29:闘いの終わり
「違う!」
集は叫んだ。
「霊力があるってことは、悲しいことじゃない! なんだ君たちは! 僕の邪魔をしてさあっ!」
集は頭を搔きむしり、地面に座り込んだ。叫んだ。咆哮した。
「君たち、何か勘違いしてるんだろ! 僕に銃を向ければ、僕を殺せるとでも思ってるんだろう?
違う。甘い甘い甘い甘いよ! なんてったって、僕の体には〈無限霊力炉〉の欠片が入ってるんだ! 骨髄にな!」
集はそう言うと、足元のジェフの亡骸を漁った。来ていたジャケットの内ポケットから、小瓶を取り出した。
霊力増強剤だった。
瓶の蓋を開け、ザラザラと流し込む。
「冴紀! 止めるぞ!」
「はいっ! 室長!」
しかし、遅かった。
M伊藤は、心の中で後悔していた。護衛や、他の種族の長を殺してしまっている。そこまでは、心になんの悔いも残らなかった。
しかし、建国三種族の長の、最後の一人を殺してしまうのに、やはりどこか躊躇をしていたのだ。
「くそっ、もう実験は始まってたのか」
M伊藤は吐き捨てるように悪態をついた。引き金さえ弾いていれば、こんな焦ることはなかった。
冴紀とM伊藤で挟撃の構えを取る。両側から攻撃を仕掛けようとした。
だが。
「うあああああああああああああ」
集の悲鳴だった。目には尋常で無い光が宿り、全身が攻撃的な気で覆われる。
「死ねっ! 死ねええ!」
考えられないスピードで、集は冴紀を殴り飛ばした。全力で投げ飛ばしたとしてもありえないような速度、勢いで彼女の体は飛んでいき、壁にめり込んだ。
「冴紀!」
M伊藤はその援護に向かおうとした。が、彼の動きは、集に比べれば、止まっているに等しかった。
「てめえも死ねっ! 消え去れ!」
「うっ!」
M伊藤の体も、紙屑の様に吹き飛ばされた。部屋の壁にヒビを入れて、彼も意識を失った。
「やめて」
か細い声がして、集は動きを止めた。
陽菜は泣いていた。泣きながら、透の頭を慈しむ様に撫でた。名残惜しそうに彼の頭から手を離すと、静かにベッドから降りた。
すらりとした体が頭のてっぺんから爪先まであらわになる。それだけの動きでも、長い髪が力強く躍った。
「これ以上、私の大切な人を、いじめないで」
「なんだお前」
集は、はっ、と嘲る様に笑った。
「お前は、僕たちを強くすること、それだけをしていれば良いんだ。お前はそれ以上、何も思わなくて良いんだよ! 余計なことだ!」
「そんなこと、ない」
陽菜は、ぐいっと涙を拭った。拭っても、拭っても、透明な涙は流れ落ちる。
「私がいないと、みんな悲しがるし」
「ふざけるな!」
集は吠えた。音の速さで陽菜に迫り、殴り付けようとする。陽菜は目を閉じ、右腕を撫でた。
空気を切り裂き、衝撃波を伴って迫り来る拳を、陽菜は右腕一本でそれを受け止めた。
これが、霊力を持つということなのだ。
透に、後ろから支えられている気がした。
「私、これでも吸血鬼族の方々には感謝しているの」
「何‼︎?」
鬼気迫った集の顔だったが、それでも、陽菜は涼しい顔だった。集の拳を握ったまま、彼の顔を正面から見つめる。
「小さな私は一人では生きていけませんでしたから。住むところと、少しの食事を頂けたこと、それだけでも、私は感謝をしなきゃいけない」
集は言葉を失った。何かを言おうとしていたが、何も言葉が出てこない様だった。
陽菜は、ふっ、と微笑んだ。
「でも、私は、透さんが好き。それだけは、変わらない」
陽菜は、腕に力を入れた。初めての経験だ。どれくらい力を入れれば良いのだろう。すべてが手探りだった。
とりあえず、持てる力をすべて出そう。
何しろ、自分の霊力は強いのだ。それが、私であり続ける、新たな道である気がした。
「だから、さようなら」
拳を握ったまま、腕を大きく振る。彼の体はいとも簡単に持ち上がり、そして、飛んで行った。
弱々しい彼の体は背中から壁にぶつかり、そのまま、壁を貫いた。
叫び声さえ残らず、彼の体は、湿っぽい夏の空気の中を落ちていった。
「陽菜ちゃん」
声を掛けたのは静だった。陽菜は振り返る。
「…………大丈夫?」
「ええ、大丈夫です。ただ…………」
右腕を撫でる。触り心地は、今までの自分の腕と何も変わらない。
「ちょっと、不思議な感じです」
「そっか」
それから、二人はその場で仲間の生死を確認した。と、言っても、冴紀とM伊藤の方には、静が自分でこっそりと小型の電極を付け、簡易的な心電図を取っていたらしい。
そして、もちろん、静も、陽菜も知っている。あの、透が河原での戦闘で大怪我を負った日、陽菜は自らの血液を透へ与えていたのだ。
二人は手分けして意識を失った三人の手当をしたり、その合間で、これからのことを考えたりもした。
それがひと段落して、
「じゃ、ちょっと外を見てくるね。どうやったらみんなを運べるか、ちょっと考えてみるよ」
「はい」
静は拳銃をポケットに入れると、部屋を出て行った。
遠ざかる足音を聞きながら、陽菜は透の持っていたナイフを手に取った。こそこそと扉の方を伺いながら、眠っている透のそばへと近づいていく。
おびただしい数の銃創は、まだ塞がっていない。予断を許さない状況であることに間違いはなかった。
自分の霊力を分けてあげようと思った。
陽菜は唇に刃を当てた。うっすらと力を込めて、すっと引く。陽菜の薄い唇に血がにじんだ。
人差し指で唇を撫で、血が出たことを確認すると。
陽菜は、静かに、透の傷に口づけをした。




