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「いらっしゃいませ。1名さまでよろしいですか?」



知之は勤務している家電量販店から歩いて3分強の所にあるファミリーレストランに居た。

17時5分。日曜の夕方は混雑しているかと思ったが、夕飯時のそれにはもう少し時間があるようだ。半分と少しくらいの席がまだ空いている。もう小一時間もすれば、この空席は温かくて騒がしい人間たちで全部埋まってしまうのだろう。

知之にとっては日曜の「こんな」時間に自分が「こんな」場所に、しかも「誰か」と一緒にいること自体が、事件だ。

店員に先客の中に連れが居ることを伝えるのすらどうしたらいいものかと一瞬焦る程度には、慣れないことだった。

そしてその後もドリンクバーのドリンクを取りに行って戻ってきたまでは良かったが、それ以降数分間、グラスの外側を流れ落ちる水滴を見つめ、 固まっている目の前の若者をどうしたらよいものかと思案していた。





「お待たせして申し訳なかった・・・ね。」



そう言って向かいに座ると、色白の青年はようやくハッと顔をあげた。視線が衝突したことに怯えてかまたすぐに少し小さな背中を丸めてしまう。



「あ、い・・いえ。お仕事中にすみません。」



すぐに目をそらされるので、こちらもどうしていいかわからない。

突然の訪問を受けた時まだもう少し退店まで時間があった。この場所を指定して待っていてくれないかと言ったのは知之だ。珍しく慌ててロッカルームで着替えを済ませ、中古で買った愛車のインテグラを運転しここまで来た。歩いて3分、敷地でいうと隣同士になるこのファミレスの駐車場に職場の駐車場から車を停めなおして店内に入ると、ちいさな背中が窓際で外を眺めているのをすぐに見つけることができた。


彼の向かい側に腰を下ろして店員を呼ぶと



「とりあえず僕もドリンクバーを。他はまた決まったら呼びます。」


「ちょっと飲み物取ってくるね」



そういって早々と席を立った。


ドリンクを選んでいる間、知之は店でのことを思い出していた。




「・・・・・あの・・・あの、突然すみません!僕・・・あの、昔、高梁先生にお世話になった者です!」





突然やってきた小柄な色白の青年は、耳までを真っ赤に染めて開口一番、知之のことを「先生」と言った。

誰かと勘違いしているのだろうかと思った。それ以上に暮れかけた今日がいつものように何事もなく暗闇にかわるのを大人しく待ちたかった。だけど目を泳がせながら言葉を詰まらせながらそれでもそこを立ち去る気配のない彼の目の前に立っているうち、人違いでも構わないのかなと思った。

だがそれから色々考えを巡らせるうち、もしかしたら、という記憶にぶち当たった。





「で・・・その・・・・あの・・・・お伺いしたいことがあって・・。で・・・・」




同時にレジとカウンターからの同僚の視線をあからさまに感じたので、もう40分もすれば終わるから、隣のファミレスでお茶でも飲んで待っていてくれないかと言ったのだ。

いつも通りに終わるはずだった1日を邪魔された気分であったのは間違いなかった。なのになぜかこの必死な青年を無下に扱うことができなかった。まだ自分にも無くしたと思っていた「何か」が残っていたのだろうかと期待したのかもしれないし、ただ誰かと話したかったのかもしれない。そう思うと、諦めて生きていたつもりの自分が諦めきれていなかったことを思い知らされるようで歯がゆかった。それから自分で鍵をかけたあの記憶が押し寄せてきて、コントロールがきかなくなって狼狽えた。


運んできたアイスティーをストローもささずに一口飲んで、息を吐く。



「あ・・・・」



知之の吐息にも怯えたように、眉を下げてこちらを見るのは突然の訪問に恐縮しているからだけでないのは明白で。

さっきはとにかくその場をやり過ごすことで精一杯だったが、よく見ると小さい顔にしては割合の大きい目は黒目がちで、身なりから派手さはないがよく見ると本当にきれいな顔をしている。こういう子が接客業をすればきっと売上も上がるのに。





「ごめんね。いや、俺さ、実はもうほとんど人と関わってない生活してるもんだからさ、あ、人っていうのはお客さんじゃなくて、その友達とか家族とか、さ。誰かが自分を訪ねてくれるなんてことに慣れてなくて。お恥ずかしい限りなんだけど。」



「訪ねてくる」ではなく「訪ねてくれる」と言ったのは、自分の気持ちを少しでも正直に表したいと思ったからだ。人と関わるのはとても煩わしいが、誰も自分を思い出してくれない寂しさはどんなに鎧を着重ねても決して消えることはなかった。見ないようにはしていたけれど。



「とりあえず、お腹空いてない?何か食べようよ。俺、今日早上がりだったから昼休憩も早かったんだ。腹減ってさ。」



目の前でうつむいている青年に、かける言葉がなくなったのでメニュー表を開くことにしたが、こんなことで早々に打ち解けられるとも思っていない。

ただ、この場をどうにかしてやり過ごそうとするうちに思い出していた。

知らない人と打ち解けていく感覚、特別仲良くしているわけではない人と楽しく会話してその場をなんとなく盛り上げる感覚。

話題を提供して相手に気を遣わせず会話を進めていく・・・・昔乗れた自転車に数年ぶりに乗ったらやっぱり乗れるのだけれども、なんだかふらふらする感じ。でも懐かしくてくすぐったい、

・・・・悪くない。

イレギュラーな光景に少しテンションの上がっているらしい自分に気付いたら周りが気になった。自分たちはどんな関係に見られているんだろう。メニューを見ていた顔を上げて目の前の彼に視線をやった。



彼の顔はこちらを向いているが、知之の顔を見てはいないようだ。その視線を追ってみると、机から出た知之の上半身、それも彼から見て左側の方を、つまりこちらの右側を見ているようだった。



「どうか、した?」



はっとなって顔を上げた青年の顔はみるみる上気して、先ほどよりも更に赤い。

それでもすぐに視線を落として、またそちらの方を見ている。



「ん?何かある?」



右腕を上げて肘を顔に近づける。



「あ・・・・あの・・・・。あの!!」



青年の顔から突然怯えや戸惑いが消えてこちらをまっすぐ見据えている。

彼の吐き出す息がすこしだけ揺れていることに知之が気付いたのとそれは同時だった。





「あなたは僕のお父さん、ですか?」




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