるってこと? それ解釈違いって出たりしないの? ていうかすっごい器用な気がするんだけど、でも…、
「……それって同じじゃないの?
情報の元となるあたしの記憶映像を見せるって事…だよね?」
「それだと想は、依り代を持って帰還したいと言うだろう? 俺としてはそれは避けたい。
兄弟羊の主張は「夢守と話したい」だが、現状念話では発音も伝えられん。
だが夢守である想と話すには、言葉とその意味、そして発音が最低限必要だろう?
で、だ。
例えるなら、──。学校……いや、自主性を尊重し希望者限定の、塾だな。人の種の授業で使う黒板の代わりに文字のイメージを念話で伝え、その他、筆記と発音を直に教えたい。
念話で伝えるイメージは……そうだな、白い背景に文字を投影しただけのイメージにすると誓おう。
勿論想の手は煩わせないし、想の気持ちを尊重する。……だめか?」
うーん……?
悩むあたしにウルはじぃっと視線を寄せて、あたしの答えを待っていた。
前に伝えたあたしの記憶の取り扱いを配慮したその提案は、彼なりの代替案なんだと思う。
あたしと話したいという兄弟羊の主張もわからなくない。あたしとしても言葉が通じないのは確かに不便なんだよね。
ずっとウルに通訳してもらうのもちょっとなって思うし、夢守の力では現状本を作れないから教材を用意してあげるのも難しい。
この提案はあたしにも十分メリットがありそうに見えるけど、でも例え希望者だけだとしても、今後どんどん増える…んだよね? まだまだウルの兄弟羊は外にいっぱいいるんだし。
「羊さんたち結構居るし、0から教えるの大変じゃない?」
「大丈夫だ、問題ない!」
「じゃあ、」
いいよ。…と言おうとして不安がよぎった。
ウルが亜種になってる事と、なった理由。
万が一、億が一、夢守の記憶が原因だったら。言葉を学ぶ事で亜種が意図せず増えてしまう…?
だけどウルは他の子を巻き込みたくないって気にしてる風。
「……気になる事があるから、暫く待ってもらっていい?」
「勿論だ。気になる所を教えてくれ。」
「…ごめん。」
痛い所をつかれた気がして思わず謝った。
「何を謝る?」
「念話を待ってた時にウルをモノクルで見てみたの。」
「必要な事なんだろう? 何を謝る事がある?」
謝るあたしにウルはまっすぐな瞳で言い切った。
…そっか。今のウルの発言からすると、あたしをモノクルで調べてあったのは、浄化に必要と判断しての事だったんだ。
あたしが見たのはただの暇つぶしと悪戯心。ウルその信頼が痛いよ、ごめん。
「まじごめん。見たのは興味本位だったんだけど…、でもね、ウルの種族にね亜種ってあるのを見つけたの。」
「いや、何を謝る必要がある? 興味を持ってくれたんだろう?
想がこの世界の知識を一つでも多く得るのは俺としてはありがたい。
そもそも俺の全ては想のものだ。人の種の持つ配慮はいらん。想が謝る必要はどこにもない。
それより亜種ってどういう事だ?」
……うん。称号になるわけだ。
これはみごとな忠臣ぶり。
ウルが却下した人の種の持つ配慮。
親しき中にも礼儀あり。
……あたしが望むウルとの友達関係は思ったより難しいのかなぁ。
「えっと…。記憶を漁る必要はないけど、亜種の知識、今ウル持ってる?」
「……。派生種、であってるか?」
「派生…うん、まぁ…大体あってる。
でね、その理由を考えてたの。
あたしが持ってる知識で浮かんだ候補は三つあるんだけど…」
「それぞれ聞いてもいいか?」
「もち。一個目はね、名付け。
これはわりと多く見られる設定で、魔力を持った者が名前を与える事で、名をもらった側が力を得たり進化するってかんじな定番。
夢守の力を魔力に例えたら、あたしから名前をもらったウルに当てはまるかな?って。
でもシキ君の項目には亜種の表記は無かったから可能性は薄そうなんだよね。」
「名前による進化、か。」
「そ。それから二個目があたしの記憶。
特異点…っていう表現があってね。
ウルは夢羊っていう種族なんだよね?」
「ああ。」
「特異点っていうのはね、あたしの知ってるゲームや漫画では本来は無い筈なのに存在しちゃったものや状況って感じな事が多いかな?
つまりね、本来は無いはずのあたしの記憶が特異点。この世界からしたらあたし個人の記憶まるごとなんて異物でしょ?
だからあたしの記憶っていう異物が混ざったウルは夢羊と認識されなくなっちゃった…みたいな。
で、最後が単純に色違い。
あたしのせいでウルの羊毛…色がかわっちゃったからね。
現状浮かんだのはこの三つ。さっきのウルの提案はあたしから見てもいいと思うよ。会話ができないのは確かに不便だし、あたしだって話し相手が増えたら嬉しいし。
でもウルは、他の子をあんまり巻き込みたくなさそうだよね?
もしあたしの記憶が原因で亜種になってたら、言葉を教えた子全員巻き込んで、亜種になっちゃうんじゃないかなって。」
うっすらと浮かんだ可能性をウルに伝えると、
「そんな可能性があったのか。……。」
ウルはポツリと呟いてそのまま黙り込んでしまった。