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若いころは起きたら夕方だったとか頻繁にあったけど。なんであんなに寝られたんだろうか。


これだけ疲れていても、朝9時前には目覚めてしまう自分が恨めしい。また眠ってしまおうかと目が覚めてからも意地を張ったように布団から出ずにいたが、結局1時間近くもゴロゴロしているだけだった。南東に面する知之の部屋にはカーテンの隙間から陽が差し込み始めている。

もういいかげん諦めよう。


「布団くらい干すかな・・・・・」


東京往復と8連勤、10連勤を終えて、昨夜は死んだように眠りについたので部屋はひどい有り様だ。今日は掃除と洗濯と布団干し、小一時間昼寝でもしたら1日終わる。とりあえず洗濯物を洗濯機に放り込んで、机の上のビールの缶を集める。とりあえず掃除機をかけよう。その後風呂とトイレと・・・水回りの掃除をする元気が残っているだろうか。

そんな算段をしながらコーヒーを入れる。

広めの木造1DK、地元に戻ったとき新築のこのアパートに引っ越してからは煙草も吸わなくなったしロクに料理もしないから主に戦うものと言えばホコリだけ。実は料理が趣味だった時代もあった。片付けながら料理するのが本当の料理人だと彼女には小言を言われていたけれど。

美味しいでも不味いでもいい。一緒に食べる相手がいないと、腹が満たされれば何でもいいと思うようになる。

朝の出勤前と夜寝る前のほんの少しの時間しか働くことを許されない42インチの液晶テレビがうっすら白い。スチールシェルフの下の段に置いてあるノートパソコンはもう当分電源を入れてない。家電量販店で働いていなかったら、絶対に買わなかっただろう我が家の2大巨頭(資産という意味で)は、ほとんど実力を発揮させてもらえないままに長い間座して沈黙していた。

正に鎮座まします、といった状態だ。

コーヒーにミルクを入れるかどうか一瞬思案していると珍しく携帯電話が鳴った。



突然の人探しに少しだけ付き合ってくれた殊勝な友人からだった。


「もしもし?」

「あ。知之。ごめん、仕事中、だよな?メールにするか迷ったんだが・・・」


つい先日数年ぶりに再会した、日に焼けた健康的な姿を思い出しながら、相変わらず面倒見の良い友人の声に心が凪いだ。


「いや。今日はやすみだったから。さっき起きたよ。10連勤明けでさ。どうした?」

「・・・・・・うん。それが、さ。」



思案の後に中身がカフェオレとなったカップをローテーブルとベッドの間にを持って座ると、耳に軽く息を吐く音がした。

優しいけれど思ったことを正直にすぐに口にしてしまう嘘のつけない友人。若い頃はそれで彼女の機嫌を損ねさせていたのを思い出した。

こいつの珍しく滑らない舌がそれでも何かを伝えたがっている。こういうのがこいつのいいところだというのも。やっぱり逢わなければ思い出しもしなかった。


「、、、なんだよ。」

「うん、あの、例のさ、お前が探していた人なんだけど。」


メールにするか迷うくらいだから、何か話があるんだろう。そしてそれでも彼は電話をかけることを選んだ。どうでもいい話ならメールでいいのだし。

気付いてしまったら何だか耳を塞ぎたくなってきた。聞かなくていいのなら、ここで話を終えてもらっても構わない。

自分が頼んでおいて勝手だけど。


「あ、あぁ。もういいよ。悪かったな。色々。助かった。」

「いや、それはいいんだけどさ。」


ベランダの端にあるエアコンの室外機と、その横の壁の隙間にゆらゆらと揺れる雲。風に揺れるたびに光の筋が伸びたり縮んだりしている。

雲じゃない、蜘蛛の巣だ。

今にもちぎれそうな細い糸だけれど、なかなかちぎれない。

こいつとの縁も案外切れていなかった。


『人間は太陽に当たらないと、心が元気になれないんだぞ。お前が鬱ぎこんでんのはきっと太陽に当たってないからだ。』


あの人の言葉が脳裏を掠めていった。確かに忙しくて太陽には当たっていない。

もう思い出すこともなくなっていたのに。


今の知之を見たら何と言うだろうか。やっぱり笑って、外に出ろと言うだろうか。


「忙しいのに色々付き合わせてごめん。今度お礼がてら何かさせてくれよ。俺がまたそっち行ってもいいし。たまには都会に行っとかないとな。ボケる。」

「いや、それはいいんだ。いいんだけど。うん。そうだな…ゆっくり呑みにでも行きたいな…」


歯切れが悪い。立ち上がって途中まで開けていたカーテンを勢い良く全部端に寄せた。さっきまで東側の半分くらいにしか当たっていなかったベランダの柵にも全て陽が当たって、早く布団を干したいと思った。


「うん・・・・・。あれってさ、直接の知り合いって感じじゃなかったよな?こないだは時間なくて詳しく聞かなかったけど。」

「そうだけど、大した知り合いじゃないんだよ。」

「------あいつの関係の人?」


あいつって誰?あれからあいつの話なんかしたことなかったろ。忘れてただろ。お前だって。



「なんで」


湿ったため息が電話口から漏れる。

「もしそうなら-------」

「いいよ。もう。」

「でも」

「違うんだ。俺の知り合いのお父さんかもしれなくて。」


あれは、『俺の』知り合いなんだ。『俺』を訪ねてきたのだから。


『知之、お前は俺の自慢だよ。離れても絶対に忘れない。音信不通になっても地の果てまで探しにいって、見つける自信がある。だからどこへでも行け。』



どこへでもって。じゃあお前は今、どこにいるんだよ。



「そうか。じゃあ伝えとく。」


そう言われたら、やっぱりごめんと喉元まで出かかった。本当は『俺の』知り合いじゃないって。



「そのお父さんて人な、たぶん亡くなってる。それから・・・・・・」


だからどうしたっていうんだよ。聞いたってあの子の連絡先すら俺は知らないんだ。

何をしていてどこに住んでいるのか、何も知らない。


「おそらく自殺だろうって、、、、。」


淹れたばかりのコーヒーだったが、おそらく入れ直さなければならないのだろう。

まだ飲むつもりなら、の話だけれど。




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