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こんな間取りの物件、誰が借りんのかな…

駐車場2台付き、1Lに納戸と倉庫…立地も悪くない。最悪二人で住めるか?でもこっちの部屋はシングルベッド置くのがやっとだよな。ラブラブカップルならいけるか…。て、ラブラブとかもう死語じゃね?)


「家賃1ヶ月無料キャンペーン対象・・・・っと。」


瀬間祐輔は地場の大手不動産会社で働いている。

現在賃貸部門の営業をしているが、営業とは言っても、来店客に物件を見せに行ったり、家主との拙攻をメインで担当するのでいわゆる外回りは少ない。

逆に管理物件についての問題やら住人や家主からのクレーム、設備のことで振り回されることが多くて、うんざりする。

大学を中退し地元に戻った後、1年間は資格の勉強をしながらのアルバイト生活だった。

本当は分譲物件を扱いたくて同じ系列の分譲系会社を受けたかったのだが、その時点で中途採用の募集をしていなかったし、年齢や学歴、経験のこともあっておそらくいずれにしても採用はしてもらえなかっただろう。

ならば不動産関連のスキルを積んだ後、希望の方向へシフトすることも考えて賃貸部門の採用試験を受けてみたところ運良く採用された。

バイトをしながら取得した資格が生きたようだ。しかし、たまたま自分のまわりの人間が次々と辞めていき、『普通に』真面目に働いていた祐輔は、なんと数年で小さな店舗の店長に当てがわれてしまった。

無駄な仕事が増えて、日々が雑多なものに囲まれてしまっっている。希望の方向へシフトすることも現実味を帯びてこない。

顔をあげてゆらゆらしているものを捕まえたいのに、顔を上げる余裕すらない。


駅前の大通りから1本入った通り沿いにある店舗は、いずれの曜日も人通りがそれほど多くなく、銀杏の実が落ちる頃になると一層寂しさも増す。

自分の仕事は管理物件の空室を減らし、いかに効率よく回すかが主なミッションなのだが、やはり部屋を探す人も時期的に人が動く春や秋に集中するためこの時期は客足もゆるい。

年があければ、きっとまたCMや広告の投下が激増して、1年で一番忙しい時期になる。


物件の種類にもよるが、最近は部屋を探す際不動産まわりをする人は少なくて、ネットの物件紹介サイトや広告を見てやってくる客が多い。

なかなか埋まらない物件などは契約している物件紹介サイトの担当とどういう風に載せたらいいかなどの相談をしたり、実際に写真や情報を直接サイトにアップしたりする作業もあるので、パソコンの前に座ることも年々増えている気がする。


(費用対効果・・・・ねぇ・・・・・)


同じ費用で広告をうつなら、勿論的確に効果につなげたいが、こんな小さな枠をひとつひとつじっくり見るユーザーがどれほど居るのだろうか。

店舗カウンターの奥、自分のデスクでパソコン作業をしていた祐輔は、土曜だというのに客のいないカウンターに置かれたおすすめ物件のチラシに目をやった。

記憶の連鎖というのはおかしなもので、チラシに掲載する物件の打ち合わせをした次の日にあの人に会いにいったのだと思い出してしまった。

先週の日曜日。

10日以上前のことをまだモヤモヤとした頭で反芻している。



彼には申し訳ないことをしたのかもしれない。






「あなたは僕のお父さん、ですか?」


あの人にはあんなことを言った。でも自分の記憶に違わないあの腕のホクロとは逆に、彼の姿を見たとたん、何故か一瞬で彼は自分の父親ではないことを悟ってしまった。

やっぱり父親とあのホクロの人は別の人だった、そう確信した。


きっとその一言を口にしないと祐輔自身の気が済まなかっただけなのだ。

その一言を口にするために、あんなところまで行ったのだから。

いや違う、誰でもよかった。誰でもいいから誰か適当な役割の人間に向かって心にずっと溜めてきたその澱を吐き出して、楽になりたかっただけなのだ。

それが知っている人間や自分の生活に関わる人間に対してはできなかったのだ。「生きていく場所」にその澱の滴の一滴分すらも残したくなかった。

そしてあの人なら言ってもいいような、許してもらえるような気がしてしまった。


結局最終的に彼に伝えたのは、フルネームと家族に聞けない自分の父親の存在を確かめたいと思っていたこと、自分が幼い頃家庭教師という名の「子守り」をしてもらっていたこと、おそらく幼いころに両親が離婚して父親の記憶がほとんど消えてしまっていて、自分の父親の記憶とその先生の記憶が自分の中できっとごちゃごちゃになってしまっているんだろうと思う、ということくらいだった。



「ごめん。僕は君のお父さんじゃないよ・・・・・。」


苦笑いした後彼は言った。


「やっぱり君はあの子なんだね。大きく・・・・なったね。そうか、もうそんなに経つんだね。僕のことはどうして知ったの?」



祐輔のことはうっすらだけど覚えていること、それが自分の大学の先生と祐輔の父親が知り合いだったことから回ってきた仕事だと記憶しているということ。

男子学生にお願いしたいという希望があったという話をなんとなく今話しているうちに思い出してきた・・・・・・ということ。

彼がもうその大学の先生とは全く連絡を取り合っていないことから、すぐに何かしらの情報を祐輔に与えてやれないことを申し訳なさそうに伝えてくれた。

半袖のポロシャツから除くその腕には自分の記憶にあるホクロがあって、40歳だと聞いていたのに30代前半といっても誰も疑わないだろうその容姿と申し訳なさそうに笑う彼の顔を見ているといたたまれなくなった。


結局そのファミレスで食事を共にし、彼が話す幼い自分との思い出(彼の中でもほとんど風化された記憶であろうことはそれで良く分かったのだが)とたわいのない世間話、それからちょっとした苦い沈黙を抜けてそのまま彼とは別れてしまった。

彼はそれとなく祐輔が今どこに住んでいるのか尋ねてきたが、ざっくりと伝えただけで詳しく言わなかった。いや、言えなかったのだ。彼は少し眉根を寄せたようだったが、祐輔自身がそれを遮るように話題を変えた。何度か尋ねられたというのに、どうやって彼の所在を確かめたのか、詳細には明かさずに逃げるように別れてきた。


(ごめんって、謝るのはこっちなのに。)


彼が地元に戻っていることは、「あの人」と知り合わなければ知り得なかったことだった。この偶然は絶対に奇跡だと、自分が父親に会うために神様が残してくれた最後の糸だと思った。

結局その糸を自分で切ったのかもしれないけれど。

それはそれでもう良かった。

あの言葉を吐き出した時、なんだかもうすべて終わったような気がしてしまったのだ。

今さら理解した。自分は父親に会いたかったわけではないのだ、と。


(連絡先も伝えなかったし、もう会うこともないと思うけど・・・・・・)


成り行き上、彼には自分のちょっとだけ深い部分を知らせることになったけれど、今後彼と交流することはもうないだろう。

彼のことをどうやって知り得たのかということを本当は説明して、謝らなければならないのはこちらの方なのかもしれない。ずっと溜めてきた澱を吐き出して、自分はすっきりしたのかもしれないけれど、彼にとっての今はあの人から聞いた時間のまま漂っているのかもしれないと思うとやりきれなくなった。

本当はもしかしたら、あんなことをして当の本人は地元に帰って楽しく過ごしているんだろうか、とも考えていて、もしそうなら詰ってやりたかった。

もし父親だったとしたら、もっと色々…。


『現実から目を背けて自分だけ逃げやがった狡いヤツ』

『もしかしたら自分の父親かもしれない無責任な男』


そう思っていた人間と少しの時間一緒に過ごして、そうではないのかもしれない----とも。

彼の言った言葉、「あの人」から聞いた彼の話が頭のなかを行き来して離れない。

寂しそうに笑うくせに、彼には触れてはならないベールが纏っているようだった。彼が自分で自分の身を削りながら生きているその残りがまだなんとか息をして歩いているみたいだった。


自分から寄って行って、それなのに直視できなくて、理由の分からない動悸がして顔が赤くなるのが自分でもわかった。

助けてほしくて、そして詰問してやりたくて近寄ったのに、彼を助けられない自分を無力に感じた。近づきたかった、でも近づけなかった。それで、逃げた。


「ごめんね。いや、俺さ、実はもうほとんど人と関わってない生活してるもんだからさ、誰かが自分を訪ねてくれるなんてことに慣れてなくて。お恥ずかしい限りなんだけど。」


(なんでだよ。違うってわかっちゃったんだから忘れればいいんだ。父親とは別人だってわかったし、あの人だって何も恨み言は言ってなかったわけだから俺が文句言うことじゃない。)


彼の、高梁知之という男のことが気になって仕方ない。もう二度と会うこともないだろう、彼のことが。


秋の空に流れる雲。あの人にとっては眺めて心を休めるものでも人恋しさを改めて思い知るようなツールでもなくて、先の見えない迷路にかかる低く垂れ込めた闇でしかないのだろうか、そう思うと祐輔はいてもたってもいられなかった。



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